「めしだ! めしだぞ!」
紫電清霜の旗をかかげて戦艦のへさきに立ち、楪羽がよくとおる声でさけぶ。
袖をたすきでからりとからげ、てぬぐいで頭を巻くそのすがたは、祭りの日の村むすめとしかおもえない。
楊隼や楊飛といった将はそれぞれことなる星に向かっているが、楪羽をとりまくなかまたちも、かのじょと肩をならべて〈大帝山〉の烹炊長にしごかれたいずれ劣らぬ食の精鋭たちであった。
むろん、いかに戦艦のかまどがおおきいとはいえ、民のかずからすれば微々たるものではある。
大宗を占めるのは、コメをはじめとした食材をおいてゆくことであった。
だが、しるしとしての効果はおおきい。
戦艦の容積ではこばれる食材も、また錬の手から解放されて故郷へもどる民も、それぞれの惑星におおきな喜びをもたらした。
そのようなことに艦隊をもちいては、組織的な戦力はなくなる。
また多くのふねは、修理と整備のために南帝閣をはじめとする星ぼしの港にはいらざるをえない。
だが、
――くいもののうらみはおそろしいぞ。
ゆえに錬もじゃまをしてわたしにうらまれたくはなかろう、と楪羽がみがまえて、当人としては獰猛そうなつもりらしい底抜けの笑顔をうかべてみせたので、だれも、飛竜でさえも、敵襲をおそれてはいなかった。
むろんそれは、帝虎十二隻をはじめとした錬の軍勢が、のきなみ五丈へむかった情報をうけていたからではあるが。
そのような、ある日。
「目通りを願いたい」
ととなえてあらわれたのは、
うらぶれたふんいきが身にまといついているが、どことなくひとのよさもにじむ。
かれが連れている、褐色の肌をした長身のむすめも、すくんではいないようだった。
時を惜しんでおのれのめしは立ち食いですませていたのか、口をもごもごとうごかしながら、楪羽がころげるようにあらわれる。
「なんだ」
たべものでくぐもった声は、来客のたびに口中のものを吐き出しては丁寧に迎えたという偉人とは似ても似つかないが、ふしぎと不快感はあたえない。
迎えかたの差はあれど、迎える気に差はないからかもしれない。
「このむすめを、ひきとってくれ。名は
「ふむ。ひきとられたいのか?」
ようやくめしを飲みくだしてから、仁杏という名らしいむすめにおおきなひとみを向けて、楪羽が問う。
かのじょとほとんどおなじ年のころにみえる少女は、ちいさくうなずいた。
しぐさも、立ちかたも、まるで縮んで消えてしまいたいようにさえ思える。
「――はい」
「ふむ」
楪羽が、ひと呼吸のあいだだけ、かんがえこむ。
じつのところ、兵になりたいというおとこたちはひきもきらなかった。だがそれらのおおくには、
――村をたのしくしろ。
といって、機をまたせていた。
すくなくとも兵をつのるとすれば智の正規軍であるべきであろうし、少々筆をさきへ進ませてしまえば、むしろ、趙普らはいまいる兵にさえ帰農をすすめる。
刀を鍬にもちかえさせ、荒れた惑星に繁栄をとりもどさせようとする、屯田兵政策とでもよぶべき方途であった。
たまさかの一致か、深謀遠慮か、はたまた智のがわがかのじょに倣ったのか。
それはひとまず別項にゆずるとして、かのじょが常とおなじようにするならば、ことわるはなしであったろう。
だが、目の前の少女に帰る場所がないことは、きくまでもなくわかった。
ならばどうするか――ひと息のあいだ、というが、文字にすればずいぶんと長い。
楪羽にこの文章をみせれば、「こんな長たらしいことはかんがえていない」と大笑いされよう。
が、筆者のような凡人が天才の考をおいかけるにはくだくだしく書き連ねるよりないのだと、かのじょには弁明させてもらいたい。
とまれ、わずかな間ののちにかのじょがいったのは、
「きらきらをみたいか」
と、ひとことであった。
仁杏の手をつつみこみ、それこそ
切れ長の目を細め、少女はとまどったようにくりかえす。
「きらきら?」
そう、と、楪羽はうなずいた。
「綺羅を纏いたいかではないぞ。いや、綺羅を纏うことがきらきらでもよいが、ちがう者もいよう。まえは楽しくやりたいかときいていたのだが、楽しいだけではないといわれたので、あたらしくかんがえてみた」
現代ふうにいえば、自分らしく生きたいか、とでもなろうが、かのじょらの時代にそんな語彙はない。
光の矢のような視線に射ぬかれ、ぶんぶんと手をふりまわされて、仁杏はおもてを伏せる。
「わかりません。生きていたいだけです」
「それもよし!」
間髪入れずに、楪羽がいう。
このとき楊隼らはおのおの別の惑星で炊き出しをしているのだが、もしここにいたら、
――なにがそれもよしだ。
とでもつぶやいただろう。むろん皮肉ではなく、はてしない安堵とともに、
――それがよし、だ。
と。
銀河のかなたへ毎日とびだしてゆかれてはたまったものではなく、日々のくらしにつなぎとめるたれかがいてもよかろうと。
楪羽が、仁杏が、あるいはつれてきた馬公でさえ、意識してやくめを
そうこうしているうちに、おもてがさわがしくなった。
なんでも、戦艦に派手な色をぶちまけている少年がいるのだという。
楪羽のひとみがまたしても爛々とかがやき、仁杏をひきずるようにしてかけだしてゆく。
銀河はきょうもさわがしい。
ちょうどそのころ、宇宙をわたる小舟のうえに、ふたりのおんながいた。
さわがしくはない。
ひとりは寝台によこたわり、もうひとりはかいがいしくもどこか心うつろな風で介抱をしている。
正宗と華玉、そのふたりであった。
「すまぬな。このようなことをさせるために、つれてきたわけではないのだが」
「いえ」
おんなのやくめでしょう、と続けそうになった華玉に、正宗は隻眼をむける。
「私は、まだよかった。苦労はしたが、おんなであるおのれが旗をかかげることひとつにすべてが絞られていたから」
過去形に、華玉が苦く笑う。
かのじょはむろん知っている。正宗がおんなの身でなしとげたことどもも、そしていちどはほとんどおとこであるというだけの理由で立った叔父に国を追われたことも、そのごの夷の地での奮戦も。
錬のはかりごとが背後にあったとはいえ、正宗がおとこであったなら、異郷に間借りするがごとき事態になど立ちいたってはいるまい。
それは、わかる。
だがかのじょのことばは、もはや過去形であった。
――あなたは、おんなでもまだよかった。
そう、目でさぐりをかける華玉に、正宗はあたまを下げるようにうなずく。
「だからそなただ。力を貸してやってくれ」
空気をふるわせたことばは、それだけであった。
だが、おたがいのあいだではもっとおおくの会話がかわされていた。
むろん語られる、あるいはおもわれるあいては、虎丸ほんにんではない。
――飛竜。
おんなである、かのじょのことであった。
かのじょには正宗の名も、一国の兵権もない。むしろ参謀という
正宗――紅玉――が存命であれば、そのふところ刀として存分の活躍ができたのであるが、さきほど正宗の唇をついたとおり、もはや過去形である。
これからの飛竜はおんなであるおのれとおとこである虎丸、亡き紅玉、そして錬の軍師である姜子昌との過去の関係で、正宗のようには身のふりようがまとまるまい。
そして、政宗じしんもおなじであることを映してか、飛竜はかならずしも自国宮中の遊泳がたくみとはいえぬ。
どちらかがもうすこしその方面に長じておれば、叔父ごときに足をすくわれることはなかったであろうが。
ゆえに、華玉。
玄偉の側近として、かつての五丈や西羌のうちがわをぞんぶんにかきまわしたかのじょは、いまの智にかけおちているひとつの破片を埋めうる存在といえた。
宮中政治をたくみに乱せる者は、たくみにまとめうる者でもある。
「あのこどもには、わるいことをしたか」
かつて銀河をつかみとりかけたかがやきの遠い残照をしめして、正宗がくちびるの端をもちあげる。
師真が奇妙なおもいを寄せるおんなをよこどりした、ということではない。
すくなくとも、それだけではない。
五丈を私した暴君・骸羅にはおとうとの謀将・骸延がいたが、兄にうたがわれて投獄され竜我とのたたかいに力をふるいきれなかったように、策士にとっても帷幕のそとだけでなく、うちがわもまたいくさばである。
「そなたなしでどう泳ぐやら」
と、つぶやくが、もはやかのじょのおもいの核からはとおかった。
華玉を智につける――正宗にとって、それがさいごの手となるのかもしれない。
「わたくしには、なにもできませんよ」
正宗の汗をぬぐいながら、平らかな声で、華玉がつぶやく。
「ごじしんのことばで、告げておあげなされませ」
「なるほど」
やはりそなたがいて助かる、と、なにごとかをきめたようなくちぶりで正宗はいった。
だが、さきほどとおなじ調子のまま、華玉は水をさす。
「ただ、奇妙なうわさをききます。十三隻目の帝虎がいる、と」
「さて。どこに、かな」
「それはむろん、錬にでしょう。そしてどこへむかうかも、論をまたないのではありますまいか。それでも、戻られるおつもりで」
「戻るさ。智に」
戻ったときになにが待っているのかと、といかけたつもりの華玉であったが、正宗は莞爾とわらった。
ふねの方向も、速度も、変えさせようとはしない。
ただ、しずかに、小舟が漆黒の宇宙に軌跡をのこしていった。