帝虎、智領に至る。
しらせはむろん、虎丸らのもとへもとどいていた。
敵将は、
――
というおとこであった。
南天は諸豪族の連合体めいた勢力なのだが、その主要五国のうちのひとつ、孟国の国主であった人物である。
錬国宰相の龍緒にややちかい、蜥蜴人の風貌をもっていた。
智
錬
明
趙
孟
この五国のうち、智と錬はいまさら筆をついやすには及ぶまい。
ほか三国のうち、明はすこしまえに智にほろぼされ、趙はなかば事故のようなかたちで国主の
錬が智を追ったさいに、二国――もと二国、にすぎぬが――のあるじは、おのずと錬へとなりかわった。
が、孟の剛志のみはいささかちがう。
智が南天の領袖となったさいにはただちにむすこを質にさしだして智の一将として命脈をたもち、錬が智をおしのければこれまたただちにあるじをかえた。
もとより諸族の寄り合い所帯であってみれば、国主から一将となることにさして抵抗はないと評せるやもしれぬが、そのみがわりのはやさは特筆すべきものではあった。
しかし他方、いずれのおりにも鳴かず飛ばずであり、こたびの羅候による南天をこぞった北伐にはもはや名さえつらねていない。
――こしぬけ。
と、羅候はおもっていたであろうし、姜子昌や龍緒といった海千山千のおとこどもでさえ、いわば目を切っていた。
正宗や飛竜の情報網においても、剛志なるもののあしらいは大同小異である。
「だがそれが、まさかこのような挙に出るとは」
いささか感に堪えたような声で、趙普がいう。
「おのれの国でひそかにけものを養っていたとな。錬が敗北するなり、深く傷つくなりすれば、南天にて旗をかかげた孟をとがめることはむつかしい。よしんば錬が大勝すれば、風を食らって逃げ去るなり、智をみやげに改めて降るなり」
さいごの手は羅候の性格をおもえばいささかのぞみは薄かろうが、とまれよく整頓された趙普のことばであった。
「ひとごととして評している場合ではありますまい。われらと、おなじようなことをしているとはいえましょうが」
「ならば、手をたずさえることはできぬのか」
にがわらいする飛竜に、すがるように虎丸が問う。
しかし飛竜は、そして趙普も、くびを横にふった。
「同盟は、錬にまっこうからたちむかうときにのみ、おこなうものです。剛志のほんすじは錬が弱りたちむかう要もなく益をえること、よこみちは弱らなかった錬にわれらを売るか逃げ去るかすること。いずれになろうと、錬と正面から戦うはらはありますまい」
「そしていまの智ならば、一軍に匹敵するという帝虎ひとつをもって追えるとおもったればこそ、こうしてすすんできているのでしょう。わざわざえさとなかよくする者はおらぬものです」
かみくだいた説明に、虎丸のおもてが暗くなる。
説いた飛竜と趙普とて、よろこんで口にしたいようなことばではない。
ただ、よばわれもせぬのにあたりをうろついている楪羽のみは、意気衝天という句でもたりぬようないきおいであった。
「ほしいものがむこうからやってきてくれたではないか、おおいにさいわい」
ただ一隻であたりを変える帝虎がほしいといってのけたむすめであるから、とうぜんのいいぐさではあろうが、趙普はじだんだを踏み、ととのえたひげをひきぬかんばかりに苦悶した。
「きさまは、帝虎のおそろしさがわかっているのか」
「たのしさならば、楊隼たちにきいたゆえ、くわしくわかっている。それに、とりでのつくりなら父からきいた。いずれ似たようなものだ。わたしはあれがほしいから、こぶねでのりこんでもらってしまおうとおもう」
要塞司令であった王華を父にもつかのじょが、小さな胸を張る。
竜我が座王都をおとしたいくさぶりを思いおこしても、奇襲による占拠はかならずしもたわごとと捨てさるわけにはゆかぬ。
あたりの風はすこし温度をかえたが、趙普はあわをくって否定する。
「なんでそのようなことができようものか。帝虎のほかはさしたる手勢のみえぬのをさいわい、糧道を絶ってひぼしにしたうえで料理するのが常道であろう」
補給をおもんじる、かれらしい策とはいえた。
これもまた、ひとつの手ではある。
しかしながら、楪羽は頬をふくらませてぴしりと指をつきつける。
「はらのへったけものはめしをさがしてころげまわるではないか。はためいわくだし、時がかかる」
「まさにそのときこそ、うちとる好機というものよ」
「うちのとらは民が苦しむのをたのしくないといったぞ」
「うちのとらとはなにごと――」
とうとう、趙普が絶句した。
なにごとと問えば、虎丸のことであるのはあきらかだが、ことばをうしなうのも無理はない。
ひたいをおさえつつ、飛竜が割ってはいる。
「
ぎらりとした凄味をもって、飛竜のひとみが光る。
じじつ、かのじょは旧五丈の宮廷おくふかくにまで潜入し、銀河皇帝の血を引く
勧請ははかばかしくなく、紫紋はいまや竜我の覇業を内助するきさきであるが、隠密行じたいはゆきもかえりもなんらのさまたげも受けはしなかった。
ゆえに成功の確率は十二分にあるのだが、
「どうも、こう。かっこうがよくない」
楪羽はもっともらしくうでぐみをして、否定的にかぶりを振ってみせている。
が、飛竜はうけながし、虎丸に目をむける。
少女のほうは目やことばどころかぐいと迫ろうとするが、趙普があいだにはいり、結果としてこちらも声がとぶ。
「虎丸ぎみ」
「とらよ」
いつかのように、決断をせまる場面になった。
目をむけられた虎丸は、このたびこそは逃げなかった。
瞑目して、かんがえこみ、そして口をひらく。
「暗殺はせぬ」
楪羽があやしげなよろこびのおどりをおどりはじめた。が、
「奇襲もしない」
おどりがとまった。
「暗殺といううしろぐらい手で剛志どのだけをのぞいても、孟という
「とらはえらいな。だからわたしがきらきらとやっつけてやろうというのだ」
「奇襲はくらくはないかもしれないが、わたしが他人にまかせてはやはり、おなじことになるのではないか」
「ふむ。ならばいっしょにゆこう」
趙普のかべをすりぬけ、楪羽が虎丸の肩に手をかけるが、飛竜に引きはがされる。虎丸がいうのも、そういうことではなかった。
「いや。あくまで、ともに戦おうと説きたい」
「虎丸ぎみみずからがおもむかれるのは、あまりに危険では――」
「姉上がいないことを、孟がつかんでいるかはわからぬ。だが、姉上の影を感じているかぎり、わたしひとりをどうこうしたとてさしたる意味がないとかんがえるだろう。悪くて人質で、いきなり殺しはされまい」
自嘲、ではない。おのれの立ち位置をただしくつかんだ、おとこのことばであった。
「そして、囚われるつもりはない。交渉が決裂したならば、討つ」
ふところから、かれは六連発の短筒をとりだす。
正宗がたずさえているものと同形の銃は、ある意味で平等に、こどもにも一国のあるじを討ち果たす力を与えよう。
しかしそれも、狙い、ひきがねを引く、意思が確固であってこそだ。
だが、
――わたしは、同道しないほうがよろしい。
飛竜がいい、趙普もおなじおもいでうなずく。
それらは確認にすぎず、疑義や逡巡ではなかった。
楪羽でさえ、つねよりさらにきらめくひとみで、かれの目をみて、いう。
――みやげをまっているぞ。
と。
あたかも、すでにきまったことのように。
決着まで一話で行こうと思っていたのですがいろいろ立て込んでおりまして、ひとまずここまで!