TS転生美少女が圧倒的な才能で役者になるだけの話   作:でも実際TSしたら引きこもるよね

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3話

 養成所に入所して一ヶ月。

 俺こと朝倉凛の評価は、うなぎ上りだった。

 

「天才」

「百年に一人の逸材」

「ステラの最終兵器」

 

 廊下を歩けば、そんな囁き声が聞こえてくる。

 正直、居心地が悪い。

 俺は別に天才じゃない。ただ、前世で三十年間、現場の隅っこでプロたちの芝居を盗み見続け、泥水をすすりながら技術を磨いただけだ。言ってみれば「強くてニューゲーム」状態なのだから、初心者の彼らより上手くて当たり前だ。

 

 だが、そんな俺の「ズル」が、思わぬ弊害を生み始めていた。

 

 ◇

 

「おい、相手が死んでるぞ」

 

 レッスン場の空気を裂くように、黒岩の声が響いた。

 俺はハッとして、目の前の相手役──同じクラスの男子生徒を見る。

 彼は顔面蒼白で、唇を震わせていた。セリフが完全に飛んでいる。

 

 今日のお題は『別れ話』。

 俺が演じるのは、浮気がバレて開き直る女。相手役はそれを責める男だ。

 本来なら、男の方が感情を爆発させて俺を問い詰めるシーンだ。

 それなのに、俺が冷ややかな視線で「で? それが何?」と一言発した瞬間、彼は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまった。

 

「……すみません」

「謝るな、朝倉。お前じゃない、そいつに言っている」

 

 黒岩はパイプ椅子に深く腰掛けたまま、怯える男子生徒を一瞥した。

 

「朝倉の芝居に飲まれるなと言ったはずだ。彼女の空気感、間の取り方、視線の圧。それらに圧倒されて、お前はただの観客になっている。舞台の上で『観客』になる役者など不要だ」

 

 男子生徒は「はい……」と消え入りそうな声で答え、逃げるように舞台袖へ下がっていった。

 俺はバツの悪い思いで立ち尽くす。

 

「朝倉、お前もだ」

「えっ」

「お前の芝居は独りよがりだ。相手の力量を見極めず、全力でぶん殴ってどうする。それは演技じゃない、暴力だ」

 

 黒岩の言葉が胸に刺さる。

 暴力。

 確かにそうかもしれない。

 前世の俺は、常に「いかに主役の邪魔をせず、かつ印象に残るか」というギリギリの戦いを強いられてきた。だから、隙あらば爪痕を残そうとする癖が染みついている。

 だが、ここは養成所だ。相手は素人同然の若者たちだ。

 俺が本気で圧をかければ、彼らが萎縮してしまうのは当然だった。

 

「……加減が、難しいな」

 

 席に戻りながら、俺は小さく息を吐いた。

 手を抜けば「舐めている」と言われ、本気を出せば「暴力」と言われる。

 才能がある(ように見える)というのも、楽じゃない。

 

「次は、一ノ瀬と真行寺」

 

 黒岩の声がかかる。

 俺の隣で、紬が「はい!」と元気よく返事をした。

 彼女の相手役は、あの真行寺カナだ。

 これは荒れそうだぞ、と俺は内心で身構えた。

 

 ◇

 

 舞台に立った二人の空気は、対照的だった。

 カナは静かに集中を高め、すでに役に入り込んでいる。

 一方、紬は肩に力が入りすぎていた。拳を握りしめ、呼吸が浅い。

 

 お題は『親友との喧嘩』。

 些細なすれ違いから、溜まっていた不満が爆発するシーンだ。

 

「……ずっと、思ってたの」

 

 カナが口火を切る。静かだが、芯のある声だ。

 彼女もまた、俺に対して敵意を燃やしているだけあって、実力は本物だ。相手の感情を引き出すような、巧みなボールを投げている。

 

 それに対し、紬が返した。

 

「私だって! 私だって我慢してたんだから!」

 

 ……大きい。

 声が大きすぎる。

 感情が乗っているというより、ただ怒鳴っているだけだ。

 表情も作ったように歪んでいる。あれでは、観客は引いてしまう。

 

(紬、焦ってるな……)

 

 俺は眉をひそめた。

 紬の良さは、飾らない素直さと、天性の明るさだ。

 技術がなくても、その場の空気をパッと華やかにする「愛嬌」という最強の武器を持っている。

 なのに、今の彼女はそれを捨てていた。

 無理にシリアスな表情を作り、低い声を出そうとし、結果として不自然な芝居になっている。

 

 まるで、誰かの真似をしているような──。

 ハッとした。

 今の紬の間の取り方、視線の動かし方。

 あれは、俺のコピーだ。

 

「カット」

 

 黒岩が無慈悲に告げた。

 

「一ノ瀬、座れ」

「えっ……まだ、最後まで……」

「見る価値がない。お前、誰の芝居をしている?」

 

 図星を突かれ、紬の顔が強張る。

 

「朝倉の真似事をして、何になる? お前にはお前の声があるはずだ。借り物の技術で張り合おうとするな。滑稽だぞ」

 

 容赦ない罵倒。

 紬は唇を噛み締め、涙を堪えるように俯いた。

 その隣で、カナが冷ややかな視線を送っている。

「身の程知らず」とでも言いたげな目だ。

 

 紬は逃げるように席に戻ってきた。

 俺の隣に座る彼女の肩は、小刻みに震えている。

 

「……紬」

「……ごめんね、凛ちゃん。私、ダメだなぁ」

 

 紬が無理やり作った笑顔を向けてくる。

 その笑顔があまりに痛々しくて、俺は胸が締め付けられた。

 

 ◇

 

 レッスン終了後。

 更衣室は重苦しい空気に包まれていた。

 紬は着替えもそこそこに、誰とも目を合わせずに帰ろうとしていた。

 俺は慌てて彼女を追いかけ、廊下で呼び止めた。

 

「紬! 待ってくれ」

「……あ、凛ちゃん。ごめん、私ちょっと急いでて」

「今のレッスンのことだけどさ」

 

 俺は言葉を選んだ。

 中身はおっさんだが、今の俺は彼女の親友だ。

 傷ついた彼女を励まし、正しい道へ導いてやるのが、経験者としての義務だと思った。

 

「黒岩先生の言う通りだなんて言わないけどさ。俺は、紬の芝居、好きだよ」

「え……?」

「紬には、俺にはない魅力がある。見てるだけで周りを明るくする華やかさとか、素直な感情表現とか。それって、技術じゃ身につかない才能なんだ」

 

 俺は本心からそう言った。

 テクニックで固めた俺の芝居は、確かに上手いかもしれないが、どこか冷たい。

 対して紬の持つ陽性のオーラは、努力で手に入るものじゃない。

 彼女は自分の武器に気づいていないだけだ。

 

「だからさ、無理に俺の真似なんてしなくていい。紬は紬らしく、そのままでいた方が絶対に輝けるよ」

 

 俺は彼女の肩に手を置き、にっこりと笑いかけた。

 完璧なアドバイスだと思った。

 自分の長所を伸ばせ。他人と比べるな。

 役者として最も基本的で、かつ重要なことだ。

 

 けれど。

 俺は気づいていなかった。

 その言葉が、今の紬にどう響くかを。

 

 紬の表情が、一瞬だけ凍りついたように見えた。

 光の消えた瞳が、俺を見つめ返す。

 

『あなたは私とは違う』

『同じ土俵に上がろうとするな』

『あなたはあなたの(低い)レベルでお似合いだ』

 

 劣等感に苛まれている人間に、天才(と思われている人間)からの「そのままでいい」という言葉は、残酷な宣告にしか聞こえないのだと、俺は知らなかったのだ。

 

「……うん。そうだよね」

 

 数秒の沈黙の後、紬は顔を上げた。

 そこには、いつも通りの太陽のような笑顔が張り付いていた。

 

「ありがとう、凛ちゃん! 私、やっぱり凛ちゃんには敵わないや! もっと自分らしく頑張ってみるね!」

「お、おう。そうか、分かってくれたか」

 

 俺はホッとして胸を撫で下ろした。

 よかった、伝わった。これで彼女も吹っ切れたはずだ。

 

「じゃあ、また明日ね!」

 

 紬は元気に手を振って、駅の方へと走っていった。

 その背中が、どこか泣いているように見えたのは、夕暮れの逆光のせいだったのだろうか。

 

 俺は一人、その場に残された。

 なんだろう、この胸のざわめきは。

 正しいことを言ったはずなのに、何か決定的な間違いを犯したような気がしてならない。

 

「……考えすぎか」

 

 俺は首を振り、踵を返した。

 俺には俺の戦いがある。

 次のレッスンでは、どうやって相手を殺さずに自分を生かすか、その調整をしなくては。

 

 だが、俺は知らなかった。

 走り去った紬が、角を曲がった瞬間に足を止め、壁に手をついて崩れ落ちていたことを。

 

「……なによ」

 

 彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「私らしくって、何? 下手なままでいろってこと? あなたの引き立て役でいろってこと?」

 

 握りしめた拳に、爪が食い込む。

 

「凛ちゃんには……私の気持ちなんて、一生分からないよ」

 

 夕闇の中、少女の純粋な憧れが、黒く濁った何かに変わり始めていた。

 俺たちが「親友」でいられる時間は、もう残りわずかだったのかもしれない。

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