汎モルガン「どけ!!! 私はお姉ちゃんだぞ!!!」   作:花のお姉ちゃん

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 幻覚を見たんです(言い訳)


1話 はじまりのお姉ちゃん

 

 例えばの話をしよう。

 

 もしも、アーサー王の性別が世界によって違ったら。

 或いは花の魔術師マーリンの性別も違ったら。

 そういう、ほんのちょっとの誤差を持つ平行世界が幾つもある。

 

 これを、魔術世界では編纂事象と呼ぶ。

 

 あまりに世界と世界がかけ離れ、誤差の範疇では済まない場合もない訳ではない。

 場合によっては世界そのものの可能性が行き詰まってしまった場合もあるほどに、世界は千差万別の違いがある。

 

 だが、この世界では一旦その話は置いてしまおう。何せ関係がないからだ。

 この世界に於ける誤差。アーサー王の性別が世界によって違う程度………というほどの小さな誤差ではなかったけど。

 でも人理からしてみれば、英雄譚に於ける一つの解釈と多少異なる結末程度にしかならない、誤差の話。

 数多の平行世界。その一つの可能性。

 

 時は5世紀、ブリテン。

 

 魔術王ソロモンの死後、星のルールが『神霊の権能』から『人類の物理法則』へと急速に変わり大陸から神代が終わりを告げる時代。

 しかし、島国だったからだろう。

 かのブリテンでは今も尚、神代が続いていた。

 尤もその神秘は、かつての紀元前の神代と比べれば残り香に近いものだけれど、それでも神代は神代。

 大陸のそれとは神秘の質がまるで異なる。

 魔術的な定義でいえば、第五真説要素(真エーテル)第五架空要素(エーテル)

 神を、幻想を、星の触覚を成立させる第五真説要素(真エーテル)が、ブリテンには確かに残っていた。

 星の触覚である妖精や精霊から授かった神造兵装が聖剣として存在し、星の内海へと帰る筈の幻想種が地上で暮らしていた。

 残り香といえども。或いは……残り香だったからこそ生まれた神秘の形もあったのかもしれない。

 

 ブリテン島という大地そのものが持つ意思。

 人と夢魔の間に生まれた混血。

 人から生まれながら、女神としての側面を与えられた妖精姫。

 そして——人の鋳型で生まれた竜の化身。

 

 アーサー王伝説。或いはアーサー王物語。

 

 原典という意味では最古でない。だが。

 選ばれし者のみが引き抜ける聖剣と運命に選ばれた王という物語では世界で最も有名な英雄譚。

 その始まりを知るには、ブリテン島のやっかいな事情を知らなくてはならない。

 

 ブリテン島は、動乱の中にある。

 

 発端は、大陸にあった帝国の崩壊。革命が起きたのだ。

 大陸の抑止力として機能していた帝国の力は衰え、この島国に異民族が流れ混んで来たのである。

 その異民族の名はサクソン人。

 更にこの異民族達を利用しブリテン統一に名乗りを上げたのは、卑王ヴォーティガーン。

 ブリテンは多くの部族とその諸王によって治められた国である。

 部族間の諍いは絶えなかったが、島の北方に住まうピクト人との戦いもあり、諸王達は協力し合っていた。

 その結束にヒビを入れ、島を混乱に真っ只中に叩き落とした王こそ、卑王ヴォーティガーンである。

 

 ブリテンの要である城塞都市ロンディニウムは滅ぼされてしまった。

 今や滅びたロンディニウムは卑王ヴォーティガーンの居城。

 最も偉大とされた王、ウーサー・ペンドラゴンはヴォーティガーンとの戦いに敗れ、その姿を永遠に隠してしまった。

 

 ——こうしてブリテン島は暗黒時代に突入する。

 

 卑王ヴォーティガーンはサクソン人に土地と休息を与え、結果的に侵略は沈静化したものの、いつ再び侵略が始まるかは分からない。

 多くの王は反抗を続け、戦いは日常となった。

 ブリテン島は、元々豊かな土地とはいえない。

 人々は日に日に困窮し、いずれ滅びへと向かうだろう。

 

 "ウーサー王は後継者を選ばれている"

 "この人物こそ次代の王。赤き竜の化身"

 "新たな王が現れた時こそ円卓の騎士たちは集結し、白き竜は敗れ去る"

 "王は健在なり。その証はじき現れるだろう"

 

 その予言が、五年前の事だ。

 ウーサー・ペンドラゴンが亡き後、ウーサー王の補佐でありブリテン島を守って来た偉大なる魔術師マーリンが残した予言が、人々の最後の希望。

 

 実のところ、ウーサー王の後継者は今年で十になる。

 

 今はまだ、自分が偉大なる先王の血を引く後継者である事を知らず。

 ましてや先王と魔術師の計画など欠片も知らず、そして、その犠牲になった姉の存在すら分からない。

 

 アルトリウス。本名はアルトリア。

 

 寄る年波に勝てず一線を引いた老騎士のエクターに、孤児として引き取られた。

 ………という(てい)を信じているのは、彼女だけ。

 義兄のケイは出会った瞬間から違和感を覚えているが、事情を知らされていない。

 先王と魔術師の計画により、ウーサー王に仕えていた騎士エクターの手によって、存在を秘匿されながら、アルトリアは養育されている。

 これが、アーサー王の英雄譚が始まる前の話。

 円卓の騎士達はまだ存在せず、ましてやかの騎士王が聖剣を引き抜くよりも更に前の事だ。

 

「ケイ兄さん? どうやら来客です」

 

 ある日の朝頃、エクター家の扉がトントンと叩かれた。

 彼ら一家は、街から少し離れた丘の上で馬小屋を管理する家系として通っている。

 その為か、騎士の来客は決して少なくない。

 

「悪いが、俺はお前の後が控えている。今は槍を磨くので忙しい」

「全く……仕方ないですね」

 

 アルトリアの朝の習わしを決まっている。

 早朝、僅かな一口分の栄養(パン)を取ってから、エクターと空腹状態で剣の稽古をし、朝食へ向かうのである。

 かつては朝食の準備もエクターがやっていたが、寄る年波もあったのだろう。逆にアルトリアが成長して来たのもあって、朝食の用意は彼女がやる事が増えた。

 その分、食事の量を増やす権利を得たので文句はない。

 

 朝食の準備をしている手前、来客の対応は義兄にして貰いたかったが、今日は珍しくケイ兄さんが稽古に乗り気だった為、アルトリアは仕方なく応じた。

 

「はい何でしょう、か——」

「………………」

 

 扉が開かれる。

 隙間から差し込む陽の日差し。

 照らし出された淡いフェイスベールが、湖の水面のように煌びやかな輝きを放っていた。

 ——精霊がいる。

 アルトリアは目の前の女性が湖の加護を受けた精霊だと思った。

 

 黒いフェイスベールの先の美貌。蒼と黒を基調とした美しい衣装。

 きっと、一国の王の姫君だけが纏う事を許される、高価で美しい衣装なのだろう。

 直感的にアルトリアはそう認識した。それだけだった。

 今までの生涯を男として、そして村の外れで過ごして来たアルトリアでは、目の前の女性に相応しい表現が思い浮かばない。

 それほどの美貌。そして場違いな存在感。

 何故、この女性はこの場所を訪れたのだろうか。

 アルトリアは気付かない。自分の顔を見る機会なんてほとんどない。ましてや男として生きて来た。

 だから、分からない。

 目の前の女性が、血の繋がりを感じるほど自分と良く似た顔をしている事を。

 

「——アルトリア!!」

「アルトリア……?」

 

 謎の女性との邂逅。

 向かい合ったままの奇妙な沈黙と静寂。

 それを切り裂いたのは、養父のエクターだった。

 きっとケイ兄さんとの稽古の準備をしていたのだろう。

 木製の剣を手にしたまま、エクターはアルトリアを庇うように前に出る。

 

「………お久しぶりですな、モルガン様」

「あぁ、エクター。十年振りでしょうか。久しく見ていないと思えば……」

 

 不意に、精霊のような女性の瞳がアルトリアを捉える。

 

「アルトリア、と言うようですね」

「あ……は、はい!」

 

 本当は、男性名のアルトリウスで通している。

 ただ場の緊迫した雰囲気もあってか、アルトリアは思わず肯定してしまった。

 その瞬間、アルトリアは自分を庇うように立つエクターが、剣を深く握り締めるのを見た。

 養父のエクターが、訓練用の木剣とはいえ——高貴な生まれであろう女性に向けていつでも剣を構えられるようにしている。

 アルトリアの心に、再びの動揺が走った。

 

「なるほどそういう事ですか………ウーサー・ペンドラゴン」

 

 静かに張り詰めた糸の如き緊迫感の中、女性の口からボソリと呟かれた先王の名。

 何故そこで今は亡き偉大な王の名が出るのかは、アルトリアにはまだ分からない。

 背中越しに見えるエクターの警戒が、更に跳ね上がる。

 

「モルガン様、どうかお引き取り願いたい。……この子は関係ありません」

「関係ない……とは? 一体何の事でしょう?」

 

 アルトリアは今、混乱の最中にあった。

 街外れの古い馬小屋にはあまりにも場違いな気品と高貴さを持つ女性。

 優しくも厳しい養父が初めて見せる本気の警戒と敵意………そして剣を握る手に滲み出る後悔と怖気。

 

 はっきり言って"それ"は偶然だった。

 

 アルトリアは、目の前の女性を良く知らない。

 名前だけは、養父とのやり取りから『モルガン』と言う事は分かった。

 だがアルトリアは、それ以上の事を知らない。

 明らかにモルガンは高貴な生まれの女性であり、いきなり名前で呼ぶの憚られる。そういう一般的な常識は、騎士として見本にして来た養父エクターから学んで来た。

 だから混乱していたアルトリアは、咄嗟にこう呼びかけた。

 

 

「あの……どうしたのですか? お姉さん?

「 」

 

 

 瞬間。

 モルガンの脳内に溢れ出した。

 存在しない記憶——

 

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 

 ブリテン島に、二人の姉妹がくらしていました。

 彼女達はとっても仲良しです。

 ですが、今日は少し様子が違う。

 一体どうしたのでしょう。

 

「私、ブリテンの女王になります」

「えぇ!? お姉ちゃんが!?」

「心配なのは分かります。だけど不安にならないで。私は……先王の血を引く後継者なのですから」

「そうじゃなくて……!!」

 

 ブリテン島では、大きな争いが起きていました。

 姉妹は、王の血を継いでいました。

 だから二人の内、どちらか一人は立ち上がらなくてはならないのです。

 お姉ちゃんとして、モルガンはがんばります。

 

「私は………お姉ちゃんと一緒が良い」

「アルトリア……」

「この生活が変わるのが……怖い」

「アルトリア……!!」

 

 だけど、妹は泣いてしまいました。

 王の血を継いでいても、彼女達だって一人の人間。

 とても緊張します。こわいものはこわいです。

 そして妹はお姉ちゃんが大好きだったので、王になって欲しくありませんでした。

 ずっと近くにいて欲しかったのです。

 

「ならば尚更、私がこの国を変えなければなりません。このままでは、いずれブリテンは枯れ果ててしまう」

 

 涙をぐっと堪え、お姉ちゃんは言います。

 お姉ちゃんとして、モルガンは妹の見本にならないといけません。

 

「この国の為にも。私の為にも。そして……貴方の為にも」

「お姉ちゃん………」

「大丈夫です。私の背中を見ていてください」

 

 お姉ちゃんにも不安がありました。

 お姉ちゃんだって、こわいものはこわいです。

 妹と一緒に、いつまでも幸せにくらしていたいです。

 モルガンにとって、唯一の家族は妹だけだからです。

 

 だけどお姉ちゃんは知っています。

 妹には、姉を超える王の才能がある事を。

 だからお姉ちゃんが立派であればあるほど、その背中を見て育った妹は立派な王になるでしょう。

 いつか妹が偉大な王になる日まで、モルガンはがんばります。

 そして必ず、二人でこの国を良き国にしていくのです。

 

「美しい国にしましょう。夢のような国にしましょう。いつまでも皆の記憶に残るような、そんな国に」

 

 王は、一人しかなれません。

 でも、彼女達は一人ではありません。

 時に励まし、時に支え合い、姉妹はブリテンを建て直し、夢のような国にしました。

 そして二人は、いつまでも幸せにくらしましたとさ。

 

 めでたし。めでたし。

 

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 

 刹那の間だった。この間、0.01秒。

 夢と現の狭間から目覚めたモルガンは、次の瞬間には剣を向けられるほどの警戒と敵意の中で、不意に天を仰いだ。

 

「………泣きたい夜も、寂しい夜も、二人ならがんばれた」

「?」

 

 意味が分からない事を呟き、そして。

 モルガンは両目から溢れんばかりの涙を流した。

 

「どうやら私達は、姉妹だったようですね」

「今、名前聞いたのに!?」

 

 アルトリアの絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 これは——とある編纂事象。

 人類史に於ける誤差の話。

 運命と呪いに抗う、二人の姉妹の話。

 

 

 

 




 
 読者の中には、こんなのモルガンじゃなくない? という夏油様がいると思います。
 奇遇ですね。私もそう思います。
 でもそれって一貫してないといけない事? 俺と夏油の術式では世界が違うんじゃない?
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