【青学三次】青学スパイ達の徒然なる日々【短編集】 作:VISP
先にそちらを読んでからの方が楽しめますので予めご了承ください
「卒業できない・・・?」
「ここじゃ何だし、場所を移そうか。聞いても語っても気分の良い話じゃない。」
そう言うエミリの誘導の元、一行は校舎内の地下室へと移動する。
道中、様々な生徒達が平和そうに過ごし、時にこちらへ朗らかに挨拶してくるが、先生とカヤの心中はそちらに余り集中できない。
当然ながら、二人の心中は先程のエミリの言葉でいっぱいだった。
(卒業できない?確かにキヴォトスで卒業生は見かけた事も無い。大人も皆獣人かロボットだけだった。)
余りの激務の日々でつい忘れがちだが、キヴォトスは先生にとって全く未知の異世界なのだ。
連邦生徒会長に招聘され、シャーレの顧問たる先生としての立場を任されたが、そこに至るまでの経緯がすっぽりと頭の中から消えている。
僅かに覚えているのは、こちらに微笑み、語りかけてくる特徴的な髪色をした彼女の姿だけだった。
「よし、地下区画へ移動するよ。」
エミリの言葉と同時、地下室全体がガコン、という音と共に動き出す。
この小さな荷物置き場に偽装された部屋自体が地下への昇降機として機能しているようだ。
「こういう如何にも秘密基地的機能は青学でも人気でねぇ。」
「それは分かるけど・・・分かるけど・・・!」
「分かったから話を進めようぜ。そう決まったんだからさ。」
男の子成分を隠しきれていないエミリと先生に対し、ナゴミが投げ遣りに言う。
カヤはその三人の様子を見て(この人達青学生同士みたく対応が雑に近いですねぇ)と思っていた。
「さっきの卒業できないってのは文字通りだよ。原初の契約をした初代青学生からこっち、ボク達の中に卒業生はいないんだ。ただの一人もね。」
「どうしてそうなっているのか、全ての原因はボク達にもはっきりとは分かっていないけど、神秘共有・並列化術式がその一つである事は判明してるよ。」
「一応術式の一時停止もしてみたけれど効果は無し。術式を影響下にある神秘ごと切除するか、術式の完全停止をしなければ無理そうだって結論になった。」
ごぅんごぅんと昇降機が下に降りていく音と共に、エミリが解説を続ける。
原因不明の現象とそれを解決すべく行われた試行錯誤、だが見つけた解決方法は死と同義だと分かってしまった事。
終わらない青春、果ての無い学生生活、望まない生徒としての暮らし。
それは最早、牢獄と変わらない。
「結論として、ボク達は永劫の青春に囚われる事となってしまった。この学園ものの世界で生きていくための力が、今度はボク達を捕らえる鎖になってしまったんだ。」
ガコン、と昇降機が止まった。
「此処から先は今まで外部の人間は一度も入れた事が無かった。先生と不知火代表が初めてになるよ。」
振り返って告げるエミリの顔は、笑顔だった。
深刻な話、楽しい話、真面目な話、どうでもよい話を語ってきた道中で、彼女の表情は常に笑顔だけだった。
AI達と違って瞬きも呼吸も食事もする。
先生は此処に来て、漸く彼女から感じ続けている違和感に気付く事が出来た。
極自然、なのにまるで彫像の様に作られた笑顔の仮面。
ナギサ達トリニティのお嬢様方がするソレとはまた違った、極めて無機質で機械的な笑顔。
笑っているのに笑っていない、中立公平な話し手、それこそが鳥養エミリという生徒だった。
「さっきの話、神秘共有・並列化術式はあくまで原初の青学生を含む本校生のもので、分校生に施しているものは改良型だから、同じ問題は起きていないよ。彼女達は皆、健やかに青春を送り、卒業していった事を確認している。」
「ならアップデートすれば良いとも思うけど・・・ボク達にはそれが適用できなかった。正確には、アップデートした筈なのに卒業できなかった、解決しなかったんだ。」
「なら、何処かにある筈だ。原因となる事象が何処かに。ボク達はずっとそれを探し続けた。」
「探して、探して、探したんだ。絶望して狂う子達もいた。全てから逃避した子達もいた。日常を過ごす事だけに注力する子達もいた。そうしている内に、少しだけ分かった事がある。」
「このキヴォトスには滅びが満ちている。」
エミリの周囲に画像が浮かび上がる。
投影された画像には、先生にも見覚えのあるものもあるが、そうでないものもあった。
デカグラマトンの予言者達、テラー化した生徒、色彩の影響下にある兵器やミメシス、主個体とされる巨大生物群他多数。
どれもこれも全て、このキヴォトスに実在する脅威だった。
「多くの研究と調査の結果、このキヴォトスが存続する可能性は僅か3%しかなかった。逃げ出す事も出来ないボク達が取れる手段は一つだけ。滅びに立ち向かう事だけだった。」
「そんな中、ボク達の研究は多次元平行宇宙の観測に成功し、遂に滅びを乗り越えた世界線を観測できた。」
「それが聖典の正体だよ。キヴォトス存続の叶った世界線の観測結果。奇跡的な綱渡りを幾度も幾度も行い、辛うじて未来へと繋げた世界線。ボク達はそれを敬意を持って「遍く奇跡の始発点」と呼んでいる。」
「でも、その世界とこのキヴォトスには致命的なまでの差異があった。」
「その世界線には、青学が存在していなかったんだよ。」
それは、絶望を告げる観測結果だった。
自分達はキヴォトスから逃げられない。
なのに、キヴォトス存続の可能性はたった3%しかない。
それを乗り越えた世界はしかし、自分達の存在しない世界だった。
これで絶望しない者は、余程心の強い者か何も考えていない脳天気な者だけだろう。
「その差異を乗り越えて、ボク達が暮らすこのキヴォトスがその世界線と同じく存続させるために、ボク達はあらゆる手を尽くした。過程に拘る余裕なんて無かった。全てはたった3%の生存を掴むためだった。」
「多くの学園や勢力にスパイを放ち、観測と干渉の準備を整えたのはそのためだよ。アビドスを復興寸前まで立て直して起きながら、聖典にあった通り生徒数僅か5人にまで追い詰めたのもそのため。」
「ミレニアム、トリニティ、ゲヘナ、アリウス。百鬼夜行にレッドウィンター、山海経。それから勿論連邦生徒会にブラックマーケットでも、ボク達の手と目が無い場所は無い。」
「それでも、とてもとても苦労したよ。そもそも、このキヴォトスは他の平行世界のキヴォトスよりも遙かに滅びの種が多かった。それ故に連邦生徒会長は勿論、先生だけでも滅びを覆す事は出来なかった。或いはだからこそボク達が存在したのか・・・。」
「でも、ボク達は漸く安堵しているんだ。未だ滅びの種は尽きないけれど、最も対応の難しい色彩と無名の司祭達の襲来を撃退できた事を。資金も技術もあったけど、ボク達だけではどう足掻いても時間が足りなかったから。」
「本当にありがとう、先生と多くの生徒達。心より感謝し、敬意を示すよ。」
「・・・待って、ください。」
ニコニコと、不気味な程に揺らがない笑みと共に告げられる説明と感謝に、不知火代表は声を出した。
「貴方達の状況は理解しました。そんな苦労を重ねた貴方達なら知っている筈です。あの人は・・・連邦生徒会長は、今何処にいるんですか?」
それはキヴォトスの大勢の人々が知りたかった事だった。
聖典が存続に成功した平行世界のキヴォトスの情報である事は、事前に予測された範疇にあった。
だが、もしそうならば、彼女達は知っている筈だ。
カヤ自身が憧れて止まない真の超人、連邦生徒会長の行方を。
「今現在、彼女はこのキヴォトスの何処にも存在しない。それだけは確認済みだよ。」
「エミリ、私も知りたい。彼女は何故消えてしまったんだ。何故今も帰ってこない?」
エミリの言葉に、先生もまた連邦生徒会長の事を尋ねた。
出会った事がある筈なのに、何故か不自然に消えている彼女についての記憶。
それを成したであろう記憶の中の彼女が何を思ってそれを成したのか、何故今も姿を現さないのか?
幼なじみの親友や大切な筈の後輩達を置いて、今彼女は何処にいるのか?
誰もがそれを聞きたがった。
「そうだね。確かに知っておくべき事だ。でも一部推論も入っているから、その点は許してほしいかな。」
エミリの周囲の画像が切り替わる。
水色の長髪にピンクのインナーカラーという特徴的な髪色をした、連邦生徒会の白い制服を纏った少女が映し出される。
「連邦生徒会長。その行方はボク達も知らない。けど彼女は間違いなく超人だった。でも、そのせいで彼女は姿を消さなければならなかった。」
「彼女は確かにキヴォトスの歴史上でも片手で足る程に優秀な生徒だった。けど、彼女が持って生まれた能力とその立場が故に、彼女はキヴォトスの生徒達全てを真の意味で纏め上げる事は不可能だった。」
「多くの滅びの要因を観測し、対抗しようとした彼女は連邦生徒会長への就任やSRTの発足を始め、自らが上に立つ形で対応しようとしたけど、そんな彼女に各自治区の対応はバラバラだった。」
「「あの超人ならどうせ何とかするだろう」。そんな楽観から各自治区は彼女へと真剣に協力する事は無い。協力したとしても、それは上辺だけで全力ではない。自分自身の能力と実績、そして立場が彼女を縛った。今までの連邦生徒会が各自治区の自治権尊重を名目に、困窮した自治区を見捨ててきた事が今になって跳ね返ってきてしまったんだ。」
「おまけに自治区同士の仲もある。例え連邦生徒会が上に立って音頭を取っても、こればかりはどうしようもない。ゲヘナとトリニティの様に異なる学校の生徒間の信頼関係が殆ど無く、連携しようがない事も問題だった。」
「勿論、連邦生徒会にだって言い分はある。キヴォトスの中心であるD.U.が混乱すれば発電・通信インフラや行政と司法が麻痺して凄まじい混乱と被害が発生する。実際、連邦生徒会長失踪直後はそうなったしね。どうしても中央を優先しないと国家としてのキヴォトスが完全に破綻してしまう。人口も少ない自治区や距離のある地方の優先順位は下に置かざるを得なかった。」
「自分では解決できない。それ所か多くの自治区からどうしようもない理由で拒絶されるか連携できない。だから、自らの代理人を選んだ。生徒を支え、どんな立場にも中立で、決して諦めずにキヴォトスのために立ち、献身的に子供達を支えてくれる。それでいてキヴォトスには一切関係の無い大人を。」
「先生。貴方こそが連邦生徒会長の選んだ、このキヴォトスを存続させるための最大のキーパーソンだ。子供故に誤った方向へ行く生徒達へ正しい行き先を示す先導者にして教導者。」
それは、余りに理不尽な事実だった。
超人であるが故に、最高権力者であるせいで、彼女は大事な故郷を救う事が出来ない。
能力が無ければ、権力が無ければ、まだ納得は出来ただろう。
しかし、それら全てを持っていながらキヴォトスを滅びから救う事が出来ない。
どれだけの絶望と悲嘆、憤怒がその胸中にあったのかは余人では図り知れない。
分かっている事は彼女はキヴォトス存続のために姿を消し、今も行方が分からないという事実だけ。
その境遇を見れば、調月リオのそれによく似ている。
優秀さ故に滅びの種に気付き、対応しようとした所属学園の最高権力者。
しかし、その能力や立場だからこそ、その手段は極端なものになってしまう。
リオは結果としてアリスの殺害を止められて行方を眩ませ、連邦生徒会長は未だ姿を現さない。
リオはミレニアムの皆に会わせる顔が無いからだが、連邦生徒会長の理由はその様な個人的なものではない。
「だけど、未だキヴォトスには滅びの種が多く埋まっている。その解決には自分ではなく、多くの生徒達と絆を結ぶ事の出来る先生こそが必要だと、彼女は判断しているんだろうね。」
「彼女の行方はボク達も掴めていない。でも、今現在もこのキヴォトスを観測し続けている事だけは分かっている。」
ガコン、という音と共に小部屋の扉が開いた。
「連邦生徒会長についてボク達が分かっている事は以上だよ。ただ、彼女もまたこのキヴォトスを思うが故の行動だった事は理解してほしいな。」
連邦生徒会長失踪の謎が明かされて尚、まだ査察は終わらない。