トリニティ・テラス
「大将、体の方は大丈夫ですか?」
夜にナギサからトリニティのテラスに来てくださいと呼び出しがあったからそこに向かい、夜風を浴びながら二人で紅茶を飲んでいる。
誰もいないから隣同士で座っていて、ナギサの右手が俺の左手の手の甲に重ねてくる。柔らかくてスベスベだぁ。
「万全じゃないな、だんだん体が重くなって来てる。けど、まだ動けるから問題無いぞ。」
「やはり入院した方がいいのではないですか?救護騎士団がいる病院で入院して精密検査を受けて治療するべきです!」
「心配してくれてありがとうナギサ。けど入院してる暇はないんだ。」
今はハートの最大値が9個くらいあるけど、料理を食ってもベッドで寝てもハートが5個までしか回復しない。少しずつ何かに蝕まれてる感じだ。
病院で入院して検査を受けても原因は分かんないだろ。そんな無駄な時間を過ごすなら動き回ってた方がいい。
ましてやキヴォトスをバッドエンドにさせない為の重要なターニングポイントのエデン条約編の真っ最中だ、俺だけ寝てられねぇよ。
「貴方は、どうして自分を省みないのですか⋯⋯。貴方が苦しんでる姿はもう見たくないんです。もう充分頑張ったではありませんか、もう頑張らなくてもいいじゃないですか!」
「俺より頑張ってる奴は五万といるんだよ。俺だけが不幸じゃない、こんな程度で不幸だと思ってたらまだまだ頑張ってる奴等に笑われちまうよ。」
「なんで、そんなに、自己評価が低いんですか!誰が貴方をそんな風に育てたのですか!」
ナギサは泣きながら俺の腕に抱き着いて顔を埋めてくる。誰のせい、か。誰のせいでもねぇよ、強いて言うなら変にこの世界の結末を知ってる俺のせいじゃないかな。
キヴォトスという世界でモブとして原作に関わらずにひっそりと暮らすか、原作に関わって結末をより良い方向へ進める為のモブになるか、どちらがいいか考えて後者を選んだんだよ。
原作に関わらずにひっそりと暮らして、生徒が死んだらどうするんだよ。俺は関係ないって目を逸らす事も出来る、けど結末を知ってるから関われば良かったって後悔すると思ったんだ。
自分の命はいつでも投げ出せるくらいの気持ちじゃないと駄目だ、だからナギサ達からの好意はおざなりにしているんだ。じゃないと、俺は。
「どうすれば、大将の自己評価の低さを改善する事が出来るのですか?」
「目的を全て達成したらじゃないかな。大丈夫だってナギサ、だからそんなに泣くなよ。」
ナギサの背中を優しく叩きながら慰める。ん?誰かの足音が近付いてくる。
「ここにいたんだねナギサちゃん、大将もこんばんは。」
やって来たのは先生だった。先生はナギサの様子を見て、俺に何かしたんでしょという目線を送ってきた。俺は何もしてないぞ先生。
「こんばんは先生、ナギサはちょっと疲れてるので用件なら俺が聞きますよ?紅茶はセルフサービスでお願いします、今俺は立てないので。」
「ナギサちゃんに抱き締められてるもんね。」
先生は苦笑いを浮かべながらティーポットを持ってカップに紅茶を注いでいき、紅茶を飲み始める。あっ、思ってた以上に熱かったのか涙目になってる。
「あっつい!」
「保温性が高いティーポットですからね、少し冷ましながら飲んでください。ところで、補習授業部はどうですか?1回目のテストがあったみたいですが、結果は?」
「ヒフミちゃんは合格点を取ったけど、他の3人が不合格だから継続して顧問をする事になったよ。」
あー、やっぱり1回で全員合格は無理だよな。下江と白洲は根気よく勉強を教えれば何とかなるけど、問題は浦和か。
「あと2回あるから頑張れとしか言えないな。」
「⋯⋯ナギサちゃん、聞きたい事があるんだけどいいかな?」
先生の言葉に反応したナギサは俺を抱き締めるのを止めて、先生の方を向く。涙はもう引っ込んだみたいだな。
「何でしょうか?」
「補習授業部のテスト、3回不合格になったら留年って言うのは嘘だよね?本当は
はぁ?退学!?原作のナギサならともかく、この世界のナギサがそんな事するわけないだろ!?補習授業部にヒフミがいるんだぞ!
「⋯⋯その話は一体どなたから聞いたのですか先生?見当違いも甚だしいです。」
「トリニティの優しい生徒から聞いたよ。留年って言ってるけど本当は退学だって。どっちが嘘を付いてるのかな?」
まずい、ナギサと先生がギクシャクし始めた。今介入しても余計に悪化する感じしかしない。少し様子を見るか。
「私が先生に嘘を付くメリットはあるのでしょうか?」
「普通は無いと思う。でも、補習授業部の生徒を退学させたいとなれば話は別だと思うよ。」
先生の言葉を聞いたナギサは紅茶を一口飲み、ため息をつきながらカップを置く。あー、これナギサ怒ってるよ。
「どうやら認識の相違があるようです。先生、貴方がトリニティの生徒から聞いた事を話していただけませんか?それを全て聞いた上で先生の疑問にお答えしますので。」
「⋯⋯トリニティで退学となる場合、手続きを重要視するから本来は手続きが長くて面倒で、たくさんの確認と議論を経たないといけない。」
「先生の仰る通りです。退学の場合は本当に面倒な手続きをしないといけません。」
生徒がそういう手続きをするからなぁ、どんなに早くても半年くらいは掛かると思うぞ。
「でも今回急造された補習授業部は、そういう校則を無視出来るように調整されてある。シャーレの権限が少し組み込まれてるからこういう措置が可能になっている。」
「そして、補習授業部は、
先生の少し怒気が含まれている言葉を聞いたナギサは目を閉じて考え込む。本当に先生は誰から聞いたんだ?
「補習授業部にトリニティの裏切り者がいるって言ってたよ。そして、その裏切り者の狙いがエデン条約締結の阻止だと言う事も。」
「エデン条約についてもその生徒から聞いたよ。トリニティとゲヘナの間に結ばれる不可侵条約、その核心はゲヘナとトリニティの中心メンバーが全員出席する、中立的な機構を設立する事にある。」
「『エデン条約機構』通称『ETO』と呼ばれるであろう団体が、トリニティとゲヘナの間で紛争が起きた時に介入し、その紛争を解決する。」
妙に詳しいな?そこら辺の情報はトリニティやゲヘナの生徒会に所属して役職を持ってるくらいじゃないと知らない筈なんだが?
「これによって、二つの学園の間で全面戦争が起きることが無くなる。誰かが踏み込めば、両陣営が仲良く共倒れする事になるからね。」
「トリニティとゲヘナの長きに渡る敵対関係は、お互いに大きな重荷になっていることも聞いたよ。エデン条約はその無意味な消耗を防ぐ為の、唯一の方法であり、キヴォトスにおける力のバランスを保つ為の方法であることも。」
「連邦生徒会長が掲示した解決策でもあった、でも連邦生徒会長が行方不明になってしまったから空中分解しかけた。」
「それを私の元でどうにかここまで立て直しました。エデン条約についての認識は間違いないです先生。」
一度に長く話した先生は紅茶を飲んで喉を潤していた。ここまで詳しい生徒となると、パテル派のクソトリカスか!
パテル派の生徒は俺だけじゃなくでナギサやヒフミ、スズミやハナエとも仲が悪い。自分に被害が無い時や後ろ盾がいる時は本当に腹立つ程に陰湿な罠を仕掛けてくるよな!
その癖、自分に被害が出るとなったら逃げ出したり、関係無い無実の生徒に罪を擦り付けたり、誰か1人に押し付けて被害者面したりするんだよな!
「念願の条約が締結される直前まで来た、このタイミングで、これを妨害する者達がいるというのを耳にしたんだね?そして、誰なのか分からない、特定には至らなかったから次善の策として、可能性がある容疑者を一箇所に集めたんだね。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「裏切り者は補習授業部の誰か、でも誰なのかは分からない。なら一つの箱に集め、いざという時にまとめて捨てられるように。」
「これが教えてくれた生徒から聞いた内容だよ。」
「なるほど、話してくれてありがとうございます先生。ではお答えします、補習授業部は退学させる為に作ったものではありませんよ!」
やべぇ!ナギサがキレちまった!?机をバンッと叩いて立ち上がっちゃった。先生はナギサのキレ具合に驚いて固まっている。
「ヒフミさんは何度もテストをすっぽかすなと注意しても改善されない!下江コハルさんは1年生なのに3年生の生徒が受ける試験を受けて何度も一桁台の点数を取る!」
「浦和ハナコさんは公の場で水着を着て徘徊したり卑猥な言葉を誰これ構わず言って何度も正実に捕まったり、わざとテストの点数を一桁台にしたり!白洲アズサさんはそもそもテストの点数が良くないのに学園内にブービートラップを仕掛けたりしていますし!」
「このままじゃ4名が停学もあり得ますから!そうならないように補習授業部を作ったのです!トリニティに裏切り者がいる?んなもん知ってますよ!それだけで血生臭いことなんかしませんよ!」
ぜぇぜぇと、肩で息をするナギサはハッとした表情をしておずおずと椅子に座り直した。
「見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません先生。ちょっと気になる事が出てきたので私の方でも確認してみますね。」
「あ、うん、ナギサちゃんの気持ちは分かったよ。こっちでも色々確認してみるよ。じゃあまたね。」
先生はその後、紅茶を飲み干した後にテラスから去っていった。ふぅ、なんとかなったのかこれは?
「夜も遅くなってきたし、俺もそろそろ帰るよ。またな、ナギサ。」
「おやすみなさい大将。」
ナギサに挨拶をしてテラスから出て玄関に向かう。これからパテル派のトリカス達が妨害してくる可能性があるのか、どうにかならんもんかねぇ。
「にしても、夜のトリニティは誰もいなくて陰口も聞こえないから見て回れる。いつもトリニティに来るとパテル派生徒の陰口がうるさいもんな。」
「そりゃほぼ全員大将の事が嫌いだもーん☆」
「聖園!?」
玄関から出て中央広場の噴水を見ていたら後ろから聖園の声が聞こえたと同時に背中に強い衝撃が走って前方に吹き飛ばされた。
地面を転がりながら体勢を整えて立ち上がると聖園のパンチが目の前に迫っていたから咄嗟に『兵士の盾』を装備して防ごうとしたけど、聖園の拳が盾に当たった瞬間、盾が粉砕されてそのまま左腕に拳が直撃した。
「あはは!そんな盾じゃ私の攻撃は防げないよ♪」
「こんの馬鹿力め!何で襲ってきた聖園!?」
「んー?大将にはエデン条約のあれこれが終わるまで寝ていてもらおうと思ってね!」
聖園は笑顔でそう言って俺から少し距離を取った。聖園の拳が直撃した左腕は粉砕骨折していて盾の破片が所々刺さってる。回復してる暇はないなちくしょう!
「抵抗はしない方が痛い目を見るのが少なくて済むよ大将?だから、大人しくやられてね!」
一般男子
エデン条約編は山場なので覚悟はいつも以上にガンギマリの状態になっている。
ミカがこのタイミングで襲って来たのは想定外、いつもの半分のコンディションで戦わないといけない。ここでミカに連行されたら⋯⋯。
桐藤ナギサ
色々と心労が重なって精神的に少し不安定になっている。これでも原作のナギサよりは数倍もメンタルはマシ。
大きな音が聞こえたので現場に向かおうとしてるが、ミカの策略でハスミとイチカから足止めの妨害を喰らっている。
先生
トリニティの優しい生徒(見かけだけ)から補習授業部が出来た理由やエデン条約の話を聞き、真偽を確かめるためにナギサの所に来た。
ちょっと騙されやすい性格である。
聖園ミカ
一般男子がいると自分の計画が崩れるからボコボコにして全治数カ月の怪我を負わせ、料理で回復させないように監禁するつもり。
一般男子の余命の事は知らない。
ある救護騎士団団員
一般男子の怪我を察知し、バリスティックシールドを装備し現場に急いで向かっている。