大人が若い世代に告げるシーンが嫌いだ。
大人になったら後悔すると大人から言われた若者はどうすれば良いのか。最早それは脅迫に近い…
とある男性との恋に二の足を踏む少女。
相手は年上の塾講師。
口の悪い友達が「おっさん」と呼ぶくらい歳は離れている。
仲の良い叔母に相談すると
「今、動かなきゃ大人になった時、後悔するよ」
この一言に背中を押され、勇気を振り絞って告白をする。
塾講師は困ったなと言う顔をした後、それでも少女の告白を受けてくれた。でも、
「一応、塾の偉い人に怒られちゃうからこの事は内緒ね。」
と言われたが、少女は二人だけの秘密が出来て嬉しかった。
晴れて恋人同士となり迎えた初デート。
映画館やショップでは
「女性にお金は出させられない」
と全て出してくれたし、入った事もない高そうなフレンチではしっかりエスコートしてくれた。お姫様にでもなった様な夢のひと時を過ごせたが、日も落ちようという夕方頃、気がつくと怪しいネオン街に足を踏み入れており、そのままいきなりホテルに連れ込まれる。
少女は本当は嫌だったが、
「大人同士が付き合ってれば、こう言う事、普通だよ?本当に俺のこと好きなんだよね?」
と疑いの眼差しを向けられながら言われた上、
「キミはもう少し大人な子だと思ってたよ」
とがっかりした様子に申し訳なくなり、仕方なく体を許す事をになる。
行為のギリギリまで悩んだが、叔母の
「今、動かなきゃ大人になった時、後悔するよ」
という言葉が頭をよぎり、ふっ切った。
痛いだけの行為に後悔の気持ちが溢れ、思わず泣いてしまったが、相手は感動して泣いているのと勘違いして、「もっと気持ち良くしてやるよ」と痛がる少女に構わず行為に没頭する。
少女が解放されたのは門限の7時を過ぎた8時頃だった。
遅く帰ってきた少女を両親は叱ったが、それが心配から来ている事がわかっていたので、少女は心配かけまいと努めて明るく戯けながら、友達と遊んでいたと嘘をつく。
胸は痛んだが、愛の為だと無理矢理納得した。
しかし、苦痛は終わらない。
男は少女と会うたびに行為を求めた。
行為の時の男の顔が怖いので、気は進まない。
しかし、拒絶すると愛を疑う相手に自らの好意が本物であることを証明しようと必死に我慢する。
そんな時、相手の男に妻子がある事が発覚する。
男は
「近いうち、妻とは別れるつもりだ」
と大人ならすぐに分かる嘘をつく。
少女は愛を信じ、その男の言葉を飲みこむ。
その時も少女は「大人になって後悔しない様に、今、この恋を頑張らないと」と自分を励ました。
しかし、妻子の存在がバレてからの男は少しずつ変わっていた。
それまでは遊園地やピクニックなど、まがいなりにもデートらしい事をしてくれていたが、
「今、妻にバレるのはマズい」
などと理由をつけ、ラブホテルの中だけしか会えなくなっていた。
それだけではなく、
「もっと気持ちいいことをしよう」
と怪しげな薬を飲ませようとする。
流石に少女は抵抗するが、またしても愛を口にする男にほだされ、薬を口にする。
「動かなきゃ、後悔。動かなきゃ、後悔」
と最早暗示の様に唱えながら。
薬の効果か行為による痛みは無くなっていた。
しかし、それよりも今まであった行為への罪悪感も無くなった事が有り難かった。それまでチラついていた自分を信じてくれる両親の顔も薬を飲んでいる時だけは思い出さずに済んだ。
ある日、男が薬を持って来なくなった。
再び痛みと罪悪感が少女を襲う。
耐えきれずに少女は男に薬をねだる。
「薬はもう無い」
行為を中断されて不機嫌になりいつもより冷たく言い放つ男。
「え?なんで?」と更に追いすがる少女に、
「金がかかる女だな!キミは!」
男から初めて恫喝され、恐怖が少女を支配する。
少女が大人しくなった事に気を良くした男は、更に高圧的に
「本物の性行為を教えてやるよ」
と言うと、少女をベッドに放り投げると、少女の目の前で避妊具を握り潰しポイッと捨てる。
その意味するところに気付き、首を振るが、恐怖で声が出ない。
…
行為が終わると、男はバツが悪そうにそそくさと服を着る。
少女は呆然と
「赤ちゃん出来ちゃう」
という言葉が頭をグルグルしている。
服を着ながら男はふと思い付いたという顔になり、少女に近づく。
その顔を付き合った時と同じ優しい彼の顔だった。
「薬欲しいならアルバイト紹介するよ?」
優しい彼を手放すまいと、男の提案に少女は頷いた。
数年後…
「今、動かないと、大人になった時、後悔するよ」
叔母の一言を思い出し、目が覚める。
寝ていたようだ。
辺りを見渡すと布団を敷くのが精一杯な程狭く汚い部屋。
わたしの職場だ。
風の噂で男が複数の女生徒と不適切な関係を結んでいた為、逮捕されたと聞いたが、もうそんな事はどうでも良かった。
今、私が感じているのは後悔?怒り?
なんだろ、もう分かんないや。
それでも時々、頭が冴えて色々考える瞬間がある。
なんでこんな風になっちゃったんだっけ?
あの時かな?
…あれっていつ頃の事だったっけ?
でも、まあ、考えても仕方ない。
考えたところで何も変わらない。
そう思うと、枕元に置いてある葉っぱを巻いたタバコの様なものに火をつけて吸う。
頭の中がまたゆっくりと霧のように朦朧としていく。
その霧はあたたかい。
わたしはそこに包まれるだけで良い。
何も決めなくていい。
何も疑わなくていい。
自ら霧の中に身を投じるように、私は、そっと目を閉じる。
―これが、後悔しない生き方。