#1【禍群に集う四人の男】
あぁ、あんた。眠れないのかい?
それならお話をしようね
そうさね、あれにしよう
とある地で、一人の褪せ人が神々の争いに決着をつけた
とある街で、一人の狩人が上位者の戯れを終わらせた
とある星で、一人の猟犬が首輪から解き放たれた
とある国で、一人の忍びが不死の呪いを断ち切った
まるでおとぎ話の英雄譚のようなそれは、本当にあったことなのさ
けれどね、その華々しい話の裏では、彼らはみな一様に苦しんでいたんだよ
『彼』にとっては望みこそすれど満足のいく結末じゃあなかったし、「彼」はそもそもそんな未来を望んでなんかいなかった
【彼】は首輪をいつまでもかけてほしかったのだし、《彼》は他にあの子への救いがないのかと悔恨の中で夢に見た
誰も彼も助けたかった人を助けられず、全てが終わった後心の中に大なり小なり虚しいものを抱えて生きていた
なにも救えなかったわけじゃあないが、幸せでいてほしかった人たちは救われず
世界そのものは救えたんだけどね、いつも心のどこかで寂しい風が吹いていたのさ
だから神様はこう言ったんだよ
「汝ら再び、救いを求める者の力となれ」
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褪せ人の回想
二人の女に付き添う一人の男。
戦鬼の荒々しさを削りだしたような鎧の奥には、色褪せた優しい瞳がある。
彼の名は褪せ人。この世界の住人ではない。
祝福によって居場所を失い、祝福によって伴侶を得た王である。
蔑まれ、騙され、利用され、多くの人を失った彼は、しかし善性を失わず、何百もの死を重ねた末に人の運命を宇宙に解き放った。
最愛の魔女と幸福な日々を過ごした末に天寿を全うしたはずの彼は、ふと気づくとかつて死に別れた巫女と共に大穴に寄り添う街──エルガドに佇んでいた。
これは今際の夢かそれとも……そう悩んでいた褪せ人は、たまたま通りかかった騎士の姉妹に拾われてひとまず街でしばらくの間過ごすことにした。
彼は、この王国の住人が【モンスター】なる脅威に脅かされていることを知る。
火を噴く竜や巨大な蟹。かつての狭間の地を思い出す彼らに懐かしさを覚えど、人死にが出ているのだから笑えない。
しかも、遠く東の里では近くモンスターたちが大挙して押し寄せる災いが近いと聞くではないか。
巫女は弱り、力を万全に振るえない。
だから彼は、再び剣を取りハンターとして戦う決心をした。
祈りも魔術も衰えたものの、彼には鍛え上げた筋肉と伴侶から下賜された月の剣がそばにいる。
この地の人々は狭間の地に負けないくらい素晴らしい。傷ついてほしくない。
かつて叶えられなかった理想を胸に、『彼』はカムラの土を踏む。
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狩人の回想
モンスターの血ワタで赤黒く染まった、青ざめた目の狩人がいる。
血染めになってなお黒い装束。小ぶりなボウガンと奇妙な大ナタで武装している。
狩人はかつて病める街ヤーナムにて獣狩りとなった男だった。
獣狩り。名前こそ勇ましいが、その実態は都合のいい掃除屋である。
罵倒され利用され、優しい人は悲惨な最期を遂げ、悪人ばかりが得をする。
悲しみすら擦り切れるほど疲れ果てた頃、彼は悪夢を企てた上位者の一体となった。
それすら上位者の思い通りだったのを知ったのは、全てが終わった後だった。
だがある時、まどろみから覚めると彼は見知らぬ都に立ち尽くしてた。
「また悪夢か」と自殺を試みた彼であるが、騒ぎを聞きつけたハンター、カゲロウに止められ、あのカゲロウに負けずとも劣らない実力者ということで都に置かれることとなった。
そこで待っていたのは、あまりにも穏やかな日々だった。
美しい桜に彩られた都は華やかで、誰もが助け合い生きていた。
そのうえ狩人を排斥しない。彼を見つけると、みんな嬉しそうに話しかけてくるのだ。
狩人は気づけば自然と笑えるようになっていた。
血に酔った陰惨な笑みなどでなく、日だまりのような朗らかな笑顔を。
ある日、都を大いなる災いが襲う。
剣も弓も届かず、生き残りはほんのわずか。
重傷を負ったカゲロウを助けていた狩人が嗅ぎ取ったのは、惨劇を愛玩するえずくような臭いだった。
激怒した狩人の特攻を、カゲロウが腕に抱いた姫みこが止める。
我が主と姫みこ様、そしてそれがしの為に生きてくだされ──涙ながらに懇願された狩人は、血を吐くような思いで空を泳ぐ龍に背を向けた。
逃げて、逃げて、そして神の慈悲かカムラの里で手厚い保護を受けた狩人は、すくすくと育っていく姫みこを見守りながらモンスターを狩る。
血に酔う狩りは誰にも見せず、心の中にはやり場のない怒りが常に燃えている。
大いなる災いをいつか殺す。俺の故郷を奪ったその罪は、安らかな死では償わせない。
両目に激しい憤怒を宿しながら、「彼」は今日も力を磨く。
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猟犬の回想
カムラの教官から熱心に指導を受け、相棒のガルクと共に汗水を垂らす若い少年。
包帯を身に巻いた少年は、とある老人から621と呼ばれていた。
彼の人生は、お世辞にも幸せなものだとは言えなかった。
若くして旧式の強化手術を受けさせられ、
ミクロ的に見れば? 当然幸せだった。
かけがえのない
そして──世界を教えてくれた
労われ、心配され、褒められ、人間として扱ってくれた。
人を傷つける仕事ばかりしてきたが、その咎はいつもウォルターが背負ってくれた。
守ってくれていたのだ。ウォルターが何を言おうと、その認識は変わらない。
ウォルターは全ての罪を背負い、死んだ。
実験ネズミのほうがよほどマシな仕打ちを受けた末、何一つ報われることもなく。
「お前にも友人ができた」
その意味を悟ったころには、ウォルターは燃え残りの灰すら残っていなかった。
空しさを抱えて生きてきた621は、いつの間にか大社跡にて主人と共に眠っていた。
寄り添うエアがガルクの姿になっていたことはとにかく、死に別れた人間と再会できるのはありえないことだとは情緒が死んだ彼にもわかることだ。
おれがごすたちをせかいいちしあわせにする。
その思いを胸に訓練に励む621を見ていることで、ウォルターが幸せな気持ちになっていることに【彼】はまだ気づいていない。
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忍びの回想
新しく開かれた茶屋でまめまめしく働く少年を、柿渋の着物を着た男が物陰から見守っている。
厳めしい顔に鎮座した瞳には、我が子を見守る父親のような光が宿っている。
その男と少年──狼と九郎は、実の親子ではない。むしろ男が少年に従う立場にある。
九郎は、かつて不死の呪いに囚われていた。
無限に尽きせぬ命の力ではない。
それを九郎の一族は
生命の在り方を歪める竜胤を九郎は嫌い、独学の果て己の死でしかそれを断つことはできないと知り、唯一の腹心である狼にそれを頼んだ。
聡明な九郎へ敬意と愛情を抱いていた狼がそれに何を思ったのか、言うまでもないだろう。
しかし狼は、九郎の覚悟を尊重し、彼の命ごと不死を断った。
どれだけ心が痛み、血を流して悲鳴を上げたとしても、狼はそれを無視することができたのだ。
全てが終わった後のことはよく覚えていない。
ただ他に結末は無かったのかと思いながら、身の内で燃え盛る怨嗟を仏を彫り鎮め続けたことだけは記憶にある。
ある日、木仏の材料を求めて山に分け入った時奇妙な霧に包まれた。
そして気が付けば、見知らぬ里の往来に辿り着いていた。
親切な人間に助けられたのはいいが、神隠しにしては上等すぎる。これが仏の罰なのか?
状況が飲み込めていなかった狼に声をかけたのは、少しだけ成長した九郎の姿だった。
なぜ死別したはずの九郎と再会できたのか? なぜこのような、場違いなほど平和な土地に運ばれたのか?
悩みは尽きないが、悩みながらも、狼は九郎の傍に寄り添い、守ることにした。
許されるのなら、この方の幸せをいつまでも守りたい。
その思いに迷いはない。影となり日向となり、九郎を守るのが《彼》の在り方なのだから。
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いいかい、これは英雄譚などではないんだよ
彼らは英雄ではなく、けれど悪人にもなりきれはしなかった
これはね、ただ愛する者、大切な物を守ろうと精一杯あがいた人間たちのお話なのさ
あんたにだけは、そのことを忘れないでほしいよ
……おや、眠いのかい
なら今宵のお話はここまでにしよう
こらこら、わがままを言うんじゃないよ
あんたはただでさえ朝に弱いんだからね 起こすのはいつもあたしなんだから
明日の夜も寝苦しかったら、またお話をしてあげるからねぇ