生体CPU生存if   作:時竺

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第十四話 気に掛ける理由

 

 結局、クロトの行方は分からず、シャニの部屋を後にしたフレイ。彼女はマンションの正門ではなく、裏門側に回った。

 マンションが西陽を遮り、深い影を落とすその場所には駐輪場がある。このマンションの住人に自転車を使う人はいないのか、いつもシャニかクロトの自転車しか置いていない。

 そこで、彼女は見つけた。

 

 黒のフレームに、赤い模様が走っているシティバイクを。

 

「はぁ……」

 

 あいつ、絶対あの部屋にいたわね。

 

 こんな晴れの日に置いていくわけがないから、間違いなくクロトはまだあの部屋にいると思う。

 つまり、さっきはオルガとシャニに騙されたということになるが、だからといって引き返すつもりはもうない。居場所が分かれば十分だ。警察の世話になっていたり、どこかで野垂れ死にしていないのであればそれでいい。

 

 そのままフレイが裏門から出て、家に帰る道を数分ほど歩いていると、

 

 プップー

 

 目の前からこちらに向かってくる黒い車が、クラクションを鳴らした。

 高級車だ。日陰にあっても、黒光りするボディの光沢は少しもくすんでいない。

 その車の窓から、男が顔を出した。

 

「おやおや、こんな場所で会うとは。君もシャニ・アンドラスの見舞いに?」

 

 ブルーコスモス盟主―ムルタ・アズラエルだった。

 

 この男は何故かあの三人をフルネームで呼ぶ。その不自然な呼び方には人間性が感じられない。たぶん、未だに彼らを“物”としか見てないのだろう。

 それなのにシャニの結婚式まで出ているのだから質が悪い。

 フレイは不機嫌を出来るだけ顔に出さないよう気を付けながら、「そんなところです」と適当に答える。

 オルガが、〈シャニが倒れた〉とグループに送った時点で、この男もいずれ来るだろうと何となく予想して、鉢合わせないようにさっきも早めに退散したのに、運がない。

 

「物好きだねェ、君も。君があの子たちを気に掛ける理由が、ボクにはさっぱり分からナイ。ちょっと同じ艦にいただけで、接点なんてほとんど無かっただろう?」

 

 彼の言う通りだ。あの頃は、彼ら三人との接点なんてほとんどなかった。むしろ、アークエンジェルやキラを撃とうとしていたのだから、フレイにとっては敵であるとも言えるかもしれない。

 接点が出来たのは、戦争が終わってから。

 それまで一度も話したことも無かった、生体CPUの一人と街のゲームセンターで再会して、急に「金貸してくんね?」なんて軽率に言われた時は何の冗談かと思った。でも、あの再会が無ければ今の彼らとの関係も無いのだと思うと不思議な気持ちになる。

 

「気に掛ける理由ですか……そんなこと聞いてどうするんです?」

 

 言いたくない、というのが素直な気持ちだった。心の内をさらけ出せば、この男にいつか付け込まれるような気がするからだ。

 

「冷たいなァ。もしかして嫌われてる?ボク、君に何かしたっけ?」

「いいえ、何も。むしろ、何もないのでこんな風に冷たく出来るわけですけど」

「そんなに棘のあること言う子でしたかネェ。まぁ、確かにボクから君への“貸し”は何一つないしネ。“彼ら”と違って」

 

 “彼ら”があの三人の青年のことだというのは言わずもがなだった。

 一体、彼らはアズラエルにどれほどの借りがあるのだろう。毎月、生活費を工面して貰っていることくらいしかフレイは知らない。

 けど、絶対そんなわけはないはずだ。

 その程度の貸しで、こんなに意地の悪い表情を浮かべる人間ではないというのがフレイのアズラエルという男への理解だった。

 

「すみません、私これから用事があるんで、失礼してもいいですか」

 

 もちろん用事などない。話を切り上げるための方便だった。さっさとこの場を立ち去りたかったのに、アズラエルは尚も喰らいついてきた。

 

「用事、ネェ……またクロト・ブエルの行方を追ってゲーセンを巡る旅でもするのかな」

「そう思っていただいて結構です」

 

 あまり追及されたくないのでまたしてもあっさりと返すが、アズラエルの好奇心はフレイを逃がさない。

 

「どうして君はクロト・ブエルにそこまで固執するんだい?」

 

 そう言いながらアズラエルはフレイを見つめた。まるでこちらの一挙手一投足を探るような視線に思わず緊張が走る。

 アズラエルのこういう目はどうも苦手だ。シャニの結婚式という祝いの場に出た時ですら、彼は時々こういう目をしていた。

 他人の付け入る隙、彼風に言えば“ビジネスのネタ”を探している。そんな風に見えてしまう。

 

「オルガ・サブナックでもなく、シャニ・アンドラスでもなく、何故彼なんだ。そもそもあの三人の内の誰かを選ぼうとすること自体が疑問に思うことではあるけれど、MSを降りた後の彼は酷いもんだ。放って置いたら、案の定ゲームのことしか頭になくて、生活も安定させる気が無い、ただのゲームクズじゃナイか」

 

 何もそこまで言わなくても……とフォローしてあげるべきだったのかもしれないが、フレイから見てもクロトはゲームクズなので何も言えなかった。

 でも、あれはあれでクロト・ブエルという一人の人間の生き方なのだから仕方がない。きっと、誰が言っても直らないだろう。

 

「あいつがゲームクズなら、私も既にその同類として片足突っ込んでるかもしれませんね」

「ん?」

「ゲームしてるんです、私たち」

「ゲーム……?」

 

 アズラエルの口がようやく止まり、フレイも緊張が解かれた想いだった。

 

「ゲームって、一体どんな?」

「これ以上は言えません。フェアじゃなくなってしまうので」

 

 失礼します。と形式ばかりのお辞儀をして、フレイはアズラエルが乗る車の横を過ぎ去った。 

 

 

 あ、そうだ。

 

 

 アズラエルの車が見えなくなった所で、フレイは端末を取り出した。

 ずっと無視され続けている、クロトとのメッセージ画面を開く。

 

 

 一応、警告だけしてあげようかしら。

 

 

 

 

 

「食えない娘だ」

 

 静かに歩き去るフレイの背中を、アズラエルは冷ややかな眼を向けて見送る。

 アルスターという名は知っていたが、娘の方とは今まで全く面識が無かった。

 ジョージ・アルスターの一人娘。母親が幼い頃に他界した故にわがままなお嬢様に育ったという話は聞いたことがあったが、先の戦争を経てから変わったのか、彼女はどうも扱いづらい。

 

 まぁ、ボクの邪魔をしないのであれば何でもいいけどネ。

 

 アズラエルはフレイを監視しているわけではないが、彼女もまた自分達と同様、あの三人が壊れることを良しとしない側の人間であることは間違いないと感じていた。そうでなければ、わざわざアンドラス宅に差し入れを持っていく、なんてことはしていないだろう。

 利害が一致している限り、こちらからどうこうするつもりもない。

 

 フレイへの興味を一旦他所へ追いやり、アズラエルは再び車を走らせた。

 目的地に近づくと、物々しい軍事車両が道路に姿を現した。

 そのすぐ側に、地球連合軍の制服を着た中年の男性が立っている。先の大戦でも腹心としてアズラエルを支えていた男、ウィリアム・サザーランドである。

 

「お待ちしておりました、アズラエル様」

「ご苦労様。悪いネ、こんなことで呼び寄せちゃって」

「構いません。“暇”なので」

「君もか。嫌だよネェ、平和って」

「軍事演習すら滅多なことでは赦されず、練兵もままなりませんので、このような機会を与えていただき、感謝します」

「あはっ!」

 

 アズラエルは思わず吹き出した。

 

「こらこら、これは軍事演習なんかじゃないヨ?あくまで“家庭訪問”。」

「承知しております。軍を動かすための方便です」

「なるほど。まぁ、いいケド。“後処理業者”は?」

「手配済みです」

 

 一切表情を変えず、淡々と告げるサザーランドの手際の良さに、アズラエルは満足げに口元を緩める。

 戦争が終わり、軍内部の力も多少衰えたとはいえ、彼の発言力は未だ健在だ。

 

「どうも~アズラエル理事」

 

 アズラエルとサザーランドがそんなやり取りをしていると、軍事車両の中からヘルメットと防弾チョッキで武装した兵が数人降りてきた。

 

「今回の為に派遣された特殊部隊の者達です」

 

 サザーランドが簡単に紹介する。

 全員ヘルメットで顔を覆っている為、どのような容姿かは分からないが、随分と小柄な兵が何人かいることにアズラエルは気づいた。

 兵の内の一人がアズラエルに話しかける。

 

「私が今回の指揮官です」

「どうも」

「周辺の人払いは済ませました。後は他のマンションの住人ですが—」

「あぁ、大丈夫。“いない”から」

「……であれば、こちらはいつでも突入可能です」

「君たちは裏から行くんだろう?ボクは正面から行くけど、ボディガードはくれるのかな」

「もちろん。この三人—あれ、おーい、もう一人はどこに行った」

 

 まだ車両の中ですよ。

 呼んで来い。

 指揮官と兵士がそんなやり取りをする。

 軍用車両から一人の兵士が別の兵士に連れられて降りてくる。

 その兵もまた、小柄な体格だった。

 

「君たち、ヘルメットを取ってくれないか」

 

 アズラエルに言われ、三人の兵士がヘルメットを外す。

 

「あぁ、なるほど。“君たち”ね。ちゃんと使えるのかい?」

「優秀な子たちですよ。能力としては十分かと」

「そうじゃなくて……あいつらに手心を加えたりしないかって心配しているんだ」

「やる時はやる子たちですから」

「……随分信頼しているんだネェ」

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「何?」

「あーいや、失礼。すみません、ユーラシア連邦から転属した身なので、時々地元の訛りが出てしまうものでして」

「そう」

 

 先ほどの小娘と同様、この男も手に取りづらくて仕方がない。 

 しかし、秘密裏にことを進めたいアズラエルにとって、彼らはとても貴重な戦力だ。

 

「いいか、お前たち。これはあくまで訓練だ。向こうがどんな手で来るかは分からないが、死人は出すなよ」

 

 あいつら相手に?無茶言うなぁ。兵士の一人がごちる。

 

 

「それじゃあ、行こう。—慎ましく、な」

 

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