ひとしきり笑い転げた後、テンションが落ち着いてきたところで、オルガとクロトはまただらだらとゲームを再開した。
二人は放送禁止用語とも呼べる暴言を連発しながら叫びあっている。それはソファに寝そべりながらイヤホンから音が漏れる程の音量で音楽を聴いているシャニの耳にも入ってくる程だった。
これだけ騒げば、普通のマンションであれば五月蝿いと文句が飛んでくるだろう。
しかし、この部屋は特別な防音仕様になっている。
『万が一君が禁断症状に苦しんで暴れることがあっても、音が外に漏れない仕様にしてもらいました。感謝してくださいね』
この部屋を紹介したアズラエルはそう説明した。頼んだわけでもないのに、恩着せがましくそんなことを言ってきたアズラエルの顔が目に浮かんできて嫌な気持ちになる。
気分転換をしようと寝返りを打ち、オルガとクロトが興じているゲーム画面をぼんやり眺める。
二人はあっという間にシーズンランキング上位までのし上がっていった。当然の結果だ。元々常人以上の反射神経を持つように作られた彼らに、一般のプレイヤーが敵うわけがない。
「おいどけ、そいつは俺の獲物だぞ」
「ぶわ~か!真っ赤な体力でつっこむ気かよ。これだから脳筋の戦闘狂は」
「うるせぇ!あいつにやられたダメージ分、やり返さねぇと気が済まねぇ」
「あーはいはい。どうぞ、じゃあ死んできてください。僕は知らないよォ」
シャニが思っていた以上に、オルガは辛抱強くクロトのゲームに付き合っていた。
そんな二人を見ている内に、シャニはあることに気付いた。
オルガがいると楽だな……。
オルガがいれば、自分がクロトの相手をする必要がない。
クロトは基本いつも勝手に来て勝手にゲームをしていくが、面倒なところは、時々こっちを相方に誘ってきて、気分が乗らないからと誘いを断ったらソファから無理矢理引きずり下ろしてくるところだ。
おかげで、今までに何度床に頭をぶつけたことか。ムカついて、テレビをクロトに投げつけたこともある。今あるテレビ、何台目だっけ?忘れた。
ゲーム画面を見るのも飽きてきて、シャニは大きく欠伸をした。起きている時は常に眠いが、薬を飲んだ後は睡魔が余計に強くなる。
さっきも寝ようとしたが、結局フレイが来て結局眠れなかったのだった。
今度こそ昼寝をしようと試みる。しかし、ちょうど良く鳴った携帯のバイブ通知がそれを妨げる。
今度は、何……。
出来ることなら無視を決めたかったが、嫁からのメッセージかもしれないので見ないわけにはいけない。
結婚生活において、基本的に彼女はシャニを自由にさせていた。彼らの間に交わされた約束事は二つだけ。その一つが「私からのメッセージを見たら必ず反応すること」だった。「うん」でも何でも、スタンプだけでもいいと言うのだから、それくらいは守ってやろうとシャニも妥協していた。
身体をよじりながら携帯を取り出し、通知画面を開く。
〈昼の薬、飲んだ?〉
やっぱり、来ていた。
〈うん〉とだけ返す。それで終わり―のつもりだったが、新しいメッセージ通知が画面に映る。
〈シャニ、ぐあい大丈夫?〉
そんなメッセージを送ってきたのは嫁ではなかった。
「ステラ……?」
ステラ・ルーシェ。
自分達と同じ強化人間として軍の処置を受けた少女。
終戦後、とあるきっかけがあって、スティング・オークレーとアウル・ニーダ共々顔を合わせて以来、時々コンタクトを取ってくるようになった。
とはいえ、お互いに接触すれば煽り文句や野次を飛ばし合うだけなので、シャニたちと彼らの仲はお世辞にも良好とは言えない。(ステラに限っては良いとも悪いとも言えないような気もするが)
突然心配のメッセージを送ってきた理由は何となく分かる。
先ほどオルガが間違って送ったというグループにステラもいたのだろう。
さっと返事をしようと思い、文字を叩く。
〈へいき〉
〈おなかすいてない?今おしごとでちかくまで来てるの。何か持っていく?〉
いらない、と打とうとして手を止める。
「ねぇ」
「ん?」
声をかけると、ゲーム画面から振り向きもせずにオルガが生返事をする。
「ステラたちって……仕事してんの?」
「特に定職にはついてなかったと思うが、あれだろ、マーガリンみてぇな名前のおっさんから斡旋されてやってるとかいう」
マーガリン……誰?
「確か、地球軍にいたパイロットのおっさんとかじゃなかったか?」
「ふうん」
シャニは気だるそうに相槌をうつ。
正直、名前なんてどうでもいい。どうせ、自分には直接関わりのない人物だ。
「とにかく、軍辞めてからはそいつの世話んなってるらしい。何の仕事をしてるかは知らん」
まぁ、何でもいっか。
気を取り直し、シャニは再びステラに返信をする。
何か持ってきて欲しいものはあるか、という話だったか。
シャニが返信をする前に、ステラからまた別のメッセージが届いていた。
〈間違えた。ステラ、これからすぐおしごとだから、行けないんだった〉
〈いいよ。オルガとクロトいるし〉
〈よかった〉
無表情ながら、ほっとしているステラの顔がリアルタイムに浮かぶ。
〈これから、おっさん?もそっちに行くみたいだけど、二人がいるなら大丈夫だね。気をつけて〉
ん?
最後のステラのメッセージに、シャニは首をかしげる。
本人は一生懸命打ち込んでいるのだろうが、ステラのメッセージは時々文章として成り立っておらず、何が言いたいのか分からないことがある。
とりあえず、今のメッセージから分かることは、「おっさん」という奴がここにやって来るということだが、シャニたちの間で「おっさん」と聞いて思い当たる人物は一人しかいない。
けど、気をつけてって何だ?
オルガとクロトがいれば大丈夫?
何のことか全然分からない。
「オルガ」
「ぁあん?」
「オレの結婚式のグルって誰が入ってんの?」
「俺、クロト、それからフレイにスティング、アウル、ステラ……それから艦長とおっさんだな。それがどうした」
「いや、何か……今からおっさんがうちに来るって……ステラが言ってる」
「ステラが?何で」
「分かんない……グルん中で何か言ってないか見てよ」
「めんどくせぇな」とボヤきつつ、ゲームの方が落ち着いてリザルト画面になったところでオルガは携帯端末を確認する。
同様に、クロトも自分の端末を見ている。
突然オルガが「げっ!」と目をかっ開いて声を上げた。
「バカみてぇに通知来てんだが……しかもグル内チャットじゃなくて俺個人宛かよ」
「通知……ステラから?」
「ちげぇよ。おっさん」
「何て言ってんの?」
「今からお前をリハビリセンターに強制連行するから捕まえとけって」
うっ……とシャニは呻く。
「強制?何それウザ……」
面倒くさい。
一番最初に浮かんだのはそんな感想だったが、すぐに“何で?”という感情に上書きされた。検査をサボったから?それだけじゃないだろう。サボったことなんて何回もある。でも、強制連行なんて言われたのは初めてだ。何で今更……。
「検査行かない奴が悪ぃんだよ。僕はちゃんと行ってきたもんね」
「つか、何で本人に言わねぇで俺に言うんだよ」
「それはたぶん、オレ、おっさんのことブロックしてるから」
「すげぇなお前」
「ウザいじゃん……メッセ来るの」
「俺だって嫌だっつーの」
シャニはちらっと部屋の時計を見た。もう15時を過ぎている。
アズラエルが検査を強要してくるということは、たぶん精密検査を受けさせられる。するといつもの検査よりも時間がかかり、あいつ―嫁の帰りの時間に間に合わない。それは少々都合が悪い。
おっさんが来る前に出てやり過ごすか……。
「オレ逃げる……あとよろしく」
「はぁ!?」
何をほざいているんだと言いたそうなオルガを無視して、一先ず身支度を始める。いや、支度をする時間すら惜しい。端末と薬があればそれでいい。
「逃げるってどこに?」
「どこでも……おっさん来たらセンターに行ったって言っといてよ」
「今から出ても遅いと思うよ」
さっきからずっと自分の端末をいじっていたクロトが顔を上げた。
その画面をシャニとオルガに見せつけるように突きつける。一秒でも早く家を出たいシャニだったが、クロトのニヤけ面が気になり、オルガと共に顔を突き合わせてその画面を拝むこととなった。表示されていたのはフレイからのメッセージ画面。
〈クロト、いつまで私を無視するつもり?検査の結果、ちゃんと私に報告しなさいよね〉
〈あと、まだシャニのとこにいるならすぐに出た方がいいわよ〉
「おいおい、お前がいたこと結局バレてたんじゃねぇか?」
「そんなことはいいから、下、下」
オルガが茶々を入れたが、仕切り直して画面の下の方に目を遣る。
〈私さっき、盟主様の車とすれ違ったから。そのうち向かうと思うわ〉
頻繁にフレイからクロトにメッセージが送られてることとか、検査の結果の開示を毎回要求されているのかとか、色々と突っ込みたいことの多い内容だったが、それよりも一番シャニの目に衝撃が走ったのは最後の一文。
〈盟主様の車とすれ違った〉
シャニはクロトの胸倉を掴んで迫った。
「ざけてんじゃねーよてめぇ!何でもっと早く言わなかった!」
「ひひひ。ごめんなさいねぇ、今気付いたもんで。僕の端末を沈めたバチでも当たったんじゃないのォ?」
このクソガキ……。
完全に人の不幸を楽しんでいるクロトを殴りたくて仕方がないが、今はそんな場合ではない。
「お前ら、オレを助けろ」
シャニがクロトから手を離して言うと、「ふうん」とクロトが興味深そうに口角を吊り上げる。
「珍しいじゃん、お前が僕らに助けを求めるなんて」
「いやいや、ホントにおっさんが来んのか?フレイが言ってるのも、たまたま見かけたってだけだろ?」
「甘いよ……」
オルガはムルタ・アズラエルという男を分かってない。
しかし、シャニは知っている。
「やるって言ったらやるし……来るって言ったら来る。おっさんはそういう奴」
「まぁ、マジにおっさんが来るとして、お前を助けたことの見返りは?」
クロトが差し出してきた手を、シャニは困惑気味に見つめる。は?見返り?
「おいおい何も無しってこたねェだろ?あのねぇ、僕ら、お前を捕まえろって命令受けてんの。それを無視してまで、僕らにお前を助けるメリットがあるのか、教えてくれよォ」
じゃあ、
「『オレがゲーセンの対戦ゲームで本気出す券』……五枚」
とりあえず、適当に思い付いた物を言ってみた。
「ゴミじゃねぇか」とオルガが吐き捨てる。
言った自分でもそう思う。が、
「なるほど……そう来ましたか」
何故かクロトだけは神妙な顔付きだった。
ぶつぶつ何か呟いている。
「五回……五回分ね。もう一声だな」
「おい、クロト?」
「えっと……じゃあ、券十枚?」
「乗った!」
「な!?」
驚いて声を上げたのはオルガだったが、驚いたのはシャニも同じだった。
こいつ、こんなんで釣れんだ。やっす。
「お前冗談だろ……」
「だってさ、こいつが本気出す機会なんてレアだぜ?いいじゃん、減るもんでもないし。で?お前はどうすんの?もちろんやるだろ?」
「やるかよ。俺はさっさと退散させてもらうぜ。さっきみたいな茶番に付き合うほど暇じゃねぇ」
流石にオルガは釣れないか。
いや、あれで釣れたクロトがおかしいんだけど。
別にクロト一人がいれば駒としては十分のような気もするが、二人いるに越したことは無い。
もう、面倒だから無理矢理に縛り上げて囮にでもしてしまおうか、とシャニが投げやりに考え出した頃、
「そっかぁ、断っちゃうのかぁ、いいのかな~?僕、“あのこと”言っちゃうよ?」
ピクッ。
クロトの言葉に、オルガが眉を潜めた。訝しむような視線の先ではクロトがハンドサインを送っているが、それはシャニの位置からでもハッキリ見ることが出来た。
親指と、他の指の先をくっつけたシルエット。何あれ、♡型?
突然オルガが「はっ!」と短く息を飲み、
「クロト~~~~~!」
顔を真っ赤にして怒り出した。
「ん?どした?僕何も言ってないよ?」
「あのこと……何?」
「大丈夫だシャニ、お前には関係ねぇ」
嘘つけ……。
オルガは慌てて誤魔化したが、シャニはそれが嘘だということを確信していた。今日だけでいくつヒントを与えられたことか。
「あーもう分かったよ!協力すりゃいいんだろ!」
ヤケクソ気味に声を張り上げて立ち上がるオルガの足元でクロトが「きしし……」と気味の悪い笑い声を上げていた。