「で?作戦は?」
クロトに足元を見られ、取り急ぎシャニを助ける方向で協力することになったオルガは、この部屋の間取り図(クロトが適当に描いた)が広げられているテーブルの前に腕を組みながらシャニに問う。三人の手には、各々マジックペンが一本ずつ握られている。
「作戦……」
シャニは緑のマジックペンをコロコロと手の中で転がしながら、ガタガタな間取り線で走り書きされた図面をじっと見つめている。
人を無理矢理巻き込んでおいて、まさか何も策がないなんてことはないだろう。オルガはそんな淡い期待を抱いていたが、
「オルガがおっさんをぶっ殺す……以上」
「死ね」
オルガの期待はつゆと消えた。
続いて「いいこと考えた」とペンを耳に引っかけたクロトが、身振り手振りを用いながら提案する。
「こういうのはさ、玄関に油をバーッ!って撒いて、画鋲をパラパラ~っと置いときゃいいんだよ」
「ベタだな」
「有り……」
有りなのか。
シャニから承諾を得たクロトが赤のマーカーで玄関にマーキングしていく。
それから、ロープで罠を張るとか、頭の上にフライパンが落ちてくる仕掛けを作るとか、様々なくだらない作戦が立案されては流れ作業のようにシャニが採用していく、という不安しか残らない会議がしばらく続いた。更にはクロトが「手榴弾とか無いの?」などと言って人の家のクローゼットを勝手に漁り始め、シャニも便乗して武器になりそうな物を求めて席を立つ。オルガはそんな二人の動向を冷ややかな目で追っていたが、シャニが「見て見て~ゲシュマイディッヒパンツァ~」とかほざきながらネズミ捕り用の粘着シートを二枚両手に構えてふざけ始めた時には不覚にも笑いそうになってしまった。
色々探し回ったが、結局使えそうな物はほとんど見つからず、仕掛けを作る時間もない為、ろくな対策が立たないまま悪戯に時間だけが過ぎていった。
最初に来た時にオルガも感じたことだが、本当にこの住まいは物が少ない。
「あーあ。結局、武器になりそうなのはシャニが見つけてきたネズミ捕りだけか」
クロトが不満げに口を尖らせながら、書き込みでぐちゃぐちゃになった間取り図の上に突っ伏す。ネズミ捕りは武器判定らしい。
いや、それよりも、
「お前ら、撃退方法考えるのもいいが、普通に居留守すれば良くないか?玄関鍵かけてよぉ」
言いながら、オルガは青のマジックペンで玄関口に大きく✕印を書く。しかし、こちらは「無駄……」とシャニに一蹴される。
「おっさん、うちの合鍵持ってる」
「はぁ?」
「この部屋……おっさんの持ち物でもあるから」
「え?おっさんから借りてるってこと?」
「……そんな感じ、かな」
シャニがわずかに言葉を詰まらせながら言う。
その表情をオルガは盗み見る。いつもの無表情は相変わらずだが、今の歯に物が挟まったような言い方は何だ?
少し気になる言い方だったが、そもそもいつも何考えてるか分からない奴だし、会話が成立しないこともままあることだと、一先ず気にしないことにした。
再びオルガの視線は間取り図に戻る。
「居留守が使えねぇなら、やっぱ正面突破か」
「もう、さっきシャニが言ってた作戦でいいじゃん。『オルガがおっさんぶっ殺してめでたしめでたし作戦』」
「俺じゃなくたって誰だっていいだろ。相手は軍人でもねぇナチュラルの中年だぞ?お前らビビりすぎなんだよ」
正直言って、シャニがアズラエルに怯えている理由がオルガには分からなかった。
力でいえばこっちの方が圧倒的に上。
それこそシャニ一人でだって簡単に切り抜けられるはずだ。
「俺らに力で敵わないってことくらい、おっさんだって分かるはずだろ?それでも来るって、一体どんな勝算があるってんだ」
「めちゃめちゃマッチョのボディガードとか連れて来たりして?」
「お前らを金で買収、とかもありそう……」
「言うじゃん。僕の買収は高くつくよ?」などとクロトが得意気に言う。
ついさっきゴミみたいな回数券で買収された奴は誰だよと言ってやりたくなる。
「とにかく……相手はどんな手でも使ってくると思う」
「隠し部屋とか、秘密の脱出ルートとか無ぇの?」
「そんなんあるわけ……」
言いかけて、いや、と留まるシャニ。
「ベランダ……非常階段なら……逃げれるかも」
「ですね!」
「あ、おい!お前ら!」
「オルガは玄関に油撒いといて」
その案はまだ生きてるのかよ。
シャニとクロトがすかさずリビングを飛び出していく。
オルガも何となく台所を漁り、徳用の油を持ち出して未だに散らかっている玄関にぶちまけた。
これ、終わった後の片付けどうするんだ?
そんな疑問を抱えながら、オルガも二人を追いかけて寝室へ向かう。
そこはダブルサイズのベッドが一つと、ソファベッドが一つ。ベッド脇にはルームライトが乗ったサイドチェスト。他にはちょっとした収納棚と本棚があるだけのシンプルな部屋だが、まるでホテルの一室のように整っている部屋だった。
自分が住んでいるボロアパートと比べてしまい、オルガは悲しくなった。
今日このマンションを訪れてから何度か思ったことだが、なんかシャニだけ地味にいい暮らししてないか?
手前から奥に向かって並ぶベッド類を通過するとベランダサッシに突き当たる。オルガが部屋に足を踏み入れた時、クロトとシャニは既にベランダから身を乗り出していた。
「おっと!?」
「やばすぎ……」
何を見たのか、二人は妙な声を上げたかと思えばあっさり寝室に戻り、ピシャッとガラス戸を閉めて鍵をかけ、更にカーテンまできっちり閉めた。
「残念、読まれてた」
締め切ったカーテンを背にヘラヘラと笑っているクロト。
シャニはというとガタガタと本棚やら何やら、部屋の家具を動かして何かしている。バリケードでも作るつもりだろうか。
このカオスな状況、さて、どちらから声をかけようかと考えた結果、オルガはまずクロトに声をかけた。
「外は?何か見たのか?」
「武装した特殊部隊みたいな奴らが、非常階段を上がってこっちに向かってくるのが見えた」
は?
「お前、ゲームのしすぎか薬のキメ過ぎで、ついに幻覚でも見ちまったんじゃねぇの?」
「ホントだって!自分で見てみな?」
クロトが脇に避け、オルガは閉じられたカーテンをシャッと開け放った。
そして、見た。
「え」
ガッチリ防弾着とヘルメットで固められた黒ずくめの兵。
その手にはマシンガン。
そして、銃口。
それが、真っ先にオルガの視界に飛び込んできた物だった。
オルガとそれらを隔てるものは、たった一枚のガラス戸。
「お前ら!伏せろ!!!」
オルガの叫びと重なるように、ダダダダダ!と音を立ててマシンガンが火を吹く。
すぐにガラスが破壊されるかと思ったが、何故か防弾仕様らしく、しばらくは持ちこたえている。
「うひゃあ……ボディガードどころか、マジの軍連れて来るとはねぇ」
「おもしれぇじゃん……」
ベッドの間の床に身を潜めていたクロトが喚き、シャニは入り口でバリケード代わりの本棚を背にしながら唇を嘗める。
オルガはそんな二人を交互に見て、深いため息をついた。
参ったな。お前ら―
何ちょっと楽しそうな顔してんだよ。
敵は現物の武器を持った武装集団。
こっちは丸腰。
どう考えても状況は絶望的。
だが……
二人のニヤケた顔を見ながら、オルガは自分の頬も緩んでしまっていることに気付いた。
結局、こういう逆境が好きなのだと、嫌でも分からされてしまう。
ピンポーン
突然鳴り響く、インターホンの呼び出し音。オルガは思わず身震いをした。親玉がやって来たのだと、三人とも察していた。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
二回……三回……四回……。
何度もインターホンは鳴らされた。
不思議だ。ベランダでは物騒な音を立てて防弾ガラスが破壊されているのに、その隙間を縫うように聞こえてくる無機質な電子音の方が不気味に思えるなんて。
「進んでも終わり、引いても終わり。こうなったら―」
唐突に、クロトがこぶしを握って意気揚々と立ち上がった。
「徹!底!抗戦!籠城するよ。奴らが諦めるまで絶・対にここから動かない。僕たちがいつまでも上の命令に従うお人形さんじゃないってことを見せてやるんだ!」
「暑苦し……」
「オルガもそう思うだろ?」
「何でお前は毎回俺が乗り気だと思うんだよ。だが……」
もう、認めざるを得ない。オルガも内心ではこの状況を楽しんでいた。
それに、“上の命令に従う人形”ではないことを証明したいという気持ちにも賛同できる。
『MSも乗れない世界で、自分たちだけで生きていく?あはは!そんなこと出来るわけないじゃナイか。笑わせないでください』
戦争が終わった後、アズラエルに言われた言葉だ。今でも覚えている。
どんな形であれ、他人から見下されるのは反吐が出る程嫌いだ。だからこんな茶番でも手を抜きたくない。
上等じゃねぇか。
「今回ばかりは、ちぃと暴れるのも悪くねぇな」
バシッとオルガが拳に平手を打ち付けるのを見てクロトもシャニもニヤリとする。
全員、何でこんなことになっているかという目的はすっかり忘れて、久しぶりに沸き起こる戦闘意欲を満たすことしか考えていなかった。
どんどんどん!
今度の音は、寝室の入り口から聞こえてきた。ドアが激しく叩かれる。
「あー君達?」
来た!
三人は一斉にバリケードの方を向く。
雑なバリケードで塞がれたドアの向こうから聞こえる声の主は、極力この世で最も顔を合わせたくない男―ムルタ・アズラエル。
「何ですかあの古典的な油のトラップ。ボクのブランド物の靴が汚れちゃったんですケド。どうしてこんな意地悪するんです?シャニ・アンドラスが倒れたって聞いて、このボクがわざわざ迎えに来てあげたというのに」
「別に、大丈夫だから……帰っていいよ」
バリケード越しにシャニはアズラエルに言葉を返す。
しかし、相手はそんな一言で退くような男ではなく、
「それは良かった。でもネ、それじゃダメなんですよ。たまには“家庭訪問”しろって言われてるんで」
「だから……いらねぇって―」
ガシャーン!
一際激しい音が鳴り響く。
ベランダの防弾ガラスが突破されたのだ。
機銃音と共に部屋の中に割れたガラスの破片が入り込む。
つづいて、ヘルメットとプロテクターでびっしり武装した隊員が一人、また一人と外から侵入してくる。
こうして、世界一物騒な家庭訪問は始まった。