生体CPU生存if   作:時竺

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第十七話 アズラエルの提案

 

「先手必勝!おりゃあ!」

 

 最初に動いたのはクロトだった。

 ベッドの陰で待ち構えていたクロトは勢いよく飛び出し、部屋に踏み込んできた兵の頭に飛び蹴りを叩きこむ。小柄な体格とはいえ、身体能力を極限まで強化された青年の蹴撃は強烈で、ヘルメットをつけた兵といえども全身を吹っ飛ばされてしまう。

 

「まず一人!うぉ!?」

 

 巨大な何かが飛んでくる気配を感じたクロトが咄嗟にしゃがむ。

 その頭上を背丈五十センチ程のサイドチェストが過ぎ去り、続いて侵入しようとして来た隊員に命中した。

 

「避けたの?つまんね」

「てめぇかシャニ!僕にも当たるところだっただろォ!?」

「いいだろ……減るもんじゃないし」

「ざけんなクソ野郎」

「はい、これ」

「あ?」

「使わしてあげる……」

「何これ、ネズミ捕り?こんなん何に使うわけ?」

 

 ふっ、と鼻で笑いながら、シャニはクロトの後ろから接近していた隊員のバイザーに、ネズミ捕り用シートを顔面パイ投げよろしく叩きつけた。粘着部分がしっかりバイザーに貼り付く。視界を奪われた隊員はなす術なくシャニに蹴り飛ばされる。クロトが「ひゅ~♪やるじゃん」と口笛を吹く。

 

 二人が前線を張っている間に、オルガは最初にクロトに蹴り飛ばされて床に伸びている兵の傍に落ちている銃を拾い上げた。型は地球連合軍の正式仕様と同じ。これなら訓練で使ったことがある。

 弾は―ご丁寧に実弾が6発充填されていた。

 更に二、三人、立て続けに敵が侵入。こちらにまともな武器が無いと悟られたのか、後続の兵はやたら強気に向かってくる。

 

 なら、ちょっとビビらせてやるか。

 

 

「どけお前ら!」

 

 オルガがベランダの方へ銃を向ける。射線上にはクロトとシャニがいたが、二人が左右に避けるのを確認してオルガは数発、発砲。

 全弾命中はしたが、どうせヘルメットも胴着も高性能な防弾仕様だろう。それで倒せるわけではないが、当たった衝撃で敵が怯んだところをシャニが一人がけの椅子の足を持って振り回す。当たった兵のみならず、勢い余って後ろから来ていた何人かの敵がベランダから外に投げ出される。その拍子に椅子は原型を留めない程に壊れたが、シャニはこの家の家具がどうなろうがどうでもいいらしい。嫁が帰ってきたらどう説明するつもりだ。

 

 そんなことを頭の片隅に置きながらも、オルガは自分の感情が昂っているのを感じていた。

 平和の中で忘れそうになっていた高揚感。

 たかがワンルームマンションの寝室だが、彼らにとってここは戦場だった。

 圧倒的な武力で向かってくる敵を捩じ伏せ、自分達が強者であることを知らしめることの出来る戦場。

 本能のままに暴れ、破壊の限りを尽くす。

 一つ不満があるとすれば、突入してきた奴らの戦闘能力が大したことないことだった。

 恐らく彼らは普通のナチュラルだ。身体能力も、反応速度も、並みの人間より少し優れているくらい。

 一方、こっちは“そっち方面”に全振りで鍛えられたのだ。立っている土俵が違う。

 MSが無くとも、戦闘マシーンとして強化された三人を相手にしては制圧も一筋縄ではいかず膠着状態が続いた。

 しかし、ついに部屋の入り口の方からも大きな破壊音が聞こえた。振り返るとバリケードにしていた本棚もろともドアが突き破られていた。

 

 

「どうも、皆さんお揃いで」

 

 

 顔の前の砂ぼこりを手で払いつつ現れたのは、反コーディネーターの過激派組織の頂点に君臨している男―ムルタ・アズラエル。

 

「あーあーこんなにやらかして。君たち本当に、戦うのが好きなんだから」

「すみませんねぇ。僕たちそういう風に育てられたもんで」

「それについては反論出来ないね」

 

 クロトの言い分を半分受け流し打つ、アズラエルは肩を竦める。

 

「あの頃より力は衰えているとは思っていたけど、一ミリでも連帯感を持った君たちの爆発力はやはり凄まじいネ。どうせなら、初陣を飾ったオーブ戦の時からそうして欲しかったのだけど」

 

 人を褒めたいのか貶めたいのかどっちなんだ。それとも、口を開いたら他人の悪口を言わないと気が済まない性分なのかもしれない。

 

「だけどね、そろそろ止めにしませんか?ボクも出来れば穏便に済ませたいからサ」

「穏便に済ませたいなら軍なんて連れてくるなよ……」

「君たちがシャニ・アンドラスの味方につかなきゃこんなことにならなかったんだ。特に、オルガ・サブナック。“君は”素直に従ってくれると信じていたのに。君に何回もメッセージを送ったろう?」

「何が『信じてた』だ。知ったような口聞きやがって。お前に俺の何が分かんだよ!」

「分かりますヨ。君たちのこと―“全部”」

 

 「ネェ?」と気味の悪い笑みを顔面に張り付けながら、アズラエルは何故かオルガではなくシャニの方を一瞥した。すかさず目を反らすシャニ。二人の間に一体どんな意思疎通があったのか、この時のオルガには分かりようも無かった。

 

「さて」

 

 場を仕切り直す為か、アズラエルが手を打った。

 

「君たちといえど、流石にこの状況では多勢に無勢でしょう。力で捩じ伏せても構わないが、あまり武力を行使するとね、平和評議会に白い目で見られてしまうのでね、それは出来るだけ避けたいんです。そこで、君と、それから君」

 

 アズラエルがオルガとクロトを順番に指差す。

 

「お二人とも、ボクと取引をしよう」

「取引?」

 

 指名された二人は顔を見合わせる。

 

「まず、クロト・ブエル」

「な、何だよ!」

「君は以前、とあるゲームセンターで、負けた腹いせに筐体に八つ当たりをしましたね」

「あー、あんまり覚えてないけど、ちょっと台パンくらいはしたかもね」

「実はですね、その時の衝撃で壊れてしまったそうです。知ってました?君たちに関するそういう苦情は全部、ボクの方に来るわけ。なので修理代、ボクが立て替えたんですよね」

「あっそ。そりゃお手数お掛けしました」

「こちらの要求を飲まない場合、ボクが立て替えた代金、直ちに、全て、支払ってください」

「ぇえっ!?」

「ちなみに額は―」

 

 アズラエルが金額を口にする。

 法外な金額だった。恐らく、弁償代だけでなくとんでもない利子が乗っている。

 クロトが恐る恐る手を上げながら「あのぉ、僕無職なんですけど……」と青ざめた顔で告げる。

 

「えぇ、知ってますよ。これに懲りたら節制を心がけることですね。それからオルガ・サブナック」

 

 アズラエルの標的がオルガにうつる。

 

「お、俺はお前への借りなんて作った覚えはねぇぞ」

 

 手に汗が滲むのを感じながらオルガは拳を強く握りしめた。

 心当たりがないのは本当だ。クロトみたいに器物破損罪に問われるいわれはない。アズラエルの世話になるようなことはしていないはず。

 

「えぇ、そうでしょう。でもね、世の中君の知らないところで動いている事態が山ほどあるんですよ。例えば君、この前婚活パーティに出席してとある参加者に暴行を加えようとしたことがありましたね」

「!?」

 

 オルガの全身を悪寒が駆け巡る。

 それなら、心当たりは確かにある。

 素性も知らない、どこかのお坊ちゃまみたいな奴に頭ごなしにひたすら罵倒されたのだ。全く品のない、学もない、可哀相な人間だなんて物言いを受けて、ついカッとなって胸倉を掴んだところまでは覚えている。しかし、それ以上の危害は加えていない。

 その事実よりも、オルガが気になったのはもっと別のところにあった。

 

「何でてめぇがそんなこと知ってるんだよ……」

 

 忌々しげにアズラエルをにらみつける。

 そんな事態になったことなど、一言も報告していない。問題を起こしたらリハビリセンターに始末書を提出しろと言われてはいるが、警察が関与するようなことが起きない限り必要はないはずだ。

 それなのに、何故アズラエルがあの事件のことを知っている?

 

「覚えているなら話が早い。で、その時何が起きました?」

「別に、急に向こうがどっかから掛かってきた電話に出たかと思ったらころっと態度変わってこっちに謝ってきて終わったぜ。別にお前には何の関係も-」

 

 そこまで記憶を掘り起こした時、オルガははっとあることに気付いた。

 あの時、お互い譲らない口喧嘩になったにも関わらず、たった一通の電話が来た途端に向こうは態度を180度変えてきたのだ。

 今思うとかなり不自然だった。

 

「あの時の電話……お前だったのか」

「ご明察」

 

 アズラエルが嬉しそうに拍手をする。

 

「君は物分かりが良くて助かるよ。君が絡まれた彼とはちょっとした知り合いでね。いわゆる“手切れ金”ってヤツを渡すから、ボクの顔に免じて、今回は身を引いて欲しいとお願いしたんです」

「その金を払えってか?」

「そうそう。ちなみにおいくらかと言いますとね―」

 

 先ほどクロトに宣言したように、手切れ金という名の請求金額をオルガにも告げるアズラエル。もちろん、クロトの時と同様、とんでもない額を提示された。

 

「流石に可哀相なので、分割払いでも構いませんよ。君の安い賃金では、返済に何年かかるか分かりませんが」

 

 ふざけるなとオルガは奥歯を噛み締める。

 誰の手も借りず、自分の力でやっと定職に就いて、やっと真っ当な人生を送れるようになったところなのだ。こんなところで借金を背負うなど、冗談じゃない。

 

「こんな風にネ。君たちが問題を起こさないように、或いは起こした問題に対処する為に、ボクはずっと監視してるワケ。君たちの素行はボクの評価にも繋がる。だからネ、極力問題を起こさないように気をつけてください」

 

 言葉の割に、アズラエルは楽しそうだった。

 問題を起こしたオルガたちを笑うのが楽しいのか、全て自分の掌の上であるという優越感に酔っているのか、はたまたその両方か。

 

「あ、あと安心してください。“君たちの自宅”には仕掛けてナイので。あんなボロアパート、狭い上に壁が薄くて、カメラも盗聴機もつけるまでもない」

「ごちゃごちゃうるせぇ。おっさん、さっき取引って言ったな。そっちの要求は何なんだよ。いい加減教えろ」

 

 話が脱線して、中々本題に移らないアズラエルにオルガは苛立ちながら尋ねる。

 

「なに、簡単です。シャニ・アンドラスの身柄をこちらに引き渡してください」

「なっ!?」

 

 急に振りかかった火の粉にシャニが声を上げる。

 更にアズラエルは追い討ちをかけるように「ちなみに」と口を開く、

 

「要求を飲んでいただいた場合、先ほどのお二人の“借金”の件は帳消しにしますよ……さぁ、どうします?」

 

 

 チラッ。

 

 

 アズラエルの提案を聞いて、オルガはクロトの方を向く。目があった。

 続いて二人の目線はシャニへとうつり、

 

 

 

「「悪く思うなシャニ!!」」

 

 

 

「っ!お前ら……!」

 

 シャニから近い方にいたオルガはシャニを拘束しようと飛びかかるが、

 

「っざけんな!」

 

 すかさず反応したシャニのストレートパンチを食らい、壁際に飛ばされる。口の中で血の味がした。三人の中で最も強化度の高い男のパンチは効く。

 

「捕獲!」

 

 間髪いれず、今度はベッドのスプリングを利用して飛び上がったクロトがシャニに向かってダイブする。流石に勢いづいたクロトを止めることは出来ず、シャニとクロトはもつれ合いながら床に転がる。

 アズラエル含め、他の兵士たちはその場から動かない。アズラエルが「手出しはするな」と指示を出したからだ。

 あくまでオルガとクロトにシャニを捕まえさせたいらしい。

 まるで何か試させられているようだとオルガは思った。

 

「くそっ!さっき徹底抗戦とか言ってたのは何だったんだよ!」

「うるせぇ!そもそも診察に行くだけだろうが!僕のゲーム人生の為に必要な犠牲だと思って大人しくしろ!」

「い~~や~~だ~~!」

 

 シャニは暴れながらクロトを振り払おうとし、クロトは暴れるシャニを押さえ付けようと試みている。

 

 二対一でも、こうなったシャニを止めるのは面倒だな。

 

 何か手っ取り早い方法が無いかと考えた時、床に転がっている銃を見つけた。最初に敵の兵から奪った銃。さっきシャニにやられた時に手放してしまった物だった。

 シャニとクロトの様子はというと、体格の差が災いしたのか、いつのまにかクロトの方が劣勢になっていた。シャニに押さえ付けられたクロトが吠える。

 

「くそくそくそ!何なんだよお前は!こういう時ばっかり本気出しやがってさぁ!」

「へへ。誰にも邪魔させないよ。お前ら全員ぶっ潰してオレは逃―」

 

 パンッ!

 

 銃声が鳴る。オルガが放った弾丸はシャニの鼻先を掠める。

 

「残念だったなシャニ、そこまでだ」

「……」

 

 まるで本当に人を殺しそうな形相でシャニはゆっくり首を回してオルガを睨み付ける。

 

「まだ弾は残ってるぜ。大人しくしねぇなら次は当てる」

「オルガァ……」

 

 呻きながらも、それ以上抵抗するつもりはないらしく、両手を上げ、降参の意を示すシャニ。

 

「お見事。“合格”です」

 

 アズラエルの拍手が部屋に響いた。

 

 

 

 

「なんちゃって……」

 

 

 

 

 観念したと思われたシャニが突然駆け出した。

 部屋の入り口で仁王立ちしている―アズラエルに向かって。

 

 

「お前一人なら……!」

「あ!おいシャニ!」

 

 

 シャニは後ろのオルガたちを含めた軍勢に敵わないと判断して、直接アズラエルに標的を切り替えた。

 そのまま押し退けて突破するのか、人質にでもするつもりか分からないが、突然の行動にオルガとクロトは反応が遅れてしまった。今から動いても間に合わない。

 

 

「バーカ!」

 

 

 アズラエルの首にシャニの白い指が伸びる。

 

 

 

 しかし、

 

 

 

 アズラエルは姿勢も表情も崩さなかった。

 その背後から、例によってヘルメットと防弾着で身を固めた三人の兵士がアズラエルを守るように飛び出してきた。

 

 

 

「邪魔すんなよ雑魚が!」

 

 

 ナチュラルの護衛をいくつ重ねようが自分の敵ではない。

 シャニもそうたかをくくっていただろう。

 しかし、その油断が、判断が、命取りとなった。

 

 一人の兵が、アズラエルに向かって伸ばされたシャニの腕を掴む。

 そして、そのまま―

 

 

「えっ?」

 

 

 空中で逆さまになりながら、シャニが訳も分からず声を漏らす。

 一本背負い。

 シャニは廊下へと勢いよく投げ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「いってぇ……」

 

 廊下の壁に強かに背中を打ち付けたシャニが苦悶の表情を浮かべる。。

 その後直ぐに他の二人の兵が飛び付き、彼の上半身と下半身にそれぞれのし掛かって押さえ付けた。

 

「あーもう!何なんだよ!お前ら!」

 

 シャニが捨て台詞を吐くが、それはオルガも思った。

 何だこいつら?

 さっきクロトでも押さえ付けられなかった奴を、三人ががかりとはいえ、こうもあっさり無力化するとは……。

 ただのナチュラルではないでは有り得ない。コーディネーターでも連れてきたか?

 

「くそっ!離せよ!」

 

 シャニは尚も暴れて振り払おうとするが、二人の兵はびくともしない。

 やがて、上半身を押さえていた方の兵がシャニの首筋に注射を打ち込んだ。

 一瞬だった。

 一瞬で、シャニの力が抜け、床に倒れ伏した。

 恐らくは、麻酔注射を打ち込まれたのだろう。

 

 

「いいネェ。“合格”です」

 

 

 またしてもアズラエルが嬉しそうに手を叩いた。

 

 

 

 

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