生体CPU生存if   作:時竺

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第十八話 僕らの“時間”

 

「はぁ~~」

 

 溜め息にも似た声を上げながら、クロトはアンドラス宅の寝室にあるベッドの一つに大の字になって横たわった。

 

 何か、疲れた……。

 

 ひとまず事態は収束し、今この部屋にはオルガとクロトが残されている。

 新居のように綺麗な天井を見上げながら、クロトは先ほどまでの“嘘のような”騒動の記憶を思い起こす。

 

 嘘のような──と思ったのには理由がある。

 

 マシンガンで破壊されたベランダサッシ、寝室入り口のドア、シャニが投げたり振り回したりして滅茶苦茶になった家具、壁には銃痕と亀裂が走っていたりと、とても今晩は寝られなさそうな状態だった。

 

 ──にも関わらず、今は、綺麗だ。

 

 全てはアズラエルが手を回したからだった。サッシや家具は業者が来て新品のものと取り替えられ、汚れた床や壁なども清掃業者が手早く処理をしていった。

 

 作業中、クロトとオルガは何をしていたかというと、ただぼーっとしながらそこにいただけだ。

 

 例の、借金解消の為の書類にサインはした……と思う。それから、アズラエルに「これに懲りたら、今度からはもっと慎ましく過ごしてくださいネ」なんて嫌味を言われた。それは間違いないが、あの時間は、あの騒動は、本当に何だったのかと未だに夢うつつの気持ちだ。

 けれど、夢ではない。

 シャニがいなくなって、オルガと二人っきりでこの部屋にいることがその証拠だ。

 

 色んなことがありすぎた。

 アズラエルのこと。

 監視のこと。

 この部屋のこと。

 

 全てを頭の中だけで整理するのは無理だ。パンクする。

 まずはオルガと話して発覚した事実の擦り合わせをしたいところだが、さて、何の話から始めるべきか……

 

「シャニのやつ、今日のことしばらく根に持ちそうだねェ」

 

 とりあえず、シャニのことを話題に上げてみた。さっき起きたことについて話すにはまだ時間が必要だ。

 オルガからは「あぁ……」と気のない返事が返ってきた。

 クロトはベッドに背中を預けたままオルガを見た。真新しい、一点の曇りもないベランダの窓から日が沈みつつある外の景色を眺めている。

 

「次会ったら、ホントに殺されるかもよ? どうする?」

「そうだな」

 

 また、気のない返事。

 

「ねぇ、さっきから僕の話聞いてないでしょ」

「聞いてるから返事してるんだろうが」

「してるうちに入らないね。どうせ、考えてもしょうがないこと考えてる。違う?」

 

 オルガが生返事しかしない時、それは一人でぐるぐる考え事している時だとクロトは知っていた。

 聞こえてくる溜息が正解だと言っている。

 

「何でお前に分かるんだよ」

「こんなこというのもこっ恥ずかしいけどさァ、どんだけ一緒に過ごしてると思ってんの。分かりやすいんだよ、お前。で、今回は何?」

「……言わねぇ」

「言えよ」

「言わねぇって」

「言うまで僕は聞くのをやめないよ」

 

 ベッドに寝るような体勢になっていたクロトは上半身を起こし、にやにやしながらオルガの方を見る。一瞬だけ振り向いたオルガと目が合ったが、すぐに反らされた。

 オルガはさっきよりもはるかに深く息を吐き、また窓の外へ向き直る。

 

 

「お前、監視されてること知ってたか?」

 

 

 やっぱり。

 何となくだが、オルガが一番気に食わなかったのはそこだろうな、とクロトも思っていた。

 

「知らなかったよ。今日初めて聞いた」

「どう思った?」

 

 どうって言われても……。

 

「別に、かな」

「……怒んねぇんだな」

「怒る? 何で?」

「俺達が軍を辞めさせられた時、アズラエルの野郎が何て言ったか忘れたのか? 『君たちは“自由”です』だぞ? 実際は監視してるくせに、こんなんが“自由”なんて言えるか?」

「まぁ、言わないねぇ」

「違ぇじゃねぇか、話が……」

 

 オルガは酷く苛立ちながら、固めた髪の隙間に指を滑り込ませて掻きまぜる。

 あまり感情を出さないように頑張っているように見えるが、相当腹の中が溜まっていることはクロトの目にも明らかだった。

 ここが人の部屋じゃなく自分の部屋だったら今頃暴れまくってるところだろう。本棚に収納された古本を片っ端から床に放り投げたり、ゲーム機をバキバキに踏み潰すところが想像に易い。

 そういうところはシャニと似てるんだよな。シャニ程じゃないが、腐ると面倒臭い。そんなこと言ったら本気でぶっ殺されそうだから本人には絶対言わない。

 さて、どうしたらオルガのこの面倒臭い男モードを解除出来るだろう。 

 

「でもさ、監視されるなんて、ラボにいた時からそうだったじゃん。今更驚かないよ。それに、いつだったかな、確か去年くらい? 街ん中歩いてる時に誰かにつけられてんな~って思ったこともあったし」

「マジか」

「お前はねぇの?」

「全く」

「何となく、そういう気配感じる時があったんだよ。まぁ、その謎のストーカー撒く為に適当な家に上がりこんだらフレイの家だったのはビックリしたけど」

「お前がフレイん家に行ってるのって、そっからだったのか」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「ゲーセンで金借りたことしか聞いてねぇ」

 

 そういえばそんなこともあったっけなぁ、とクロトも言われて思い出す。

 MS下ろされて不貞腐れて、狂ったようにゲーセン通い詰めて、有り金無くなった矢先に何となく知ってる顔見つけたから「金貸して?」つって……

 

 ん? 待てよ? 

 ゲーセン……ゲーム……

 

 パンッ。

 クロトは大きく手を叩いた。静かな部屋に突然鳴り響いた音に、オルガが「な、何だよ急に」と声を上げて振り向く。

 

「いいこと考えた。ゲームだよゲーム」

「は?」

 

 何が? と言わんばかりにオルガは首をかしげる。

 

「割り切る方法。おっさんは、僕たちの行動を監視してるわけだろ? だからさ、いっそのこと、そういうゲームだと思っちゃえばいいじゃん。監視の目も、ちょっとした縛りプレイって考えたら気が楽だろ?」

「お前、とんでもねぇゲーム脳だな」

「いい考えだと思うんだけど、どう?」

「……そんな風に考えられるお前が羨ましいぜ」

 

 皮肉をぼやきながらオルガが肩をすくめる。

 彼はまた窓の外へ向き直ってしまった。

 これは、相当デカいダメージを食らってるな。

 

「こういうのは真面目に考えたら負けだよ」

「じゃあお前は、その……おっさんの手下に尾行された(つけられた)時もゲーム感覚でいられたのかよ」

「おっさんの手下かどうかは分かんねぇよ。実際に顔見た訳じゃねぇし」

「あ? 他に誰がお前の追っかけなんてやるんだよ」

「んー。僕に親でも殺されて恨みを持ってる奴とかだったりして」

「そいつぁ、笑える冗談だな」

 

 オルガがつまらなさそうにこぼすが、クロトは「でも──」と再び口を開き、

 

 

「僕はいっそ、その方がいい」

 

 

 そう、真っ白な壁に向かって呟いた。

 

 その呟きはアズラエルお墨付きという防音仕様の壁に阻まれ、どこに反響することもなく消える。あまりの儚さに、本当に自分が発した言葉だったのか自信が無くなる。それでも、オルガにはちゃんと聞こえていたらしい。「何だそれ。恨まれたいのか?」と聞かれる。

 

「だってさ……恨まれるってことは、僕がしたことが残るってことじゃん? 少なくとも、僕を恨む奴の記憶の中に僕が残る。さっきみたいに、何も無かったことにされるよりいいよ」

 

 “何も無かった”。

 改めて言葉にするとより虚しさが押し寄せてくる。 

 ベッドに腰かけたまま、クロトはうつむきながら膝の上で両手を組んだり開いたりを繰り返す。いつのまにか、その場にコントローラーがあるかのように忙しなく手を動かしてしまっていた。そして、

 

 

「お前、怒ってんのか?」

 

 

 それを、オルガに見られた。

 いや、正確に言うとオルガはまだ窓の外を見ていた。しかし、彼が見ているガラスサッシにはクロト自身の姿が映っている。夕暮れの後に訪れた薄闇が、指紋一つない新品のガラスを鏡に仕立て上げていたのだ。もうそんな時間か、なんて思いながらクロトはオルガに「別に、怒ってなんかないよ」と返す。

 

「どう見たって苛ついてるだろ」

「何でオルガにそんなことが分かるのさ」

「さっきのお前の言葉をそのままそっくり返してやるよ。どんだけ一緒にいたと思ってんだ。そうやってありもしねぇコントローラーを弄る癖、お前がいつもムシャクシャしてる時にやってることだぜ」

 

 ぎくっ。

 

 クロトはピタッと手を弄ぶのをやめた。これ、僕の癖だったのかよ。初めて気付いた。

 でも、そんな風に正解を言い当てられちゃ、もう逃げられない。

 

「怒ってる。そうかも。僕はムカついてるんだ。この部屋が──全部綺麗にされたから」

「言いたいことは分かるが、あのままだったらシャニの嫁にどう説明するんだよ」

「そん時はそん時。怒られたり、修理代払えって言われる方がよっぽどいいよ。僕らがしたことを、“魔法”みたいに綺麗さっぱり消されるよりずっといい」

「魔法みたいに……」

 

 オルガは“魔法”という言葉が気になったらしい。顎に手を当てながらまた黙ってしまった。

 

 オルガの言うように、部屋が綺麗になったことは悪いことではないと思う。暴れまくった後のことなんてそもそも考えてなどいなかった。

 ただ、何の爪痕も残せなかったことが悔しくて仕方ない。何をしたって無駄。これじゃまるで、存在すらも否定されているみたいだ。

 

 なんて──オルガの考え癖、感染(うつ)っちゃったかな。こんなに腐っちゃうなんて、らしくない。

 

 

「ま」

 

 

 ここでクロトは顔を上げ、パンッと手を叩いた。

 

 

「んなこと悩んだってしょうがないね。これ以上はぐちぐち言わない。おしまい」

「切り替え早ぇな」

「なんか、吐いたらスッキリした。それに、考えるだけ時間の無駄だもの。人生は有限。あれこれ考えたって僕らの“時間”が延びるわけじゃ—」

「その話は止めろ」

 

 強めの口調で、オルガが釘を刺す。

 

「二度とすんなって言っただろ」

「へいへい、すんませんでした」

 

 クロトは心にもない謝罪の言葉を投げる。

 こういう話になるとオルガはすぐ神経質になる。

 オルガはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、固く結んだ口が開くことはなかった。

 

「でもさ、無い物ねだりなんて、マジでしない方がいいよ。足掻いても、ダセェだけだから」

 

 

 二年前(あのころ)の、シャニみたいに──

 

 

 最後はオルガに聞こえないくらいの小さな声で、クロトはぼそっと呟いた。

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