C.E.73年。
地球連合軍とプラント間の大規模戦争の終結から二年。
長きに渡るナチュラルとコーディネータの戦いに一つの決着がつき、人々は厳格な平和協定の元、待ち焦がれた平和な時を享受していた。
しかし、中にはそんな時代すら羨む者もいる。
ブルーコスモス盟主―ムルタ・アズラエルもそのうちの一人だった。
退屈だ。
地球圏、某所。
高層ビルが並ぶオフィス街の中でも、一際高いビルの一室から、アズラエルは平安の世を蔑むように見下ろす。
戦争が終わってから、空を見ることが一層嫌になった。
この青く澄んだ空の向こうに、あの憎たらしい砂時計が未だに浮かんでいるという事実を思い出してしまうからだ。
戦争が終わっても、アズラエルのコーディネーターへの憎悪が消えたわけではない。
ボクは認めない。
あんな結末、絶対に。
先の大戦はザフトの大量破壊兵器―ジェネシスの破壊で幕を閉じた。
破壊をしたのはあの因縁の機体―ジャスティスの自爆による核爆発だという。
アズラエルも乗艦していたドミニオンはその前に戦線を離脱しており、船員共々生き延びたが、既にザフト軍、地球軍共に満身創痍であり、結局は両者引き分けのような形で決着がついた。しかし、引き分けなど彼にとっては負けと同義であり、屈辱以外の何物でもなかった。
そんな結果への不満は、言ってしまえばすぐに過ぎ去ってしまうもの。
もっと重要な、後に続く苦労を考えたら些細な問題でしかなかった。
戦後にアズラエルが一番頭を抱えた問題、それは―後期GATシリーズの事後処理。
大戦時に財閥を上げ、巨額の金を投資して開発したカラミティ、レイダー、フォビドゥン。
アズラエルは戦後、三機のデータを基に、更に高性能で実戦的なMSの開発を進めていくつもりだった。その“パイロット”の更なる向上も含めて。
しかし、戦後に発足されたナチュラルとコーディネーターの調和を目指す団体―コズミック・イラ平和評議会がそれを許さなかった。
アズラエルに下された残酷な命令。
一つ、後期GATシリーズの三機を含めた戦闘用MSは開発資料と共に破棄すること。
一つ、パイロットとして育て上げられたナチュラルの子どもたちを解放し、関連施設を閉鎖すること。
不条理な命令に、アズラエルは抗議した。
冗談じゃない!
あれらは単なる兵器じゃないんだぞ。
ボクらが作り上げた物が、コーディネーターよりも上であると証明した、立派な「技術」であり、「進歩」なんだ!
それを全て闇に葬れなんて、評議会の連中はどうかしている。
それじゃあ、いつまで経ってもボクらナチュラルはコーディネーターより上にいけないじゃないか!
しかし、それが聞き入れられなかったことは現在のアズラエルの立場が物語っている。
反コーディネーター団体ブルーコスモスの権威は地の底まで落ち、アズラエル財閥の軍需産業も大幅に事業を縮小。
結局、後期GATシリーズはその派生機体も含めて全て破棄された。
やむ無く評議会の命令に従ったアズラエルだったが、それよりも遥かに面倒な仕事が彼を待っていた。
MSのパーツとして作り上げてきた”強化人間”たちのケアである。
まず、彼らが一人の「人間」として自由な生活を送れるよう環境を整える。後見人を定め、生活資金を援助し、衣食住を保証する。
それだけでも十分骨が折れるというのに、問題行為等を起こさないよう監視しろだの、メンタルケアを怠るなだの、自由を与えるのか監視するのか、どっちなんだと文句を言いたくなるようなことをあれこれ言われた。そもそも、闘争本能を掻き立てるような薬はもう投与していない。そう何度そう訴えても、頭の固い平和評議会の役人共は聞く耳を持ちやしなかった。
本音を言えば、今すぐ平和協定を破り、宇宙に核の光でも何でも放って、今度こそコーディネーター共に引導を渡したくて仕方がない。
しかし、嘘のように平和なこの世界で、冗談でもそんなことを言えばあっという間に評議会から目をつけられ、要注意人物認定をされてしまう。
そろそろ誰か、一発どこかでドカン!とやってくれないかねぇ。
評議会の厳しい目があるとはいえ、この平和が、実に絶妙なバランスで成り立っているに過ぎないことをアズラエルは知っていた。
厳しすぎる抑圧が生み出すのは、新たな反発。
水面下で動いている組織があるという噂もある。ちょっとしたきっかけがあれば、また人々は争いを始めるだろう。そうなれば、また
アズラエルは”種”を待っていた。
花を咲かせる種ではなく、再びこの世界に火を起こすための”火種”を―
その時、携帯端末のバイブが鳴った。
ブーッ
一回目。
アズラエルは動かない。
ワンコールで応答するなど暇な人間のすることだ。とりあえず、無視でいい。
ブーッ
二回目。
念のため、誰からの着信かだけ確認しようと携帯端末に手を伸ばし、画面を見る。
ブーッ
三回目。
「はい」
―出てしまった。
暇なのではない。断じてそれだけが理由ではないと誰にともなく弁明する。
着信相手の名を確認した時、電話の内容に少し興味が沸いたのだ。
「どうもどうも。カウンセラーさん。朝からご苦労様です」
〈何度も申し上げてますが、その呼び方はやめていただきたい。私の本職は、今でも軍人です〉
「じゃあ、艦長サン?」
〈ふざけてます?〉
開口一番訂正から始まる彼女との会話の流れはすっかり恒例行事だ。
「いいじゃナイ。未だに“彼ら”もそう呼んでいるんだし。それで、用件は?」
アズラエルは嬉々として問うた。
便りのないのは良い便りということわざがあるが、彼女から連絡があった場合はその逆だ。
何か問題が発生したという便り。
どんな問題かは分からないが、退屈しのぎには丁度いい。
さて、今回の
「はい、はい……検査?あ~今日は確か二人……でしたっけ。時間になっても来ない子がいる?どうせ、サボリでしょう?そんなのいつものことじゃナイの」
何てことのない報にアズラエルは落胆した。せっかくなら、もっとスリルのある問題が起きて欲しかった。
学校の先生から、「おたくの子が学校に来てないんですが」と連絡を受けるようなものだ。
もちろん、アズラエルは彼らの親でも何でもない。それなのに、こういうしょうもない連絡も全て自分に向けられる。全く、いい迷惑である。
「ちょっと待ってくださいネ。今確認するから」
一度電話を保留にし、アズラエルは黒革のオフィスチェアに腰を据えて自身のパソコンを起動する。OSが立ち上がるまでの間、机の上にあったボールペン(ブルーコスモスの銘が入っている)をおもむろに手に取り、ペン尻でコツコツと机の表面を小突きながら待つ。
やがて、とある場面のカメラ映像が画面に映し出された。やや広めの、1LDKのリビング。そこに”あの子”の姿を見つけた。
床を這いつくばり、苦しみながら何かを求めるように手を伸ばすその姿は、アズラエルも幾度となく見てきた姿だった。
PCを操作し、それまでの彼の動向を調べる。
一度は外に出たようだが、向かう先は検査が行われる施設ではない。
目的地……は分からなかった。どうしても、途中で彼の存在を見失ってしまう。
しかし、帰路に着く姿は確認できた。家に着く道すがらで既に、頭を抑えながら苦しむ素振りを見せている。
何故、薬も飲まずに外に出た……?
毎度のことだが、“あの子”だけは本当に何がしたいのか分からない。
自分の身に何かあっても、こっちが何とかしてくれると思って甘えてるのかな。事後処理も楽ではないのだけれど。
思わず胸中で愚痴をこぼしながら、アズラエルはサブの携帯端末を取り出す。どこかに連絡しようとして、すぐにその手を止めた。
PC画面の端、今見ていた視点とは違う視点を映すカメラ映像に目が向く。
ほう?
そこにはアズラエルもよく知る青年の姿があった。彼はマンションの一室の前で立ちつくしている。
“この子”があの部屋を尋ねるとは、珍しい。色々と思うことがあるだろうに。
しかし、これは好都合。人を遣る手間が省ける。
アズラエルは保留にしていた方の携帯端末に耳を傾ける。
「状況は大体わかりました。大丈夫大丈夫。”お仲間”が一人向かっているようだからサ。今回は彼に任せるよ。え?貴女も行くって?いい、いい、そこまでしなくて。僕も後で行くよ。たまには”家庭訪問”しないと、評議会の連中がうるさくてネ」
それから一言二言会話を交わした後、通話終了のボタンを押す。
「さてと……」
アズラエルは立ち上がり、今一度窓の外の街並みを見下ろす。
徐々に昇る朝日に照らされたビルの群れと、その反対側に落ちる黒い影。その二つが織り成す光と陰のコントラストにアズラエルはしばらく見惚れていた。
「果たして、今日はどんな一日になるのかな」
もしかすると、少し面白いことになるかもしれない。
燻る期待に胸を躍らせながら、アズラエルは手の中のボールペンをくるんと回した。