生体CPU生存if   作:時竺

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第二十二話 三人の反応

 

 診察とカウンセリングを終えたシャニはリハビリセンターの前で一人で立っていた。

 センターから自宅マンションまでの距離はさほど遠くはなく、いつもは自転車で通う道のりだ。しかし、その自転車も今日は朝から嫁に貸してしまっている上、不本意に連行されてしまった為に他に足がない。

 歩いて帰れない距離ではないが、朝から活動しっぱなしで疲れきっている身体で帰りたくはなかった。故にこうして、大人しくリハビリセンターの前で送迎の車を待っている。しかし、

 

……来ねぇじゃん。

 

 センターを出て数分しか経っていないが、シャニの苛々を抑えられずに爪先を上下に動かしていた。他の通行人が、コツコツと忙しなくアスファルトを足で鳴らす青年と距離を置くように避けながら繁華街を通り抜けていく。

 すぐに来ると思ったから待っているのに、本当に送迎の車なんて用意してるんだろうか。

 思わず疑ってしまうが、あの、オルガの何百倍も真面目で頭のかたいナタルが適当なことを言うとは思えない。

 どこの誰が来るのか知らないが、なに手間取っているんだか。

 

 暇つぶしに、シャニは向かいにあるカフェに目を遣る。

 オープンガラスの店内で、季節限定の洒落たドリンクを囲んで雑談している一般客。その中に混じって、一人席でちびちびコーヒーを飲んでいる黒い短髪の男がいた。

 

 ほらね。やっぱ、今日もいる……。

 あいつ、いつになったら艦長に声かけんのかな。

 

 男の名前をシャニは知らない。

 ただ、戦争をしていた時に自分たちがずっと追いかけていた白い艦に乗っていた男ということだけは知っていた。ナタルの知り合いらしいと言っていたのはクロトだったような気がする。

 男はいつもリハビリセンターの入口がよく見える端の席にいた。あまりにもよく見るので、他人に興味がないシャニでも流石に顔を覚えてしまった程だ。

 明らかに誰かを待っている様子だが、実際のところ、ナタルに用があるのか確証があるわけではなかった。さっき帰り際に言ったことも、何となく、そうだったら面白いかもと思ってカマをかけてみただけで。

 

 ウィン――

 

 喫茶店を観察するのも飽きてきた頃、リハビリセンターの自動ドアが開く音を背中で聞いた。そして、そのすぐ後に、

 

 

「きゃっ!」

 

 

 短い悲鳴。

 どんっ、と背中に誰かがぶつかってきた。誰だよ、痛ぇな。

 ぶつかってきた人物に文句を言ってやろうとシャニは振り返るが、

 

「あ、シャニ!」

 

 そこにいたのは金髪の少女――ステラだった。

 彼女はシャニを見るなり嬉しそうに顔を綻ばせ、

 

「良かった。具合、もう良くなった?」

「まぁまぁ……かな」

 

 まさかこんなところでステラと会うとは思わなかった。そういえば昼間にメッセージを貰ったっきりだ。“仕事”があるから見舞いに行けないとかなんとかって。

 

「終わったの?」

「……?」

「仕事あるって、今日言ってたじゃん」

 

 シャニが聞くと、ステラは何故かきょとんとした表情で何度かまばたきをし、「う、うん!終わったよ」と歯切れの悪い返事をした。

 

「それでね、これ、おしごと頑張ったから、ネオがご褒美買ってくれたの」

 

 ステラは自慢気に持っていた物をシャニに見せびらかす。今いるリハビリセンターからそう遠くない場所にある、ドーナツ屋の袋だった。

 “ネオ”という人物に買って貰ったらしい。そいつがオルガの言ってたステラたちの後見人だろうか。

 

「あ……ご、ごめんね。ステラばっかり喜んじゃった」

 

 突然、ステラはシャニに謝った。

 

「シャニも、食べたいよね?」

 

 シャニとドーナツの袋を交互に見ながらステラが表情を曇らせる。

 ドーナツを欲しがっていると思われたらしい。そんなに物欲しそうな顔した覚えは無いんだけど。

 

「これ、あげる」

「ん?」

「シャニにあげる」

「何で?お前のなんだろ?」

「いいの。シャニが苦しい時に何も持っていってあげられなかったから」

 

 ステラといい、フレイといい、なんか、今日は貰い物が多いな。

 

「それに――」

 

 ステラが何か言いかけたが、その言葉は誰かが「ステラー!」と彼女を呼ぶ声に遮られた。

 一台の車が近付いてきて、シャニとステラの目の前に停車する。

 

 うわ……。

 

 その車の座席に座っていた人物の顔を見て、シャニは顔を歪ませた。。

 

「お疲れ様です、セ・ン・パ・イ」

「へー。ぶっ倒れた割にはピンピンしてんじゃん」

 

 運転席のスティング・オークレーと、助手席に座るアウル・ニーダが憎まれ口を叩いてくる。

 

「何?お前ら」

「検査終わりのステラを迎えに来たんだよ」

「ボクとスティングも検査だったけど、先に終わったからさ、こいつが終わるまでその辺ブラついてたってわけ」

 

 軍により、ステラたちも似たような肉体強化を施されたことはシャニも知っている。彼らも、自分たち同様にこのリハビリセンターに通っていることも。だが、

 

 なんか、怪しい。

 

 このリハビリセンターに二年近く通い続けているが、基本的に検査があるのは午前中だ。何か特別に激しい運動をしたとか、よほどのことがない限りこんな時間に検査なんてしない。

 

 激しい運動……か。

 

 シャニは端末を操作する。開くのはステラとのメッセージ画面。

 

〈シャニ、ぐあい大丈夫?〉

〈へいき〉

〈おなかすいてない?今おしごとでちかくまで来てるの。何か持っていく?〉

〈間違えた。ステラ、これからすぐおしごとだから、行けないんだった〉

〈いいよ。オルガとクロトいるし〉

〈よかった〉

〈これから、おっさん?もそっちに行くみたいだけど、二人がいるなら大丈夫だね。気をつけて〉

 

 メッセージはそこで終わっている。

 あの時は全く何を言っているか分からなかったが、この後すぐにアズラエルが来た。

 アズラエルとステラたち。全く無関係とは思えない。

 

 

 ちょっと……つついてみるか。

 

 

「ねぇ」

 

 

 シャニはゆっくり首を傾けて冷ややかな眼差しを三人に向け、

 

 

「オレを投げ飛ばしたの、どいつ?」

 

 

 そう言って、三人の反応を確かめる。

 スティングは全く動じない。

 アウルは少しだけ目を開く。

 ステラは、

 

 

「な、なんのこと?ステラ、わかんないなぁ~」

 

 

 道に迷ったかのように目を泳がせている。その視線は助けを求めるようにスティングたちの方へ注がれ、

 

「おっと、やべぇ。これ以上路上駐車してたらお巡りさんに声かけられちまう」

 

 スティングが不自然に話題を断ち切り「ステラ、さっさと乗れ!」とステラに声をかける。「うん……!」とステラもそれに応え、スティングが運転するスポーツカーの後部座席に軽く飛び乗る。

 

「またね、シャニ」

「他のバカ二人にもよろしくぅ!」

 

 ステラが無理矢理繕ったような笑顔でシャニに手を振ってきたかと思えば、アウルが尚も煽るような捨て台詞を残していく。

 そして、彼らの車は繁華街の表通りを走り去って行った。

 

「何なんだよ、あいつら……」

 

 それからしばらく、また例の喫茶店のコーヒーちびちび男を観察しながら車を待っていたシャニだったが、それらしい車は中々来なかった。

 こんなことなら、いっそスティングの車に乗せて貰えば良かった。あいつらが走っていった方角は自宅のマンションの方角と同じだ。

 

 

……もういいや。

 

 

 携帯端末にイヤホンを接続し、耳に付ける。

 そして送迎車を待つことを諦め、シャニは歩き出した。

 

 リハビリセンターから自宅マンションまでは表の大通りを真っ直ぐ行けばいい。

 しかし、シャニはその道を通らなかった。

 どんな時間帯であれ、大通りは人通りが多い。群衆の中を歩くのは怠い。故に、彼はリハビリセンターの裏側、建物に囲まれた、暗くて狭い裏通りを好んで通っていた。

 街頭や、華やかなネオンの光に照らされる大通りとは違い、この道はまともな明かりがない。光源といえば、グローランプが劣化して常にチカチカ点滅している蛍光灯くらい。

 至るところに置かれた生ゴミバケツの上では野良猫が、まるで自分の食糧庫を守る番人のように寝ている。

 決して気持ちのいい道とは言えないが、シャニはこの湿った空気が嫌いではなかった。

 人気のない場所で、好きな曲を大音量で流しながら、ごみ溜めの中を堂々と歩く。

 

 “モヒカン”と“デブ”と“ガリ”は……いないか。

 久々に遊びたかったな。

 

 いつもここにたむろしている奴等の姿を探すが、今日はいないようだった。つまんねぇの。

 一度だけ生ゴミバケツを蹴り飛ばす。上で寝ていた丸々太った黒猫が変な声を上げながら飛び起きる。その様子を見てシャニは笑った。

 

「あはっ。脚当たっちゃった~ごめんねぇ~」

 

 ふしゅ~!と怒り狂う猫に、棒読みの謝罪の言葉を投げた時、

 

 

『ごめんね……』

 

 

 不意に頭の中に声が浮かんだ。

 それは、自分の記憶の中にあるものだとシャニは分かった。聞いたのはつい最近の。あれは、確か――

 

 オレに麻酔を打った奴の声……。

 

 シャニは自分の首筋に触れる。連行される前、身動きを奪われて麻酔注射を打たれた箇所だ。

 注射を打つ瞬間、シャニを取り押さえた兵が言ったのだ。小さく、か細い声で、「ごめんね」と。

 

 

『あ……ご、ごめんね。ステラばっかり喜んじゃった』

 

 

 さっきのステラの声と、麻酔を打った奴の声が重なる。

 

 

 もう、絶対そうじゃん。

 

 

 アズラエルの近くに控えていた護衛の兵士。道理で、他の奴らよりやたら手強かったわけだ。

 “仕事”……ね。あいつらもおっさんのいいように使われてんのかな。

 

 

「スティングか、アウル……」

 

 

 オレを投げ飛ばした奴、どっちだろう……。

 

 

「……どっちでもいいや」

 

 

 次会ったら二人ともぶん殴ってやればいい。あの時のお返しだって言って。 

 そんなことを胸に刻みながら、シャニは憤る野良猫の鳴き声が響き渡る裏通りを大股で歩いていった。

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