「なぁ」
リビングのソファに座りながら、クロトはゲームをする片手間に不意に声を漏らした。対戦相手のシャニが「ん?」とソファの反対側で反応する。
「お前さ、自分の女とオルガが二人っきりなの気になんねぇの?」
「別に……」
シャニは即答する。
「寛大な夫だねぇ」
「さっきはオレを止めたくせに、白々しい……」
「あまりにも身を引くのが早すぎて、流石の僕もビックリしたんだって。ほらそこ! 後隙ぃ!」
テレビ画面上で、シャニが操作するキャラクターの攻撃をクロトのキャラクターがかわす。攻撃を振った後は必ず硬直時間が生じる。クロトはその隙を逃さず、連続攻撃を叩き込んだ。
「そらそらそら!」
「あぁ、それウザい……」
「いいダメージ入るだろ? ちなみにこれ、確定コンボ。覚えときな」
いい気味だ。
対戦相手がリアルに悔しがる声が聞ける。これだから対面プレイはやめられない。
まだ試合は終わってなかったが、クロトは勝ちを確信していた。
「ねぇ……オレも聞きたいんだけど」
「なんでしょうか?」
「オルガって、あいつのこと好きなの?」
「そうだよ」
「口軽……」
「え? あっ!?」
クロトは自分の失言にワンテンポ遅れて気づいた。
動揺してゲームの方も操作を誤り、あと一撃で勝負が決まるという局面だったのに、使うつもりの無いところで技を振ってしまった。それが、カウンター技を構えていたシャニのキャラクターに当たる。受け止められた攻撃が、倍の威力となってクロトのキャラに返ってくる。
あっという間に蓄積ダメージが逆転した。そのままゲームセットへ持ち込まれ、シャニに勝ち星を奪われる。
「ふんっ……バーカ」
勝ち誇り、一仕事終わったとばかりに背中からソファに倒れこむシャニにイラッとする。精神攻撃とか反則だろ。いや、今はゲームの勝敗などどうでも良い。それよりオルガのことだ。
「何でわかったんだよ」
「見てりゃ分かる。バレバレ」
まぁ、そうだよな……。
シャニがいつからそのことを疑っていたかは分からない。
けれど、今までのオルガの行動から考えたら当然行きつく答えだ。
「で、クロトは何? オルガにオレの女奪わせたいの?」
「まさかまさか。僕がそんな最低な男に見えます?」
「見える」
かわいくねぇ奴。
「大目に見てくれよ。お前らの三角関係で遊べるのも今日だけなんだからさ」
「……今日だけ?」
「だってさ、あいつ、たぶんもうここには来ないぜ?」
クロトは親指で、寝室がある方角を示す。
「まぁ、本返しに来ただけっぽいしね……」
「え、そこまでバレてんの?」
「言っただろ……バレバレだって」
オルガ、可哀相な奴。
ちゃんと下調べまでして計画立てて来たのに。
「分かってんなら話が早ぇや。つまり、あいつの心残りは今日で最後。ただでさえ気まずくて来れなかったらしいし──」
「別にいいよ」
「ん?」
「また遊びに来てって……オルガに言っといて」
な、何だこいつ……。
クロトは化物でも見るかのような目でシャニを見た。
オルガを遠ざけるどころか、来させようしている? そのこころは何だ?
端から人の修羅場を見て楽しみたいだけの僕ならともかく、お前が言うことじゃねぇだろ。
どういうつもりなのか、表情から読み取ってやろうとクロトは横からシャニの顔を覗き込もうとしたが、顔の面積のほとんどを覆う前髪のせいで見えなかった。くそっ、便利な髪型だな。
「んなこと言って、マジでオルガにカミさんを取られても僕は知らないよォ」
いくら煽ったところで、どうせ「ふんっ」とか言って鼻で笑ってくるんだろうと思っていたクロトだったが、実際はもっとタチが悪かった。
「上等……いいじゃん、スリルある」
今度は表情を読むまでもない。明らかにシャニは笑っていた。
「お前、マジで頭イカれてるよ」
「それほどでも……」
「褒めてねぇ」
「おい、もう一戦やらせろよ」とクロトは対戦ゲームのリベンジをシャニに申し込んだが、「やることあるからダーメ」と突っぱねられた。ソファからゆっくり立ち上がるシャニを睨みつけるように目で追いかける。
彼が向かったのはリビングのクローゼットだった。フレイが訪ねてきた時にクロトが隠れた場所だ。手と頭を突っ込んで何か探し物でも始めたようだが、何を探しているんだ?
ガチャッ
ちょうどその時、リビングのドアが開いてオルガとシャニの嫁がリビングへとやってきた。
おかえり、とシャニの嫁は夫に一声かける。聞こえているのかいないのか、クローゼットを物色しているシャニは無言のまま。
彼女はそのままキッチンへ行き、夕飯の支度の続きを始めた。
(なんだよあいつ、帰って来やがったのか)
シャニの姿を視界に捉えたオルガが、声に角を立てながらクロトに小声で話しかけた。
(ついさっきね。そっち行くの止めてやった僕に感謝しなよ)
(余計なお世話だ)
すかさずオルガのゲンコツがクロトの方へ飛んでいく。
しかし、この行動はクロトも想定済み。軽く身を捻って避ける。
ぼすっ、とオルガの拳がソファに刺さる。
(思った通りだった)
(何が?)
(おっさんが裏でこそこそやってること、あいつは何も知らねぇ)
あいつ—シャニのカミさんのことか。
(だろうね。そんな感じする)
(だから、お前も言うなよ。今日のことも、何も)
(はいはい)
夕飯もうすぐ出来るから待ってて。シャニの嫁の声がキッチンから聞こえてきた。
オルガがクロトから目を離す。そして、シャニと、キッチンにいる嫁を交互に見た後、
「いや……悪いが、俺は帰る」
え! それはダメ!
このままオルガが帰ったら、三角関係の修羅場を堪能するという、今日一日の僕の目的が達成できない。
「そう言わずにさ。食べていこうぜ? ドーナツもあるよ。好きだろ? ドーナツ」
「ドーナツ好きを主張した覚えはねぇ。お前だけ残って食って行けばいいだろ」
帰ろうとするオルガをクロトは慌てて引き止めにかかったが、オルガは強情だった。
これは、僕が煽るだけじゃだめだな。
もう一人の“お仲間”に援護を要請するか。
「シャニィ~」
「ん?」
「オルガ、帰るって」
「ふうん……」
おいおい、なんだよその反応の薄さ。
シャニは相変わらず探し物に忙しいようで、クロト達の方を見向きもしない。
さっきは奪いに来れば? みたいな態度だったのに、気まぐれな奴だな。
そう思っていた矢先、
「いいんじゃない? そんなにあいつの手料理食うの嫌なら」
顔も上げずにシャニは言った。
クロトはすかさずオルガの反応を確かめる。分かりやすく顔をしかめている。
「何が言いてぇんだてめぇ」
「自分が作る方が旨いって思ってる?」
「言ってねぇだろうが」
「じゃあ、何で?」
「……」
オルガが歯を食い縛って黙る。
そりゃ言えないだろう。かつての想い人とその旦那がいる場で、当人たちと一緒に食卓を囲みたくないなんて。
チーン。
聞き慣れた電子音が鳴り響く。
温めが完了した音だ。料理が完成した。
キッチンで作業をしていた人妻が耐熱容器を持ってやって来る。
今日はラザニアらしい。
ほんのり焦げたチーズの匂いが食欲を刺激する。これがとどめの一撃となった。
「……食ったら、すぐ帰るからな」
オルガ・サブナック──陥落。