生体CPU生存if   作:時竺

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第二十六話 面白ぇ奴

 

「あった……」

 

 オルガとクロト、そして自身の嫁が夕食の席に着く場所から少し離れたクローゼットで、シャニはようやく目当ての物を見つけた。

 

「なぁ、お前さっきから何やってんの?」

 

 スプーンを口に咥えながら、クロトがシャニに声をかける。

 口で説明するより見せた方が早いと、シャニは答える代わりに見つけたものを見せる。

 するとオルガが「うわ……」とドン引きの声を上げ、「趣味、悪ぅ!」とクロトも顔を青ざめる。

 

 二人に見せたのは“ブルーコスモス・カレンダー”と書かれた大判のカレンダー。

 隅には大きく金箔で押されたムルタ・アズラエルのサイン。そして極めつけはデカデカと印刷されたムルタ・アズラエルの写真。

 

「何だよその破き甲斐のあるカレンダーは……」

 

 それ、シャニの仕事道具。オルガの疑問にシャニの嫁が答える。

 

「あぁ、なんかおっさんから時々仕事貰ってるっつってたな」

「来年のカレンダー袋詰めしろって……これは、去年の見本」

 

「壁に貼りたいんだけど……」とシャニが言うと、嫁が席を立った。

 画鋲か何か探しに行ってくれたのだろう。

 

「さっきからなーんかバタバタしてるなァと思ったけど、急にカレンダーなんて、どうしたの?」

 

 クロトが湯気の立つ熱々のスープに息を吹き掛けながら言う。

 

「次の検査の日……書く」

 

 カタ。

 音がした。

 シャニは食卓の方を向く。オルガがスプーンをテーブルの上に落とした音のようだった。クロトもスープの器を持ったまま目を開いて固まっている。

 

「何? その顔……」

「いや、お前そういうキャラじゃないだろ」

 

 オルガが大きく目を開いて言う。なんか、朝もそんなこと言われたな。

 やがて、嫁が画鋲とマジックペンを持ってやって来た。

 本当に、飾るの? 戸惑いながら彼女が聞いてくる。

 そんなにこのカレンダーが嫌なのだろうか。確かに、お世辞にも趣味がいいとは言えないカレンダーだが、シャニとしては書き込みができれば何でもいい。

 

 それを真っ白な壁紙に画鋲で直接留める。

 

 今年はもう既に半分以上過ぎているので、必要ないページを全部破いた。ほとんどのページにアズラエルが映り混んでいたが、今月のページの絵柄はただの青い花畑の写真だった。全部のページにアズラエルがいるわけではないらしい──と思ったが、よく目をこらすと端の方に小さく佇んでいるアズラエルが見えて萎えた。ここの部分だけ後で破ろうかな。

 

 シャニは嫁が持ってきた黒いマジックペンのキャップを外す。

 そして、次の検査の日に丸印を付けた。

 

 一歩下がり、シャニはまるで、それが自分の作った芸術作品であるかのように満足げにカレンダーを眺める。  

 真っ白だったこの部屋の壁に、初めて飾り物が飾られた。

 

 

 

 用事を終えたシャニは遅れて食事の席につく。

 キッチンのカウンターに併設された、四人掛けのテーブル。向かい側には一切遠慮せずに並べられた料理を食べ散らかしているクロト。その隣で居心地悪そうに座るオルガ。嫁は、シャニの左隣で野菜ジュースをそれぞれの容れ物に注いでいる。様々な料理が並べられた中に、ステラから貰ったドーナツの袋もちゃっかり置いてある。

 

「一応、聞いとこう」

 

 何とも言い難い空気が立ち込める食卓で、真っ先に口を開いたのはクロトだった。

 彼は行儀悪くフォークの先っぽをシャニに向ける。

 

「あなた、本当にシャニ・アンドラスさんですか?」

「じゃなかったら何……?」

「替え玉。もしくは誰かの変装」

「帰ってきたら別人だったってか? んなわけあるかよ」

 

 オルガも呆れて口を挟んでくる。

 

「だってさァ、信じらんないよ。あのシャニだぜ? 自分の予定も他人の予定も気にしたことないお前が」

「……」

 

 シャニは目の前にいるクロトとオルガに視線を走らせる。

 

 おっさんに聞いたMSのこと、こいつらに言うのは面白くないな……。

 

 でも、あの話を聞いて心変わりしたことは確かだ。

 今まで惰性で生きてきた日々に、ようやく道が見えた。

 いつも面倒臭くて行く気が無かった検査も、真面目に行ってやろうと思った。

 

「別人……そうかもね」

 

 鼻で笑いながら、クロトに質問の答えを返すが、「……意味わかんねぇ」と興醒めされた。

 オルガは何を思ったか分からないが、黙っている。

 

 まだ熱いから、気をつけて。

 黙々と料理を取り分けていた嫁が皿を寄せてくる。何も言わずとも、何も動かなくても、当たり前のように自分の前に出来立ての料理が出される。結婚というものは便利だ。

 

 湯気を立ち上らせている熱々のラザニアを口に運ぶ。

 彼女が作るラザニアは何度か食べたことがあるが、今は気分が良いせいか、いつもより美味く感じた。

 チラッと顔を上げた時、オルガが視界にうつった。料理にはあまり手を付けてなかった。食欲がないのが見て取れる。

 

 イジメすぎたかな……。

 

 それもそうか。

 恋敵が目の前にいる場で食事を共にする。こんなに食欲が湧かないことはないだろう。

 ほんの少し憐憫の意を込めつつ、シャニはしばらくオルガを観察した。やたら顔色が悪く、口許に手を添えながら、その視線はある一点を凝視している。流石に様子がおかしい。

 目線の先にいるのはシャニの隣にいる嫁、いや、少し違う。彼女の目の前にある──グラス。

 そのグラスを手にした彼女は、今まさにそのグラスを傾けてジュースを飲んだところだった。

 

 

「なぁ……それ、お前の?」

 

 

 オルガがシャニの嫁が使っているグラスを指差して言う。まるで油が切れた機械のような動きで。

 うん。と彼女が頷く。

 

「あーそれ。前に僕がどっかにぶつけてちょっと欠けちゃったやつじゃん。まだ捨ててなかったの?」

 

 横槍を入れてきたクロトに、近い内に捨てようと思ったけどつい忘れてしまって、と説明するシャニの嫁に、

 

 

「頼む……今日捨ててくれ!」

 

 

 突然、オルガが声を荒げた。

 片手は未だに口許を隠すように添えられている。

 今日は朝から色んなことがあったが、今までにないオルガの情緒不安定っぷりにシャニは首を傾げる。

 何をそんなに気にしているのだろう。ただのグラスなのに。今日だって普通に使って──

 

 

 あ。

 

 

 シャニは頭の中に、今日の“景色”が浮かび上がる。 

 今日このグラスが使われたのは確か、クロトがピザを持って来て、ジンジャーエールを三人で飲んだ時だ。

 

 

『オルガ、ジンジャーエール』

『ぁあ? 飲みてぇなら自分で取れ』

『こっからじゃ手が届かな~い』

『お前はソファとケツを溶接でもされてんのか』

『ついでに僕のもネ』

 

 それで、まずクロトがグラスを取って、次に自分が取った。

 そして、最終的にオルガの手に渡ったグラスは──

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぶふっ……!」

 

 

 シャニは耐え切れず、口に入れていたラザニアを吹き出した。

 目の前のクロトの方まで吐き出したものが飛んでいく。「うわっ! きったね!」とクロトが飛び退き、その拍子にクロトの脚が当たってテーブルが大きく揺れ、コップが倒れて中に注がれていた野菜ジュースが溢れる。

 シャニの嫁がいち早く動いてタオルを取りに立つが、シャニは動けなかった。

 テーブルに手をつき、背中を丸めて肩を震わせる。笑いを堪えるので精一杯だ。息が、上手く出来ない。死にそう。

 

「何笑ってんだよシャニ。お前のせいでひでぇことになったじゃん」

「ヤ……ヤバい……ウケる」

「は? 何が?」

「や、やめろシャニ!!」

 

 オルガが止めるのもお構い無しに、シャニは必死に笑いを堪えながらも状況の分からないクロトにジェスチャーで伝える。

 まずオルガを指差し、続けて自分の嫁のグラスを指差し、そして、グラスで飲む仕草をする。それの意味するところはこうだ。

 

 こいつ 間接キスで 自爆。

 

 クロトがパンッと手を叩き、

 

「理解! 理解! いーひひひひ!! こりゃひどいや!」

「オルガ……お前、最高」

「っ! あーもう帰る! 用事を思い出した!」

 

 オルガが勢い良く立ち上がり、さっさと身支度をする。

 彼女が戻ってくる前に立ち去りたくて仕方がないのだろう。

 

「これは流石に居づらいよねぇ~。じゃあ、お前の分の料理は僕が貰って──」

「てめぇも帰るんだよ! ここいたら絶対余計なこと口走るだろうが!」

 

 シャニの目の前でオルガはクロトの襟をふん掴み、引きずるようにして連れていった。オルガに連れ去られる寸前、クロトがドーナツの袋を瞬時に抱えたのをシャニは見逃さなかった。抜け目ないな、あいつ。

 廊下の方からはしばらくクロトの笑い声が聞こえていたが、やがてそれも遠ざかり、何も聞こえなくなった。

 

 あーあ、行っちゃった。

 つまんねぇの。

 

 そこへ何の事情も知らない嫁がタオルを持って戻ってくる。

 二人は? なんて、きょろきょろと見回す彼女に、シャニは「帰ったよ……」と、笑いながら教えてやる。

 じゃあ、これは忘れ物? 

 言われて顔を上げると、彼女の手にはオルガの携帯端末があった。

 

「だね……」

 

 届けてくる。

 大急ぎでリビングを飛び出していく彼女を「待って」と声をかけて呼び止める。

 

「オルガに言っといて……」

 

 何を? 

 彼女が振り返る。

 

 

「また……遊びに来てって」

 

 

 クロトに託けたことと同じだが、それを嫁にも言う。これは保険だ。

 たぶん、クロトはもう忘れているだろう。バカだから。

 自分で言ったら? と言う嫁。「やだ」と一蹴する。

 オレが言ったって、あいつは絶対に聞かない。

 そんなシャニの意図を察したのか否か、彼女は困ったような笑顔を浮かべてリビングを後にした。

 

「ふぅ……」

 

 一人残されたシャニは、呼吸を整える為に大きく息を吐きながら中断された夕食の場を眺めた。

 このタイミングで帰るなんて不自然にも程があるが、嫁は何も気にしていないようだった。

 ちらっ、と左隣を見る。

 オルガの情緒を崩壊させたグラスはまだ、三分の一程残った野菜ジュースと共にそこにある。

 

「くく……」

 

 思い出し笑いが止まらない。

 間接キスどころで、だっせぇ。

 オルガって、あんなに面白ぇ奴だったんだ。

 

『だってさ、あいつ、たぶんもうここには来ないぜ?』

 

 クロトの言葉を思い出す。

 オルガはもう来ない? 

 そんなのダメ。

 

「逃がさないよ……絶対に」

 

 

 

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