生体CPU生存if   作:時竺

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第二十七話 KSKの味

 

 マンションの階段を下りながら、クロトは携帯端末を操作していた。

 オルガは今は一緒ではない。居たたまれずにさっさと逃げようとしたのに、玄関でシャニの嫁に引き止められたのだ。

 今のオルガが一番会いたくないのは彼女だというのに、何一つ事情を知らないとはいえ、よりによってその本人を引き止めるだなんて、彼女も中々エグいことをする。

 皮肉めいた称賛を心の中で送りつつ、先に出たクロトは自身の自転車が停めてある駐輪場に着くなり端末に耳を当てた。

 朝から着信を無視してきた人物にそろそろ折り返しの連絡をしないとと思ったのだ。

 

「あ~もしもし? 僕ですけど」

〈おかけになった番号は現在使われておりません〉

 

 不通時の決まり文句が聞こえるが、無機質な電子音声のアナウンスではない。

 どう聞いてもフレイの声だ。

 

「おいおい、昼間散々イタ電してきといて何だよその態度は?」

〈そっちこそ、散々無視しといて今更何? 〉

「悪かったって。実はちょいとご相談がありまして……今日、泊めてくんね?」

〈本日の営業は終了しました〉

「頼むよぉ~」

〈自分の家がダメならシャニのとこでも行けばいいじゃない。どうせずっといたんでしょ? 〉

 

 やばい。

 いつもならすぐ「しょうがないわね」とか言って軽く了承してくれるのに、今日は丸一日無視し続けたせいかご機嫌を損ねてしまっている模様。

 それでもクロトは諦めずに説得した。

 

「今日はどっちもダメだから頼んでんの。オルガといたら笑い死にしそうだし、シャニの家に泊まったらそれはそれでオルガに殺される」

〈笑い死に? 何それ〉

「色々あったんです」

〈そ〉

「おぉい!!」

 

 切られた。

 嘘だろあの女。

 

 クロトはすぐにかけ直す。

 しかし、何度ダイヤルしても留守電になるだけ。

 

 こりゃ、一回ご機嫌取りに行かなきゃダメだなぁ。

 

 そんなことをすれば、また周りに「お前ら付き合ってんの?」なんてウザいからかわれ方をされてしまうが、フレイの家は都合のいい臨時の宿泊先だ。ここで無くしてしまうのは惜しい。

 

 なんか献上品でも持って行かねぇとダメかなァ。

 

 ガサッ。

 

 その時、手に持っていたものが自転車に触れて音を立てた。

 シャニが貰ったとかいうドーナツの袋。さっきオルガに引っ張られた時に無意識に掴んで持ってきてしまったやつだ。

 

 なんだ、こんなところにおあつらえ向きのモノがあるじゃん。

 

 自分で買ったものでもないが、何の罪悪感も持たずにクロトはドーナツを自転車のかごに入れた。

 自転車のスタンドを外してマンションの正面口に回った時、

 

「まだいたのかよ」

 

 シャニの嫁との話が終わったオルガと丁度会った。

 

「まぁ、ちょっとね。そっちは案外早かったじゃん」

「……忘れた端末を届けてもらっただけだからな」

 

 オルガはそう言ってそっぽを向く。

 答える前に間があった。

 これは、端末を届けてもらっただけじゃあないな。

 

「クロト、お前に言っておきたいことがある」

「何? 改まって」

「お前、二度とあの部屋に泊まりに行くな」

「えー何で?」

「いつか絶対、あいつの嫁に俺のこと言うだろ」

「あぁ、今でも言いたくてうずうずしてる」

「お前の記憶を消してくれって今すぐおっさんに連絡していいか?」

「ひどっ! じゃあ、お前がアパートに女を家に連れ込もうとする時はどうしろって言うんだよ」

「安心しろ。()()()()()()()()()()()

 

 オルガの声がだんだん尻すぼみになる。

 急にナイーブになった理由は何となく察しが着く。

 

「無くなったわけ? 結婚願望」

「まぁな。結婚生活も監視されるなんて、俺ぁゴメンだ」

 

 今日発覚した、日常生活をアズラエルに監視されているという事実。

 そのことを未だに気にしているらしかった。

 

「でも、家ん中までは監視してないって、おっさん言ってたじやん」

「だとしてもだ」

「そう。ま、それでも僕はあの家に行くのを辞めないけどネ」

「ぁあ? 行く理由がねぇだろ」

「あるある。どんだけ叫んでも壁ドンはこねぇし、カミさんはお菓子くれるし。シャニは人のことこき使ったり時々面倒臭ぇけど」

 

 「時々……ねぇ」とオルガがクロトの言葉を反復する。

 

「なぁに? 言いたいことあるならもっとハッキリ言えよ」

「意外に思っただけだ。前はシャニのこと、どっかで野垂れ死ねばいいとか、毎日のように言ってたじゃねぇか」

 

 

 オルガの言葉を受けて、クロトは自転車を手押しで進めながら「そうだねェ……」と、空を見上げ回想する。

 

 確かに、そんな時期もあった。

 

 軍を辞めさせられて、三人で暮らし始めたばかりの頃だ。

 MSのパーツでなくなった“第二の人生”。その始まりは最悪で、こんな風に空を見る余裕すら無かった。

 

 

『離せ! やめろ! 変なもん食わせんな!!』

『ぁあ!? 人が作ってやったのにわがまま言うんじゃねぇ!』

『まぁ、作ったってか……オルガがレンチンしただけだけど』

『クロト、無駄口叩いてる余裕あるならもっとしっかり抑えとけ!』

『やってるっつーの! こいつ、二日もロクに食ってねぇくせにすげぇ馬鹿力なんだよ!』

『さっさと諦めて口開けろ! 薬、だけでも、飲みやがれ……!』

『MSがねぇのに飲んだって意味ねぇだろうが! やだ、やだ……お願い……やめて……』

 

 

『けっ……寝たか。駄々こねるくせに、一滴垂らしてやったら今度は自分からがっつきやがって』

『ねぇ、いつまでこんなことやんの? もう放っておこうぜ。こんな奴、一人で勝手に野垂れ死ねばいいよ』

『良かぁねぇ。そうなったら一生俺達はおっさんらに馬鹿にされたままだぞ』

『いいよ別に、僕はそれで。分かってる? お前がいない時のこいつの相手、僕がしなきゃなんだぜ?』

『簡単だろ。どうせこいつ、うるせぇ音楽聞きながら一日中寝てんだ』

『だから……起きた時がめんどいんだって』

 

 

 そう、一番怠いのはオルガが買い物に出た時。一部屋しかない狭いアパートに、クロトはシャニと二人きり。あの時間が一番苦痛だった。

 部屋の隅でずっと「ウザい……ウザい……ウザい……」と爪を噛みながら呪詛のようにボソボソと呟き続けるシャニ。それだけならまだいい。腹減ったって言うから、渋々適当にパンをやったらぐちゃぐちゃにして投げ返してきたり、トイレに立ったと思ったら全員の薬を便器に捨てていたり、ある時は一日中泣き叫びながら暴れたり。とにかく悲惨な日々だった。

 そんなシャニを絶えず見ていて、クロトは思った。

 あぁ、これが、僕も辿る末路なのかな、と。

 

 同時にこうも思った。

 

 

 こいつみたいには、絶対になりたくない。

 

 

 ずっと一緒にいると自分まで気が滅入りそうで、ある日シャニを置いて外に出た。

 初めてゲーセンでゲームをして、対人ゲームにハマって、金が無くなって、そのゲームの家庭版が出てるって知って、買って、ソロ対戦をやり込んで、それも飽きて、チーム戦も面白いかもって気付いた頃、中々勝てなくて苛立ってたところを、何日も風呂に入ってない、ぼろ雑巾みたいな奴に鼻で笑われた。

 

『何だよこのクソゲー! 反応遅すぎ。ボタン押してるとこで出ろよな』

『……雑魚』

『ぁあ? 今何て言った』

『……ヘタクソ』

『じゃあお前、やってみろよ。ほら──』

 

 

『ちっ……クソが』

『ふふふ、ざまァ無いね』

『味方が弱すぎ……』

『言えてる。こっちの動きに付いて来れる奴が誰もいやしない』

『……』

『……』

『じゃあ……オレたちで組む?』

『奇遇じゃん。僕もちょうど同じこと言おうと思ってた。あーでもコントローラー、一個しか無ぇな』

『……買って来て』

『うっぜ。じゃあその間にお前はシャワー浴びて、その腐ったワカメみたいな髪どうにかして来な』

 

 

 それからなんだよな。

 一緒にゲームしたり、オルガのことをからかったりしながら、ちょっとずつシャニと喋るようになったの。

 

 回想をやめ、クロトは自転車のカゴに目を向ける。中で静かに跳ねるドーナツの袋。今日の朝は、同じ場所でジンジャーエールのペットボトルが暴れるように跳ねていた。

 

「まぁ、昔は昔。今は今って感じかな。変わったよねェ~。今でもウゼぇ時はウゼぇし、殺したくなる時だって何回もあるけど」

「俺は今日だけで十回は殺したくなった」

 

 オルガがそんなことを言うので、参考までに「僕のことは?」と聞いてみた。「お前は五の五乗くらいだ」とよく分からない回答が返ってくる。言った本人も計算できないような計算式を真顔で言うのやめて欲しい。こっちが恥ずかしいから。

 

「逆に、オルガは絶対あいつを見捨てようとしなかったよね。あれ、何で?」

「前も言っただろうが。オレたちが普通に生きれるわけねぇってほざいてた奴らを見返してやりたかったんだよ」

「それだけ?」

「それだけだ」

 

 オルガがぶっきらぼうに答えながらそっぽを向く。

 その様子をクロトは横目で見ていた。本音は別のところにありそうな雰囲気だけど、今は深く突っ込まないでおいてやろう。

 

「にしても不思議だよなぁ、あんな奴でも幸せな家庭が持てるんだから」

「普通の家庭──とは言い難いがな」

「それはそう。でも、うちに帰ってきたら『おかえり』なんて言ってくれるカミさんがいるんだぜ? 僕らの立場考えたら、十分幸せな方でしょ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

 

 あ、そうだ。

 

「シャニのカミさんと言えばさ—」

 

これだけは聞いておかないと、今日という一日は終われない。

 

 

「どうだった? KSK(間接キス)の味」

 

 

 今日一日の中で、間違いなくオルガの一番の地雷であったであろう案件をニヤニヤしながら口にする。横から、放たれた銃弾の様に手が飛んできて胸ぐらを掴まれる。

 

「お、ま、え、なぁ~」

「くくく……何でお前、シャニのカミさんのグラス使ってたの?」

「あんな角の欠けた危ねぇもん、どうせシャニが使ってる奴だろうと思ったんだよ! ピザん時にシャニが取らなかったから何か変だとは思ったが……お前らまさか、あれがあいつの嫁のだって分かってて俺に取らせたんじゃねぇだろうな」

「流石に濡れ衣。てか、あのグラス一回洗ってなかった? 仮に間接でやっちゃったにしても、あんな過剰に反応することでもなくね?」

「そういう問題じゃねぇんだ……分かるだろ」

 

 分かんねぇよ。

 

「あと、お前にもう一つ悲報あるけど、聞きたい?」

「あぁもう、何でも言えよ……」

 

 自棄になって吐き捨てながら、オルガは放り投げるようにクロトを手放した。

 

「お前がシャニのカミさんのこと好きだったの、シャニにバレたよ」

「あ!?」

「本返しに来たことまで、しっかりバレてた」

「お前、言っただろ」

「違う違う。僕はシャニに『オルガってあいつのこと好きなの?』って聞かれたから『そうだよ』って答えちゃっただけ」

「言ってんじゃねぇか!! 殺す!!」

「うっはー! 撤退撤退!」

「待ちやがれ!」

 

 本当に殺される前にさっさととんずらしようとクロトは自転車に飛び乗る。が、

 

「うっ……」

 

 クロトは目の前の光景に絶望し、冷や汗を流した。

 

 しまった。

 ここがどういう場所だったかすっかり忘れてた……。

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