生体CPU生存if   作:時竺

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第二十九話 今日の“日記”

 

 アンドラス宅、寝室。

 オルガとクロトが帰った後、シャワーを済ませたシャニはすぐにダブルベッドの布団にもぐりこんだ。

 ベランダ側に背を向けて、横に丸くなる。

 

 疲れた……。

 

 時間は二十二時を回っている。疲労が激しい。色々ありすぎて、もはや朝に起きたことなど忘れてしまいそうだ。

 

 あぁそうだ。

 今日の“日記”をしなきゃ。

 

 眠気を我慢して目を開けた時、ちょうど嫁が手にノートとペンを持って寝室に入ってきた。

 もう寝る? 

 彼女が言った。

 

「寝る……だから、早くして」

 

 彼女は今にも寝そうなシャニの隣に座った。

 今日はどんな一日だったの? 

 彼女が促す。

 

「今日は、確か……」

 

 朝の記憶を呼び起こすが、早速言うことに詰まった。

 薬も飲まずに一人で外に出た。検査もすっぽかした。部屋に帰って力尽きて、オルガに助けられた。そんなこと、正直に言うわけにはいかない。

 

「朝検査行って、帰ってきたらオルガが来てた……お前に、本返しに来たって」

 

 さっき返してもらった。

 思いっきり嘘をついたのに、彼女は何も気にしていない様子でそう言った。

 ペンを走らせる音が聞こえる。

 

「で、クロトも来てあいつが買ってきたピザ食った……」

 

 お金、あったのかな? 

 心配そうに彼女が言う。「無いから、ツケだって」と教えてやった。

 

「あと、フレイが来て、ビンタされた……香水のこと、トイレの芳香剤の匂いがするって言ったら、バチンって」

 

 それは怒るかも。

 彼女が失笑する。

 

「その後は……」

 

 今日の一番の騒動を思い出す。アズラエルが捕まえに来たことだ。

 

「ものすごい……大乱闘」

 

 くすっと笑いながらシャニは誤魔化す。

 乱、闘……? 

 彼女が不思議そうに言う。

 

「ゲームの話。あと、ステラたちとも“遊んだ”……」

 

 珍しいね。何をしたの? 

 彼女が訊ねる。

 

「投げ飛ばされて、のしかかられて、気絶させられた」

 

 それは……えっと……。

 彼女が反応に困り出す。

 

「ふっ……ゲームの話」

 

 ゲームばっかりだね。

 彼女が笑う。

 

「艦長のカウンセリングもした」

 

 シャニの、じゃなくて? 

 彼女が確認するように言う。

 

「たまに、オレがしてやることもある……その後の話はいいよね」

 

 うん。あと、掃除もしてくれた? 

 今度は彼女の方から聞いてきた。

 

「掃除……」

 

 してない。何でそんなことをと思ったが、続く彼女の次の言葉でピンと来た。

 この部屋、今朝よりも綺麗になってる。布団も、まるで新品みたい。

 

「……ちょっとだけ」

 

 大ウソ。

 アズラエルが全部片付けてくれただけ。

 でも、彼女は気付かないし、シャニもこのことを彼女に言わない。

 

 彼女だけが、何も知らずに“普通の結婚生活”を送っていると思っている。

 

 いいんだ。

 こいつは、何も知らなくていい。

 余計なことは、何も。

 どうせ()()()()なんだから。

 

 

『お前が倒れたこと、あいつが知るとマズイことでもあんのか』

 

 

 今朝オルガにそう突っ込まれたことが、もう随分昔のような気がする。

 

『めんどい……だから言わない』

『理由になってねぇ。心配かけたくねぇとか、もっとまともなこと言えねぇのか』

 

 心配かけたくない。

 それは、ある意味正解。

 でも、たぶんオルガが思っているのとは違う。

 

 心配なんてものは、結局は監視と同じだ。

 問題を起こさないように目を光らせる。

 心配と監視。

 その二つの間に大きな違いがあるとは思えない。

 ただでさえ監視されている生活を強いられているのに、そこに更に、自分を心配をする人の目が増えるなんてごめんだ。

 

 

 それがたとえ、俗に言う()()()()()()()()()()だとしても。

 

 

 二人の周りにあるのは嘘ばかり。

 嘘の自由。

 嘘みたいな時間。

 シャニもまた、共に暮らす彼女に嘘をつき続ける。

 結婚してるなら隠し事をしちゃいけないなんて、そんなのは幻想だ。

 

 

 そういえば、キッチンにあった油、知らない? 

 彼女に妙なことを聞かれた。

 

 「油……」

 

 何の話? 

 

 彼女曰く、キッチンに徳用の油があったはずだが、それが空になってたという。結構残ってたはずなのに、と。

 

 油、油……。

 

 眠くて回らない頭で、シャニは一生懸命記憶を辿り。やがて、一つの心当たりに気付いて「うっ……」と小さく呻いた。

 

『オルガは玄関に油撒いといて』

『何ですかあの古典的な油のトラップ。ボクのブランド物の靴が汚れちゃったんですケド』

 

 思い出した。

 アズラエルが来るときに、自分でオルガに指示したのだった。

 くそっ。マジでやったのかよあいつ。こんなのどう言い訳すんだよ。最後の最後で変な置き土産しやがって。

 

「知らない……オルガが全部飲んだんじゃない? バカだから」

 

 流石に冗談と分かる嘘だが、嫁はまた笑うだけだった。

 ホントに疑わないな、こいつ。

 

「もう、終わりでいい?」

 

 これ以上変なことを突っ込まれたら困る。

 うん。と彼女が言う。

 パタン、とノートを閉じる音が聞こえた。

 

「今日の“日記”、終わり」

 

 お疲れ様。

 彼女の声でシャニは目を閉じた。

 

 日記。

 それはシャニと嫁の間で交わされた二つ目の約束だった。

 自分が離れている間、シャニに何があったかを一日の最後に話して欲しい。

 内容は本当でもいいし、嘘でもいい。だから今みたいに、自分にとって都合が悪いと思ったことをシャニは話さない。遊び心が昂ると、脚色を加えて面白おかしく話をでっちあげたりもする。

 シャニが話した内容は、嫁がノートに代筆する。

 そんな信憑性に欠ける日記に何の意味があるのかは分からないが、特に自分にデメリットになることも無いからと、シャニはその約束を守るようにした。

  緩やかな眠気に誘われながら、シャニは言わなかった日記の内容を思い出す。

 

 リハビリセンターからの帰り道。

 目の前に停まる黒い車。点滅するハザードランプ。

 乗り込んだ車内で交わした、アズラエルとの会話。

 

 

『もしも君たちのMSがまだ残っていて、乗ってもいいという状況になった時、君はどうします?』

 

 

 そんなの、乗るに決まってる。

 

 

 あの時、シャニは心の中で即答した。

 

 まだ乗れる状態にない。

 アズラエルはそう言っていたが、少しでも可能性があるなら期待せずにはいられない。

 またMSに乗れるなら、何だってする。

 検査もサボらずに行く。

 夢に見るほど欲していたものが手に入るなら、今持っているものを全部捨てたっていい。

 隣にいる、こいつのことだって──

 

 オルガとクロトは、どうすんのかな。

 

 シャニの知る限り、あの二人はそこまでMSに執着があるようには見えない。

 でも、あいつらも結局は自分と同じ“生体CPU”。

 どれだけ平和な日常に染まろうとも、MSを鼻の先に持ってこられたら、人参を与えられた馬のように食いつくはずだ。

 人参に食いつく二人の間抜け面を想像してしまう。

 

 何がおかしいの? 

 彼女が聞いてくる。

 笑い声が漏れてしまったらしい。

 

「ちょっとね……そういえばオルガ、何か言ってた?」

 

 何かって? 

 

「また来るとか……言ってた?」

 

 気が向いたら、だって。

 

「そう……」

 

 彼女の手が、シャニの髪に触れる。ゆっくり、まるで幼い子どもを寝かしつけるように彼女は頭を撫でる。寝る時はいつもそうしてくれる。

 とても心地よい。これがあるから、夜だけはぐっすり眠れる。

 

 良かったね。

 不意に彼女が言った。

 

「?」

 

 三人で集まったの、久しぶりだったんでしょう? 楽しかった? 

 

「……さぁね」

 

 

「でも……」とシャニは続ける。

 

 

「久々に、長い一日だった……」

 

 

 

 シャニが静かにそう言った時、窓の外で星が一つ瞬いて零れた。その星は流線を描きながら、平和な世界に住む人々の営みを繋ぐように流れていく。

 

 

 

 

ブーッブーッ

 

「あ? 何だ、編集長かよ。俺は今日休みだぞ。連絡してくんな。流れ星を見たかって? 知るか。見てねぇよ、んなもん。そんなんでかけてくんじゃねぇ。は? 新しい仕事? 締切は……来週末!? ふざけてんのか? ちなみに、テーマは……“子供”って馬鹿か! 出来るわけねぇだろ! 仕事振る奴を選べよ! ……何? ダメ元で言ってみただけだって? てめぇ、人を舐めてんのか。ああいいよ、分かったよ。やってやるよその仕事。書きゃいいんだろ書きゃ。売られた喧嘩は買ってやる。その代わり、次の給料二倍に上げ──切りやがった、クソが」

 

 

 

 

「楽勝だったな、今日の仕事」

「ステラたちのこと、シャニにバレちゃったかな……」

「知んねぇ。つか、別にバレたってよくねぇ?」

「いや。ネオは、出来るだけ俺達の存在は秘密にした方がいいと言っていた。その方が動きやすいってな」

「あぁ、そう」

「ま、シャニは一番何考えてるか分かんねぇけど、口は硬い方だろ」

「これでバレたのがクロトだったら、ボクたちお仕舞いだった」

「そう、なの?」

「あいつはいつ何を口走るか分かんねぇって有名だからな。気をつけろよ、ステラ」

「うん、わかった」

「なぁ、それよりドーナツ食おうぜ! ネオが買ってくれるって言ってたやつ! ボク結構楽しみにしてたんだ」

「ネオはステラに預けたって言ってたな。どうした、ステラ」

「……ドーナツ」

「まさか、センターに置いて来たんじゃないだろうなぁ?」

「ううん……あげちゃった、シャニに」

「「はぁ!?」」

 

 

 

 

 ピンポーン

「アルスターさーん、レイダー便でお届け物ですよォ」

〈身に覚えがありません〉

「ふうん。いいのかなァ~。毎日予約が殺到してすぐ売り切れるっていう超人気店のドーナツなのに」

〈え!? 〉

 ガチャッ

「ありがとう、ドーナツ“だけ”受け取るわ」

「そうはさせねぇよ、っと!」

「あ! ちょっと! 勝手に入らないでよ!」

「何か飲み物ない? チャリ激漕ぎさせられて喉カラカラなんだよねェ~」

「適当にその辺にあるグラス使って水でも飲めば?」

「あーグラスはダメ。今日の僕のブロックワード。見たら笑い死ぬ」

「って言いながら楽しそうね。その笑い死ぬって、さっきから何なの?」

「いやぁ、実はさ──」

 

 

 

 

 楽しいと思える時間はあまりにも短く、それなのに人生という時間はあまりにも長い。

 シャニは目を閉じながら、明日のことを考える。今日昼寝出来なかった分、明日はずっと寝ていようかな。

 寝ればMSの夢を見るかもしれない。そして目が覚めて、現実を思い出して傷付くのかもしれない。

 それでもいつか手に入る望みがあるのなら、今はまだ、バカ共に付き合いながら、いつ失われるか分からないこの“生”を堪能するのも悪くない。

 

 

 おやすみ、シャニ。

 

 

 今日という日を締めくくるように、嫁がそう言った。彼女の声と、頭に残る優しい手の温もりが、シャニを深い眠りの淵へと沈める。

 

 

 その日、シャニは一つも夢を見ることもなく、朝日が昇るまでぐっすり眠った。

 

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