生体CPU生存if   作:時竺

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第三話 面倒なタイミング

 

 

 ピンポーン。

 

 

 人通りもまばらな朝に、インターホンの単調な電子音が響く。

 地球圏。とある都市の郊外にある四階建てのマンション。

 

 その最上階に並ぶドアの一つに人影を落としている男がいた。

 僅かに緑色を帯びた金髪の髪をオールバックに固めた長身の男。強面の外見からは想像もつかないファンシーな柄の紙袋を下げている。

 名前はオルガ・サブナック。軍にいた頃にそう名付けられた。本名は覚えていない。あるいは、知らない。

 ナチュラルとコーディネーター、その二種族間の悲惨な戦争が終結した後も、軍から与えられたその名を今も使い続けている。

 別に気に入っているからではない。名前がないと不便だからだ。

 

 反応無ぇな。

 

 目の前のドアは沈黙を守り続けている。

 知り合いが住んでいるそのドアを睨むように注視しながら、オルガは紙袋を持つ手に力を込めた。中には数冊の小説が入っている。読んだ感想も言えるように準備して来た。あとは本の持ち主が顔を出すのを待つだけ。

 

 ピンポーン。

 

 もう一度鳴らし、生唾を飲み込んで待つが結果は同じ。

 この部屋には知り合いが住んでいる。オルガもよく知る一組の夫婦。何事においても面倒くさがる怠惰な性格の夫と、真面目で勤勉な嫁。

 

 誰もいねぇのか?

 

 今日は夫の方は朝から外出の予定があり、嫁は仕事が休みの日。

 つまり、この時間なら嫁の方は家にいるはずなのだ。

 事前の調べではそうなっているし、むしろそうでないと困る。わざわざそういう日を狙ってきたのだから。

 

 しかし、二回もインターホンを鳴らして誰も出ないところを見ると、嫁の方も何か用事があっていないのかもしれない。

 予め連絡を入れるべきだったか、と後悔する。

 簡単なことだ。連絡先を開いて一言、たった一言〈これから家に向かう〉とメッセージを打つだけ。たったそれだけだが、

 

 それが出来りゃ、苦労しねぇんだよな。

 

 オルガにとって、ここは友人宅などという気軽に足を運べるような場所では無かった。

 今日だって、ずっと避けて来たこの部屋に、緊張などという、らしくもない感情を抑え込みながら来ている。

 もっとも、それなりの覚悟を決めた訪問も今回は徒労に終わりそうではあるが。

 

 出直すか。

 

 そう思いながらダメ元でドアに触れてみる。

 鍵がかかっていればそれで諦めがつくと思った。が、

 

 

「あ」

 

 

 ドアは、開いた。

 やっぱり誰かいるのだろうか。それとも鍵の掛け忘れ?

 そっとドアの隙間から顔を覗かせると、

 

「なっ……!」

 

 目にした光景に、オルガは驚愕した。

 倒れた傘立て。床に散らばっているガラスの破片と花は、下駄箱に飾ってあった花瓶が落ちて割れたものだろうか。置きっぱなしになっている靴もあちこちとっ散らかっているし、一体何が起きたらこうなる?空き巣か、強盗か。考えられる要因は色々あるだろうが、オルガの頭の中に真っ先に浮かんだ心当たりは一つだった。

 

 

 あいつだ。

 

 

「入るぞ!シャニ!」

 

 胸騒ぎと共に、オルガは部屋の中に入った。

 玄関から伸びる短い廊下を大股で走るように進む。狭い廊下の突き当たり、ドアが開けっぱなしになっていた。そちらに足を運ぶと、

 

「やっぱり……」

 

 思った通りの景色がオルガの目に飛び込んでくる。

 リビングとキッチンが一体となっている造りの部屋。その部屋の入り口のすぐ近くに一人の男が倒れている。

 

 この部屋の住人の一人―シャニ・アンドラス。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 オルガは直ぐに駆け寄って容態を確認した。

 意識はあるようだが、苦しげに呼吸を繰り返すのが精々で受け答えできる状態ではない。

 手は驚くほど冷たく、四肢に痙攣も見られる。

 オルガもよく知っている症状だ。

 幾度となく自分たちを苦しめてきた、薬物依存による―禁断症状。

 

「来るのが……遅ぇ」

 

 まるで生きる屍のように渇いた声でシャニが口を開くが、何故か文句を言われた。

 

「……オルガ?」

 

 苦痛に顔を歪めながら、シャニはうっすらと目を開けて驚いた表情を見せた。

 

「あぁ、そうだ」

「何で……お前が……」

「うっせーよ。それよりお前の薬、どこにある?どこにしまってあるんだ」

 

 オルガの問いに、シャニは指で方向を示そうとする。

 しかし、一度浮いた手はバッテリーが切れた機械のように力無く床に落ちた。

 これでは薬の在りかが分からない。

 

「ちっ!」

 

 どうせ効果は同じだ。

 オルガは自分のアンプルを取り出してキャップを外し、シャニの口に流し込んだ。

 喉が動くのを確認して安堵する。無事に飲み込んだ。すぐにとはいかないだろうが、直に安定してくるだろう。

 薬を飲んでから数秒後、シャニは眠るようにゆっくり目を閉じる。いや、待て。まさか寝るのか?

 

「嘘だろ……」

 

 本当に寝やがった。

 

 こんな訳の分からない状況で俺を一人にするな、と心の中でぼやきつつも、禁断症状を発症した後では仕方ないと分かっている。

 こいつはいつもそうだ。

 一度禁断症状に陥ってから薬を摂取すると、決まって眠りにつく。

 そして、次に起きた時は禁断症状で生死の境を彷徨ったことなど忘れて「おはよ……」なんて軽く言うのだ。

 今回もきっとそうなる。来月の給料を賭けたっていい。

 

「はぁ……」

 

 オルガは長いため息をついた。

 こんなつもりではなかった。面倒なタイミングで来ちまったな。

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