生体CPU生存if   作:時竺

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第六話 そういう“魔法”

 

 

 

〈あー、キミたち?マスドライバーとモルゲンレーテの工場を壊してはいけません。分かってるね?〉

〈邪魔すんなシャニィ!!〉

〈何遊んでるんだよ、お前ら!〉

 

 通信機から、脈絡のない声がいくつも飛んでくる。

 全部雑音だ。聞く価値もない。

 たまにムカついて反応してしまうこともあるけど、そのほとんどは聞き流して構わない。与えられた仕事―目の前の敵をとにかく倒せばいい。

 大鎌を振るい、鋼鉄の装甲を切り裂き、心地のいい爆発音を聞きながら次の獲物を探す。

 有象無象の敵を、ニ門のレールガンで噛み付き、猛禽の如く戦場を駆け抜けるビーム砲で貫き、自身に向けられた殺意は堅牢な盾で拒絶する。

 オレのテリトリーは誰も侵せない。入り込ませない。

 

 あぁ、楽しい……。

 

 薬の効果が切れるまでのごくわずかな時間。

 ほんの短い間に過ぎないが、この為に生きてきたという、確かな”生”の実感がそこにはあった。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 夢を見ていた。

 そして今まさに目が覚めてしまったのだと気付いた時、シャニは落胆した。

 

 いつものやつだ……覚めるなら、見せんなよ。

 

 かつて綺麗だと感じた光の、千分の一にも満たない光量のLEDの天井ライトを見つめ、何度か目を瞬く。

 

 何しようとしてたんだっけ……。

 

 霞がかったように記憶が曖昧だった。

 体調はすこぶる悪い。頭痛もまだ残っている。

 とりあえず、いつも昼寝をしている自宅のソファで寝ていることだけは分かった。じゃあ、その前は?

 覚醒し切らないシャニの思考を起こしたのは本のページをめくる音。それを聞いた時、何が起きて、誰がいるのか少しだけ思い出した。

 

「オルガ……?」

「よぉ」

 

 短い返事だったが、間違いなくオルガの声だった。

 そうだ、今回はこいつに助けられたんだった。

 体を動かすのが億劫で、その姿を視認することは出来ない

 たぶん、同じ部屋のどこかで本でも読んでいるのだろう。

 

「おはよ……」

「ふっ、言うと思った」

「は?」

「何でもねぇよ。気分は?」

「ん……頭痛いし気持ち悪いし寒いし腹減ってるし……最悪」

「それだけ喋れりゃ十分だ」

 

 正直に答えると、本を閉じる音がした。それから、水が流れる音。キッチンにでも行ったのかな。しばらくして、ようやくオルガの顔が視界に入る。

 

 変わってないな。

 

 半年振りに顔を見ればイメチェンでもしているかと思ったが、自分を見下ろすオルガの顔は全く変わっていなかった。

 ついこの間会ったばかりのような感覚すら覚える。

 

「ほら、水。とりあえず飲んどけ」

 

 オルガに言われて初めて、喉が渇いていたことに気付いた。カラカラだ。渡されたコップを素直に受け取り、コップ一杯の水を一気に飲み干す。

 

 うま……。

 

 普通の水道水。味なんて無いはず。それなのに、やたら美味く感じた。

 飲み終わったコップはそのままオルガに返却。「俺は家政婦じゃねぇ」と不服を漏らしながらもオルガは受け取り、またキッチンへと消える。

 また水が流れる音がした。

 てっきりその辺にコップを置いて戻ってくるかと思ったのに、洗ってんのか?真面目なやつだな。

 

「朝飯は?」

「食べた……と思う?」

「俺に聞くなよ」

「忘れた……」

「あぁ、そう。食うもん無さそうだったから、さっきクロトに何か買って来いって連絡はしといた。そのうち来るだろ」

 

 頼んでもいないのに、色々と手を回してくれたらしい。

 冷凍庫には作り置きの何かがあるはずだが、オルガはそこまでは見なかったようだ。

 

「さて……」

 

 一仕事終えた、とばかりにオルガは前置きしてから、シャニが寝そべっているソファの正面にあぐらをかいて座った。

 頭の中で警告音が響く。これは尋問モードに入った姿勢だ。

 たぶん、何でぶっ倒れてたか聞かれる。

 

「どうしてあんなとこで伸びてた?理由を説明してみろ」

「言うと思った」

「あん?」

「別に、なんでも」

 

 前座として、細やかに先程の仕返しをしてからシャニは答える。

 

「ヤク切れてぶっ倒れちゃった……それだけ」

 

 色々事情は伏せたが、嘘は言ってない。

 

「また飲み忘れか」

 

 忘れたんじゃない。

 ()()()()()()()()()()()

 

 なんて、本当のことを言ったらオルガに何を言われるかなんて、想像したくもない。

「うん、そう」とシャニは適当に頷き返す。

 それでも、オルガの表情はだんだん険しくなる。

 

「検査は?ちゃんと行ってるんだろうな?」

「んー。行ったり、行かなかったり?」

「サボり癖も相変わらず、か。で、今日は?」

「今日?」

「お前、今日も朝からだったろ」

 

 そうだけど、

 

  

「何で知ってんの?」

 

 

 ソファに横になりながら問い詰めた時、オルガの背筋がピンとなるのをシャニは見逃さなかった。

 検査に行かなければいけない日は不定期だ。一回検査に行くと、その日の結果によって次の検査日が変わる。一週間後の時もあれば、数日後の時もある。

 だから、自分から言わない限り他の奴の検査日は分からない。勿論、シャニは自分の検査の日などオルガに伝えていない。

 

「クロトが言ってたんだよ。お前と検査の日付かぶったから、終わったらゲーセンに連れてくとか何とかって聞いたぜ」

 

 

 あのクソガキ……。

 

 

 シャニは舌打ちした。

 そういえば前にそんな話をしたような気がする。

 でも、それをオルガに喋る必要なんてないだろう?余計なこと喋んなよ、マジウザい。

 クソガキへの仕返しは後で考えるとして、それよりも、目の前の面倒くさい男の尋問をどうやって終わらせるかが問題だ。

 

「お前、分かってんのか?俺が来なかったら死んでたぞ」

「かもね」

「かもね、じゃねぇだろ」

 

 生命線とも呼べる大事な薬を飲むのを忘れたことに対してか、死にかけたにも関わらずやたら軽いシャニの態度に対してか、或いはその両方に対してか、オルガは呆れを通り越して言葉を失ったようだった。

 何故そこまで人のことを気にするのか、シャニには理解できない。

 

 オレがどうなろうが、オルガには関係ないのに。

 

 同じ地球軍にいた時とか、戦争が終わって、クロトも入れて三人で暮らしていた時ならまだ分かる。嫌でも、共存しなければいけない間柄だったから。

 でも、今はそうじゃない。

 結婚してあのボロアパートを出てからは完全に他人。ここ半年近く一切連絡が来なかったから、向こうもそういう認識なのだと思っていた。

 だから、今回みたいにお節介を焼かれる理由が分からない。ああ、お節介といえばそうだ、大事なことを確認しないといけない。

 

「オレがぶっ倒れたの、“あいつ”に言った?」

 

 オルガがぴくりと反応する。

 誰のことを指しているか、わざわざ名を言わずとも、この部屋のもう一人の住人のことだとオルガは分かってくれる。

 

「言ってねぇ。俺が連絡したのはあのゲームバカだけだが……何でそんなことを聞く?」

「……」

 

 こいつ……いちいち聞いてくるな。

 

「お前が倒れたこと、あいつが知るとマズイことでもあんのか。薬で延命してるって知らねぇわけじゃねぇだろ」

「知ってるよ?薬のことも……軍にいたことも、結婚する前からあいつには全部言ってある」

「じゃあ何でだよ」

「……」

 

 ダメだよ。

 あいつは、オレがいつもちゃんと薬を飲んでると思ってる。そう思ってもらわないといけない。

 

 それに……。

 

 シャニは一度オルガから顔を背け、天井の隅にある()()()()を見つめる。

 

 理由、“あいつら”に聞かれたくないなぁ……。

 

 とにかく、今は当たり障りのないことを言ってオルガを引き下がらせるしかない。

 

「めんどい……だから、言わない」

「理由になってねぇ。心配かけたくねぇとか、もっとまともなこと言えねぇのか」

「じゃあ、それで……」

「適当に答えるな」

 

 あぁ、ウザい……。

 

 一切退く気配のないオルガに、シャニは苛立っていた。

 勝手に人ん家押し掛けて、勝手に助けた気になって、何調子に乗ってんの、こいつ。

 

「結婚して、一緒に住んでるんだぞ?もしまた同じようなことがあったら―」

「じゃあさ」

 

 シャニはオルガの言葉に割り込んだ。

 

「何でお前は言わなかったの……」

「は?俺?」

 

 突然強気に矛先を向けられ、オルガが間の抜けた顔をする。

 

「オレがぶっ倒れたって、クロトには連絡したんでしょ?同じように、言えばいいじゃん。そんなにあいつに知らせたいならさ……」

 

 やり方を変えてみた。

 そっちが引かないなら、こっちが押す。

 連絡先はオルガも知っているはずだ。言いたいなら言えばいい。

「何なら今やれば?ほら」と、シャニは自身の携帯端末を差し出して更にオルガを煽る。

 シャニの端末でなくとも、連絡するだけならオルガの物でも出来るのだから、これ以上の煽りもないだろう。

 一瞬、オルガは何か言いかけて口を開いた。しかし、何故かその先の言葉は紡がれなかった。緑色の瞳が、行き場を失って泳ぎ出す。

 これにはシャニも思わず拍子抜けした。

 てっきり、「話を反らすな」とか、「何で俺がそこまでしなきゃなんねぇんだよ」とか言って反撃してくると思っていた。

 しかし、いつまでたってもオルガはきつく口をつぐんだままだ。

 何がオルガを追い詰めてしまったのか、その理由は分からないが、黙らせることが出来たのだから結果オーライだろう。

 

「安心しな、ヤク切れ起こしてオレたちが死ぬこと……まずないから」

「……どういう意味だ?」

「そういう“魔法”がかけられてる」

 

 何だこいつと言いたげな顔でオルガは怪訝な顔をする。

 たぶん、頭おかしい奴だと思われていることだろう。でも、それでいい。“秘密”に気付いていないなら、そのまま知らない方が幸せだ。

 

 そういえば、何でオルガはうちに来たんだろう。

 

 結婚してシャニたち夫婦が買ったこの部屋に、オルガは一度も来たことがなかった。

 クロトと違って、こいつは「暇だから遊びに来る」ような奴ではないとも思う。

 だから、このタイミングでやって来た理由が全く分からない。

 そんなことを考えながら軽く首をひねった時、オルガの手元に置かれた紙袋に目が止まった。その紙袋の柄に、シャニは見覚えがあった。

 

 ふうん……。

 

 それは、嫁がよく買い物に行く量販店の袋の柄だった。中身はたぶん、本。

 オルガの目的が何となくわかった。

 

『お前、今日も朝からだったろ』

 

 さっきのオルガの言葉を思い出す。

 オルガは今日、朝ならシャニは検査でいないはずだと計算して来ている。

 つまり、夫がいない時を見計らって、人妻に会うのが目的か。

 

 これ……不倫ってやつ?

 

 一瞬、サスペンスドラマにあるような修羅場を想像するが、いや、とすぐに改めた。こいつに限って、それはない。

 

 オルガに結婚願望があることはシャニも知っていた。最近は婚活なんてこともしているらしいが、人の嫁に手を掛ける男ではないと思う。

 少なくとも、こんなこそこそと回りくどいやり方はしない。突然「お前の女をかけて俺と勝負しろ」と言って殴り込んで来る方がオルガらしい。

 

 奪いに来るなら、それはそれで面白いけどね。

 

 シャニはうっすら笑う。それをオルガに気付かれ「何笑ってるんだよ」と怒られ、「別に」と流す。

 

「とにかく、減らず口を叩く元気があるならもう大丈夫だろ」

 

 オルガが紙袋を持って腰を上げた。

 

「もう帰んの?」

「あぁ」

 

 このまま帰って貰っても一向に構わない。

 でも、今を逃したらオルガは次いつ来るだろう。また、夫が不在で嫁だけが家にいるような、そんな都合のいい日を目掛けて来るのだろうか。

 

「めんどっちい奴……」

「何か言ったか?」

「いや……ねぇ、今日休みなの?」

 

 結局、シャニはオルガを引き留めてみることにした。

 

「休みだ。悪ぃか」

「じゃあ、そんな急がなくてもいいんじゃない?」

 

 そそくさと立ち去ろうとしたオルガは、シャニの言葉に目を開いた。

 オルガが驚くのも無理もない。

 シャニ自身も、自分の心変わりに我ながら驚いた程だ。

 少し前まではさっさと帰って欲しいなんて思っていたはずなのに、今は、もう少しこの男の魂胆を知りたいなんて興味すら抱いている。

 だから、まさか自分の口からこんなセリフが出てくるとは思ってもみなかった。

 

 

「ゆっくりして行きなよ……せっかく来たんだし」

 

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