シャニに引き止められたオルガは腰を浮かせたまま固まった。
いつだって、人を邪魔者みたいに扱う男が「ゆっくりして行け」だ?
俺は明日死ぬのか?なんて、小説の中でよく書かれているようなことを考えてしまう。
「何、その顔」
「いや、なんつーか……お前そういうキャラじゃないだろ」
「ウザ……いいじゃん、クロトも来るんでしょ。それまでゲームでもさ」
まだ本調子じゃなさそうなシャニはふらふらしながらソファから立ち上がり、テレビ台の下からゲーム機を出す。
いや、それよりも、
「遊ぶ元気があるなら、検査に行ったらどうだ?」
「今日はもうやめた~」
想定していた通りの返事。
もっとちゃんとしろと文句垂れたい気持ちもあったが、一度こうと決めたシャニの考えを改めさせるのは非常に面倒だ。
オルガは説得を諦め、「せめて艦長には連絡しておけ」とだけ釘を刺す。「はいはい」と生返事だけが聞こえた。
ぎこちない動きでゲーム機をセッティングするシャニを観察しながら、オルガはぼんやり思う。
ゲーム、か。
こいつとやるのは久しぶりだな。
これからやろうとしているゲームと、全く同じゲームがオルガのアパートにもある。
仕事を得てから、オルガはゲームで遊んだ記憶がほとんど無い。
三人でコントローラーを奪い合いながら「ヘタクソ!」だの「死ね!」だの叫びながら夜通し遊び、大家の頑固ジジイが「やかましい!」と殴り込みに来てアパートから追い出されそうになった記憶が遠い昔のように思える。(実際に追い出されて安い宿に駆け込んだ時もあった)
回想するオルガの視線の先では、シャニがゲーム機のコードを手にしながらテレビの周りを行ったり来たりしている。その様子をオルガはしばらく黙って見ていたが、やがてシャニは助けを求めるように振り返り、「これ……どこ挿すの?」と聞いてきた。
「お前ん家のテレビだろ。何で分かんねぇんだよ」
「いつもクロトがやってるし……」
「そうかいそうかい、貸せ」
オルガはシャニの手から引ったくるように映像接続コードを拝借し、テレビの裏を覗き込む。
覗き込んで、気づいた。
テレビの裏側は、コードの挿し込み口が多い関係で様々な凹凸がある。そういう所は埃が溜まる。自分の部屋のテレビがそうだからよく分かる。
しかし、シャニ宅のテレビは、本体とその下のテレビ台の上に至るまで、埃が一切ついていなかった。
普通の家でも、普段見えないこんな裏側までしっかり掃除が行き届いている家なんかあるだろうか。
「新品みたいに綺麗なテレビだな」
「……まあね」
一瞬間を置いて、シャニが答える。
「掃除、いつもお前がしてるのか」
「そうだよ」
「嘘つけ」
「ひでぇ……オレだって掃除くらいするよ?」
「……マジでそうなのか?」
「嘘♪」
「今すぐその舌しまえ。引っこ抜くぞ」
くそっ、まんまと騙された。
よく考えれば分かることだ。この男が、こんなマメに掃除なんてするわけない。
どうせ嫁がしているのだろう。彼女の仕事は清掃員だから、なんて推測は安直すぎるだろうか。
「そういや今日、彼女は?」
コードの差し込み口に挿入しながらオルガは尋ねた。
「仕事……急ぐって言うから、オレのチャリ借りてった」
「あぁ、だから無かったのか」
マンションに着いた時、オルガは一度駐輪場を覗いた。シャニの不在を確認するためだ。自転車は無かったから、いないのだと思った。だから嫁だけがいると確信してこの部屋のインターホンを押した。
彼女の方が自転車を使っているパターンは思い付きもしなかった。
「“休み”なのに、ご苦労なこったな」
「……休み?」
「本当は休みなんだろ?なのに仕事行ったってことは、急な欠員が出てシフトでも入ったのか」
「合ってるけど……
やべ。
オルガは自分が口を滑らせたことに気付いた。
「オレ、あいつが休みなんて一言も言ってないけど」
「こ、この部屋のカレンダーに書いてあるのを見たんだよ!」
「カレンダー……」
そう言いながらシャニが壁を見渡した時、オルガは自身の失言に気付いた。
「うち……そんなの飾ってない」
やっちまった。
咄嗟についた嘘だったが、バレるのも当然だった。その通りだ。この部屋にカレンダーの類いが無いことはオルガも確認している。
「あーそうだ!それもクロトが言ってたんだよ!ほら、あいつ、すぐ何でも言いふらすだろ!」
もちろん、これも嘘だ。
本当はシャニの嫁が働いているリハビリセンターの職員に、彼女の休みはいつなんだって聞いて回った。
しかし、そんなこと口が裂けても言えない。絶対に。
シャニからは「ふうん……」と抑揚の無い声が返ってきた。
「ゲームついたぞ、おら」
オルガは話題を変えるように、無線で使えるコントローラーを一つ、ソファに寝ているシャニに放り投げた。
シャニは無言でキャッチし、横になっていた身体を起こすとオルガから見て左端に肘をかけて座る。オルガはシャニの反対側に足を組んで座った。
「どうすんの?タイマン?チーム?」
欠伸をしながら、シャニが聞いてくる。
このゲームには色んな対戦モードがある。一対一のタイマン、二対二のチーム戦、更にもっと多い人数で遊べるバトルロワイヤルモードや、キャラを自由にカスタマイズして対戦出来るモードやアイテムを使った遊び方も出来る。
「まずはタイマンだろ。病み上がりが相手だからって手加減しねぇぞ」
「オレに勝ったこと無いくせに」
「あるだろバカ。実際五分五分だったじゃねぇか」
「そうだっけ?」
いつもクロトが家でもゲーセンでもやってるゲームのタイトル画面が映った。
「何使おっかな~」と、横でシャニが気の抜けた声を漏らすのを聞いて、オルガはほくそ笑む。
何を選ぼうが、ボコボコにしてやるつもりだった。ただでさえ予定が狂って苛立っているんだ、今日は本気で行く。
さっきまで薬切れを起こして、未だに本調子ではない奴が相手だろうが容赦はしない。
張り切ってシャニとの対戦に挑んだオルガだったが、
「な、何でだ……」
一戦目。見事惨敗。
「ふっ……誰と誰が五分だって?」
やろう……。
「もう一回だ!!」
二戦目。惜敗。
「ざ~こ」
「うるせぇ!こっからだっつーの!」
オルガはコントローラーを固く握り直す。
最初はゆったりとソファに座っていたのに、いつのまにかテレビに向かってかなり前のめりの姿勢になっていた。
ブランクなんて関係ねぇ。
勝つまでぜってぇ帰らねぇぞ。
ついでに、お前という男がこの半年でどう変わったか見極めてやる。
リベンジの闘志に燃えるオルガは当初の目的を忘れ、何度もシャニに再戦を挑み続けた。