何でクロトに言っちまったんだよ俺はぁ……。
シャニの嫁に思いを寄せていたという胸の内をクロトに明かして以来、奴は「どう?シャニの奥さんより魅力的な女見つけた?」などと、散々人をネタ扱いしてくる。そんなやり取りはもう飽き飽きだ。
この赤毛のクソガキに打ち明けてしまったことは死ぬまで後悔するだろう。
「ほらほら、お二人さん何ほけーっとしてんの?さっさと食いなよ」
オルガの悔恨を他所に、クロトがピザを片手に上機嫌に喋り出す。
テンションの高さがやや気になるが、オルガは一先ず一番近くのピザを適当に手に取り、かじる。
何種類かの魚介類がちりばめられたシーフードピザだった。
「うま」
道中で少々冷めたとはいえ、まだ温かさの残るピザはちゃんと美味しかった。
「だろ?」
クロトがピザを口に咥えながら喋る。彼の両手は既にゲームのコントローラーで塞がっている。
「この辺で一番高いピザを買ってきたんだ」
「何でわざわざそんな高価な物を」
「気分が良かったからだけど」
「金あったのかよ無職」
「来月まで無いから、ツケで」
何か買って来いとは言ったが、頼む相手を間違えたな。
軍を辞めさせられた時、オルガたち三人は大量の退役金をアズラエルから貰っていたが、クロトはその金をあっという間に全部遊びに使ってしまった。
ちなみに、オルガはその金にはほとんど手をつけていない。おっさんの唾のついた金で生きていくなんて、あの男に借りを作っているようで気分が悪くなるからだ。仕事に就いてからは出来るだけ自給自足を心がけている。
「オルガ、ジンジャーエール」
「ぁあ?」
ソファから全く動く気の無いシャニがまた命令してくる。
「飲みてぇなら自分で取れ」
「こっからじゃ手が届かな~い」
「お前はソファとケツを溶接でもされてんのか」
「ついでに僕のもネ」
馬鹿二人を相手にするのが面倒になり、オルガは苦虫を噛み潰したような顔で野郎三人分のジンジャーエールを注ぐ。
一番近いクロトが奪うように適当なグラスを手に取り、シャニがわずかに腰を浮かせて二つの内の一つを取る。
オルガに残されたのはさっき自分が水を飲むために勝手に使った、わずかに角が欠けたグラスだった。
「さっきから気になってたんだけど」
シャニがジンジャーエールを口に含みながら尋ねる。
「何でクロトはそんなに機嫌いいの?」
それはオルガも気になっていた。
「よくぞ聞いてくれました。逆に、何だと思う?」
「金でも拾った?」
「ハズレー。オルガは?」
「検査の結果が良かった、とか?」
「ブッブー。あーもう、ダメダメですぅ」
「ぷっ……今の言い方、おっさんっぽーい」
「似てた?実はちょっと意識してた」
「いいからさっさと言えよ」
雑な某盟主の口真似を披露するクロトに腹が立ってきたオルガは早く答えを教えろと急かす。
「キラ・ヤマトに勝った!」
ガッツポーズをしながらクロトが声高々に言う。
勝った。というからにはもちろん何かの勝負事に、だ。
それが何の勝負であるか、オルガとシャニには分かりきったことだった。
少し前からクロトがハマっている、ゲームセンターの対戦ゲームのことだ。まさに今プレイしているゲームはその家庭版というやつだが、クロトの本命はゲーセンでの対戦。行きつけのゲーセンで、クロトはしょっちゅうキラ・ヤマトと対戦している。
「へー。オレがいなくても勝てたんだ。やるじゃん」
チーズがたっぷり乗ったピザを一欠片掬い上げ、チーズの伸び具合を満足そうに観察しながらシャニが言う。
「野良と一緒の方が楽だったよ。悪意のあるチームアタックしてこねぇからな」
シャニは「へへっ」と妙な笑い声を出す。自覚はあるが謝る気はないらしい。
野良、又は野良相方というのはその場でマッチングした、見ず知らずの味方プレイヤーの通称だ。逆に知り合い同士でタッグを組んだ時は固定、固定相方と呼んだりする。
普通は固定の方が意思の疎通がしやすく、対戦に集中しやすいものだが、シャニと組むより野良の方がいいということは、普段のシャニの素行は余程酷いのだろう。
「マジな話、お前が真面目にやればもっと勝てるんだよ。オルガも最近全然付き合ってくれないし」
「“忙しい”んでな。お前らと違って」
「「定職持ちうぜ~」」
無職共の声が綺麗に重なる。
いつもは全然言動が噛み合わないくせに、何故こういう時だけ息が合うんだ?
にしても、ゲームとはいえ、あのコーディネーターに勝つとはな。
キラ・ヤマト。
かつてはその名も知らず、ただオーブで戦った「白い機体のやつ」という印象でしかなかったコーディネーターの少年と、今はゲームを通して対戦をしている。
ことの発端は何だったかと思い返す。
終戦後、しばらくのことだ。
シャニが結婚する前、クロトはよくシャニを誘ってそのゲームをプレイしに行った。戦績はかなり優秀な方で、地球圏内のネット対戦で敵うやつなどいないという程の実力だった。
ところが、彼らの連勝を止めるタッグが一組だけ存在した。
それがキラ・ヤマト―と、恐らくその相方のアスラン・ザラ。
ゲームの匿名性も相まって、最初はまさか、例の因縁の機体のパイロットが相手だとは思いもしなかった。
連勝記録を止められて暖まった彼らは、その日、何度もリベンジマッチをしかけたが勝利をもぎ取ることは出来なかった。
クロトはともかく、いつもニヒルな笑みを浮かべてふざけたプレイ―通称“舐めプ”をするシャニがやたら熱くなっていたのを見た時は流石のオルガも驚いた。その時のリベンジマッチの金を、クロトの分まで払っていたというのだから、明日は隕石でも落ちてくるのかと思った程だ。
「あいつ……赤い機体の奴だと思う」
その日の持ち金が底をつき、結局一勝も出来ずにファーストフード店でフライドポテトをヤケ食いを決めた席で、シャニが急にそんなことを言い出した。
赤い機体と言われて、オルガたちの間で思い付くのは一機だけだ。
軍にいた時、初陣となったオーブでの戦いからずっと邪魔してきた二機の内の一機。
しかし所詮ゲームだ。何千何万というプレイヤーがいる中で流石に違うだろとオルガも言いたかったが、クロトまで「やっぱり!?僕もそう思ってた!」などと言い出してきたものだから場が荒れた。
「間合いの詰め方とか、連携の仕方とか、なーんか見たことある動きするなって思ったんだよ。ってことは、相方はもしかしてキラ・ヤマトかな」
「そんなピンポイントでか?全世界にプレイヤーが何人いると思ってんだよ」
「あの女なら……何か知ってるんじゃない?」
「誰?」
「クロトに付きまとってる女」
「ゲロゲロ……あの女の話すんのやめろよな」
「聞いてみて~」
「い~や~だ~ね」
苦い顔をしながらも、結局気になってしまったクロトがフレイに事実確認をしたことは今でも鮮明な記憶としてオルガの頭に残っている。そして、結果はビンゴだった。
それからというもの、クロトは妥当キラ・ヤマト(ついでにシャニはアスラン・ザラ)に執念を燃やしながらゲーセンに通い続けており、現在に至る。確か、連絡先も交換した、とか言ってなかったか?
「まぁ、今日はキラの相方が弱っちくて足引っ張ってたのもあるけどさ、勝ちは勝ちだし。つーわけだから、どーぞどーぞ皆様、今日は祝杯だと思って飲み食いしてくださいな」
上機嫌のクロトがゲーム画面に向き直るのを確認し、オルガはこっそりシャニに声をかける。
「おい、シャニ」
「ん?」
「クロトのやつ、今まで何回キラ・ヤマトに負けてるんだ?」
シャニはしばらく考えるように宙を仰ぎ、
「知らね……でも、百は負けてんじゃない?」
つまりこのピザは百分の一の勝利の味ってことか。
オルガはピザを大事に大事に噛み締めることにした。