私、
ヴァルキューレに入ったらもう少し事件に巻き込まれたり因縁を付けられたりで刺激のある日常を送れると思っていたのだが、事件の絶えないキヴォトスと言えどそれは学園都市全体を見た場合の話であるという観点が抜け落ちていた。
こと自身の管轄内の範囲で考えれば事件が起こる日の方が少なく、ただ面白くもない巡回をして一日が終わるということも少なくない。それは地域住民にとっては平和でこの上なく嬉しいことなのかもしれないが、ヴァルキューレ生としては喜ぶべきことなのかもしれないが、しかし私はそれに否を突きつけたいと強く思う。
違う。こんなのは、私が求めていた青春じゃない。
私が求めていたのはもっとこう、激しい銃撃戦の中で全身を撃たれ、銃弾を浴びて、私に生を実感させてくれるようなそんな日常。
こんな生ぬるい環境では、私の理想には程遠い。合法的に私の欲求を満たせられると思っていた過去の私を殴りたいとすら思ってしまう。お前の計画、破綻してるぞ、と。
そんなわけで上司にもっと事件が多いゲヘナ地区への転属をお願いしたのだが。
「あー、お前も手柄を立てて出世したいクチか? ゲヘナは事件がなんぼでも起きて手柄を立て放題だから、人気でなかなか空きが出ないんだよ」
箸にも棒にも掛からなかった。
しかし、ゲヘナに行きたいと言っただけで出世に目がくらんだ俗物と一緒にされるのは心外だった。何を見て私の事を上昇志向があると思ったのかは不明だが、私の目的はそういったものとは全く異なっているのだから。
私のはもっと利己的で、醜悪な欲望を満たすためのもの。どちらかといえば出世せずにずっと現場に居続けたいとすら思っているので、手柄を上げて出世してしまうのは逆に困るのだ。
となるとゲヘナへの転属はあまり良い手段ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら待機していると、出動命令が出た。ようやくの出番である。
「居垂センパイ、ゲヘナに転属願いを出したって聞いたんスけど本当っスか?」
「あー、ホントホント。でも突っぱねられたよ。よく考えて見たら私のやりたいこととはちょっと違うことにも気付けたし、結果的には良かったかな」
「いやー、でも居垂センパイがいなくなったらうちの地区もキツいし異動にならなくて良かったっすよ」
「何言ってんの。私が休みの時もあるんだし、ちゃんと自分たちだけでも動けるようにしてよ」
「いやいや、いつも居垂センパイが突っ込んで、的になってくれてる間に終わらせるって手段を取っちゃってるんで、それ以外の方法が全然機能しなくなってるんすよ、うちのとこ」
私のせいだって言いたいのだろうか。
確かに事件があったらまず私が突っ込んでいくような流れはできているが、別にそうじゃない場合だって今まで何回もあったはずだ。……あったよな? どうも最近はワンパターン化している気もするが、だからといってそれに甘えてはいけない。
そもそも私は二年生であるが故に後輩たちよりは一年早くこの学校を離れるのだから、彼女たちは彼女たちで自分たちの世代だけでの連携訓練に取り組むべきなのだ。
「私のせいにしないで、ちゃんと訓練するんだよ」
そんなことを話している間に現場に到着して、私はいつものように突っ込んでいく。
今回は路地裏に
市民にとっては迷惑な話だが、私にとってはこういうのがいくらあったっていいと思っている。
戦いに身を置けるなら、それだけ私の欲望は満たされる可能性は上がるのだから。
「うわ、ヴァルキューレだ! 撃て撃て!」
「甘い甘い!」
この程度の不良の弾など、避ける必要もない。身体で受けて、そのまま至近距離まで近づいて、一発ずつ拳銃で打ち抜いていく。
無論着弾する度に身体に衝撃が奔って、ちゃんと痛みを訴えてくるのだが、そんなものは私が足を止める理由には成りはしない。だってそこで足を止めてしまったら、相手がまた様子見に戻ってしまうかもしれないから。
半狂乱になって乱射してくるぐらいがちょうどいい。
いっぱい私に弾を撃ち込みやがれ。ちゃんと当てろよ。当たらなかったら意味がないんだから。
「くそっ、こいつでも喰らえ!」
「居垂センパイ! 手榴弾っす!」
一人、また一人と制圧している中で、一人がこちらに投げてきた手榴弾がスローに見える。
え、ちょっ。
そんなの喰らったら、耐えられないかも。
手榴弾はそのまま私の足元に落下して、炸裂する。防御姿勢を取る前だったこともあって何も遮るものがない状態でその火力を浴びた私は、全身にこれでもかというほどのダメージを喰らってしまう。
「…………んッ~~!」
みっともない声が漏れそうだったのを何とか声を抑え、うめき声程度に留める。
それでも私の表情筋はカモフラージュをしてくれなかったようで。
「ひっ!」
煙が晴れて私の顔を見た
あー、最ッ高。
この世にこれ以上の物はない。そりゃあ笑みも零れるってもんよ。
「愉しかったよ。ありがと」
イイモノをくれた子に、素直に礼を言う。
多分戦意はもうなくなっちゃっただろうから、そのまま拳銃で意識を刈り取ってゲームセット。これにて一件落着となったところで、後ろから援護していた
「お疲れ。今日も前に居てくれて助かったよ。でも、ちゃんと盾は持っていきなよ? さっきみたいなこともあるしさ」
「手榴弾食らってたの見たときは流石にビビったけど、やっぱり丈夫だね」
「ちゃんとダメージは食らってるんだから、ちゃんと医務室に行くんだよ? 医務室に行きたくなかったら、次からはちゃんと盾を持つこと」
同級生たちから声を掛けられ、ハイタッチを交わしたりお小言を貰ったりする。
一部の生徒は盾も持たずに突っ込んでいく私に対して、ちゃんと盾を持てと要らぬ心配をしてくれる。そんなことをしたら意味がないというのに。
連行はいいからお前は休んどけと言われて放置されていたところに、後輩が近づいて来て声を掛けられる。
「センパイ、やっぱドSっすね」
「そんなことないよ」
彼女は私がわざと手榴弾を喰らって、それを耐えて見せることで不良生徒を絶望させたと思っているのだろう。何度彼女からこうしてドSだのサディストだのと謂れもない言葉を浴びせられたか分からないが、やはりそれは私を形容するのに正しい言葉ではないだろう。
私を正しく表現するのであれば、その正反対の言葉を用いることになる。
マゾヒスト。あるいはドM。それが私、居垂タウの性質を示す最も適切な言葉である。
私はこうして前線に立って不良生徒と戦って、撃たれる痛みを感じるためにヴァルキューレに入ったのだ。
だから生身で銃弾を受けるために絶対に盾は持たないし、回避行動なんて絶対に取るわけない。
今日の手榴弾なんてのは、私にとってご褒美みたいなもの。防御行動を取って下手に軽減なんてしたら勿体ないことこの上ない。今日は全身でそれを浴びれて大満足である。
ちょっと刺激が強すぎて昼間から出しちゃいけないような声が漏れそうになったけど、なんとか堪えたからセーフだと思う。
「いつもこういう事件があればいいんだけどね」
「何言ってるんすか居垂センパイ。何もないに越したことはないっすよ」
普通の人にとってはそうだろうね。
でも私にとって戦闘はご褒美だから。あればあるだけいいんだよ。どうにか毎日その環境に身を置ければいいんだけどね。
そんなことを考えながら不良生徒を見て、そうしているとどうにも彼女たちのことが気になってしまって、じっと彼女たちを観察する。
何か掴めそうなんだけど、一体何が頭に引っかかっているのだろう。
そうして先程戦った子たちが署へと連行されていくのを見送っているうちに、私はとても簡単な手段を思いついていなかったことに気が付いてしまった。
「居垂センパイ? どうしたんすか?」
なんで気付いていなかったんだろう。気付いてしまえばこんなにも簡単なことだったのに。
きっと私は良い子だったのだ。だからすごく単純な解答を思いつけなかった。合法的に自分の欲を満たす方法を探して、袋小路に入り込んでしまっていたんだ。
私がヴァルキューレに入ったのは、こうして事件で戦闘になることを期待したからだ。その事件という部分に目を付けたのは良い視点だった。だけど、すごく単純な視点変換ができていなかったんだ。
ヴァルキューレに入ったら確かに事件の度に戦闘を行うことができる。
でも、事件の時に戦うのは、
だったら、
「そっか。簡単なことだったんだ」
見つけた。私は自分を満たせる最高の手段を見つけてしまった。
ヴァルキューレに居る必要なんてないんだ。むしろ、私がヴァルキューレ生と戦えばいい。私が悪いことをして、それを取り締まりに来る
だったら、元ヴァルキューレ生なんて肩書きは、とっても良いスパイスになると思わない?
「居垂センパイ? なんでこっちに銃を――」
その言葉が終わるのを待つことなく、私は銃の引き金を引いた。
弾丸は真っ直ぐに後輩の眉間へと吸い込まれ、どさりと体が崩れる音が耳に届く。
周囲のヴァルキューレ生は終了したと思っていた状況に突然の銃声が響いたことでその動きを止めてこちらに視線を投げ、辺りは静寂が支配する。
「セン……パイ……? なんで……」
ああ、なんでだろう。
いつも何げなく撃ってた銃から立ち上る煙が、こんなにも私をワクワクさせるのは。
自分で自分を痛めつけてた時も、こんなにこの銃を愛おしいとは思わなかった。自分に向けて引き金を引いた時は、やっぱり結果が分かってたし、戦闘で得られる痛みとは違って予想できる痛みしか私に与えてくれなかったから。
でも、今は違う。この銃は、私を次なる
「タウ、お前、自分が何してるかわかってるのか?」
同級生が見たことない形相で私を睨んでくる。
まだ半信半疑なんだろう。目の前の光景に理解が追い付いてなくて、まだ銃はこちらに向けられていない。
そうだよね。同級生がいきなり乱心したら、そういう反応になるよね。
だからその認識も全部、利用してぶっ壊してあげる。
「え、あ……」
そう言って自分の銃と後輩を見て、取り乱すような風を装ってみる。
そうしたら案の定、心配した表情で無警戒で近付いてきたから、無防備なその身体に、ズドン。
「……は?」
意識を奪うつもりはなかったから、お腹に一杯だけ撃ち込んだ。
彼女の身体が痛みを認識して、視線がその腹部に落とされる。そしてその次に何が起こったのか確認するために私の方を見て、自分の方を向いている銃口を認める。
そして瞠目したまま最後に私と目が合って、たぶん私は笑っていたんだろうね、彼女の表情が一気に困惑から怒りへと切り替わった。自分が何をされたのか理解して、騙されたことを理解して、私のことを明確に罰するべき『悪』だと認識した。
あーほんと、私、どうなっちゃうんだろ。
「タウ、貴様!」
銃の発砲音が四つ。
私が撃ったものだ。リボルバーに残っていた四発の弾丸を、一つ残らず目の前の彼女に打ち込んだ。二発は頭。もう二発は左足に向かって。
彼女は結構強いから、これぐらいじゃ意識を失わないけど、動けないぐらいにはなる。
私の周りに、他の
ヘイトは稼いだ。これで明日から私を目の敵にしてくれれば嬉しいな。
「また会おうね、アヤノちゃん」
でも今日はお暇させてもらおう。捕まったらしばらく遊べなくなっちゃうから。
ヴァルキューレの裏切り者なんてどんな刑罰になるか分からないし、最悪矯正局送りかもしれないからね。ちゃんと逃げさせてもらいますとも、できるだけ長く愉しむために。
だから、明日からは全力で来てね。思いっきり私をボコボコにしようとしてね。
その方がいっぱい痛くて、楽しいから。
私に向かって発砲を始めた他のヴァルキューレ生の弾を避けながら撤退する。幸い他の事件が起きたという報は入ってきていないから、巡回ルートさえ避ければ鉢合わせることはないはずだ。
後ろから何度か背中に銃弾を当てられて、その痛みに思わず笑みが零れてしまう。
そうそう。この遠慮ない感じ。これが私が求めていたものだ。
「あははははっ! 最ッ高!」
私は居垂タウ。痛いのが好きなだけの元ヴァルキューレ生。
ああ、明日からの日々が楽しみだ。
私の中に退屈が巣食うことは、もう無いだろう。
主人公の名前の由来は
撃たれたい→うたれたい→ひっくり返す→いたれたう→居垂タウ
となっております。
1話目を書いたは良いものの、他の小説もあるので次回は3月頭頃を予定しています。気長にお待ちください。