ARMORED CORE Ⅵ FIRES OF KIVOTOS 作:かきフライ
朝。
気温は少しばかり低く、音は少ない。
《おはようございます、先生!》
「ああ」
いつも通り、アロナの挨拶にそう返す。
《むぅ……》アロナが不満そうにする。《おはようございます!》
「……ああ」俺は再度そう返す。
《おーはーよーうーごーざーいーまーすー!!》
シッテムの箱を覗く。
アロナは頬を膨らませて何かを待つように俺を見ている。
『……レイヴン。アロナは返答を望んでいるようです』エアが言う。『「おはよう」と』
おはよう。
そう言えば、言ったことがなかったかも知れない。
「……おはよう。アロナ」
俺がそう言うと、アロナは目を丸くする。
そして満足そうに笑みを浮かべた。
《はい!おはようございます、先生!》
ベッドから起き上がる。
少し騒がしい朝。
彼女たちにとっては、どのような朝なのだろうか。
俺はカーテンを開け、次に服を着替える。
『レイヴン。そろそろ、住宅を買ってはどうでしょうか?』
「不要だ」俺は答える。「必要最低限の設備はシャーレに備わっている」
『レイヴン。最近調べていて知ったのですが、職場で寝泊まりする人間は心を病む傾向にあるそうです』
「その兆候は見受けない」
『……それに、ククリたちが不満を抱く可能性があります』
「アイツらが?」
現在ククリたちが寝泊まりしているのは、ここから程近い位置にある寮だ。元々無人の団地だったのだが、不動産屋から買い取り、寮とした。
一応、品質は悪くないはずだ。少なくともベッドは仮眠室の物よりは良品だったと記憶している。
「何故アイツらが不満を?」俺は訊いた。
『あなたが彼女たちよりも粗末な暮らしをしているからです』エアは答える。
「……何故、そうなる」
『レイヴン。人は不公平なことがあった時、不満を抱くようにできています。そして、これはキヴォトスに来てから分かったことなのですが……それが自分が不当な扱いを受けている時のみとは限らないようです』
「……そういうものか」
『はい。そのようです』
こういう時、合理は脆くなる。
合理的ではない正解、か。
それを掴むのは、どうにも難しい。
着替え終わった後、俺は食堂に向かった。
食堂では、既に何人かの生徒が朝食を摂っていた。やはりまだスープや粥が目立つ。
皆が俺の方を見る。
怯えや疑いの目だろうか。それとも、困惑か。
彼女らから視線を外し、タッチパネルでサンドイッチを四つ程注文する。
「先生ー!こっちこっち!」
少し見回すと、シナオが椅子から立ち上がって手を振っているのが見えた。
俺は注文した品を皿ごと盆に乗せ、シナオの隣に座った。
「おはよ、先生」シナオが俺の皿を見る。「またサンドイッチ?」
「ああ」俺もシナオの皿を見る。
ソーセージ、唐揚げ、ハンバーグ。茶碗には白米が山のように聳えている。
「今日もご飯が美味しい!」
そう言いながら米と肉をかき込むシナオは、心底から幸せそうだった。
「シナオ。野菜も食べなさい」
背後から声。
ミチヨだった。
「つまんなーい。食べたい物食べさせてよ〜」シナオが言う。
ミチヨは一つため息をつき、こちらを向く。
「おはようございます、先生」
「ああ──」俺は先程の、アロナとのやり取りを思い出す。「──おはよう」
「あら」ミチヨが意外そうに言う。
「……何だ」
「挨拶を返してくれるとは思っていませんでした」
「変か」
「いえ。寧ろ、安心しました」ミチヨは少し微笑みながら椅子に座る。
パン、サラダ、スクランブルエッグ。
彼女の皿はシナオのとは対照的だった。
「ミチヨ、そんな少なくて大丈夫?私のハンバーグあげようか?」
「いいえ。私はこれくらいが丁度いいの」
「ふーん。もっとお肉食べればいいのに」
そんなやり取りを横で聞きながら、俺はサンドイッチをかじる。
「先生は今日もアビドスへ?」
「ああ。もう暫くはアビドスに掛り切りになるだろう」
「いーなー!アビドスって美味しいラーメン屋がある所でしょ?」シナオがソーセージをかじりながら言う。「連れてってよ、先生!」
確かに、どこかのタイミングでこいつらを柴関ラーメンに連れて行きたいとは思っていた。
「今日の定例会議に同席してからだ。その後なら、好きにして構わない」
他学区の見学としても丁度いいだろう。尤も、アビドスはかなり特殊な学区なので見学に適しているとは言い難いが。
……まぁ、問題はないだろう。
何はともあれ、こいつらにも刺激は必要だ。
◯
……結論から言うと、先生は見当を見誤った。
問題は、アビドス高校側にあったのだ。
「いやあー、悪かったってば、アヤネちゃーん。ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」
「怒ってません……」
「はい、お口拭いて。はい、よくできましたねー☆」
「赤ちゃんじゃありませんからっ」
アビドスの生徒たちは現在アヤネさんの機嫌を取るために奮闘中。
私、ミチヨとシナオはそれを横目にラーメンをご馳走になっている。
そう。問題は、定例会議の内容だった。より正確に言えば、セリカさん、ホシノさん、そしてシロコさんが提案した借金返済のための具体的な方法だ。
マルチ商法、誘拐、そして銀行強盗。
私は言葉が出なかった。
先生は何処か遠くを見つめ、私たちにラーメンを奢ることを約束した。
勿論このような問題が起きることを予想できるわけもないので、先生に非はない。
ただ、社会科見学としては些か刺激が強すぎた。
「……なんでもいいんだけどさ。なんでまたウチに来たの?」セリカさんが訊く。
「いやー。前々から来たかったんだよねー、ここ」シナオが答える。
「アヤネ、チャーシューもっと食べる?」
「ふぁい」
このような締まらなさに心配になりつつも、同時に強いな、とも思う。
この緩さが、今日まで彼女たちを生かしているのかもしれない。
「あ……あのう……」
店の戸が開き、女子生徒が入ってくる。
ショットガンを携えたその紫髪の生徒は、髪と同じ色を基調とした制服を着ていた。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」セリカさんが対応する。
「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
「一番安いのは……五百八十円の柴関ラーメンです!看板メニューなんで、美味しいですよ!」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うと、入って来た戸から出ていく。
何やら話し声が聞こえた後、再び戸を開けて入って来た。
三人の仲間を連れて。
「えへへっ、やっと見つかった、六百円以下のメニュー!」銀髪の生徒が言う。
「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ」赤毛の生徒は続ける。「全部想定内だわ」
「そ、そうでした、流石社長、何でもご存じですね……」紫髪の生徒が持ち上げる。
それを見た白と黒の髪の生徒がため息をつく。
「四名様ですか?お席にご案内しますね。」
「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」
「一杯だけ……?でも……どうせならごゆっくりお席へどうぞ。今は暇な時間なので、空いてる席も多いですし」
「おー、親切な店員さんだね!ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて」
「あ、わがままのついでに、箸は四膳でよろしく。優しいバイトちゃん」
「えっ?四膳ですか?ま、まさか一杯を四人で分け合うつもり?」
「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!! お金がなくてすみません!!」
「あ、い、いや……!その、別にそう謝らなくても……」
話を聞きながら口元を拭っていると、シナオが私の肩を叩いた。
そちらを向くと、二杯目のチャーシュー麺が鎮座していた。
「ゲヘナの生徒かな」シナオが小声で言う。
確かに服装はゲヘナの制服に似ている。
「でも、ゲヘナの生徒が何故ここに……」
「観光とか?」
「……取り敢えず、早く食べなさい」
私はスマホで先生にメッセージを送った。
経験上、他校の生徒が別の学区にいるときは、しばしば厄介事が起こる予兆だ。
◯
先生たちがアビドスに行っている間、私はシャーレの部室で書類整理をしていた。
「テツー」ククリが声をかけてくる。
「……何?」私は返した。
声がいつもより低いと、自分でも分かった。
「え。もしかして何か怒ってんのか?」
ククリが不用心にも地雷原への入り口に立つ。
「怒ってない」
私は親切にも彼女を押し返そうとする。
「いや怒ってるだろ。何で隠すんだよ」
「だから怒ってなんて──」
「あ、分かったぞ。先生に置いて行かれたからだろ!」
愚かにも、彼女は一歩踏み出した。
「まーでも私もちょっと恨めしいよ。折角アビドスに来たと思ったのに、結構ラーメン食えなかったし」
能天気にそんな事を言うククリこそ、私は恨めしいと思った。
ラーメンを食べられなかった事自体は然程問題ではない。私にとっては「何を食べるか」より「誰と食べるか」の方が重要だからだ。
そう。だから、先生が私ではなくあの二人をアビドスへ連れて行ったことに腹を立てている訳ではない。
……決して、ないのだ。
「テツも食いたかったんだろ、柴関ラーメン」
「……手が止まってる。仕事をして」
「私に当たるなよ」
当たってなどいない。
ククリが地雷を踏むから、私は
……でも、何故か言い返すことができずに押し黙る。
「ま、晩飯は一緒に食えるんだしいいんじゃねーの?」
「……そっち、進捗は?」私は無理矢理話を変えた。
「始めたばっかだぜ、ちっとも進んでねーよ」
私の内心を知ってか知らずか、ククリはそう返す。
「で」
その一文字は、私が頭を抱える理由と成り得るだろう。
「何……」
「お前、結構先生のこと気に入ってるだろ」
「……たった一ヶ月で他人を気に入るなんてあり得ない」
「そうか?」ククリは首を傾げながら言う。「私は先生、結構好きだけどな」
ククリのこういうところが時に恨めしく、時に羨ましい。
「大体。何故そう思ったの?」
「『そう』って……あぁ、お前が先生を気に入ってるって話?」
私は頷いた。
手は、完全に止まっていた。
「なんとなくだけど」
私は絶句する。
信じられなかった。
なんとなく。
なんとなくで、心の内を見透かされたなんて。
「手、止まってっぞ」ククリが言う。
「……放っておいて」私は吐き捨てるように言った。
先生と初めて対面した時のことを思い出す。
ククリは先生を警戒していた。
ミチヨは先生を品定めしていた。
シナオは相変わらず気楽そうにしていた。
そして私は、先生を同類だと思っていた。
人を正当に評価する人。
表情を変えない人。
感情を表に出さない人。
同類。
勿論、傷を舐め合いたい訳じゃない。
ただ少しだけ意識が向いただけ。
……少なくとも、その時は。
「どうせ明日もアビドスだ。そん時についていこうぜ」
気が使えるのか使えないのか。
ククリのこういうところが、何だかとても憎い。
「……うん」
私は、先生が返ってくるまでに仕事を終わらせるべく、再び手を動かし始めた。
◯
ミチヨから、アビドスにゲヘナの生徒がいるとの報を受けた俺は、ゲヘナ学園の生徒に問い合わせ、彼女たちの素性を知るに至った。
便利屋68。
ゲヘナ学園で発足したその
便利屋。合法、非合法、どんな依頼も受けるという彼女たちを表すのには、これ以上ない言葉と言えよう。
「アヤネ。相手の規模は?」
《大勢です。どうやらアルバイトの傭兵を雇っているみたいで……》
「傭兵か」
傭兵。
懐かしむほど昔のことでなければ、綺麗な記憶でもない。しかし、脳裏に過ぎる。
ルビコンでのことが。
便利屋に、傭兵。
俺は、彼女たちに親近感を感じていたのかもしれない。
独立傭兵レイヴンとして。
「あれ、先生。何か良いことあった?」シナオがそんな事を言う。
「……何故そう思う?」
「んー。何となく、嬉しそうだったから」ニッカリと笑う。
シナオは、生粋の感覚派とでも言うべきだろうか。物事を理論や理屈ではなく、直感で判断する。
他者の感情を感じ取る事もできるらしく、その
勘。
勘というのは、意外と馬鹿にできない物だ。
「……配置に着け、シナオ」
「はーい」
駆けて行くシナオを眺めながら、俺も校門へ向かう。
「あれ……ラーメン屋さんの……?」
「ぐ、ぐぐっ……」
ノノミの言葉に、リーダーらしき少女がバツが悪そうに唸る。
ミチヨの報告によれば、彼女は気が付いていなかったらしい。
どうにも、どこか抜けている印象を受ける。
「誰かと思えばあんたたちだったのね!!」セリカが激昂する。「ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに、この恩知らず!!」
「あははは、その件はありがと。それはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ」
「残念だけど、公私はハッキリ区別しないと。受けた仕事はきっちりこなす」
彼女たちの言葉は、一層俺の親近感を助長させた。
が、敢えて口に出す事はしなかった。
俺は今、先生だ。そしてセリカの怒りを再度買う訳にもいかない。
「もう!学生ならもっと健全なアルバイトがあるでしょう?それなのに便利屋なんて!」
「ちょっ、アルバイトじゃないわ!れっきとしたビジネスなの!肩書だってあるんだから!」
ノノミと便利屋のリーダーがそんなズレた言い合いをする。
「私は社長!あっちが室長で、こっちが課長……」
「……社長。ここでそういう風に言っちゃうと、余計薄っぺらさが際立つ……」
課長呼ばれた白黒の髪の少女がため息混じりに言う。
「誰の差し金?……いや、答えるわけないか」
「ふふふ、それはもちろん企業秘密よ?」
「なら、力づくで口を割らせる」
シロコがトリガーに指をかける。
便利屋の面々も銃口をこちらへ向ける。
「これも仕事よ。悪く思わないでね」
「……ミッション開始。便利屋68を撃退しろ」
かくして、便利屋との戦闘が始まった。
遅れて申し訳ないです!
ちょーっとスランプ気味だったり、他の二次創作と展開が被ったりしてどうしたものか迷っているうちにどんどんと時間だけが過ぎてしまい今に至ります。
そうしている内に新しいストーリーが追加され、これは本編に追いつけるのかかなり心配ですね、トホホ。
さて、今回のお話は最後のテツの内面がメインみたいになってしまったのですが、ここで皆様にアンケートを取りたいと思います。
レイヴン先生に対して生徒が恋情を抱くか否か、そこを判断してもらいたいのです。
私もブルアカ二次創作者の端くれ、先生と生徒の恋愛をクロスオーバー作品でやることがタブーであることは承知しております。
ただ、創作者としては「ここまでされて好きにならないなんてあり得るのかしら」という気持ちもありまして。
非常に私事ではあるのですが、皆さんの意見を聞かせていただきたいと思います。
長くなりましたが、それではまた次回。
御機嫌よう。
生徒にレイヴンに対する恋情を持たせるか否か
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持たせても良い
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オリキャラには持たせるな
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オリキャラにも持たせて良い
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持たせるべきじゃないと思う