ARMORED CORE Ⅵ FIRES OF KIVOTOS   作:かきフライ

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 生徒の為に、ここに在る。


9話

 アビドスの住宅街は相変わらず静かだった。

 人の気配は無く、風とそれが生む軋みだけが響いている。

 酷く寂しい景色だ。

『今回は一人なのですね』エアが語りかける。『……二人きりというのも、何だか久しぶりな気がします』

 キヴォトスに来て以来、俺の周りにはほぼ毎日生徒たちがいた。

 エアと二人になるのは、確かに久しぶりかもしれない。

「……そうだな」

《むぅー……先生、私もいるんですよ!》

 シッテムの箱から抗議が飛んで来る。

 画面をつければアロナが頬を膨らませて腕を組んでいた。

「そうだったな……すまない、アロナ」

 俺は画面越しにアロナの頭を撫でるようになぞる。

 どうやら、彼女はこれが好きらしい。

《えへへ~。分かれば良いんです!》ふにゃりと笑う。

 どうやら機嫌を直してくれたらしい。

 彼女らは生徒たちには認知できない。エアはともかく、アロナまで。

 こうして外で会話するのも、人気のない場所に限られる。俺としてはどう見られようと気にしないのだが、俺の評価がシャーレの評価に直結するのだから仕方ない。

「あ、先生」

 声がした方を向けば、そこにはアヤネが立っていた。

「おはようございます」

「……ああ。今朝は早いな」

 アヤネの反応を見るに、恐らく見られてはいないようだ。

 一安心と言ったところか。

「えっと、今日は利子を返済する日でして……色々と準備があるんです。それに、今後の計画も見直さないとなので……」

 その言葉を聞いて、昨日の会議が脳裏をよぎる。

 不毛や野蛮と言った言葉では最早言い表せない程の無法。

 あれを今まで束ねて来たアヤネの苦労は察して余りある。

 不意に、軽い足音が聞こえた。

「あっ、先生じゃん!おっはよー!」

 右腕を掴まれる。否、しがみつかれている。

「な、ななっ!?」アヤネが硬直する。

 右を向くと、そこには昨日戦った銀髪の少女、便利屋の室長がいた。

「じゃじゃーん!どもどもー!こんなところで会うなんて、偶然だね!」

「……お前は」

「そういや名乗ってなかったっけ。浅黄ムツキだよっ!よろしくね、せーんせい♪」

 そう言って室長、ムツキは俺の腕に一層強くしがみつき、頬を擦り付ける。

「あれ?」ムツキが不思議そうに首を傾げる。「これってもしかして……」

 視線を俺の目に移す。

 何かを訊きたいわけではなさそうだ。

 ただ、推し量っている。

「な、何してるんですか!離れてください!」

 そんなムツキをアヤネが引っ張り、俺から遠ざける。

「おっと、引っ張らないでよー……って、誰かと思いきや、アビドスのメガネっ娘ちゃんじゃーん?おっはよー、昨日ラーメン屋で会ったよね?」

「その後の学校の襲撃でもお会いしました!どういうことですか?いきなりなれなれしく振舞って……それに、メガネっ娘じゃなくて、アヤネです!」

 アヤネの手がホルスターに伸びる。

「ん?だって私たち、別にメガネっ娘ちゃんたちのことが嫌いなわけじゃないし」ムツキが目を細めて微笑む。「ただ、部活で請け負ってる仕事だからさ。仕事以外の時は仲良くしたっていいじゃん?」

「いっ、今更公私を区別しようということですか!?」

「今更も何も、最初からこうじゃん?それに『シャーレ』の先生は、あんたたちだけのモンじゃないでしょ?」

 ムツキと目が合う。

「だよね、先生?」

「……俺としては、特定の生徒を優遇するつもりも、嫌うつもりもない」

 生徒たちのために、ここに在る。

 それは、変わらない事実だった。

「ただ、極力争いごとは避けて欲しいところだ」

「あはは、それは無理かなー。こっちも仕事だからね」

「だろうな」

 報酬が出る限り、仕事はこなさなければならない。

 それが(傭兵)彼女ら(便利屋)にとっての交戦規定のようなものだった。

「……ま、いつかうちの便利屋に遊びにおいでよ、先生。アルちゃんもみんなも、きっと喜ぶからさ」

 くるりと、ムツキが踵を返す。

「そんじゃ、バイバ〜イ。アヤネちゃんもまた今度ね」

「また今度なんてありません!今度会ったらその場で撃ちます!」

「はいはーい」

「何ですか、あの人は……!」アヤネが息を切らしながら言った。

 ムツキはふざけているようでその実本質を突くことに長けている。

 目がいい、とでも表現すべきか。

 近々、また出会うことになるだろう。

 そんなことを考えつつ、俺はアヤネと歩を進めた。

 

  ◯

「……お待たせしました。変動金利等を諸々適用し、利息は七百八十八万三千二百五十円ですね」

 銀行員のロボットが淡々と告げる。

 この世界では、彼らのようなロボットや二足歩行をする動物が「人」として平然と受け入れられている。

 それはともかく、利息だけで約七百八十八万円だ。

 改めて、気が遠退くなるようだった。

「全て現金でお支払いいただきました、以上となります。カイザーローンとお取引いただき、毎度ありがとうございます。来月もよろしくお願いいたします」

 そう言い残し、車に乗って去って行く。

『彼女たちに返済能力があると、本気で思っているのでしょうか』エアが怪訝そうに言う。

 カイザーも悪徳とは言え消費者金融を生業としている企業だ。それに気付かないというのは、考えにくい。

「……アヤネ。完済にはどれくらいかかる?」

「三百九年返済なので……今までの分を入れると──」

「いや、もういい」

 ……本当に、気が遠くなる。

「ところで、カイザーローンはなぜ現金でしか受け付けないのでしょうね?わざわざ現金輸送車まで手配して……」ノノミが言う。

資金洗浄(マネーロンダリング)……でしょうか』

 恐らくは、エアの言う通りだろう。

 出所を隠すなら現金の方が都合がいい。

「……シロコ先輩、あの車は襲っちゃダメだよ」

「うん、分かってる」

「計画もしちゃダメ!」

「うん……」

 シロコとセリカのやり取りを眺めながら、ホシノが口を開く。

「ま、とりあえず先に解決すべきは、目の前の問題の方でしょ?」

 ホシノの言う目下の問題とは、カタカタヘルメット団の背後にいる、言わば「黒幕」のことである。

 俺は彼女らを一時的に保護し、飯を与えた。今もシャーレの寮にいる。

 だが、彼女らからは質問の答えは得られていなかった。

 そして、使っていた武器の出どころもまた、分かっていない。

「アヤネちゃん」

 アヤネが机の上に歪んだ金属板を置く。先日戦ったプーマの物だ。

「先日手に入れた車両の破片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」

「もう生産してないってこと?」

 そんな物を、何処で手に入れた?

「生産が中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスでは『ブラックマーケット』しかありません」

 ブラックマーケット。

 そういう場所があるとは、前から聞き及んではいた。

 ククリたちも何度か足を運んだことがあるそうだ。

「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」

「そうです」アヤネは端末を操作して画面をこちらに見せる。「あそこは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒たちが集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活もたくさん活動しているとか……」

 やはり、ククリたちやヘルメット団のような境遇の生徒は溢れる程いる。

 その全てをどうにかするのは……やはり、難しいのだろう。

『レイヴン……』エアが心配そうに語りかける。

 ……分かっている。俺にできることは限界がある。

 自分の能力以上の事をしたら、必ず破綻する。

 だが……。

「先生?」ホシノがこちらを覗き込む。

「……問題ない。続けてくれ」

「はい……えぇと」アヤネが端末の画面をスライドさせる。「昨日の襲撃に現れた便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞きました」

「では、そこが重要ポイントですね!」

「はい。ふたつの出来事の関連性を探すのも、ひとつの方法かもしれません」

「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう」ホシノがまたこちらを見る。「……意外な手掛かりがあるかもしれないしね」

「……何か?」

「うぅん。何でもないよ?」

 俺から視線を外し、皆と一緒に教室を出ていく。

『レイヴン』

「分かっている」

『……はい?』

「信用されるには、まだ実績が足りていない」

 ホシノはああ見えて、年長者として気を張り続けているのだろう。

 脅威となりうるありとあらゆるものに対して、警戒している。

 俺のことも、完全には信用しきってはいない。

『そういう事ではなかったのですが……まぁ、構いません』

 何処か呆れ気味なエアの言葉を聞き流しながら、俺は彼女らの後を追った。

 

  ◯

 駅に行く道中。私は、先生の背中から目を離せないでいた。

 先生が何か妙な気を起こすとか、私たちを陥れるとかすると思っているわけではない。

 ただ、何故か目を離せない。

 今日はククリちゃんたちがいないからだろうか。

 先生がアビドスに来て、今日で六日になる。

 でも、私はこの大人についてまだよく理解できていない。

 戦術指揮をしてもらっている。

 学校の問題を解決するのを手伝ってもくれている。

 ……それに、一緒にラーメンを食べたりもした。

「ホシノ」先生が私を呼ぶ。

「んー?」

「ブラックマーケットに行ったことは?」

「無いよー。あるわけないでしょー?」

「そうか」

 この人は私を犯罪者だとでも思っているのだろうか。

 そもそもここ最近はアビドス自治区に籠りっぱなしだからD.U.何かにも行ってはいない。

「なら、やはり手探りになるか」

 先生はいつも持っているタブレットを操作して何やら調べ事をしている。

「先生、歩きスマホは危ないよー?」

「問題ない。それに、これはタブレット端末だ」

「同じだよー」

 先生は意外と隙が多い。

 ククリちゃんたち……特にテツちゃんが心配そうにするのも頷ける。きっと、あの子たちの心配なんて先生は気付いてやいないのだろう。

 悪い大人だ。

 駅で電車に乗り、ブラックマーケットにより近い駅へ向かう。その道中で、D.U.にも通りがる。

 先生が窓の外をじっと見つめている。

 何を見ているのだろうかと思い、その視線を追う。

「あっ」

 車窓から、ほんの一瞬だけ、高層ビルが見えた。

 ……シャーレビル。

 先生は、どんな気持ちでそれを眺めていたのだろう。

 それが見えるのを、待っていたのだろう。

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