アウラ「魔族は呪霊操術の術式対象だ」   作:あばなたらたやた

3 / 7
3

 私は、深く息を吸った。肺いっぱいに広がる空気は、微かに埃と古い魔術書の匂いが混じっていて、どこか懐かしい。

 

 500年以上の時を生きてきた私にとって、この匂いはいつも「人間の努力の残り香」みたいに感じる。

 

 必死に積み上げてきたものが、いつか朽ちていく予感を孕んだ匂い。会場は広大で、天井が高すぎて音が少しだけ反響する。磨き上げられた大理石の床は、私の小さな靴音を優しく飲み込んでくれるけれど、それでも周囲の視線は鋭い。

 

 57名。57という数字が、頭の中で軽く跳ねる。人類種にしては多い数だ。だが、私たち魔族から見れば、ただの駒の数に過ぎない。いや、正確に言えば、狩りの獲物と、狩られる側の両方を兼ね備えた、面白い玩具たち。

 

(フリーレンが……あそこにいる)

 

 私は視線を動かさず、ただ意識の端で彼女を捉える。長い銀髪が、柔らかな光を受けて淡く輝いている。変わらぬ長い耳、無表情に近い顔。勇者ヒンメル一行の一員として、かつて私を殺しかけた存在。あの戦いの記憶が、胸の奥でかすかに疼く。

 

 痛みというより、むしろ甘い疼き。負けた悔しさと、それでも生き延びたことへの、奇妙な充足感が混じり合っている。

 

 私は髪を軽く指で梳いた。

 今日だけは、紫がかった深紅を少しだけ柔らかく、平凡な栗色に近い色に偽装してある。角も、魔力で完全に隠蔽した。

 

 見た目はただの小柄な少女の魔法使い。肩より少し上のボブカットが、歩くたびに軽く揺れる。

 

 周囲の受験者たちを、もう一度ゆっくりと見回す。天才の集まりだ。誰もが、何かしらの分野で極限まで磨き上げられた才能を持っている。でも、人類種らしい「一極集中型」の気配が強い。

 

 理不尽な人外の力ではなく、努力と才能が噛み合った先にある強さ。基礎を極めたか、あるいは自らの固有能力を信頼して一点突破で勝負をかけるタイプが多い。だからこそ、想定外の爆発力を持つ者も少なくない。

 

「慢心は禁物。油断は、死を招く。だけど切り札を見たくなってしまうのは私の悪い癖よねぇ」

 

 試験官が壇上に上がる。厳格で、抑揚のない声がホール全体に響き渡る。

 

「受験者は総勢57名。三人一組のパーティーに分かれてのパーティー戦だ」

 

 私は唇の端を、わずかに吊り上げた。

 面白い。実に面白い。説明は続く。

 会場は北側諸国グローブ盆地の広大な区域。

 

 ゼーリエが張った絶対結界――雨も塵も通さない、完璧な檻の中で行われる。

 

 目的はシュティレという小鳥を捕獲し、翌日の日没までに各パーティーの籠に入れること。そして、メンバー全員が揃っていること。

 

 シュティレの特性を聞くたび、私の胸の奥で計算が加速する。音速を超える飛行速度。並の拘束魔法や攻撃魔法は効かない。魔力に極めて敏感で、抑えても20メートル以内に近づけば即座に逃げる。魔力探知は効かない。

 

 魔力がほとんどないため、探知魔法で居場所を特定することもできない。魔力を込めた餌にも寄っていかない。つまり、捕まえるには――魔力を極限まで消す技術、完璧な隠密行動、そして運が必要になる。さらに、区域内には大型肉食魔物ガイゼルが多数生息。

 

 魔力探知が甘ければ、接近に気づかぬまま餌食になる。死のリスクが、常に隣り合わせだ。そして、最後に告げられた一文が、私の口元に本物の笑みを浮かべさせた。

 

「区域内での行動は自由。シュティレを捕まえたパーティーへの戦闘、奪取も認められている。パーティーの誰かが欠けても失格」

 

 つまり、相手の仲間を殺せば、相手パーティーは自動的に失格。争奪戦に見せかけた、純粋な殺し合い。

 

 ゼーリエの趣味は、相変わらず悪趣味で、残酷で、最高に面白い。このルールを許可するあたりイカれている。よほど特別な存在が恋しいらしい。

 

 ふふ……この試験、生き残るだけじゃつまらないわね。どれだけ美しく、どれだけ効率的に、他人を切り捨てられるか。それが本当の勝負ね。

 魔法使いの試験というより外れ値以外を消す為の試験。

 

「次、アウラ」

 

 試験官が腕輪を配り始める。魔力を込めると仲間の位置がわかる、便利な玩具。私は素直に魔力を流し込んだ。

 

 淡い光が手首を走り、三つの点が私の意識に繋がる。温かく、柔らかく、しかしどこか脆い脈動。

 

 目の前に立ったのは、二人の少女。

 

 一人は緑髪をサイドポニーテールにした、三白眼の娘。ユーベル。表情は平坦で、しかしその奥に、底知れぬ好奇と冷たさがある。

 

 彼女の視線が、私を値踏みするように滑る。やつの性質が流れ込む。先天的なシリアルキラー。こういう共感が薄い人間は、扱いやすい。裏切りも、躊躇なくやってのけるだろう。殺すことに罪悪感がない。むしろ、それが快楽に近い。

 

 もう一人は、腰まで伸びた紫がかった紺色の長髪。

 フェルン。

 表情は硬く、感情を表に出さない。だが、その瞳の奥に、静かな炎が灯っている。フリーレンの弟子。

 

 師匠と同じく、基礎を極限まで磨き上げたタイプ。防御魔法と攻撃魔法の精度が異常。莫大な魔力量を、精密に制御して押し潰す。侮れない。むしろ、利用価値が高い。

 彼女を「守る」ふりをしながら、隙を見せれば――。

 

 私はゆっくりと微笑んだ。いつもの、不敵で 悪戯っぽい笑み。口元が少し吊り上がり、目が細くなる。

 

「貴方達が仲間ね。私はアウラ。二人の名前を聞いても良いかしら?」

 

 緑髪の少女が、さらりと答える。

 

「ユーベル」

 

 声に感情の起伏はない。だが、興味は隠せていない。彼女の視線が、私の瞳をじっと見つめ返す。まるで、何かを探っているように。続いて、長髪の少女が静かに頭を下げる。

 

「フェルンと申します」

 

 丁寧だが、必要以上の温かみはない。警戒している。賢い。フリーレンの弟子らしい、慎重さだ。

 私は小さく頷き、目を細めた。声は優しく、しかしその奥に冷たい刃を隠して。

 

「了解。仲良くしましょう」

 

 選択肢は無限にある。私は腕輪をもう一度見つめた。

 三つの点が、静かに脈打っている。

 私の位置を中心に、二つの小さな光が寄り添うように輝いている。

 リーニエとリュグナーは、異空間で待機中。まだ出す必要はないわね。……でも、必要になったら、すぐに呼び出せる。

 

 試験の開始を告げる鐘が、遠くでゆっくりと鳴り始めた。

 

 低く、重く、しかし確実に。私は小さく息を吸い、笑みを深くした。胸の奥で、生きることへの果てしない情熱が、熱く燃え上がる。

 

 もっと頑張って生きれば、なんかできる。

 

「さあ、始めましょうか」

 

 試験開始より少し時間が経った。

 私は、岩陰の窪みに腰を下ろしたまま、ゆっくりと膝を抱え込んだ。結界内の空気はひんやりとしていて、まるで息を潜めているかのように静かだ。

 

 木々の葉は微動だにせず、遠くで時折聞こえるのは、ガイゼルの低い唸り声か、あるいは他の受験者たちの魔力がぶつかり合う微かな衝撃波だけ。

 

 太陽の光は淡く差し込んでいるのに、どこか現実味が薄い。ゼーリエの結界は完璧すぎて、私たち全員を巨大なガラス瓶の中に閉じ込めた標本のように感じる。

 

「暇ね」

「同感」

「こういう試験は対人戦をバチバチやり合うのが醍醐味だけど時期尚早なのよね」

「鳥ちゃん、いないと二次試験いけないからね。それまではちゃんとやるしかないの、だるぅ」

 

 試験開始からまだ30分も経っていない。

 ユーベルは私の斜め前に座り、背中を岩に預けて膝を抱え、緑髪を指先でくるくると巻きながら空を見上げている。

 

「戦いたいなぁ。アウラ。少し殺し合わない?」

「あとでね。鳥を捕まえてから」

「ま、そうなるよね」

 

 三白眼の瞳はどこか退屈そうで、しかしその奥に冷たい好奇心がちらりと覗いている。フェルンは私のすぐ隣に、正座に近い姿勢で座っている。紫がかった紺色の長い髪が背中に流れ、表情は硬いが、瞳の奥に静かな決意が宿っているのがわかる。

 

 彼女の呼吸は規則正しく、戦場にいることを忘れているかのように落ち着いている。私は小さく息を吐き、赤紫の瞳で二人を交互に見つめた。

 

 口元に、いつもの不敵な笑みを浮かべる。唇の端が少し吊り上がり、目が細くなる。あの笑みは、500年以上生きてきた私にとって、最も自然な表情だ。

 

「さて……ざっと見て回って雰囲気は分かったわ。それを基にまずは作戦を決めましょうか」

 

 声は低く、しかしはっきりと響く。結界内の静寂が、私の言葉を余計に際立たせる。

 

「私の提案はこうよ。試験時間の半分――つまり今日の午後いっぱいは、情報収集に当てるべきだと思うわ」

 

 ユーベルが、ぴくりと眉を動かした。フェルンは視線を落とさず、私の言葉を待っている。私は指を一本立て、ゆっくりと説明を続ける。

 言葉の一つ一つを、丁寧に選ぶように。

 

「この結界内には57名、つまり19パーティー弱が散らばっている。シュティレは頑丈で、音速を超える速度。魔力に極めて敏感で、抑えても20メートル以内に近づけば即座に逃げる。魔力探知は効かない。捕まえるのは、誰にとっても簡単じゃない。でも――捕まえた瞬間、パーティーは必ず目立つわ」

 

 私は掌を軽く開き、魔力をほんのわずかだけ指先に集めた。淡い紫の光が、掌の上で揺れる。小さな光の粒子が、ゆっくりと回転しながら浮かぶ。

 

「籠に鳥を入れる瞬間、魔力が一瞬だけ漏れる。微弱だけど、敏感な人間なら気づく。そこを狙って、他のパーティーが襲ってくる可能性が高い。守る側になれば、戦闘は避けられない。守りきれなければ、籠を壊されて終わり。奪われたら、最初からやり直し」

 

 私は光を消し、指を折りながら続ける。

 

「だからこそ、まずは情報よ。誰がどれだけの魔力を抑えられるか。誰がどんな魔法を得意としているか。どのパーティーがすでに鳥を捕まえたか。そして――誰が一番危険か。誰が、油断しているか。誰が、隙だらけか」

 

 私は視線をユーベルに移す。彼女はまだ髪を指で巻き続けているが、耳はこちらに向いている。

 

「私は『呪霊操術』を使えるわ。動物型の魔物をフィールドに放って、偵察させるの。ガイゼルみたいな大型じゃなく、小型で目立たないやつを複数。虫のような形、鳥のような形、木の根元を這う影のような形……何でもいい。受験者たちの動きを監視して、鳥を入れる籠を破壊して無力化するのも簡単よ。籠さえ壊せば、捕まえた意味がなくなる。相手は失格確定で、こちらはリスクを最小限に抑えられる。戦わずに、相手を潰せる」

 

 ユーベルが、岩から体を起こした。膝を抱えたまま、ゆっくりと私の方を向く。三白眼が、私をじっと見つめる。

 

「ふーん……面白そうだけど、ちょっと物足りないかも」

 

 彼女の声は平坦だが、どこか楽しげだ。唇の端が、わずかに上がる。

 

「私は対人戦がしたいの。鳥を捕まえたパーティーは、絶対に狙われるでしょ? 攻撃されるか、防衛するか、わからないけど……どっちにしても戦いになる。それが一番楽しみにしている。あとは、たまたま出会ったパーティーも狩りたい。強いやつ、弱いやつ、どっちでもいいから。戦って、殺して、恐怖を通じて相手の気持ちに共感してみたい。相手の魔法を模倣して、相手の技で相手を殺すのって、すごく……気持ちいいと思うの」

 

 ユーベルは小さく笑った。笑みは薄く、しかし瞳の奥に冷たい光が宿っている。彼女にとって、殺すことは「理解する」手段の一つ。

 共感できないからこそ、殺すことで近づこうとする。歪んだ、しかし純粋な好奇心だ。私は頷きながら、内心で計算を進めた。ユーベルは予測通り。彼女を戦闘に飢えさせておけば、こちらの切り札になる。だが、同時に危険でもある。いつ私たちを裏切るかわからない。

 彼女の「共感したい」という欲求が、いつ私に向くかわからない。次に、フェルンが静かに口を開いた。声は低く、しかし確信に満ちている。

 

「私は……情報収集は賛成です。でも、受け身でいるだけではいけません。積極的にシュティレを捕まえるべきだと思います」

 

 彼女は視線を落とさず、私とユーベルを交互に見つめる。長い髪が、わずかに風もないのに揺れる。

 

「私の鳥を捕まえる魔法の射程範囲は短いです。魔力を消す技術も、師匠から教わりました。……私なら、捕まえられると思います。捕まえた後で、守りを固めながら時間を稼げば、他のパーティーがこちらを狙ってくるのを待つことも可能です」

 

 フェルンの言葉は、静かだが揺るぎない。フリーレンの弟子らしい、基礎の極み。派手さはないが、確実性が高い。彼女の魔力制御は、私が見た中でもトップクラスだ。私は小さく頷いた。

 胸の奥で、計算がさらに加速する。

 

「それぞれのメリットとデメリットを、整理しましょう」

 

 私は指を折りながら、ゆっくりと語り始める。言葉を一つ一つ、丁寧に並べるように。

 

「まず、私の情報収集+呪霊操術案。

メリット:リスクが低い。敵の動きを先読みできる。籠を壊せば、相手パーティーを無力化できる。戦闘を避けつつ、時間を稼げる。呪霊は複数同時に操れるから、広範囲をカバーできる。

デメリット:時間がかかる。シュティレを直接捕まえられない可能性がある。呪霊がバレれば、逆にこちらの位置が露呈するリスクもある。魔力が微弱でも、敏感な人間なら気づくかもしれない」

 

 次に、ユーベルの方を向く。

 

「ユーベルの対人戦優先案。

メリット:戦闘で勝てば、相手の籠を奪える。シュティレを直接捕まえる手間が省ける。ユーベル自身の戦闘力が非常に高いから、短期決戦で優位に立てる。見えない斬撃と、共感した相手の魔法模倣……最悪の組み合わせよ。

デメリット:戦闘は常にリスクが高い。負ければ即失格。仲間が欠ければ終わり。運が絡むし、長期戦になると疲弊する。ガイゼルに襲われる可能性も上がる」

 

 最後に、フェルン。

 

「フェルンの積極捕獲案。

メリット:私たちが先にシュティレを捕まえれば、守りの態勢に入れる。フェルンの拘束魔法は精度が高いから、成功率が高い。捕まえた後で情報を活かせば、守りながら時間を稼げる。魔力を消す技術で、ガイゼルに気づかれにくい接近も可能。

デメリット:捕まえる過程で他のパーティーに狙われやすい。射程が短いから、接近戦になる可能性が高い。魔力を抑えすぎると、ガイゼルに気づかれずに近づかれる危険もある。捕獲に集中している隙を突かれる」

 

 三人が一瞬、沈黙した。結界内の静けさが、余計に重くのしかかる。私はゆっくりと息を吐き、笑みを深くした。口元が吊り上がり、目が細くなる。

 

「全部、悪くないわね。……でも、私たちは三人。全部を同時にやることはできない」

 

 私は腕輪の三つの点を見つめながら、続ける。

 

「だから、こうしましょう。まずは私の情報収集を基盤に、フェルンの捕獲を優先。魔物で周囲を監視しながら、フェルンがシュティレを捕まえる。成功したら、すぐに守りを固める。ユーベルは――私たちがシュティレを捕まえた瞬間、または他のパーティーが捕まえた瞬間を狙って、戦闘に持ち込む。情報で敵の弱点を把握してから、ユーベルに狩らせる。効率よく、確実に、相手を削っていく」

 

 ユーベルが、くすりと笑った。笑みは薄いが、瞳が輝いている。

 

「それなら、面白そう。……誰を最初に殺すか、楽しみ」

 

 フェルンは小さく頷く。表情は変わらないが、声に力がこもる。

 

「……わかりました。まずはシュティレを捕まえる。それが最優先で」

 

 私は立ち上がり、岩陰から外の景色を覗いた。遠くで、木々の間を何かが高速で横切る影が見えた。

 シュティレか、それとも他の受験者の魔力か。どちらにせよ、動き始めている。

 

「さて、どうなるか」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。