私は空を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
結界が空を遮る。
結界内ではシュティレを求め魔法使いたちが必死に追いかけ、奪い合い、守り、時には殺し合う。
すでに地面には何人もの体が転がり、血の匂いが風に混じって鼻を突く。森の木々がざわめき、遠くで魔法の爆発音が響くたび、鳥たちが一瞬だけ乱れ、すぐに再び整然と旋回を始める。
「目標のシュティレはいっぱい確保できたわね」
私は独り言のように呟きながら、複数の箱を振る。そこにシュティレがいくつも詰まっている。
「あとは対人戦」
ストックした魔物たちは多種多様だ。小型の魔物でも、私の魔力を上乗せすれば平均的な人間の魔法使いを軽く凌駕する。しかも、魔法を扱える魔物も何体か混じっている。
火を吐く小型の竜、影を操る蜘蛛のようなもの、毒を撒き散らす翼を持つ虫……どれも私の掌の中で完璧に制御されている。
「当然、祓われる魔物も居るわけね。外の試験官はどう動くか……ユーベルは前回、試験官を殺したせいで反則判定を受けて失格になったからね……殺すのは最低限に留めた方が良いかしら」
私は唇を軽く舐め、視線を戦場に巡らせる。鳥が集まる。そして、それを感知できる人たちは、私たちを狙って襲ってくる。対人戦の始まりだ。しかも、敵の敵は味方という道理で、みんなが協力している。
こちらはシュティレをたくさん持っているから、敵とはいえ協力して大きな獲物を狩る――ゲーム理論の初歩。
実に単純で、実に美しい。ユーベルが突然、高らかに笑い声を上げた。彼女の瞳は狂気と純粋な喜びに輝き、槍を軽く振り回すだけで周囲の空気が震える。
「楽しくなってきた!!」
彼女の槍が閃き、見えない斬撃が弧を描いて飛ぶ。近くにいた三人の魔法使いが、悲鳴を上げる間もなく体を真っ二つにされ、地面に崩れ落ちる。
血が噴き出し、土を赤黒く染める。同時に、リュグナーが動いた。
赤血操術・赤鱗躍動によって高められた身体能力で、彼は優雅に、しかし残酷に近接格闘戦に飛び込んでいく。
貴族のコートが翻り、白いフリルのクラバットが血の飛沫を浴びても汚れ一つ見えない。
相手の首を正確に斬り、胸を抉り、腕を落とす。動きは舞うように美しく、しかし結果はただの惨劇だ。
私はフェルンと並んで後衛に立ち、鳥の群れを守る。シュティレを運ぶ鳥たちが、私たちの頭上を低く旋回し続けている。
黒い羽が風を切り、時折小さな鳴き声が聞こえる。
「あ、質量魔法。フェルン、私が守るわ」
空から巨大な土塊が、雨のように降ってくる。重力と魔力を組み合わせた質量系の攻撃魔法。地面が震え、土煙が上がる。
フェルンが小さく息を飲む。
「お願いします」
私は手を軽く掲げ、広範囲型の防御魔法を展開する。透明な障壁が広がり、土塊をすべて弾き返す。
衝撃音が連続して響き、地面が何度も揺れるが、私の障壁は微塵も揺るがない。土塊は弾かれ、砕け、粉塵となって周囲に舞う。フェルンが驚いたように目を丸くし、私の横顔を見つめる。
「……この防御力。魔力もあまり使ってないのに」
私はふふ、と小さく笑う。赤紫の瞳を細め、ゆっくりと説明を始める。
「一つ授業してあげるわ。魔法は攻撃と防御の歴史でもあるのよ。ゾルトラークから始まり、対抗可能かつ物理を防御ができるバランスの良い防御魔法。それに対して質量魔法をぶつけることで破壊する。それは正しい発展。しかしそもそも何故、複数の防御魔法を運用しないのか?」
フェルンが首を傾げる。私は続ける。
「バランス型の現行の防御魔法を基礎として。防御に特化した防御魔法。速度に特化した防御魔法。範囲に特化した防御魔法。それらを時と場合に合わせて適切に使えば、対応能力が上がる。なのに何故?」
私は一瞬、言葉を切って周囲の戦場を見渡す。魔法使いたちが、次々とリュグナーとユーベルの前に沈んでいく。
血の匂いが濃くなり、風がそれを運んでくる。
「答えは単純。利益に対して労力が大き過ぎるから。でも得てして、こういう無駄な発展から楽しみが生まれるのよ」
そして、私はリュグナーに視線を向ける。彼は静かに頷き、ゆっくりと両手を構えた。指先が微かに震え、魔力が渦を巻く。
私は叫ぶ。
「リュグナー。ユーベルに見せてあげなさい」
リュグナーの声が、低く、しかしはっきりと響く。
「ユーベル。君の見えない切断。その性能はまだ上にいける。しかしイメージが未熟で、出力も低い」
「へぇ? 面白いこと言うね。まるで同じ魔法が使えるみたいじゃん」
「お前の可能性を見せてやろう、領域展開」
瞬間、世界が歪んだ。空気が引き裂かれるような音がし、空間そのものがねじ曲がる。
【伏魔御厨子】
領域が広がる。だがそれは、普通の領域展開とは違う。結界で空間を分断せずに、生得領域を具現化する「閉じない領域」。
現代の魔法使いも、過去から生きる古株の者たちも、満場一致で「ありえない」と断言する神業だ。
領域内に、無数の生物の頭骨で象られた寺のお堂が浮かび上がる。朱色の柱、黒い瓦、骨でできた不気味な装飾。
静寂の中で、お堂はゆっくりと回転を始める。頭骨の眼窩が、赤く輝き、まるで私たちを見下ろしているかのようだ。
必中術式効果が発動する。
領域内の魔力を帯びたモノには「捌」――対象の呪力量・強度に応じて最適の一太刀で卸す。呪力の無いモノには「解」――通常の斬撃が、領域消失まで絶え間なく浴びせられる。
すべてが、粉になるまで切り刻まれる。逃げ道を与えるという縛りによって、数百メートルまで伸びる領域の効果範囲は、今は学ばせるために使用したため極めて狭い約10mに絞られている。出入りは自由だが、一度捉えられれば脱出は不可能に近い。
斬撃の威力は範囲の広さに反比例する――だからこそ、今の狭い範囲では、威力が極限まで高まっている。
魔法使いたちが悲鳴を上げる間もなく、肉体が細切れにされ、血と肉片が霧のように舞う。魔力ゼロの天与呪縛を持つ者でさえ、「解」を必中させられる。
ありえないはずの領域が、現実のものとしてそこに在る。地面が削られ、土が抉られ、すべてが更地と化す。
ユーベルが目を輝かせ、狂ったように笑い声を上げる。
「すっごい……! これが、領域!? 私も……私もこんなの、いつか……!」
私は小さく息を吐き、満足げに頷く。
「私たちは絶対に攻撃を受けない状態だからこそできる全方位攻撃。シン陰流簡易領域型の防御魔法を、私とフェルンとユーベルに付与した上で、この伏魔御厨子。完璧なコンビネーションね」
周囲の射程範囲の魔法使いたちは、恐怖に顔を歪めながら後退していく。魔物の鳥の群れはまだ私たちの頭上を旋回して、私達を狙っている。
羽が風を切り、時折小さな光がきらめく。私はゆっくりと手を下ろし、赤紫の瞳を細める。唇の端が、自然と吊り上がる。
「さて……前菜はここまでかしら。残りのベテランはどう動くか」
胸の奥で、喜びが熱く、激しく脈打つ。血の匂い、魔法の残滓、恐怖に歪む顔、すべてが私を満たす。
生きるって、本当に楽しい。
この宴は、まだ始まったばかりだ。そして、私はこれからも、もっともっと、味わい尽くす。
リュグナーと宿儺のボイス同じ人だからやりたかったネタ。
リーニエのコピーも正義の味方っぽいし運命感じる。