アウラ「魔族は呪霊操術の術式対象だ」   作:あばなたらたやた

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 私は魔物を放ち、その視界と聴覚を自分の頭の中に連動させた。

 

 無数の小さな目が開き、耳が広がる。結界内の森の奥、木々の隙間、地面の落ち葉、血の匂い、息遣い、足音、すべてが私の意識に流れ込んでくる。頭の中が一瞬ざわつき、すぐに整理される。

 

 自分の体が何倍にも広がったような感覚だ。生き残っている受験者たちの声が、次々と響いてくる。

 

「死亡する可能性はあるって話だが、これは些か過剰じゃないか?」

 

 若い男の声。震えが混じっている。

 

「殺すことを目的とした変態が混じっている……」

 

 女の子の声。恐怖で喉が詰まっているようだ。

 

「合格より生き残ることを優先しよう。シュティレなんか諦めて、隠れて待つしかない」

 

 別の男。冷静を装っているが、声の端が震えている。

 フリーレンの気配はどこにもない。魔物を片っ端からぶち殺しているらしい。

 

 私の放った小型の魔物たちが、次々と消えていく感覚が伝わってくる。流石に警戒している。

 彼女の動きは速く、正確で、無駄がない。見つけるのは難しいかもしれない。

 

 結界の外では、試験官二人が優雅にお茶を飲んでいる。

 一次試験担当のゲナウは、黒いローブを纏い、静かにカップを傾けている。小さい体躯に地面につくほど長い茶髪のゼンゼは、隣で足を組んで座り、ゆったりと息を吐いている。

 ゼンゼの声が、のんびりと響く。

 

 

「今回は荒れてるわね。少しやり過ぎかも」

 

 ゲナウがカップをソーサーに戻す音がする。

 静かで、落ち着いた声。

 

「一組のチームがシュティレを独占したから荒れるのも納得だ。実力が無いのはもちろん、引き際を読めず、勝てない相手に挑む者は一級に相応しくない」

 

 ゼンゼが小さく笑う。茶髪が揺れる音まで聞こえてくる。

 

「今回は諦めて次の試験を待てば良いんじゃない? 生き残れれば、それで十分よ」

 

 ゲナウの声は冷たく、しかし淡々と。

 

「特別な存在を見つける為の試験なのだから、この程度で死ぬなら話にならない。運も実力のうちだ」

 

 私は意識を今に戻した。

 頭の中の雑音が一気に静まり、目の前の景色が鮮明になる。リュグナーとユーベルが、血塗れの状態で戻ってきていた。

 

 リュグナーのダークブルーのロングコートは血で重く濡れ、金糸の縁取りが赤黒く変色している。

 

 灰金色の髪にも血が滴り、顔の半分を覆っている。ユーベルは槍を肩に担ぎ、服のあちこちが裂け、血が乾き始めている。二人とも息は荒いが、瞳はまだ興奮で輝いている。

 

「流石に汚れてるわね。病気になるかもしれないし綺麗にしましょう」

 

 私は軽く指を鳴らした。

 洗浄の魔法が柔らかく広がり、血と土と汗と肉片の残骸が一瞬で剥がれ落ちる。空気に混じっていた鉄の匂いが消え、二人の姿が元の清潔な状態に戻る。

 

 リュグナーのコートは再び高級感を取り戻し、ユーベルの服の裂け目も塞がる。

 ユーベルが明るく笑う。

 

「ありがとう〜!  気持ちいい!」

 

 私は周囲を見回した。

 戦場の残骸があちこちに転がっている。倒れた木、抉れた地面、散らばった血潮。

 静けさが戻りつつある。

 

「やることもないし、一旦休憩しましょう。連戦しても良いけど、質の高い戦いができることに越したことはないわ」

 

 フェルンが頷く。

 

「では、休めるところを探しましょう。木陰がいいかもしれません」

 

 私はリュグナーに向き直る。

 

「リュグナー、一旦戻って」

 

 リュグナーが静かに頭を下げる。穏やかな笑みを浮かべて。

 

「承知しました、アウラ様」

 

 私は軽く手を振る。

 彼の姿が、空間の歪みに吸い込まれるように消えた。空気が一瞬揺れ、すぐに元に戻る。

 フェルンとユーベルが、興味深そうにその様子を見ていた。二人の視線が、私に集中する。

 

「なに?」

 

 ユーベルが目を輝かせて尋ねる。

 

「貴方って、何者?  あんな魔法、普通じゃないよね」

 

 私は肩をすくめて笑う。

 

「ごく平凡な人間よ。今を全力で生きている、ね」

 

 嘘だ。魔族だ。でも全力で生きていることは本当。500年以上、努力と改善を繰り返して、ここまで来た。ユーベルがさらに食いつく。

 

「リュグナーの魔法って、どういう経緯で得たの?  あんな魔法、見たことない」

「研鑽よ。魔法の核心を掴んだ者なら、領域は奥の手として使えるわ。まぁリュグナーの場合は上澄みね。ユーベルに見せる為に使ったから範囲も小さいし、火力も抑えてある」

 

 ユーベルが目を丸くする。

 

「あれで本気じゃないの?」

「本気ならあの十倍は範囲を広げた上で、火力と維持もできるわ。そういうふうに鍛えたから。毎日、少しずつ、積み重ねて」

 

 ユーベルが感心したように息を吐く。

 

「へぇ、鍛えた。ね。貴方も使えるの? 領域」

 

 私は首を傾げて微笑む。

 

「さぁ、どうかしら。私より自分の魔法に問いかけるべきじゃない? 切れると思ったものが切れる。共感した人の魔法を模倣できる。素晴らしい魔法だわ。だけど浅い。もっと自分を知ることね」

 

 ユーベルが少し考えて、首を振る。

 

「あれ、それ話したっけ?」

「どうかしらね。まぁ模倣もお手本を見せることはできるけど……」

 

 そこでフェルンが口を挟んだ。

 

「皆さん」

 

 私は視線を移す。

 

「どうしたの?」

 

 フェルンが静かに言う。

 

「川がありません。干上がっています。近くの川床、完全に乾いています」

 

 私は周囲を確認した。確かに、木々の間を流れていたはずの川は、ただの乾いた溝になっている。結界の影響で水源が断たれているのだろう。

 

「結界で断絶しているからか。となると水は争奪戦になるわね。流石に怠いけどやるしかないか」

 

 ユーベルがにやりと笑う。

 

「対人上等。楽しみ」

 

 フェルンは黙って俯く。表情が硬い。私はフェルンの肩を軽く叩いた。

 

「割り切りなさい。貴方が非殺傷を推奨するように、殺傷を推奨する奴もいる。優劣はなく、善悪もなく、正義も邪悪もない。それぞれの都合があるだけの等価値よ」

 

 フェルンが小さく息を吐く。

 

「……はい」

 

 私達は少し歩いて木陰に腰を下ろし、背中を太い幹に預けた。休憩といっても、休むのは私とフェルン、ユーベルだけ。

 リュグナーは亜空間に仕舞ったまま。遠くで魔法の残響が小さく響き、誰かが死んだか、逃げたか、そんな音がする。

 

 風が血の匂いを薄く運んでくる。ユーベルは少し離れたところで、槍を地面に突き立てて立っていた。

 

 血の跡は洗い流したはずなのに、彼女の瞳だけがまだ赤く濡れているように見える。唇の端が上がって、笑っている。楽しそうに、純粋に。

 

 彼女は槍の柄を軽く回しながら、独り言のように呟いた。

 

「さっき戦い、首が飛んだ瞬間、すっごく綺麗だったよね。血が弧を描いて、虹みたいに光って……もっと見たいな」

 

 声は明るい。子供が新しいおもちゃを見つけたような、無邪気さ。彼女は槍を軽く振り上げ、虚空を斬る真似をする。

 見えない刃が空気を切り裂く音が、かすかにする。

 

「殺すのって、最高に楽しい。生きてる実感がするんだよね。ドクドクって、心臓が鳴って、血が熱くなって……あぁ、もう一回やりたい」

 

 彼女は目を細めて笑う。

 生きやすい。死にやすい。

 ユーベルは今、この瞬間を全力で味わっている。躊躇がない。後悔がない。殺す行為そのものが、彼女の生きる喜びそのものだ。一方、フェルンは私の隣に座り、膝を抱えて地面を見つめていた。表情は変わらず淡々。大きな紫の瞳が、ただ静かに戦場の残骸を映している。

 彼女は杖を膝の上に置き、指先でゆっくりと撫でる。まるで道具を点検するような、作業的な仕草。

 

「……水を探さないと」

 

 小さな声。感情がほとんど乗っていない。彼女は立ち上がり、近くの乾いた川床を眺める。

 

「結界の影響で水源が切れているなら、魔法で水を生成するか、敵から奪うか……どちらにしても、効率を考えないと」

 

 淡々と、事実を並べる。

 生きにくく、死ににくい。

 フェルンは感情を表に出さない。喜びも、悲しみも、戦いも興奮も。すべてを「作業」として処理する。

 

 それが彼女の生き延びる術だ。無駄な感情を削ぎ落とし、ただ効率的に、確実に、目的を果たす。

 

 ユーベルがこちらを振り返り、にこりと笑う。

 

「フェルンってさ、戦う時も全然楽しそうじゃないよね。どうして?」

 

 フェルンは視線を動かさず、静かに答える。

 

「……楽しむ必要がないからです。殺すのは手段でしかありません。そして避けるべきだと、私は思います」

 

 ユーベルが首を傾げて笑う。

 

「えー、勿体なくない? こんなに気持ちいいのに」

 

 フェルンは小さく息を吐く。

 

「……私は、生き残るために殺すことはあります。でも、あなたは、殺すために生きている」

 

 二人は正反対だった。

 ユーベルは殺す喜びに溺れ、生きることを全力で味わう。死ぬことも恐れない。

 フェルンは殺すことを淡々とこなし、生き延びることを最優先に置く。死ぬことを極度に避ける。

 

 私は二人のやり取りを聞きながら、唇の端を吊り上げた。

 

「二人とも、伸び代があるわね」

 

 ユーベルが目を輝かせる。

 

「え、私もっと強くなれる?」

「ええ。あなたは殺す喜びを知っている。でも、魔法の解釈を広げるには、もっと絶大な体験が必要よ。殺すだけじゃなく、殺されかける恐怖、殺した後の虚無、奪われたものの重さ……そういうものを味わわないと、魔法は深まらない」

 

 フェルンがこちらを見る。

 

「……私も、ですか?」

「あなたは効率を極めている。でも、感情を切り捨てすぎると、魔法の『解釈』が狭くなるわ。喜びも、怒りも、悲しみも、全部取り込んでこそ、魔法は広がるの。もっと感じなさい。もっと乱れなさい。それが、あなたを強くする」

 

 フェルンは黙って頷く。

 

「……わかりました」

 

 ユーベルが槍を肩に担ぎ直す。

 

「次はもっと派手にやりましょう。もっと人の心が知りたいんだよねぇ」

 

 私は立ち上がり、髪を軽く払う。

 

「ええ、そうね。次は水の奪い合いよ。あなたたちの違いが、そこでどう活きるか……楽しみだわ」

 

 私は不敵に笑った。

 二人の正反対の生き方が、どういう化学反応を起こすか楽しみだ、

 

 

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