戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
第1話 海兵隊
軍事教練コロニー『ザハト』の軍港では、搬入される物資の量が日を追うごとに増えていた。弾薬、補修部品、燃料タンク。戦争準備の名の下に集められたそれらが、コロニーの各所に山のように積み上げられている。
MSの訓練学校に入学して10か月。僕は見習い下士官として突撃機動軍のMAU(海兵上陸戦闘部隊)──通称『海兵隊』に配属された。
当初は短期間の実地訓練の予定だったのだが──。
「いよいよ戦争が始まるらしいぜ」
「そのための海兵艦隊の急造だって話だ」
すれ違う先輩下士官たちは一様に高揚した面持ちで、慌ただしく持ち場へ走っていく。
誰も彼もが、まだ実感の伴わない「戦争」という言葉を口にする。僕自身も例外ではなかった。
教室で学んだ戦術理論、シミュレーターで繰り返した模擬戦闘……それらすべてが、今この瞬間から現実のものになろうとしている。
(ついに始まるのか……)
手の震えが止まらない。恐怖なのか、興奮なのか、それともその両方なのか。自分でも判別はつかない。
ただ、これまでの日常が終わりを告げようとしていることだけは、はっきりと理解できた。
「ライゼン!」
声のした方向に顔を向けると、同期のフレデリック・ブラウンがこちらに駆け寄ってきていた。頬を紅潮させ、その表情は明らかに浮き立っている。
「いよいよだな! 僕たちも戦場に出られるんだ!」
「興奮しすぎだよ、ブラウン。僕たちはまだ訓練学校を卒業したわけじゃないんだから」
ブラウンとは同じ訓練学校の出身というだけでそこまで仲が良いわけじゃない。僕はAクラスでブラウンはEクラス。クラスが違う以上、授業は別々だったし、接点もほとんどなかった。
しかし、この部隊に配属された訓練生は僕とブラウンの2人だけで、周囲の人たちのほとんどは『マハル』というコロニーの出身だ。
彼らは地縁で結ばれた仲間同士、独特の結束を持っている。外様の僕たちが一緒にいることが多くなるのは必然だった。
「おう、新入り」
背後からかけられた低い声に、僕たちは反射的に背筋を伸ばした。
振り返ると、そこには僕たちが所属するMAUゲール隊の指揮官、ゲール・ハント中佐が立っていた。2m近い大きな体格に、歴戦の軍人らしい鋭い眼光。しかし、その表情には不思議と温かみがある。
「ち、中佐!」
慌てて敬礼する僕たちに、ゲール中佐は気さくに笑いかける。
「ハハハッ! まあ、そう硬くなるな。ウチの隊には慣れたか? ここはならず者の寄せ集めだからな。何か困ったことがあったら俺に言えよ?」
「いえ、隊の皆さんにはとても良くしていただいています」
それは偽らざる本音だった。正直なところ、ここに来るまで僕は海兵隊には良い印象を持っていなかった。
訓練学校の教官たちの間では「荒くれ者の掃き溜め」とさえ囁かれていた部隊だったからだ。
だが、覚悟していた新人いびりは一切なく、むしろ彼らは自分たちの技術を惜しみなく後輩に教えてくれた。口調は荒く、訓練は学校以上に厳しい。それでも彼らは、僕たちを一人前の仲間として扱ってくれていた。
ゲール中佐は満足そうに頷くと、僕とブラウンを交互に見た。
「開戦したらお前たち訓練生にも戦場に出てもらうことになる。俺の僚機としてな。手柄を焦らず、生き残ることだけを考えろよ」
「「はっ!」」
中佐の言葉は、教官たちの訓示とは違った重みを持っていた。これは単なる訓練の延長ではない。本当の戦争が、すぐそこまで来ていることの証左だった。
「海兵隊もずいぶんとサマになってきたねぇ、ゲール」
「よう、シーマ」
振り返ると、そこには一人の女性将校が立っていた。MAUシーマ隊の指揮官、シーマ・ガラハウ中佐だ。
女性であるにも関わらず、僕たちよりも身長が高い。その立ち姿には威圧感があり、同時にどこか野性的な魅力も感じられた。
ゲール中佐と同じマハル出身だと聞いている。
「マハル出身のならず者の寄せ集めなんて言われてるがな。だが戦争が始まれば功績を挙げられる。そうすりゃジオン公国の戸籍登録だって部下どもに与えてやれるんだ。悪い話じゃない」
ゲール中佐の目は希望に溢れている。その表情には、自分の未来だけでなく、部下たちの未来への責任感が滲んでいた。
──戸籍登録。
マハルはジオン公国に戸籍登録さえできていない者も存在する貧困層が多いコロニーだと聞いた。
公国民として認められるということは、ただの紙切れ以上の意味を持つ。住居も配給も、子どもたちの教育も、全てが保証される。彼らからしてみれば今回の戦争は千載一遇の好機なのだろう。
不謹慎かもしれないが、戦う理由は人それぞれだ。
ゲール中佐やシーマ中佐の背後には、そうした人々の期待と希望が積み重なっている。彼らのこの戦争にかける想いは、まだ学生の僕らよりもはるかに重いのだろう。
「僕たちも負けてられないな!」
「うん、そうだね」
ブラウンも闘志を燃やしている。少々危なっかしくもあるが、彼の純粋な熱意が、僕には少しだけ眩しく感じた。
(やっぱり、みんなそれぞれ戦う理由があるんだ。……僕とは違って)
ただ流されるままに生きてきた僕は周囲との温度差を感じて、少し息苦しさを覚えた。
マハルの人たちは自分や家族の未来がかかっている。ブラウンには軍人としての誇りと使命感がある。対して……僕には何もない。ただ、訓練学校に入学して、気づけばここにいた。それだけだ。
この温度差は、開戦が近づくにつれて、ますます大きくなっていくような気がした。
「何か悩みでもあるのかい?」
気が付けば、シーマ中佐が僕の方を見ていた。その視線は探るようでありながら、どこか母性的な優しさも含んでいた。
「いえ……これから戦争が始まるということに、あまり実感が湧かなくて……。情けない話ですけど、恐怖で手の震えが止まりません」
「フフフ……正直だね、坊や。でも、それは悪いことじゃないさ。むしろ、キチンと現実が見えている証拠だ」
「そういうものでしょうか?」
信念や戦う理由がある人は恐怖を押し殺して戦うことができるだろう。しかし、僕にはそれが無い。そんな僕がシーマ中佐の言うように、ちゃんと現実が見えているとは思えなかった。
「ライゼンでも怖いと思うことがあるんだな。成績はいつもトップだったのに……」
「僕は昔から臆病だよ、ブラウン。自分に自信が持てたことなんて一度もない」
訓練学校では常に上位の成績を取り続けた。射撃も操縦も座学も、努力すれば結果はついてきた。だがそれは、自信の裏付けにはならなかった。たった一度の失敗で全てが崩れ落ちるのではないかと怯えていた。
「何事もやればできるって思った方がうまく行くものじゃないか?」
「僕の場合はやらなきゃ生きていけないって感じだったかな……」
戦場に出ることなく、訓練中の事故で死んでしまった同窓生もいた。
本物の戦場は簡単に人の命が消えてしまう世界、訓練よりもはるかに過酷だろう。
僕たちのやりとりを見ていたシーマ中佐は微笑みながらゲール中佐の肩に手を置いた。
「ゲール、随分と両極端で面白い坊やたちじゃないか」
「だろ? 俺もどんな目が出るか楽しみにしてるんだ」
ゲール中佐は手に持ったサイコロを見つめながら呟いた。どれだけ将来有望でも、賽の目が悪ければあっけなく死んでしまう。戦場では才能も努力も、時に運の前では無力になる。彼はそれをよくわかっていた。
「ライゼン、戦場じゃ出たとこ勝負の連続だ。賽を振る前から出る目を怖がってちゃ、何も始まらねえ」
「……はい。どうせこの世は一天地六の賽の目しだい、ですよね」
僕はポケットからサイコロを出す。配属初日、ゲール中佐が僕とブラウンにくれたものだ。
「なんだい、そりゃ?」
「俺の好きな言葉だ。裏目を引こうがその下にはちゃんと当たりの目がある。なら諦めずサイコロを振り続けろってことだ」
その小さな六面体には、戦場の真理が詰まっているのだとゲール中佐は信じているのだろう。努力も覚悟も、時に一瞬の偶然に踏みにじられる。だからこそ、止まらずに振り続ける者だけが次の目を見ることができる。
そんなゲール中佐の言葉に、シーマ中佐が肩をすくめた。
「要は運任せってことじゃないか。新入りが怖がるようなことを言うもんじゃないよ」
「戦場に出る前に知っとくべき現実だ。夢ばかり見せて送り出すのは、指揮官のやることじゃねえだろ」
そう言いながら、ゲール中佐は僕の手元のサイコロの目を一つひとつ確認するように眺めた。
「ま、賽の目の話はここまでだ。お前ら、これからハウンズマン曹長の訓練だろ? 無駄話してると、ハウンズマンに怒鳴られるぞ。あいつは仏に見えて、すぐ手が出る奴だからな」
「「は、はい!」」
ハウンズマン曹長は周囲からオヤジさんと呼ばれて親しまれている人だ。優しい人だが、理不尽な上官には反発することもあるらしく、そのせいで曹長止まりらしい。
「頑張るんだよ、坊やたち」
そう言って去っていくシーマ中佐とゲール中佐の背中を見送り、僕とブラウンは顔を見合わせた。
「……シーマ中佐ってすごい人だよね」
「うん。女の人なのに海兵隊の艦隊司令だもんな」
「正確には艦隊司令代理だけどね」
海兵隊の正式な艦隊司令はアサクラ大佐だ。もっとも、アサクラ大佐は遥任で、代理司令官はシーマ中佐が務めている。
噂ではアサクラ大佐はマハルのならず者の集まりである海兵隊を嫌っているらしい。そのせいか、海兵隊は全員シーマ中佐に忠誠を誓っている。中にはシーマ中佐のことを「シーマ様」と呼ぶ人もいるくらいだ。
「僕たちもシーマ様って呼んだ方が良いのかな?」
「この前、コッセル大尉が怒られてたからやめた方が良いよ」
ブラウンとくだらない話をしながら通路を歩く。周囲では相変わらず、物資の搬入作業が続いている。戦争という巨大な機械は、もう止まることなく動き始めていた。
戦う理由は、まだ見つからない。それでも……この海兵隊のみんなと一緒なら、どんな敵とでも戦える気がした。