戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
第10話 第603技術試験隊
「ライゼン……軍曹。少しいいですか?」
「ブラウン、上官になったって言っても、戦時階級なんだから普段通りでいいよ」
「そうかな? ありがとう。でも、ライゼンならすぐに出世しそうだけど……」
「そんなことないって。それよりも、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「ああ、うん。アサクラ大佐が言ってた試作兵器について、聞いてみたくて……」
僕とブラウンはコムサイで第603技術試験隊の母艦であるヨーツンヘイムへ向かっていた。僕たちの任務は評価試験を成功させることだが、試作兵器がどんなものなのかは、僕も何も聞かされていない。
「詳細は僕も知らないけど……もしかしたら、アサクラ大佐も試作兵器の開発に関わっているのかもしれないね」
「ああ……そういえば、アサクラ大佐って技術将校なんだっけ? 何で海兵隊の艦隊司令なんてやってるんだ?」
「ギレン閣下とキシリア閣下は仲が悪いらしいからね……。海兵隊は突撃機動軍だけど、アサクラ大佐はギレン閣下の派閥の人間だから、キシリア閣下を監視するため……なのかもしれない」
もしくは……ギレン閣下が自身の悪行をキシリア様に押し付けるためか。毒ガス作戦の責任を、キシリア閣下の突撃機動軍に負わせる――そういう政治的な思惑があっても不思議ではない。
……どちらにせよ、碌な理由ではなさそうだ。
「第603技術試験隊の母艦……ヨーツンヘイムってどんな艦なんだろう? 聞いたことないけど……」
「もともとは民間貨客船だったらしいよ。それを軍がクルーごと徴用して改装を施した試験支援艦だって」
「えっ……じゃあ、技術試験隊の人はほとんどが軍属ってこと?」
「軍属」とは軍に所属してはいるが、軍人ではない人々のことだ。
ヨーツンヘイムは今でこそ軍艦として扱われているが、開戦前まではごく普通の商船として運用されていた。ブラウンの言う通り、乗組員のほとんどは正規の軍人ではなく、軍属が大半を占めている。
艦長のマルティン・プロホノウ中佐も──いや、正確には中佐「相当官」という曖昧な立場だ。これはシーマ中佐のように、ザンジバル級のような大型艦の艦長が、通常は中佐の階級であることに由来している。
徴用された商船乗員に正規の軍人と同じ階級は与えられない。だから、『ヨーツンヘイムの運用に関してのみ中佐と同等の権限を持つ』という、実に微妙な立場を与えられているに過ぎず、シーマ中佐と違って正規の昇進を経ていないのだ。
これが僕たちが今から向かう試験支援艦ヨーツンヘイムの内情だった。
「……大丈夫なのかな?」
「一応、総帥府からモニク・キャディラック特務大尉がお目付け役として派遣されているらしいよ」
特務大尉は2階級上の中佐の権限が与えられている、いわゆる政治将校というやつだ。平時ならばともかく、戦場では中佐相当官であるプロホノウ艦長よりも立場は上のはず……。いざという時は彼女が戦闘の指揮を執るのだろう。
もっとも、プロホノウ中佐相当官もヨーツンヘイムが商船だった頃から連邦軍の目を掻い潜り、経済封鎖されていたジオンのために、物資の調達を何度も成功させてきたベテランの艦長だ。
生き残ることに長けた船乗りと命をかけて戦うことが使命の軍人。何らかの衝突はあるかもしれない。
『ライゼン、ブラウン! 到着したぞ!』
ハウンズマン曹長の声と同時にコムサイのハッチが開き、ヨーツンヘイムの艦影が、徐々に視界に入ってきた。
後付けされたであろう対空機銃に艦の上部に1基のみ搭載されている単装ビーム砲。戦闘艦というよりは、やはり貨物船の面影が色濃く残っている。
「大きいけど……本当に商船だな」
「うん。ザンジバルやムサイと比べると、どうしてもね」
すぐそばにある巨大なモジュール群……あれが試作兵器だろう。どうやら組み立て作業中のようだ。
「ハウンズマン曹長、ここまでありがとうございました」
『必ず生きて帰って来いよ、ライゼン! ブラウンもな!』
「はい! 曹長もお気をつけて!」
僕はヨーツンヘイムに通信を入れた。
「こちらは突撃機動軍・MAU所属、ヴァルター・ライゼン軍曹です。ヨーツンヘイム、着艦の許可を求めます」
『こちら、試験支援艦ヨーツンヘイム。識別信号確認。ヴァルター・ライゼン軍曹、フレデリック・ブラウン伍長、着艦を許可する』
ヨーツンヘイムの格納庫が開き、ガイドビーコンが淡く瞬いた。僕とブラウンは推進剤を絞り、ザクをゆっくりと滑り込ませる。
着艦が完了し、ザクのハッチを開くと、視線が一斉に刺さった。
「僕たち、やけに見られてないか?」
「多分、MSが珍しいんじゃないかな?」
MSが実戦投入されたのはつい先日だ。同じジオン軍と言っても、まだ見たことがない人は大勢いるだろう。もっとも、僕たちが若すぎることも理由の一つかもしれないが……。
「ライゼン軍曹、ブラウン伍長、ようこそ、ヨーツンヘイムへ。ブリッジまで案内するよ」
好奇の視線にさらされて、やや居心地の悪い思いをしていると、金髪碧眼の真面目そうな男性が話しかけてきた。きちんと整えられた制服、背筋の伸びた姿勢。技術士官らしい几帳面さが滲み出ている。海兵隊にはいないタイプだ。
「ありがとうございます。えっと……」
「オリヴァー・マイ技術中尉だ。よろしく」
*****
「海兵隊のヴァルター・ライゼン軍曹であります」
「同じくフレデリック・ブラウン伍長であります」
「艦長のマルティン・プロホノウだ。ふむ……君たちがMS-06のパイロットかね? 随分と若いが……」
「年はいくつ?」
「16であります。キャディラック特務大尉」
今、僕たちの目の前にいるのはマルティン・プロホノウ艦長とモニク・キャディラック特務大尉だ。
プロホノウ艦長は軍属とは思えない、2メートル近い巨漢だった。まさにベテランの船乗りといった風貌だ。
キャディラック特務大尉は赤毛を後ろで厳格に纏め上げ、髪の色と同じ鮮やかな赤い軍服に身を包んでいる。こちらはエリートといった感じで、シーマ中佐とはまた違った威圧感を感じる。
そんなキャディラック特務大尉は僕たちの年齢を聞いてため息を吐いていた。失望とも諦めともつかない、複雑そうなため息だった。
どうやら僕たちが若いことに不安を抱いているようだが……まあ、それは仕方がない。仕方がないのだが……どうも、僕たちを通して、別の誰かを思い浮かべているような気がする。
もしかしたら、身内に僕たちと同年代の弟か妹がいるのかもしれない。
「……実戦経験はあるのかしら?」
「はい。開戦初日から……サイド2への侵攻作戦及びブリティッシュ作戦に従軍しております」
口にした瞬間、胸の奥に重いものが沈んだ。誇れる戦歴のはずなのに、その言葉の裏には、白いガスに沈んだコロニーの光景が焼き付いている。実戦経験があるという事実は、同時に消えない罪過を背負っているということでもあった。
「ブリティッシュ作戦、か。それは……頼もしいことだな。現在、このヨーツンヘイムは自衛の手段を持たない。君たちが来てくれたことは大変喜ばしいことだ。頼りにさせてもらう」
「「はっ!」」
……プロホノウ艦長もどこか複雑そうだ。もしかしたら、ブリティッシュ作戦──コロニー落としに何か思うことがあるのかもしれない。
「あなたたちの任務はこのヨーツンヘイムと、現在組み立て中のQCX-76A──試作艦隊決戦砲・ヨルムンガンドの護衛よ。詳しいことはマイ中尉に聞きなさい」
キャディラック特務大尉の言葉が終わるや否や、扉の横で控えていたマイ中尉が近づいてきた。
「二人とも、こちらへ。技術的な詳細は機密だから話せないけど、ヨルムンガンドについて簡単に説明するよ」
「ありがとうございます。マイ中尉」
艦隊決戦砲・ヨルムンガンド。
ヨーツンヘイムの外で見た、組み立て途中の試作兵器。
──この大蛇との出会いから、運命の歯車は大きく狂い始める。