戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第11話 大蛇の行く末

 マイ中尉の説明はブリッジの観測指揮所で行われた。

 先ほど外で見た組み立て途中の試作艦隊決戦砲・ヨルムンガンドはこの戦争の帰趨を決める試作兵器らしい。

 

「QCX-76A試作艦隊決戦砲ヨルムンガンド……敵主力艦を、その射程外から狙い撃つ大蛇」

 

 ミノフスキー粒子散布下での最大有効射程距離は300km。威力は射程ギリギリからでも大型艦砲の10倍以上……一撃でマゼラン級を撃破できる攻撃力を持っているらしい。

 

「マゼランを一撃……すごい!」

 

「……」

 

 ブラウンはヨルムンガンドの攻撃力に目を輝かせているが、それも無理はない。

 マゼラン級を単機で沈めたあの戦闘は、命がいくつあっても足りない賭けだった。

 

 それを射程外から一撃で済ませられるというのなら、パイロットとしてはかなり魅力的に聞こえる。

 

 多くの場合、艦隊や戦隊の旗艦は戦艦であることを考えれば、敵戦艦を撃破することで敵艦隊の指揮系統を麻痺させることができる。いかに連邦が強大と言っても、指揮官を失い、烏合の衆となってしまえば怖くはないからだ。

 

(うん。確かにすごい、けど……)

 

 このヨルムンガンドのコンセプトは少々博打が過ぎているような気がした。

 艦隊決戦で戦艦を数隻撃沈できたとしても、その中に旗艦が含まれている可能性は低い。

 

 そもそも、ミノフスキー粒子が散布された戦場では、長距離からの精密な艦砲射撃や誘導兵器の運用は困難になる。その環境下で真価を発揮するのが、AMBACによる高い運動性と対艦兵器による火力を両立させたMSなのだ。

 

 その証拠に先のブリティッシュ作戦では、サラミスやマゼランはMSに翻弄されてあっさり撃沈されている。レーダーが使えない状況ではオート制御に慣れ切った連邦軍には手動でMSを狙い打てる精度も技術も無い。

 

 運に恵まれたとはいえ、新兵である僕でさえ単機でマゼランを撃沈しているのだ。ザクが数機あれば、戦艦を沈めることはそう難しい事ではない。

 

 絶対にMSを量産した方が費用対効果も戦術的な柔軟性も高いはずなのに……。

 

 僕はマイ中尉の説明を聞けば聞くほど、この兵器への期待が薄れていくのを感じた。もっとも、新兵の僕がそれを声高に言ったところで、誰も真剣に取り合ってはくれないだろう。

 

 この兵器が僕の予測を遥かに上回るほどの代物であることを、ただ願うしかない。

 

(僕の杞憂ならいいんだけど……)

 

 ブリッジの窓越しに組み立て中のヨルムンガンドが見えた。巨大なモジュールが何本も連結され、外装パネルはまだ剥き出しのまま。作業灯が点々と浮かび、工員たちの作業艇が忙しなく行き来している。

 

「……ライゼン軍曹?」

 

 マイ中尉が、僕の視線の先を追うように首を傾げた。

 

「何か、気になる点があるのかな?」

 

「……いえ。強力な兵器だとは理解しました。ただ、ミノフスキー粒子下でそれだけの射程と精度を維持できるのが、少し疑問で……」

 

「いい質問だね」

 

 即座に返ってきたその一言には、否定や不快感は微塵もなかった。むしろ待っていたと言わんばかりの響きだ。技術者としての誇りがその表情に現れている。

 

「精度の肝は砲そのものじゃない。友軍の観測と砲術士の補正だ。ミノフスキー粒子散布下ではレーダーは死んでも、光学照準は然るべき正確さを持っている。砲戦の自動化が進んだ連邦と違って、ジオンは常にミノフスキー粒子下での戦闘を想定してきた。そこに、友軍からの観測データを統合して──」

 

「なるほど……」

 

 つまり、友軍からの観測データが届かなければ正確な砲撃は難しいということか。情報のリンクが断たれればこの大蛇は牙を失う。しかも、一射毎に砲身を冷やす必要があるため、連射もできない。

 

 ここまで欠点が多い兵器も珍しい。

 

 ヨルムンガンドが活躍できる場があるとすれば、決戦の序盤だろう。大艦巨砲主義が根付いた連邦には、この大蛇は脅威に映るはずだ。きっと、多くの敵がこの大蛇目掛けて押し寄せて──。

 

(あっ……! そうか! この試作兵器は囮なんだ!)

 

 アウトレンジからの強力な砲撃──それは彼らにとって理解しやすい脅威だ。MSという新兵器よりも、大砲という古典的な兵器の方が彼らの注意を引きつけられる。

 

 連邦がこちらに引き寄せられている間に、隠れていたMSで襲撃する。そういう作戦なのかもしれない。

 

 それならこの試作兵器にも利用価値がある。戦略的欺瞞。敵の注意を引きつけ、本命を隠すためのもの。僕がそう結論付けたところで、マイ中尉は説明を締めくくった。

 

「この大蛇は艦隊決戦のための切り札だ」

 

 その言葉には技術者としての誇りと、この兵器に賭ける覚悟が滲んでいる。

 しかし、僕の推測が正しければ、この大蛇の役目は囮。真の切り札はMSだ。もっとも、確証は無いため、言葉には出せない。どちらにせよ、僕たちの任務は変わらない。

 

「ご説明ありがとうございます、マイ中尉。必ず、僕たちで大蛇を守ります」

 

 

 

*****

 

 

 

 それからは連日連夜、ヨルムンガンドの組み立て作業が続いている。格納庫には金属が軋む音、工具が響く音、整備兵たちの掛け声が絶え間なく響き渡り、一匹の大蛇を宇宙に作りだしていく。

 

 特に砲術長のアレクサンドロ・ヘンメ大尉はことさら熱心に、組み立て作業を指揮していた。作業が完了すれば、この大蛇に命を吹き込むのは彼の役目だからだ。

 

 僕を除く、誰もがジオンに勝利をもたらすのは自分たちだと信じている。そのことにやや疎外感を感じながら、僕は喧騒の中で愛機のザクⅡをぼんやりと見つめていた。

 

「よう、ライゼン。どうしたんだ? 緊張してるのか?」

 

「あ……いえ、大丈夫です、ワシヤ中尉。少し考え事をしていただけで」

 

 声をかけてきたのは、技術試験科のヒデト・ワシヤ中尉だ。気さくな人物で、堅苦しい軍隊生活の中では貴重な存在だった。彼はキャディラック大尉にも軽口を叩くことができる数少ないムードメーカーだ。

 

 彼はMSパイロットに憧れがあるらしく、僕とブラウンによく話しかけてくれた。外様の僕たちが早々に打ち解けられたのも彼のおかげだ。

 

「そういや、ブラウンから聞いたんだけどよ。お前って開戦初日にマゼランを一人で撃沈したんだよな! 俺もいつかMSに乗る日が来るかもしれないから、何かコツとかあったら教えてくれよ!」

 

「コツ……ですか」

 

 正直、僕の感覚を言葉にしても信じてもらえないと思うが……ワシヤ中尉になら話してみても特に問題は無いだろう。

 普通の人が僕の話を聞いたらどんな反応をするのかも気になるし、もしかしたらワシヤ中尉も似たような経験があるかもしれない。

 

「なんと言うか……戦っているときに頭の中に音が響いてくるような感覚があるんですよね。まるで、宇宙の意思が力になってくれるような……」

 

「ブフォッ……!? おいおい、冗談だろ?! お前、そんなことを言っちゃうような痛い人種だったのかよ!? そういうのはそろそろ卒業しなきゃいけない年頃だぜ?」

 

 

 ……思わず手が出そうになったが、グッと堪えた。

 

 

 この人は僕を何だと思っているのだろうか。僕は別に思春期特有の妄想癖を患っているわけじゃない。

 

 ……いや、きっとワシヤ中尉も出撃前に気を張っていた僕にあえて軽い口調で返してくれているのだろう。決戦が近いせいか、今はこの艦全体の空気が重いような気がする。彼は敢えて道化になることで僕の緊張を解そうとしているのだ。

 

 うん、きっとそうに違いない。

 

 まあ、ワシヤ中尉の反応は想定内だ。痛い人だと思われたくないし、この話はあまり人にしない方がいいだろう。僕自身、この力が何なのか、よくわかっていない。

 

「ライゼン! そろそろ時間だよ!」

 

「了解! ありがとう、ブラウン!」

 

 必死に笑いをこらえるワシヤ中尉を置いて僕は愛機であるザクⅡのコックピットへと向かった。

 

(戦場に出る以上、手柄を立てる好機が巡って来たと考えよう。もしかしたらこの戦いで戦争は終わるかもしれないし、これが僕たちにとって海兵隊の汚名を晴らす最後のチャンスかもしれない)

 

 艦の砲撃を担当するヘンメ大尉たちがヨルムンガンドに乗り込んでいる今、ヨーツンヘイムは攻撃手段を持たない無防備な状態だ。

 

 ヨルムンガンドがマゼランを撃沈すれば、敵はこちらに引き寄せられてくるはずだ。それを僕とブラウンで撃破する。敵から守り切ることができれば、ヨルムンガンドが評価されなくとも、僕たちの戦果は記録されるはずだ。

 

 ヨーツンヘイムのハッチから宇宙空間を見渡すと、そこは規則正しくならんだ軍艦の列で埋め尽くされているのがわかった。ジオン軍艦隊の全戦力が、このルウムに集結している。

 

 新たな歴史は、この場所で作られようとしている。

 

「ははははははっ!」

 

 ヘンメ大尉は眼前に広がる友軍大艦隊の偉容に圧倒され、身体の奥底から込み上げる感動を抑えきれずにいた。

 

 それは単なる愛国心でも、畏敬の念でも、ましてや功名心だけでもなかった。胸の奥底から噴き上がったあらゆる感情が渾然一体となり、彼の内側でひとつの奔流となっていた。

 

 そして、それはヘンメ大尉ただ一人のものではなかった。ヨルムンガンドの組み立てに携わる全ての将兵が、同じ昂揚と確信を胸に宿し、その感動を分かち合っていた。

 

 組み立て途中のヨルムンガンドの上や、作業中のヨーツンヘイムの甲板からその光景を目にしたジオン将兵たちは、眼前に広がる大艦隊へ歓声を上げ、思わず手を振っていた。

 

 連邦軍艦隊は縦陣を基本とする陣形で布陣を終えていた。そしてジオン軍艦隊もまた、分進していた艦隊と合流すると、連邦軍艦隊と同様の布陣で臨んだ。

 

「こちらヨルムンガンド、展開完了! 作業員の退避も済んだ」

 

 宇宙空間にヨルムンガンドと共に浮かぶ射撃指揮所で、宇宙服を着用したままのヘンメ大尉はコンソールにより状況をヨーツンヘイムへ報告する。そこにはいつものヘンメ大尉とは違った、職業軍人としての顔があった。

 

「こちら実験観測指揮所、ヨルムンガンドのデータ受信、用意よろし」

 

 観測指揮所にはノーマルスーツを着用したマイ技術中尉がいた。

 

 ヘンメ大尉の報告にブリッジ内も慌ただしくなる。各員はすでに配置に就き、最後の段階に備えている。緊張感が艦内全体を支配していた。

 

「へへへ、おかしな船に乗せられちまって、実戦にも出れねえかと思ったぜ」

 

 ヘンメ大尉の独り言に眉を顰めながら、プロホノウ艦長はヨーツンヘイムの唯一の防衛戦力である僕たちのザクⅡに通信を送る。

 

「ライゼン軍曹、ブラウン伍長、今のヨーツンヘイムは自衛の手段を持たない。敵の襲撃を受けたら、君たちだけが頼りだ。頼むぞ!」

 

「「了解!」」

 

 プロホノウ艦長の声に僕たちは短く答えた。

 ヨーツンヘイムの格納庫の中で、いつでも出撃できるように操縦桿を握りしめる。

 

(ヨルムンガンドが旗艦を沈めてくれればいいんだけど……)

 

 そうすればこの評価試験は文句無しの大成功だ。第603技術試験隊の誇りも守られ、同時に僕たち海兵隊の戦果としても刻まれるはずだ。

 

 ポケットの中のサイコロに祈りながら、僕たちは決戦の時を待った。

 

 

 

 宇宙世紀0079年1月15日。

 ギレン総帥から隷下の艦船に通信が流れた。

 

 

 

『諸君、歴史を生むべし』

 

 

 

 後に『ルウム戦役』と呼ばれることになる宇宙世紀史上最大の艦隊戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

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