戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第13話 天運に光を見た

(間に合わなかったか……。やっぱり最初から、艦隊を囮にして本命だったMS部隊を敵にぶつけるつもりだったんだな)

 

 自分の推測が正しかったことを、僕は確信した。

 

 連邦軍艦隊がジオン艦隊に攻撃を集中させているところにMS隊が電撃的な強襲をかける……。

 

 構図としては、僕たちが初陣でサラミスを撃沈した時と全く同じだ。相手の注意が別の標的に向いている時に、意表を突いて攻撃する。艦隊が注意を引けば引くほど、作戦は成功しやすくなる。現に、MS隊の到着から戦局は一転した。

 

 連邦軍の軍艦が敵艦隊を狙えば、MSへの迎撃はできない。そしてMSを迎撃しようとすれば、敵艦隊への攻撃ができなくなる。片方への対処がおろそかになれば、その瞬間に致命的な隙が生まれ、撃沈される。

 

 実際、多くの連邦軍の軍艦は何よりもまず自分たちは何を攻撃すべきなのか、その判断ができないために徒に撃沈されていった。指揮系統の混乱が、被害を拡大させている。ジオン軍の飽和攻撃の完全なる勝利と言えるだろう。

 

 それまで優勢だった連邦軍が、今や一方的に蹂躙されている。MS投入のタイミングがやや遅いような気がしないでもないが、この程度の遅れはミノフスキー粒子下の戦場では珍しくもないのだろう。完璧な作戦など存在しない。

 

(できればこうなる前に、ヨルムンガンドに撃たせて戦果を上げたかったのに……)

 

 無念だが、これ以上僕たちがしゃしゃり出ても仕方がないだろう。もはや戦いの趨勢は決した。僕たちも戻るしかない。

 

 

 

*****

 

 

 

 同時刻、ヨーツンヘイムの艦内も同じように重苦しい沈黙に包まれていた。期待していた凱歌とは程遠い、陰鬱な空気が支配している。理由は明白だった。艦隊決戦の真の切り札はヨルムンガンドではなく、MSだったからだ。

 

「我々は……期待されるどころか……相手にもしてもらえなかった」

 

 期待を寄せられていると思い込んでいたキャディラック大尉は力なく項垂れていた。

 

 おそらく上層部はヨルムンガンドを巧妙に利用したのだろう。連邦軍艦隊を欺瞞情報でこのルウムに誘き出したように、ヨルムンガンドに関する情報も意図的に流出させた欺瞞情報だったのだ。本当の切り札であるMSの存在を秘匿するために。

 

 連邦軍に「ジオンは巨大兵器を開発している」と思い込ませることで、MS部隊の奇襲をより効果的にする。見事な戦略だが、その代償として第603技術試験隊は戦場で踊る道化になった。

 

 沈鬱な雰囲気の中、ヨルムンガンドからヘンメ大尉の怒声が聞こえてくる。

 

「今更何言ってるんだ!! 俺たちは最初から冷や飯を喰わされているんだ! たとえ戦力外であろうと俺は撃つぞ! わかったか!!」

 

 そう、戦いはまだ終わってはいない。たとえ自分にとって無意味に思えようと、栄光も報酬も約束されていなかろうと、果たすべき義務は果たさねばならない。それが軍人という存在だ。己の感情だけで引き金を引くのなら、それはもはや兵士ではなく、ただの人殺しに堕ちるだけなのだ。

 

 ザクのコックピットの中でフレデリック・ブラウンは手に持ったサイコロを見つめる。

 

「僕にも何か……できることは……」

 

 その瞬間、通信機からライゼンの焦った声が飛び込んできた。

 

『――しまった!? ミサイルが!?』

 

 ノイズ混じりの回線の向こうで警告音が断続的に鳴り響いているのが聞こえる。切迫した状況が、言葉になるよりも先に伝わってきた。

 思考よりも先に体が動いていた。スラスターを全開にして、ヨルムンガンドの前に躍り出る。

 

 ライゼンだけに背負わせるわけにはいかない。

 これが、今の僕にできることだ。

 

 

 

*****

 

 

 

 ヨーツンヘイムへ戻る途中、頭の中に鋭い光が走った。言葉にできない危機感が全身を駆け巡る。

 

 プレッシャーを感じた方向へ顔を向けるとサラミスが流されてきていた。

 

(……戦場を真っ直ぐ突っ切ってきたのか?)

 

 すでにあちこちから火を吹いており、僕が何かしなくても遠からず爆散するだろう。

 しかし、何故かはわからないが、その姿にとてつもなく嫌な予感がしたため、僕はあえてマシンガンを向け、死に体のサラミスにトドメを刺した。

 

 ……結論から言えば、僕の勘は間違ってはいなかったが、行動は一足遅かった。サラミスは撃沈間際にミサイルを放ったのだ。

 

 僕に対してではなく──第603技術試験隊がいる方向へ。

 

 狙ったものではないだろう。苦し紛れの最後の抵抗だったに違いない。

 それでもミサイルは真っ直ぐヨルムンガンドへと向かって行った。

 

(まずい!?)

 

 放たれたミサイルは3発。すぐさま撃ち落とすべく狙いを定める。

 

 一つ目、マシンガンの弾丸が直撃し、ミサイルは火球となって四散する。二つ目も正確に撃ち抜き、爆発した。

 

 そして三つ目──最後のミサイルに狙いを定めたところで、観測機から通信が届いた。

 

「避けろっ!! ライゼン軍曹!!」

 

「っ──!?」

 

 マイ中尉の声に従って近くの隕石を力強く蹴って跳躍すると、先ほどまで自分がいた空間に灼熱の閃光が走り抜けていく。一瞬の判断の遅れが命取りになるところだった。

 

「メガ粒子砲──!?」

 

 背後を確認すると、マゼランがこちらに向かって接近してくるのが見えた。ヨルムンガンドを狙っているわけではなく、ただ回避行動の先にたまたま流れてきただけのようだ。連邦軍の艦艇も必死に生き延びようとしている。

 

「──しまった!? ミサイルが!?」

 

 マゼランに気を取られた隙に、最後のミサイルはすでにマシンガンの射程外にまで飛び去ってしまった。

 

 ミサイルはそのまま一直線にヨルムンガンドの方へと向かう。もう間に合わない。

 

「ライゼン!」

 

 最悪の事態に絶望しかけたところで、ヨルムンガンドの前にザクが躍り出た。僕と同じ、両肩が黄色いザク──ブラウンだった。一縷の望みをかけて、叫んだ。

 

「頼む、ブラウン!!」

 

「任せろ!!」

 

 ブラウンはザクマシンガンの照準を素早く合わせ、ヨルムンガンドに迫るミサイルを撃ち落とした。

 

 助かった……と安堵するが、僕の方にもマゼランが迫っている。一度は単機で撃破したとはいえ、あの時のような幸運が二度も続くとは思っていない。

 

 今回は無理に撃沈しようとせずに回避に専念した。幸い、敵はMSを恐れているのか、ヨルムンガンドには目もくれず、僕に狙いを定めている。

 

 ──それが、命取りになるとは知らずに。

 

「下がれ、坊主!!」

 

 ヘンメ大尉の声に反応して僕は即座にマゼランから距離を取ったところで、ヨルムンガンドの砲撃が宇宙を切り裂いてマゼランを貫いた。

 

 まさに紫電一閃、連邦軍が誇るマゼラン級宇宙戦艦が一撃で消し飛んだ。その破壊力はやはり圧倒的だ。

 

 ヨルムンガンドの雷霆に全員が目を奪われていると、ヘンメ大尉の声が通信機から響いた。

 

「これからはMSの時代かもしれんが、俺も生きている限り、大砲屋としての意地は貫かせてもらう!! ヨルムンガンドが時代遅れの兵器だったとしても!! コイツは今ここで、ジオンのため、スペースノイドの未来のために、俺たちと一緒に戦っているんだ!! 決して飾り物なんかじゃねぇんだよっ!!! 次弾、装填急げ!!」

 

 意気消沈していた第603技術試験隊に再び戦意を奮い立たせたのは、時代に取り残された男の、最後の意地だった。

 

 おそらく、ヨルムンガンドには次の戦場が与えられることはないだろう。この兵器の開発は、この戦いの後に中止されるはずだ。大艦巨砲主義の終焉とともに、ヨルムンガンドもまた歴史の闇に消えていく。

 

 それでも、彼とヨルムンガンドは確かにこの戦場で戦っている。この独立戦争に存在していたんだ。時代に見捨てられた兵器と、それに最後まで寄り添う男の姿が、そこにはあった。

 

「そうだ……技術の価値を決めるのは、僕たち人間だ。たとえこの戦いが最後だったとしても、ヨルムンガンドが飾り物ではないことを証明できるのは僕たちだけなんだ……!」

 

「……マイ中尉」

 

 マイ中尉の声は震えていた。恐怖の震えではなく、悔しさと意地が混ざった震えだった。

 

「ライゼン軍曹、すまないが……もう少しだけ、僕らに付き合ってほしい」

 

「……マイ中尉、何をするつもりですか?」

 

「もう一度、観測データを集めに行く。最後まで……戦いたいんだ」

 

「ですが、艦隊決戦はジオンの勝利です。そんなことをしても、本来のデータは──」

 

 味方からの通信によれば、すでに敵の旗艦──連邦軍の総大将であるレビル将軍の座乗艦は撃沈されている。

 

 これ以上、僕たちが戦ったとしても、ヨルムンガンドへの評価が覆ることはないだろう。

 

「……そうだね。ヨルムンガンドは戦争の帰趨を決めるための兵器だ。勝敗が決してから戦果を上げたところで、評価されることはないだろう。君の言う通り、今から行っても、無駄に命の危険を晒すだけ……。それでも、僕は──」

 

 通信越しのマイ中尉の声は、落ち着いているようでいて、底に熱があった。

 技術士官である彼が理屈ではなく、感情で押し切ろうとしている。

 

「僕は──このまま終わりたくない。ヨルムンガンドの物語を、中途半端なままで終わらせたくないんだ」

 

「マイ中尉……」

 

 ここで「やめてください」と言うのは簡単だろう。理屈も通る。勝敗は決した。今さら危険を冒す必要はない。僕たちが護衛を拒否すれば、マイ中尉も諦めざるを得ない。だから──。

 

「行こう、ライゼン!」

 

「ブラウン……でも……」

 

「ゲール中佐も言ってたじゃないか! 『どうせこの世は一天地六の賽の目しだい』って! 出た目が悪くても、最後まで諦めずにサイコロを振り続けるのが、僕たち海兵隊だろ!」

 

 僕はゲール中佐からもらったサイコロを手に取った。ブラウンは熱に浮かされているようでいて、真っ直ぐに前を向いている。

 

 

 ──裏目を引こうが、その下にはちゃんと当たりの目がある。

 

 

「……そうだね。忘れるところだった」

 

 思考を切り替え、戦場全体を俯瞰して視る。大勢は決したが、連邦は徐々に統制を取り戻しつつある。恐らく、次席指揮官が旗艦を引き継いだのだろう。程なくして撤退を開始するはずだ。

 追撃戦ならば観測機が危険に晒される可能性は低い。先ほどのように、敵がこちらに流れてくることもないだろう。

 

「マイ中尉、引き続き観測機の護衛につきます。ブラウン、今度は君も一緒についてきてほしい」

 

「了解!」

 

 ブラウンの返事は驚くほど力強かった。彼が一緒でよかったと、心の底から強く思う。僕一人だったら諦めていただろう。

 

「……ありがとう、ライゼン軍曹。ブラウン伍長も……すまない、巻き込むことになる」

 

「僕たちは厄介ごとに巻き込まれるのには慣れてるんです! そうだよな、ライゼン!」

 

「ふふっ……確かに、否定できないね」

 

 緊迫した戦場の只中だというのに、わずかな笑みが交わされた。

 

「こうなりゃ、地獄の底まで付き合うしかねぇよな!! ライゼン、ブラウン、護衛は頼んだぜ!!」

 

「「了解!」」

 

 ワシヤ中尉が観測機を再び前線に向かって加速させ、僕たちもそれに続く。

 

「砲術長! 僕たちで必ず観測データを届けます! 最後まで記録させてください! あなたと、ヨルムンガンドの戦いを!!」

 

「へっ……頼んだぜ、技術屋! お前たちが未来に伝えてくれ! 俺たち、大砲屋の時代の幕引きを!!」

 

 ヘンメ大尉の声に送り出され、僕たちは再び戦場へと戻っていく。

 

 

(──どうせこの世は一天地六。後のことは全て、天運に任せよう)

 

 

 賽はすでに投げられたのだ。ならば、ゲール中佐の教え通り、勝負を投げ出さず、最後までその結果を見届けよう。

 

 サイコロの目がどのような結果であろうと、もう盤面が覆ることはない。今日の僕たちの戦いは、きっと自己満足でしかないのだろう。歴史の表舞台には残らないかもしれない。

 

 それでも、僕たちが最後まで戦い抜いたことを、未来に──記録として残すことはできる。

 

 その事実だけで、この戦いに光を見い出すことができた──そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

【試作艦隊決戦砲・ヨルムンガンド──技術試験報告書】

 

 

 

 ルウムに於ける艦隊決戦に際し、ヨルムンガンドは合計五弾を放てり。

 内、三隻の敵マゼラン級を轟沈せしむ。

 その威力、抜群なり。

 

 間接射撃指示未到着ゆえに艦隊決戦の決定打にはなり得ず。

 

 

 

 しかれども、轟沈せしめた艦艇の内一隻は、連邦艦隊次席指揮官『ロドニー・カニンガン』准将の座乗艦『ネレイド』である。

 

 

 

 レビル将軍の捕縛後、連邦艦隊の総指揮を執っていた旗艦ネレイドの早期轟沈をもって、連邦軍の組織的撤退は完全に崩壊せり。

 

 我が試作兵器は艦隊決戦の決定打と呼ぶには至らざるも、連邦艦隊を潰走せしむ、特筆すべき戦果を上げ、我が軍の勝利に大いに貢献したものと結論する。

 

 以上の戦果をもって、本試作兵器の真価は、ここに実証されたと信ずる。

 

 

 

 宇宙世紀0079年1月17日

 オリヴァー・マイ技術中尉

 

 

 

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