戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第14話 大蛇はルウムを越えて

「……まさか、あそこから評価を逆転できるとは思わなかったよ」

 

「最後まで諦めないでよかったな!」

 

 ヨーツンヘイムの格納庫で、僕とブラウンは並んで腰を下ろしていた。戦闘後の静けさが艦内に満ちている。整備員たちは忙しく動き回っているが、その足取りはどこか緩やかで、緊張はすでに過去のものになりつつあった。

 

 ルウムにおける戦いは、ジオン軍の勝利に終わった。連邦艦隊は壊滅、総大将であるレビル将軍を含め、多数の将校が捕虜になるという、歴史的な大勝利だった。

 

 ジオンのMSは数で勝る連邦を圧倒し、ブリティッシュ作戦の失敗を覆すほどの大戦果をもたらしたのだ。

 

 ルウムですれ違った赤いザクのパイロット、シャア・アズナブル中尉なんかは、あの後戦艦5隻を沈めて少佐に昇進したらしい。今では「赤い彗星」の異名で知られ、レビル将軍を捕縛した「黒い三連星」と並んで、ジオンを代表するエースの一人として名を馳せている。

 

 時代は完全にMSへと移行した。数世紀にわたって続いた大艦巨砲主義は過去のものとなり、人型機動兵器こそが新時代の主役となったのだ。この先、あの大蛇を戦場で見ることはない……そう思っていたのだが──。

 

(最後の最後で敵の旗艦を撃沈できるなんて……)

 

 ヨルムンガンドはあの後、ロドニー・カニンガン准将の乗艦であるマゼラン級戦艦ネレイドの撃沈という大戦果を上げた。戦争の流れを決めたのは確かにMSだったが、撤退を開始した連邦艦隊にトドメを刺したのは、他でもないヨルムンガンドだったのだ。

 

 レビル将軍の座乗艦であるマゼラン級アナンケは黒い三連星によって沈められたが、副将であるカニンガン准将は即座に連邦艦隊の指揮権を引き継ぎ、撤退のための総指揮を執っていた。

 

 そのカニンガン准将が大蛇の砲撃で呆気なく戦死してしまったため、連邦艦隊は完全に戦意喪失し、ルウムからの撤退を諦めて、次々と降伏した。もしネレイドの撃沈が遅れていたら、多くの敵に逃げられていただろう。

 

 ヘンメ大尉とキャディラック大尉が艦隊決戦前に思い描いていた戦絵図が、最後の最後で形になったのだ。

 

 マイ中尉はヨルムンガンドがMSと同様の信頼を得ていれば、より多くの戦果を上げることができたかもしれないと言っていたが、その通りなのかもしれない。

 

 サイコロの目に恵まれたとはいえ、囮くらいにしか役に立たないと決めつけていた過去の自分を殴り飛ばしたい気分だ。

 

 ヨルムンガンドはルウムでの戦果がドズル閣下の目に留まったため、今後は宇宙攻撃軍で運用されることが決まった。もっとも、やはりMSを超えるほどの活躍は見込めないと判断されたらしく、本国の防衛用に新しく一機生産されるのみで、量産されることはないようだ。

 

 上層部は自分の間違いを認められないんだと憤っていた人もいたが、ヨルムンガンドにかかるコストを考えたら、それも仕方が無いだろう。ヨルムンガンドをいくつも作るよりは、ザクを作った方が良い。

 

 第603技術試験隊の人たちのことを思うと悲しくはあるが、文句を言いつつも、彼らの表情は皆一様に晴れやかだった。きっと、最後まで誇りを胸に戦い抜いたという自負があったからだろう。

 

「ヘンメ大尉……宇宙攻撃軍への転属を断るらしいね」

 

「栄転なのに、もったいないなぁ……」

 

 ルウムの総大将だったドズル閣下は今ではジオンの英雄だ。彼が率いる宇宙攻撃軍は、全てのジオン軍人が夢見る栄誉でもある。

 理由を聞いてみたところ、まだヨーツンヘイムでやり残したことがある、とのことだった。

 

 ルウムでの戦いにおいて、一度も使われることがなかったこの艦の単装ビーム砲。この主砲に戦果を与えるまでは、第603技術試験隊を離れる気は無いそうだ。

 砲術科の人たちはこの主砲を「豆鉄砲」と自嘲していたと聞くが、ヘンメ大尉にとっては大砲は全て自分の息子のようなものらしい。ヘンメ大尉らしい理由だと思った。

 

 彼はきっと、これからも大砲屋としての誇りを胸に戦い続けるのだろう。

 

「おーい、ライゼン、ブラウン!」

 

 声のした方を見ると、ワシヤ中尉が近づいてきた。横にはマイ中尉もいる。

 

「もうすぐ接舷だ。準備はいいかい?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「お世話になりました。マイ中尉、ワシヤ中尉」

 

「君たちには帰る場所があるということはわかっているが……少し、寂しくなるな」

 

 第603技術試験隊への護衛任務が終わったため、僕たちは海兵隊に戻ることになった。名残惜しいが、マイ中尉の言う通り、僕たちには帰る場所がある。

 

「おいおい、ここまで来て湿っぽいのは無しにしようぜ?」

 

 ワシヤ中尉がわざとらしく肩をすくめるが、その軽口の奥にある本音を僕は感じ取っていた。長い時間を共に過ごしたわけではない。それでも、同じ戦場を潜り抜けたという事実は確かな絆を生む。

 

「大蛇の価値を証明することができたのは君たちのおかげだ。改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

「それはこちらのセリフです。マイ中尉が観測機で出撃してくれたからこそ、戦果を残すことができたんですから」

 

「僕は記録しただけだ。実際に戦ってくれたのは君たちだよ」

 

「そうそう、観測機を動かしてたのは俺だぜ? ちゃんと見てたか? 俺の華麗な操縦を! 俺もMSに乗ればあっという間にエースになれるんじゃね?」

 

「僕たちに戦う力を与えてくれたのはヘンメ大尉とマイ中尉です。お二人の言葉が無ければ、僕たちは何もできませんでしたよ」

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

「聞けよ!!」

 

「まあまあ……落ち着いてください、ワシヤ中尉。僕はちゃんと見てましたから……」

 

「ブラウン~! お前だけだぜ、俺の話を真面目に聞いてくれるのは……!」

 

 ワシヤ中尉の情けない叫びに、格納庫のあちこちから笑いが漏れた。緊張と別れの寂しさが入り混じっていた空気が和らいだ。

 

「その男を甘やかす必要はないわよ、ブラウン伍長」

 

「あんだと……げっ! 大尉!」

 

 振り返るといつものように赤い軍服に身を包んだキャディラック特務大尉が立っていた。

 

「げっ?」

 

「いえいえ、なんでもありません!」

 

「大尉も彼らの見送りに?」

 

「マイ中尉、私が見送りに来るのがそんなに意外かしら?」

 

「いえ、そういうわけではないのですが……。自分は、その……大尉はライゼン軍曹たちを避けているように感じていましたので……」

 

 マイ中尉の言う通り、僕もキャディラック大尉には避けられていように感じていた。

 嫌われているわけではないと思っていたが、正直、来てくれるとは思っていなかった。

 

「……私が彼らを避けていたのは認めるわ。私にもライゼン軍曹たちと同じくらいの弟がいるの。だから……その、この子たちを見ていると、弟を戦場に送り出しているような錯覚に陥ってしまって……」

 

 キャディラック大尉はそう言うと、ほんのわずかに視線を落とした。いつも冷静で近寄りがたい雰囲気をまとっている彼女の、厳しい口調の奥に隠されていた感情に触れ、僕とブラウンは思わず言葉を失った。

 

「ライゼン軍曹、ブラウン伍長。今までのあなたたちへの非礼を謝罪するわ。それと……あなたたちのおかげで道化で終わらずに済んだ。ありがとう」

 

「あのプライドの塊の大尉が頭を下げ──ぶぐぁっ!!」

 

 余計なことを口走ったワシヤ中尉を裏拳で黙らせつつ、キャディラック大尉は僕たちに頭を下げた。

 この場にいる全員……格納庫にいた整備員たちもその様子に思わず手を止めていた。普段は他人に弱みを見せない彼女が、こうして頭を下げる姿は誰にとっても意外だったのだろう。

 

「そんな……僕たちこそ、皆さんにはとてもお世話になって──」

 

『ザンジバル級リリー・マルレーン! 搬入デッキに接舷!』

 

 艦内放送が流れた。どうやら準備が整ったようだ。

 名残惜しいが、ここで第603技術試験隊とはお別れだ。

 

「もう時間ね……。二人とも、元気で」

 

「また会える日を楽しみにしているよ」

 

「じゃあな!」

 

「はい! またお会いましょう!」

 

「お世話になりました!」

 

 みんなに別れを告げ、僕とブラウンはザクのコックピットに乗り込んだ。

 

(この艦ともお別れか……)

 

 つい先日まで当たり前のように聞いていた技術士官や整備員たちの声も、もうすぐ遠いものになるのだと思うと、不思議な寂しさが胸をよぎった。

 短い間だったが、彼らと共に戦えたことを誇りに思う。コックピットのハッチを閉じると、モニターにプロホノウ艦長の顔が映し出された。

 

「海兵隊の安全なる航海を祈る」

 

「ありがとうございます。艦長もどうかお元気で」

 

 短く別れの言葉を交わし、ヨーツンヘイムを後にした。

 

 

 

*****

 

 

 

 ザンジバル級機動巡洋艦リリー・マルレーンの巨大な艦影。ガイドビーコンが光り、宇宙に規則正しい道筋を描く。

 僕たちはゆっくりとリリー・マルレーンへ移動し、誘導に従って機体を固定した。

 

「おう、帰ってきたか」

 

「ゲール中佐!」

 

 ザクから降りると、ゲール中佐が自ら格納庫まで出迎えていた。

 僕たちが敬礼すると、中佐もすぐに敬礼を返した。顔の包帯は取れているが、傷跡がまだ生々しい。

 

「二人とも大活躍だったらしいな。アサクラ大佐も珍しく上機嫌だったぜ」

 

「ブラウンのおかげです。彼が僕を叱咤してくれたからこそ、最後まで希望を捨てずに戦えました」

 

 ブラウンが僕の背中を押してくれなければ、僕はマイ中尉の申し出を断っていただろう。ヨルムンガンドが戦果を上げられたのは、間違いなく彼のおかげだ。

 

「へえ、そうなのか?」

 

「いえ、そんな……僕はゲール中佐の教えを守っただけです。それに、敵の旗艦を見抜いたのはライゼンですよ。僕には全くわかりませんでした」

 

「いや、あれはただの偶然で――」

 

「ハハハッ! まあ、詳しい話はブリッジで聞かせてくれや。シーマもお前らの武勇伝を楽しみにしてるからよ!」

 

 ゲール中佐は豪快に笑うと、僕たちの背中を軽く叩いた。その手には父親のような優しさがあった。格納庫に響く笑い声に、周囲の海兵隊員たちも笑顔を見せている。

 

 みんなで笑いながら艦内を歩いた。

 

「向こうはどうだった? やっぱ、技術者らしく、頭の固い奴らばっかなのか?」

 

「いえいえ、技術試験隊とは名ばかりの豪傑揃いでしたよ。海兵隊といい勝負ですね」

 

「マジかよ……いくら何でも冗談だろ? 俺はてっきりアサクラ大佐みたいなのがたくさんいるもんだと……」

 

「ライゼンの言ってることは本当ですよ。特にオリヴァー・マイ中尉とヒデト・ワシヤ中尉が凄い人で――」

 

「──観測機であの艦隊戦の中に突っ込んだぁ!? おいおい、俺でもやらねえぞ。誰も止めなかったのか?」

 

「いやぁ……あの時は僕も勢いに身を任せてしまって……──」

 

 勝利の余韻が艦内の隅々に染みついていた。

 これも全て第603技術試験隊の協力があってこそ成し得たものだ。

 戦争が終われば、海兵隊のみんなにも彼らを紹介できる日が来るだろう。

 

 その日が訪れるのも、決して遠い未来ではない。今度こそ……戦争は終わる。

 

 この時の僕は、そう信じて疑わなかった。

 

 

 

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