戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第15話 ジオンに兵なし

『我ら優秀なるジオン国国民の前にあっては、数に勝る連邦政府ですら烏合の衆に過ぎないのである!!』

 

 本国では度重なる勝利に連日お祭り騒ぎだった。サイド3の各コロニーでは、街頭に設置された大型スクリーンにギレン閣下の演説が流され、市民たちが歓喜の声を上げている。

 

 スペースノイドにとって、強大な地球連邦に勝利したという事実は特別な意味を持つ。

 

 ジオンはブリティッシュ作戦とルウム戦役における大戦果を盾に、連邦に休戦条約を持ちかけた。もっとも、その実態は降伏勧告であり、自分たちに有利な条約を結んで戦争を終わらせようとしたのだ。

 ついにこの戦争が終わる。そう信じられる状況が、目の前にあった。

 

 双方の代表者による会談が行われ、そこで休戦条約が結ばれれば戦争はジオンの勝利に終わる。スペースノイドの悲願である独立が果たされるのだ。連邦側もそれを飲まざるを得ない状況にまで追い込まれていた。

 

 この時までは、僕も海兵隊のみんなも……誰もがこの戦争の勝利を確信していた。しかし……──。

 

 

 

「ライゼン! そっちに戦闘機が行ったぞ!」

 

「了解! こちらで仕留めます!」

 

 復帰したゲール中佐の声に従い、こちらに向かってくるセイバーフィッシュを迎撃する。

 

『ジオンの悪魔め! 貴様らなんぞに誰が屈するものか!』

 

 吐き捨てるような怒号とともに、セイバーフィッシュがミサイルを放つ。双方が戦争を終わらせるための交渉をしている真っ最中だというのに、連邦軍の一部の部隊はジオンの領内に侵入し、こちらへ攻撃を仕掛けてきていた。

 

「くっ……!」

 

 スラスターを噴かし、機体を横に流して、ミサイルの進路から逃れる。直後、こちらに向かってくる戦闘機に狙いを定めてザクマシンガンで反撃した。120mm弾が直撃し、機体が炎に包まれて爆散する。

 

「チッ……! コイツら、今が休戦交渉中だってことがわかってねぇのかよ!」

 

「まだ負けを認められないんだろうさ。愚鈍な連邦らしいぜ」

 

「……」

 

 彼らの憎しみが、それだけ大きいということなのだろう。ジオンの勝利は、人類の総人口、その約半数の犠牲の上に立っているのだ。

 

「お疲れ様です、ライゼン曹長!」

 

 物思いに沈んでいると、ブラウンのザクがこちらへ寄ってきた。両肩を黄色に塗り分けられていた僕たち訓練生のザクは、すでに正規兵と同じ通常色へと塗り替えられている。

 

「ありがとう、ブラウン……軍曹。何というか……少し、やりにくいね」

 

「前にも言ったじゃないですか。曹長ならすぐに出世するって。その内、慣れますよ」

 

 ルウム戦役の後、僕は曹長に、ブラウンは軍曹に昇進した。戦時階級ではなく、正式な昇進だ。

 

 今までは上官と部下の関係もなあなあで済ませていたのだが、正式な辞令が下された以上、僕たちの関係もこれまで通りとはいかない。階級の差は、軍隊では絶対だ。以後、ブラウンは僕に敬語を使うようになった。

 

 正直、彼のことは対等な友人だと思っているから、この変化にはいまだに慣れない。

 

(すぐに順応しているブラウンの方がやっぱり軍人向きなんじゃないかな……)

 

 彼は熱くなりやすいところがあるが、愛国心は強いし、周囲の人たちからも好かれやすい。ジオン軍の風潮では僕よりもブラウンの方がよっぽど軍人らしいと思うのだが……。

 

「ライゼン、よくやった」

 

 ゲール中佐のザクが戻ってきた。周囲の宙域にはもう敵影はなく、漂うのは撃墜された機体の残骸と、薄く広がる爆煙だけだ。

 

「ゲール中佐、やはり連邦の目的は……」

 

「おそらく、レビルの奪還だろうな」

 

 休戦交渉の最中にもかかわらず、散発的な戦闘が続いている理由はそれしかない。

 

「ダイクン派の連中が、連邦と通じてクーデターを画策してる……なんて噂もある」

 

 ダイクン派とは、今は亡きジオン・ズム・ダイクンを信奉し、ザビ家を打倒しようとしている勢力だ。

 

 利敵行為と断じるほかないが、開戦からわずか1か月足らずで総人口の半数を死に至らしめたザビ家を危険視する人たちの心情も理解できなくはない。

 だが今は休戦交渉の最中だ。彼らの行いはザビ家憎しのあまり、徒に戦火を拡大させようとしているようにしか思えなかった。

 

 海兵隊がギレン総帥の演説で士気を取り戻したように、レビル将軍が奇跡の生還を果たせば、連邦も息を吹き返す可能性がある。何としてでも阻止しなければならない。

 

「本国の連中はレビルを守り切れますかね?」

 

 ハウンズマン曹長がわずかに声を潜めてゲール中佐に問いかけた。

 

「……連邦も必死だからな。もしかしたら、万が一があるかもしれねえ」

 

 その言葉は決して大袈裟なものではなかった。戦場で幾度も修羅場を潜ってきた男の直感が、静かに警鐘を鳴らしている。勝利に酔いかけていた空気がわずかに引き締まった。

 

 宇宙は静かでも、水面下では確実に何かが動いている。

 ……そんな予感が胸の奥に重く沈んだ。

 

 

「俺たちの任務は休戦条約が結ばれるまで、レビルの奪還を阻止することだ。全員、気ぃ抜くなよ! 勝ったと思った瞬間が一番危ねぇんだ!」

 

 

「「「はっ!」」」

 

 

 この戦争を終わらせるために、僕たちは改めて気持ちを引き締めた。

 

 

 

 しかし、僕たちの知らないところで、すでに連邦の特殊部隊が難民船に偽装してサイド3に潜入していた。目的はもちろん、レビル将軍を奪還するためだ。

 

 

 ──それに加えて、連邦に唆されたダイクン派が蜂起。

 

 

『我々はザビ家の圧政に抗するために立ち上がった! 戦乱の続く流れに終止符を打ち、ダイクンが夢見た宇宙国家建設を目指す者たちである! ザビ家は即刻、権力の座から退陣せよ! ジオンに真の秩序と安定を!』

 

 

 反乱自体は「青い巨星」ランバ・ラル大尉や「白狼」シン・マツナガ中尉らの活躍によって、すぐさま鎮圧された。

 

 しかし、その騒ぎに乗じてレビル将軍はサイド3を脱出した。

 

 

 ……残念ながら、僕たちの願いが実ることはなかったのだ。

 

 

 

*****

 

 

 

 ──宇宙世紀0079年1月31日。

 連邦政府が休戦条約に調印しようとしていた、その時──。

 

『地球連邦に生き残った国民全てに私は訴えたい! ジオンにはすでに兵は無い! 艦もなければ、武器、弾薬も無い!』

 

 交渉の切り札であったレビル将軍脱出の報は、まさに休戦条約の交渉中に伝えられた。

 

 この条約が締結されることを確信していたジオンは、ジオンの勝利を世界に知らしめるため、交渉会談の映像を全地球規模でリアルタイム配信する手筈を整えていた。

 

 調印直前に行われた彼の演説は、皮肉にもジオンが用意した回線で地球全域に放送され、敗北を受け入れようとしていた連邦の闘志に再び火をつけた。

 

『私はこの目で、ジオンの内情をつぶさに見てきた。我が軍以上にジオンも疲れている。先日のコロニー落としと、ルウムでの戦いも、ジオンにとってはギリギリの勝利でしかなかったのだ!! 我々も苦しいが、ジオンも苦しい。彼らに残された兵はあまりにも少ない!!』

 

 

 ──ジオンに兵なし!!

 

 

 捕虜にされたレビル将軍は、尋問などでジオンの内情を目の当たりにし、ジオンが連邦以上に疲弊していることを悟っていたのだ。

 

 物資も、人員も、限界に近いと──。

 

 レビル将軍のこの声明により地球連邦軍は態度を一変させ、徹底抗戦を決定する。

 

 ヨハン・イブラヒム・レビルという一人の軍人のために人類はさらなる流血を義務付けられ、地球連邦とジオンの戦争は継続することになった。

 

 僕たちジオンからしてみれば、レビル将軍の決断は『一将功成りて万骨枯る』とでも言うべきなのかもしれない。しかし、それが人類全体にとって正しい判断だったのかは、今の時点では誰にもわからない。

 

 こうして南極条約は休戦条約ではなく、戦時条約として締結された。

 

 NBC兵器(核兵器、生物兵器、化学兵器)及びコロニー落とし等の大質量兵器の使用禁止。木星船団や中立を表明したコロニー、月面都市への攻撃禁止。捕虜への人道的扱い……この戦争のルールが定められたのだ。

 

 ジオンは宇宙での勝利だけでは連邦を屈服させる事はできないと考え、長期戦の為の資源を確保する事も兼ねて地球攻撃軍の設立を発表。

 これにより、戦場は宇宙から地球へと移り替わろうとしていた。

 

 

 僕たち海兵隊はザハトから月面都市グラナダへと拠点を移すことになる。

 そこで出会うのはルウムで名を挙げた数多のエースパイロットたち。

 

 

 次の戦場は、もうすぐそこにまで迫っていた。

 

 

 




次話からスワローウルフ作戦(虹霓のシン・マツナガ)編です。
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