戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「おい、喧嘩だ! 三連星とドズル閣下の部下がやりあってるってよ!」
誰かが興奮気味に叫んでいる。その声に釣られるように周囲の兵士たちもざわめき、野次馬の流れが一斉に酒場の方へ向かっていく。
「少佐、あの店じゃないですか?」
「ああ、始まっちゃったみたいだね……。憲兵を呼んでも止められるかなぁ」
(黒い三連星の皆さんは気性が荒いからなぁ……)
幸いにも僕たちは気に入られていたが、逆に、気に入らない相手には上官でも容赦しないと聞いている。
これは厄介なことになったぞ……と、騒ぎの元となっている酒場に乗り込んだ。
酒場の中は騒然としていた。オルテガ中尉と白い軍服を着用した男性……シン・マツナガ中尉が殴り合っている。マッシュ中尉も参戦一歩手前だ。ガイア大尉は腕を組んで睨みつけている。
「てめえ……!」
「……可愛いものさ。ドズル閣下の喧嘩と比べたら……!」
マツナガ中尉はそう言ってオルテガ中尉に頭突きを喰らわせて転倒させた。さすがだ、巨漢のオルテガ中尉をものともしていない。彼がドズル閣下の懐刀だという噂は本当らしい。
「そんなにレビルに逃げられたのが悔しいなら、もう一度捕まえに行けばいい。今すぐルナツーなり、ジャブローなり……。自分もご一緒させていただきます」
「ふざけんじゃねえ!」
マッシュ中尉が激昂してマツナガ中尉に殴りかかるが、即座に反撃を喰らう。オルテガ中尉も再び立ち上がり、マツナガ中尉に襲い掛かった。
マッシュ中尉はすかさずナイフを取り出して──。
(──って、それはさすがに洒落にならないぞ!)
銀色の刃が室内の照明を反射して鈍く光る。僕とブラウンは慌ててマッシュ中尉を羽交い絞めにするが、マッシュ中尉は止まらない。
「マッシュ中尉、落ち着いてください! いくら何でもドズル閣下の部下を殺すのはまずいですよ!」
「ライゼン曹長の言う通りです! 同じジオン軍人ですよ!?」
「離せ、ライゼン、ブラウン! この野郎、もう生かしちゃ置けねえ!」
少年兵の僕らと彼とでは力が全然違う。MSではそこそこ戦えても生身の戦闘力は別だ。マッシュ中尉の怒りは、僕たちの制止を振り切ろうとしている。このままではまずい……と、焦っていたところに横から手が伸びてきて、マッシュ中尉の腕を掴んだ。
「やめておけ、無様が増えるだけだ」
マッシュ中尉の腕を掴んだのは青い軍服を身にまとった、いかにも歴戦の戦士だという風貌をした男性だった。この人は、もしかして──。
「ランバ・ラル……。テメェも月に来てやがったのか」
ガイア大尉の言葉で確信した。ランバ・ラル大尉……開戦前からゲリラ戦を戦い抜いてきた職業軍人で、青い巨星の異名で知られるエースパイロットだ。
「レビルの件では儂もヘマをした中の一人でな。どうだ? 儂ともやり合ってみるか?」
酒場のざわめきが一瞬で静まった。ランバ・ラル大尉の声は決して大きくないのに、不思議と場の空気を押さえつけるだけの力がある。歴戦の戦士だけが持つ重みというものを、僕は初めて肌で感じた気がする。
「構わねえ、二人まとめてやっちまおうぜ!」
「待ってくれ! パイロット同士が生身で争うなんてもったいない!」
ここでタイミングを見計らっていたレム少佐が仲裁に入った。面白いことを思いついたとでも言いたげな表情をしている。
「三連星の諸君、丁度いい練習相手が見つかったじゃないか。MS同士の模擬戦で決着をつけてはどうかね?」
「……面白え」
ガイア大尉はその提案に真っ先に飛びついた。生身での喧嘩よりも、MSでの戦闘の方が彼らにとっては本領を発揮できる場だ。
「……自分も構いませんよ」
マツナガ中尉が口元を拭う。オルテガ中尉の一撃で唇が切れているが、本人は気にした様子もない。
マッシュ中尉とオルテガ中尉も、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。二人が煽るように言う。
「詫びるなら今のうちだぜ。MSで俺たち3人に勝てるわけがねえ」
「何なら相手を増やしてもらっても構わねえんだぜ? 今のままだと3対2だからな」
「ではこちらからもライゼン君を参加させよう。これで3対3、人数はフェアだ」
「えっ?」
レム少佐が突然僕を指名した。周囲の視線が一斉に僕に向けられる。勘弁してほしい。エース同士の私闘に巻き込まれたくない。
「がははははっ! いいだろう、ライゼンなら申し分ねえ! お前らも言い訳できねぇからな!」
ガイア大尉がニヤリと笑う。ずいぶんと僕を評価してくれているが、マツナガ中尉とラル大尉は僕のことなんて知らないはずだ。いくらなんでも、少年兵の僕では不満だろう……と、断ってくれることを期待して二人に視線を向ける。
「いいだろう、君が3人目だ。ラル大尉、構いませんね?」
「……好きにしろ」
……駄目だった。まあ、このまま放っておいたら、本当に殺し合いになりかねないのも事実。MSでやり合えば、みんなも少しは頭も冷えるだろう。
負けたところで、僕には失うものは何もない。エースパイロットから学ぶことができる、いい機会が来たと思って──。
「明後日、キシリア閣下が工廠の視察に来られる。せっかくだから模擬戦を公開しよう。改めて覚えをよくしておくのも悪くはないだろう?」
(なっ……!?)
レム少佐の言葉を聞いて、僕は頭が痛くなってきたのを感じた。
キシリア閣下……突撃機動軍の長であり、ジオン公国の実質的な支配者であるザビ家の一員。そのキシリア閣下の見ている前で今日の模擬戦のような無様を見せては今後の進退にも関わるだろう。海兵隊の名を貶めないためにも、負けるわけにはいかない……。
「決まりだな。お偉方の前で大恥かかせてやるぜ。手加減が効かねえことだってある。殺しちまっても恨むなよ」
それは僕も含まれているのだろうか。今すぐ逃げたい。誰か代わってくれ……。
殺気を帯びた目でマツナガ中尉たちを睨みながら、ガイア大尉は立ち去って行った。マッシュ中尉とオルテガ中尉もその後に続く。
「……フン。面倒というのはよくよく続くものだな」
「ラル大尉……」
マツナガ中尉が申し訳なさそうにラル大尉に頭を下げようとするが、ラル大尉はそれを制止した。
「気にするな、儂が勝手に首を突っ込んだんだ。しかし、やるからには勝つぞ、マツナガ。坊主も足を引っ張るなよ」
「は、はい!」
ラル大尉の纏う空気は、明らかに僕よりも格上のパイロットだということを感じさせるものだった。この人は間違いなく、ガイア大尉と同等かそれ以上の戦士だ。
僕とどこまでの差があるのだろう……と考えていたら、マツナガ中尉が僕に話しかけてきた。
「ライゼンと言ったな……。嫌なら降りてもいいんだぞ」
マツナガ中尉が静かにこちらを見つめている。どうやら、僕が嫌がっていることは見抜かれているらしい。表情に出ていたのだろうか。
「……いえ、中尉がよろしければご一緒させてください」
ここまできてしまった以上、もう後戻りはできないだろう。それに、もしキシリア様の見ている前で黒い三連星相手に善戦することができれば、海兵隊の評価を上げることができるかもしれない。
ただでさえ、毒ガスの件で周囲から白い目で見られているのだ。海兵隊の名を上げるチャンスだと思って頑張るしかない。
「キシリア閣下の前でアピールできるなんてチャンスですね、ライゼン曹長! これで海兵隊の実力もグラナダ中に知れ渡りますよ!」
ブラウンの真っ直ぐな期待が重い。だが、彼の前向きさに何度も救われたのも事実だ。上官になった以上、彼の前で無様を晒すことはできない。
「……お互い、災難だな」
マツナガ中尉が僕にだけ聞こえるように呟いた。
まったくもって同感だ。何でこんなことになったんだろう。
ここ最近のサイコロの出目の悪さを呪いながら、僕は酒場を後にした。