戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「これがラル大尉の機体ですか」
マツナガ中尉が目の前の青い機体を観察した。
ジオンの初の実戦用MS……『MS-05 ザクⅠ』。
現在の主力はザクⅡだが、ベテランの中にはこのザクⅠを好む者も多いと聞く。ラル大尉もその1人なのだろう。
「ジェネレーター等を換装すればまだまだ伸び代はあるよ。過去に造った機体を検証し直すのも大事なことさ」
レム少佐は懐かしそうにザクⅠを見つめている。ザクⅠは彼にとっては原点なのだろう。
「私はザクの設計に絶対の自信を持っていた。しかし、それを揺さぶられなかったことが無いと言えば嘘になるな」
宇宙世紀0075年……ザクの制式採用をかけた他社との競合試験において、レム少佐はザクのテストパイロットとして参加していたらしい。
しかし、少佐の乗ったザクは、ツィマット社の開発した『EMS-04 ヅダ』には全く追いつくことが出来なかったそうだ。
これがパイロットの技量の差だったなら、レム少佐も自信を打ち砕かれることもなかった。しかし、敗北の理由は、それを言い訳にすることが許されないほどの、機体の性能差だった。
「──圧倒的だった。スピードもパワーも、EMS-04はザクを上回っていたんだ。……負けたと思ったよ。あの不幸な事故さえなければ、ジオニックは確実に負けていた」
レム少佐はコンペの敗北を確信したが、ヅダは競合試験中に空中分解事故を起こし、機体を喪失、テストパイロットも死亡してしまったらしい。
「あの過剰な性能は機体の安全性に犠牲を強いるものだったのだろう。勝負に負けて試合に勝ったとはまさにこのことさ。ザクは制式採用となったが、私には歯がゆさが残るばかりだった……」
当時のEMS-04の性能は、現在の最新鋭機であるS型さえも凌駕するほどだったらしい。
4年前の時点でそこまでの機体を造ったのは驚嘆に値するが、安全性を確保できていなかったのならば、ザクが制式採用されたのは必然だろう。
しかし、レム少佐はそのことに満足できていないようだ。
「機体の安全性を確保したまま、EMS-04に匹敵する性能を獲得する。それが私の新たな目標の一つになった。しかし、戦争が始まったというのに、私は自分が目標とするものを、未だに造れてはいない」
その言葉には、焦燥が滲んでいた。技術者としての誇りと、現実とのギャップ……それが、レム少佐を追い詰めている。
「マツナガ中尉、君に一つ頼みがある。明後日の模擬戦のことだが、君にはある機体に乗ってもらいたい」
「……自分のザクでは駄目なのですか?」
「相手はあの三連星。しかも現状最も高性能なS型を駆る相手だ。生半可なことでは勝つのは難しいだろうね」
「少佐、まさか……」
オルガ曹長はレム技術少佐がマツナガ中尉を乗せようとしている機体に心当たりがあるらしい。一体どんな機体なんだろうか……。
「見てくれ、私がこれまで蓄積した技術の集大成だ!」
「これは……」
レム少佐に案内された場所……そこには一機のザクがあった。外観はF型とほとんど変わらないが、細部に違いがある。
「外見はザクだが中身は別物と思ってもらっていい。私が『R型』と呼ぶ試作機のうちの一機だよ」
R型──『MS-06RP 試製高機動型ザクⅡ』。
これが、EMS-04を超えるために、レム少佐が造り上げた機体……。
「君なら、この機体の性能を最大限に引き出せるはずだ。ドズル閣下が白狼と呼んだのは、君の機動戦闘能力を評価してのことだろう?」
「……光栄です」
マツナガ中尉が機体に近づき、コックピットに乗り込んだ。新型への期待とわずかな緊張が見える。その目は真剣そのものだった。
「こんな化け物を売り込む腹だったとは。連携を取るのが大変そうだ」
ラル大尉がレム少佐にぼやくが、少佐は何かに追い詰められているような表情をしていた。
「……私は焦っているのかもな。昔、技術交流でテム・レイという技師に会ったことがある。あの男はMSの兵器としての有用性に気づいていたよ。連邦の工業力は強大だ。独自のMSを開発するのに、そう時間はかからないだろう」
ギレン総帥が演説でも言っていた通り、ジオン国民は自分たちこそ選ばれた優良種だと信じて疑わない人が多い。
しかし、レム少佐はそんな考えを微塵も持たないようだ。ジオンの優位が、いずれは覆されることを予期している。
「私は滑稽だろう? 見えない相手を恐れ、1人で戦っているのさ」
レム少佐の危惧を臆病とは思わなかった。むしろ、それが正しい認識なのだろう。連邦の工業力、人的資源、技術力……それらが本気で動き出せば、ジオンの優位など簡単に覆る。
連邦のMS……テム・レイという技師が造った機体と戦う日も、そう遠くはないのかもしれない。
「……上手く起動したようだな」
R型のモノアイが光り、格納庫にエンジンの駆動音が響き渡る。マツナガ中尉の準備が完了したようだ。
「いかに貴様といえど、ぶっつけ本番というわけにはいくまい」
ラル大尉がヘルメットを着用し、準備を終えたマツナガ中尉に話しかける。
「儂が相手をしてやろう」
「……お手柔らかに」
白狼と青い巨星の模擬戦。ジオンを代表するエース同士の戦い。これを見られるだけでも、今回の災難に遭った価値があるかもしれない。
*****
訓練用の宙域でマツナガ中尉とラル大尉の模擬戦が始まった。僕たちは観測機から、2人の戦いを見守っている。レム少佐は通信で逐一データを確認していた。
「始まるぞ……」
マツナガ中尉の試製高機動型ザクⅡとラル大尉の青いザクⅠが互いに距離を取りながら対峙する。
先に動いたのはマツナガ中尉だった。試製高機動型ザクⅡが、信じられない加速で距離を詰める。
「速い……!」
ブラウンが息を飲む。S型よりも桁違いに速い。
マツナガ中尉がザクマシンガンを連射する。高速で動いているというのに、正確無比な射撃だった。だが、ラル大尉のザクⅠは最小限の動きで射線を外し、マシンガンを全て回避した。
「なるほど、ルウムで名を挙げただけのことはある。しかし、正確な射撃ほど読みやすいものだ」
そう言うや否や、ラル大尉は即座にカウンターのザクマシンガンを放つ。着地の隙を狙われたため、マツナガ中尉は回避できなかった。
「旧式のザクⅠであそこまで的確に動けるなんて……!」
「ラル大尉はさすがだな。相手の動きを封じる術を心得ている」
「マツナガ中尉だってかなりの技量のはずなのに……」
オルガ曹長の言う通り、初めての機体をあそこまで自在に操るなんて普通は無理だ。マツナガ中尉の腕は明らかに僕たちよりも上だろう。
……にもかかわらず、マツナガ中尉は防戦一方で、機体にはすでにペイント弾を食らった跡がある。対するラル大尉は無傷だ。性能差を経験と技術で覆している。
ラル大尉の操縦技術は、今まで見てきた中でもトップクラスに洗練されていた。1対1の勝負なら、シーマ中佐よりも上かもしれない。
「ラル大尉は教導機動大隊時代から戦術の確立に携わってきた。対MS戦闘を最も熟知している人物の一人だよ。……そして、それはあの三連星たちも一緒だ。やはり一筋縄ではいかないようだね」
戦いは近接戦へ移行していた。マツナガ中尉はヒートホークで斬りかかるが、ラル大尉はそれをしゃがんで避け、あえて懐に踏み込んでタックルを仕掛ける。
(すごい……! 性能が上の相手にあそこまで渡り合えるものなのか……!)
そのまま決着かと思われたが、試製高機動型ザクⅡがバーニアを吹かして踏みとどまる。そして、不利な態勢からパワーでラル大尉のザクⅠを押し返した。
「あそこから押し返すなんて、なんてパワーだ……!」
「二人とも熱くなりすぎなんじゃ……」
「む……! マツナガ中尉、どうした! そっちは訓練域外だぞ!」
ラル大尉を弾き飛ばしたマツナガ中尉の機体はそのままあらぬ方向へ飛んでいく。スラスターが止まらない。
R型が、制御を失ったまま加速し続けている。
「駄目です、コントロールが……」
「まずいぞ、エンジンが暴走している! オルガ君、マツナガ機を追尾するんだ!」
「は、はい!」
そうは言っても観測機と高機動型では推力が違い過ぎる。距離はどんどん離されていった。
「駄目です! 観測限界を超えます!」
ピィィーーッ!!
シグナルロスト。マツナガ中尉の姿はもう見えない。あの様子だと推進剤が切れるまで止まらないだろう。
「まさか、EMS-04みたいになるなんてことはないですよね?」
オルガ曹長がレム少佐に恐る恐る尋ねた。先ほど、空中分解事故の話を聞いたばかりだ。EMS-04の悲劇……それが再現されるのではないかという恐怖が、彼女の声に滲んでいる。
「最大加速を超える負荷にも耐えられるよう設計には余裕を持たせてある。マツナガ中尉がうまくやってくれさえすれば……」
「しかし、あの様子だと推進剤が切れるまで、かなり飛ぶことになる。あちらはエアーズ市のある方角だな。中立とはいえ連邦のシンパが多いところだ。面倒が増えそうだな」
姿勢を立て直したラル大尉が呟く。確かに、エアーズ市は月面都市の中でも屈指の地球至上主義の都市だ。ジオンを快く思っていない人間が多いと聞く。
「ライゼン君、ブラウン君。申し訳ないが、2人でマツナガ中尉を迎えに行ってくれないか? 手続きは私がやっておく」
レム少佐の声は落ち着いていたが、その奥に焦りが滲んでいた。
それも当然だろう。自慢の試作機が暴走した上、乗っているのはドズル閣下からお預かりしたエースパイロット。しかも向かう先はほぼ敵地と言っても過言ではない場所だ。
「わかりました。行こう、ブラウン」
「了解です!」
急がなければ、明後日の模擬戦に間に合わない。
マツナガ中尉、無事に帰れるといいんだけど……。
*****
──同時刻、ルナツー宙域。
「トウヤ・シロナギ少佐。準備の方は進んでいるかね?」
「はい、パオロ中佐。今のところは順調です。私のプランを上申していただいた事、改めて感謝いたします」
現在、地球はジオンのマスドライバーによる攻撃によって甚大な被害を受けている。
連邦も幾度となく迎撃を試みたが、ミノフスキー粒子下では隕石の捕捉が極めて困難であり、精密誘導兵器も無力化されてしまう。
さらに迎撃に出た艦艇の多くがジオンのパトロール隊に捕捉され、大きな損害を被った。結果、状況は日を追うごとに悪化していくばかり……。
もはやルナツーを月に落とす以外に手はないのか……そう諦めかけていた時、トウヤ・シロナギ少佐がこの窮地を打開する策を提示した。
この作戦が成功すれば、地球への攻撃を封じることができる。もちろん、それには多くの危険が伴うが……。
「なあに、無茶の一つもせねばジオンの巨人たちに勝つことはできんさ。ワッケイン司令もできる限りの協力をすると言ってくれている。存分にやろう」
パオロ中佐の声には、楽観ではない覚悟が滲んでいた。ジオンに押され続けている現状を誰よりも理解しているからこそ、ここで一矢報いなければ、主導権は完全にジオンに握られてしまう。
「はっ……『スワローウルフ作戦』、必ず成功させて見せます」
通信を終えた瞬間、トウヤ少佐は胸に渦巻く鬱屈を押し込めるように、静かに廊下を歩き出した。
薄暗い通路には、整備員たちの足音と遠くで鳴る警報灯の機械音だけが響いていた。空気は重く、誰もが敗北の記憶を引きずっている。
(上層部も初戦の結果に目が覚めたはず……。MS開発計画が実現すれば必ず勝機はある。そのための時間を稼ぐのが自分の役目だ)
トウヤ少佐は敵同士になってしまった幼馴染に思いを馳せた。
幼い頃にサイド3で出会い、同じ夢を抱いた親友。
あの頃は何にでもなれると思っていた。
大人になれば、連邦とジオンの戦争を止めることさえ可能だと、無邪気に信じていたのだ。
しかし、現実はそんな綺麗な思い出さえ容赦なく引き裂いていく。
もし再会できたとしても、もはや昔のように笑い合うことはできないだろう。トウヤ少佐はそれを理解していた。
──それでも、もう一度だけ、彼と会って話をしたい。
「シン……お前は狼になれたのか?」
誰にも届かない独り言が、宇宙の静寂へと溶けていった。