戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第19話 邂逅

 月面都市エアーズ。

 

「お待ちしておりました。トウヤ・シロナギ少佐。エアーズ市民軍のマルセラ・スペンサーです」

 

 落ち着いた声とともに名乗った金髪の若い女性は、背筋を伸ばしたまま一歩前に出た。

 

 ここは連邦の正規軍施設ではない。エアーズ市は月面都市の中でも連邦に好意的な者が多く、ジオンに対しては強い反感を持っている都市だ。そんな都市の「市民軍」が、今回の作戦に協力してくれている。

 

「今回の作戦に志願した者たちのリストです。ご確認ください」

 

「ああ、君たちの協力に感謝する」

 

 彼らを巻き込んでしまうことに、トウヤ少佐はわずかな罪悪感を覚えたが、もはや手段を選んでいられるほど、連邦に余裕は無かった。

 

「早速で恐縮なのですが、少々問題が発生しております。実は遭難したジオン兵を保護しておりまして……」

 

 マルセラの言葉に、トウヤ少佐はわずかに眉をひそめた。ジオン兵……それもこのタイミングで、というのはあまりにも出来過ぎている。

 

 事故なのか、それとも偵察か……。いずれにせよ、直接会って確かめなければならないとトウヤ少佐は判断した。

 

「どこにいる? 案内してくれ」

 

 短くそう言うと、トウヤ少佐はマルセラの返事を待たずに歩き出しかけた。ジオン兵がこの都市に流れ着いた理由が偶然であれ、意図的なものであれ、放置しておくわけにはいかない。

 

 もし偵察兵であれば、この作戦の存在が露見する危険がある。逆に、本当に遭難者だとすれば、そこから得られる情報もあるはずだった。

 

 

 そうして、案内された先にいたのは──。

 

 

「シン……こんなところでお前に会えるとはな……」

 

「トウヤ……なのか?」

 

 

 

*****

 

 

 

「こちらへどうぞ、ヴァルター・ライゼン曹長」

 

「あ、ありがとうございます。えっと……」

 

「エアーズ市民軍のマルセラ・スペンサーです。覚える必要はありません。私も貴官のことを覚えるつもりはありませんから」

 

「あ、はい」

 

 僕はマツナガ中尉を迎えに月面都市エアーズに赴いていた。ブラウンは試製高機動型ザクⅡの搬入のために、輸送機で待機中だ。

 

 案内をしてくれているマルセラさんはオルガ曹長と同い年くらいの若い女性で、不時着したマツナガ中尉を保護してくれたのも彼女らしい。

 

 それにしても……表向きは中立のはずなのにジオンに対する敵意がすごい。あちこちから殺気を感じる。

 

 エアーズ市は月の裏側に初めて設けられた観測基地、そこから発展した自治都市だ。住人の殆どがかつての観測基地隊員の子孫であり、ルナリアン(月面居住者)の中でも珍しく地球回帰願望が根強い。

 さらに、月の裏側という地球を見ることができない立地柄、地球を神様のごとく崇めており、月面都市の中でも屈指の保守派として知られている。

 

 市は都市の防衛を名目として予備役兵で組織されたエアーズ市民軍を擁しており、その力は侮れない。

 

 そして僕は今、ほとんど敵地と言っても過言ではないこのエアーズ市に単身で赴いている。ホント、どうしてこうなった。

 

 

「トウヤ少佐、マツナガ中尉のお迎えが参りました」

 

 

 中に入ると、マツナガ中尉とトウヤ少佐と呼ばれた20代半ばくらいの連邦の軍人がいた。中立である以上、連邦の人がいてもおかしくはないが、敵であるはずのマツナガ中尉と一体何を話していたんだろうか……。

 

「もうそんな時間か……少し長話が過ぎたようだ」

 

「すまない、トウヤ。こんなことになってしまって……」

 

「何言ってんだ。お前が起こした戦争って訳じゃないんだから」

 

 トウヤ少佐がマツナガ中尉の肩をポン、と叩いた。えらく親しげだ。マツナガ中尉の知り合いなんだろうか。

 

「シン、できれば月から離れるんだ。俺たちは今や敵同士だが、お前を殺したくない」

 

 そう言い残してトウヤ少佐は立ち去って行った。その背中は真っ直ぐで、軍人らしい堂々とした歩き方だ。だが、どこか寂しげにも見えた。

 

「マツナガ中尉、あの人は──」

 

「行こう、ライゼン」

 

 マツナガ中尉に促されて後ろを見ると、マルセラさんがさっさと消えろと言わんばかりにこちらを睨んでいる。早いとこ退散したほうが良さそうだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「操縦、任せっぱなしにしてごめんね、ブラウン」

 

「いえ、曹長と中尉は模擬戦が控えてますから。ここは僕に任せてください!」

 

 ブラウンの言葉に甘えて、操縦席を後にする。

 何はともあれ無事に戻ることができそうだ。エアーズ市から出発した輸送機は、順調にグラナダへ向かっている。これなら模擬戦にもギリギリ間に合うだろう。

 

 格納庫へ行くと、マツナガ中尉は回収した試製高機動型ザクⅡを憂いを帯びた表情で見つめていた。先程の人とは親しい間柄だったのだろうか。

 

 まあ連邦に友人がいてもおかしくはないかもしれない。今は戦争をしているとはいえ、開戦前は連邦とも普通に交流はあったのだから。

 

「……何も聞かないんだな」

 

 マツナガ中尉がようやく口を開いた。その声はひどく落ち込んでいるようにも思える。

 

「まあ……事情は人それぞれですから」

 

「僕がレビル将軍を逃してしまったことは知ってるんだろう? 連邦と内通しているとは思わないのか?」

 

 内通……考えなかったわけではないが、マツナガ中尉はそういうことができる人ではないように思える。

 もっとも、彼とは出会ったばかりなので、僕の直感に過ぎないが……。

 

「もし、そうだったとしたら、マツナガ中尉はすでになんらかの罰を受けているのではないでしょうか。僕が口を出すことではないと思います」

 

 いくらなんでも連邦に知り合いがいるというだけで内通を疑うのは飛躍し過ぎているような気もするが、確かにレビル将軍の一件と絡めて考えれば、そういう結論に至ってもおかしくないのかもしれない。まあ、しかし……。

 

「そもそも、僕にはマツナガ中尉を糾弾する資格なんてありませんから」

 

「どういう意味だ……?」

 

 マツナガ中尉は怪訝な顔をしている。僕の事情も話しておいた方がいいだろう。

 

 

 

「僕の父親は連邦の軍人なんですよ」

 

 

 

「なっ……!?」

 

 マツナガ中尉が口を大きく開けたまま固まっている。その様子がおかしくってつい笑ってしまった。

 

「す、すまない。君の事情を聞いてもいいだろうか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。父親と言っても、顔も見たこともないのですが……」

 

 僕の父親はサイド3に駐留していた連邦軍人の新兵だったらしい。しかし、ジオンと連邦が険悪になっていくにつれ、父は僕が産まれてくる前に地球に帰還させられた。

 母も僕の出産と同時に亡くなってしまったため、僕は産まれてすぐに母方の祖父母に預けられた。

 

 しかし、血を引いた孫とはいえ、連邦軍人の息子である僕を可愛いと思えるはずもなく……虐待とかはなかったものの、ジュニアハイスクールを卒業と同時に、僕はMSの訓練学校に入学させられた。

 ジオニズムに傾倒する祖父母にとって、僕の存在は汚点でしかなく、そこからはほとんど絶縁状態だ。

 

「……父親を憎いとは思わないのか?」

 

「父がいなくなったのは、母の妊娠が発覚する前だったらしいので、おそらく向こうは僕の存在すら知らないと思います。そんな相手を憎んだところで疲れるだけですよ」

 

 こういう家庭はサイド3ではそう珍しくはない。実際、僕の近所にも似たような事情の人はいた。

 あちらは開戦の気運が高まると同時に母親が地球にいる旦那さんに連絡を取ろうとして、内通容疑をかけられてしまったらしい。

 疑いは晴れたらしいが、それが原因で息子さんはエリートコースからは転落してしまった。それに比べたら僕の方がまだマシだろう。

 

「と、まあこれが僕の事情です。顔も見たことがないとはいえ、連邦軍人の息子……しかも悪名高い海兵隊員の僕がマツナガ中尉をスパイだなんて言っても誰も信じませんよ」

 

「……すまなかった」

 

 特に謝られるようなことではないのだが……。

 実際、このことで僕を差別する人はサイド3には1人もいなかった。唯一、冷たくされたのは肉親である祖父母だけだったが、それでも1人で生きていけるだけの年齢になるまでは面倒を見てくれたので、感謝はしている。

 

「君が事情を話してくれたのだ。僕も彼との関係を話すべきだな」

 

 

 

 彼の名前はトウヤ・シロナギ。連邦の駐在武官の息子で、サイド3に居住していたマツナガ中尉の幼馴染だそうだ。ドズル閣下とも親しくしていたらしい。

 しかし、連邦とジオンの仲が険悪になったことで、彼も地球に帰還することになってしまった。そして今日、数年ぶりに彼と再会した。

 

「自分にとって彼は兄に等しい存在だった。そんな彼と、敵同士になってしまうなんて……」

 

 マツナガ中尉は項垂れている。

 幼馴染が敵になる。確かにそれは辛いことだろう。でも、この戦争が始まった時点で、誰もがそういう立場に置かれる可能性はあったはずだ。

 

「……マツナガ中尉はどうしたいんですか? トウヤ少佐と戦うことになっても、ジオンの軍人でい続けるつもりなんですか?」

 

「……ああ。僕はドズル閣下を守ると誓った。たとえ、トウヤと戦うことになったとしても……」

 

 マツナガ中尉の目にはゲール中佐たちと同じく覚悟が宿っていた。嘘を言っているとは思えない。

 

「強いですね。マツナガ中尉は……」

 

「そんなことはないさ。僕はトウヤと違って子供の頃から何一つ成長していない。僕にもっと力があれば、この戦争を終わらせることができたかもしれないのに……」

 

「レビル将軍の件でしょうか? あれはダイクン派の人たちの裏切りが原因だったと伺っておりますが……」

 

「……そうだ。そのせいで家族を人質に取られた。もっとも、血の繋がった家族ではなく、ルウムで保護した女の子なんだがな……」

 

「ルウム、ですか。では……」

 

「ああ。彼女が暮らしていたコロニーはルウム戦役で壊滅し、生き残ったのは彼女1人だった。彼女の本来の家族を奪ったのは、僕たちジオンだ。僕には……僕のせいで連邦に捕まってしまった彼女を……見捨てることができず、連邦にレビル将軍の収容場所を漏らしてしまった。今もまだ、戦争が続いているのは、僕のせいなんだ……」

 

(それは……確かに、見捨てられないだろうなぁ……)

 

 マツナガ中尉の胸の奥に沈殿した悔いが透けて見えた。その表情には深い苦悩が刻まれている。

 

 自分の選択が正しかったのか、間違っていたのか。

 その答えを、彼はまだ見つけられていない。

 

「その子は無事だったんですか?」

 

「ラル大尉が手を貸してくれて何とか救出できた。大尉には感謝してもしきれない。しかし、彼女には怖い思いをさせてしまった。連邦に捕まった時に右手の小指を折られてしまったんだ。ヴァイオリニストの彼女にとってこれほど辛いことはないだろう」

 

 指を……それは恐ろしかっただろう。

 ルウムで家族を失い、救助された先でそんな目に遭うなんて……。

 

「彼女……オーレリアも君と同じことを言っていた。何かを憎みながら生きていくのは嫌だからと、今も前を向いて生きている。強い子だ、僕と違って……。僕は自分の大切なものを何一つ守れていない、弱い男だよ……」

 

 沈黙が続いた。輸送機のエンジン音だけが、静かに響いている。

 何か言葉をかけるべきなのだろう。「あなたのせいじゃない」とか「仕方なかった」とか。

 

 でも、そんな言葉は嘘になる。レビル将軍の脱走がなければ、休戦協定は結ばれていたかもしれない。戦争は終わっていたかもしれない。

 

(もし、僕が同じ立場であれば……その少女を見捨てることができただろうか?)

 

 仮にできたとしても、ジオンのせいで全てを失ってしまった少女を見捨てることが、正しい選択だったとも思えない。マツナガ中尉の選択を、間違っているなんて非難することは、僕にはできない。

 

 ……正解なんて、きっとないのだろう。

 戦争をしている以上、どんな選択をしたとしても、誰かが傷つき、死んでいく。ただ、それだけだ。

 

「戦争、早く終わるといいですね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 それからはマツナガ中尉といろんな話をした。海兵隊のこと、ドズル閣下のこと、模擬戦のこと……。少しずつ、彼の表情が和らいでいく。悲しみが消えることはないだろう。だが、それでも彼は前を向こうとしている。

 

 その姿勢が、僕には強く見えた。まるで一匹の狼が、吹雪の中でも足を止めることなく、突き進むような……そんな強さだった。

 

 

 

*****

 

 

 

 模擬戦当日。

 

「ご足労感謝いたします、キシリア閣下。実はご披露する予定の模擬戦の準備が遅れておりまして、今しばらくお待ちいただければ……」

 

「すぐに始めるがよい、エリオット・レムよ。実戦で待ったは通用せぬぞ。成果が出せないというのであれば技術屋の道楽と嗤われても仕方がないな」

 

「はっ……」

 

 キシリア・ザビ少将が到着した。観戦している兵士たちも模擬戦が始まるのを今か今かと待ちわびている。

 

「……時間だな」

 

 ガイア大尉たちがラル大尉を睨みつける。

 

「チームに恵まれないってのは哀れだな。あの野郎、逃げやがったか」

 

「儂1人でもやりようはあるさ」

 

「ぬかせ。あの若造には後で改めて付き合ってもらうとして……まずはランバ・ラル、テメェからだ」

 

 その時、ラル大尉の背後から2機のMSが現れた。1機はF型……ライゼンの機体だ。もう1機は──。

 

「何だありゃ? まさかあの野郎、レム少佐とつるんであんなものを……」

 

「無駄なことを。どうせ勝つのは俺たちだ」

 

 そこにはマツナガ中尉の試製高機動型ザクⅡの姿があった。月の大地に着地し、コックピットから姿を現したマツナガ中尉をガイア大尉が睨みつける。

 

「まるで技術少佐のモルモットだな。まともに動く保証もねえ機体で俺たちに挑もうとは……」

 

「勝つための最良の選択だと思っている。あなた方に対する評価の表れだと思っていただきたい」

 

 役者は揃った。

 

 黒い三連星。ランバ・ラル大尉。シン・マツナガ中尉……そして、ヴァルター・ライゼン曹長。

 

 キシリア閣下が見ている中、ジオンを代表するエースパイロットたちの模擬戦が──今、始まろうとしていた。

 

 

 

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