戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第20話 黒い三連星

「よかった。間に合った……!」

 

 観戦用のモニターには、月面の訓練区域が映し出されている。模擬戦はまだ始まっていないようだった。ギリギリまで2人の機体の調整を手伝っていたせいで遅くなってしまったが、何とか間に合ったようだ。

 息を切らせてモニターに近づいたブラウンに、声を掛ける人影があった。

 

「おう、遅かったな、ブラウン」

 

「あっ……ゲール中佐! 見に来てくれたんですか?」

 

「当然だろ。部下の一世一代の晴れ舞台だってのに、顔を出さねぇ上官がいるかよ」

 

 ゲール中佐の顔には誇らしげな笑みが浮かんでいる。その横顔を見て、ブラウンは胸が熱くなった。

 

「それにしても、黒い三連星に青い巨星かい。あいつらと肩を並べるとは、ウチらの秘蔵っ子も随分と出世したもんだねぇ」

 

「どこまで成長したか、楽しみですなぁ!」

 

 ゲール中佐の背後にはシーマ中佐やハウンズマン曹長たちもいた。今回の模擬戦は予想以上に注目されているようだ。

 

「始まった!」

 

「俺は三連星に賭けるぜ!」

 

「じゃあ、大穴のランバ・ラルのチームで!」

 

「馬鹿野郎、そんなことより奴らの戦技をちゃんと見とけ!」

 

「ルウムのエースたちがやり合うんだ。コイツは見物だぞ」

 

 周囲は賭けに興じる者、真剣な目で戦いを見守る者と様々な様相を呈している。

 

「乱戦気味の状況だな。こうなると三連星が有利じゃないか?」

 

「すげえ、あんなに激しく優位なポジションを奪い合うのかよ」

 

 六機のザクが複雑な軌跡を描きながら交錯している。

 一瞬の判断ミスが撃墜判定に直結する、極限の読み合いだ。

 

「旧式のザクⅠでS型と渡り合うなんて、さすがは青い巨星だな」

 

「新型に乗ってるのって白狼だよな? じゃあ、あのF型に乗ってるのは誰だ?」

 

「ルウムで手柄を挙げた海兵隊員らしいぞ」

 

「海兵隊にはあまりいい噂は聞かなかったが、危険な任務を任せられるだけあって、腕は確かだな」

 

 ブラウンはその言葉を聞いて、海兵隊への評価が少しずつ変わっていくのを感じた。ライゼンの活躍がそれを証明している。

 

「……もし、この模擬戦でお偉方の目に留まることができたら──」

 

「……ゲール中佐? どうかしましたか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 ブラウンには言えなかったが、ゲール中佐は一つの望みを抱いていた。

 この模擬戦で結果を出すことができれば、ライゼンを海兵隊から引き離すことができるかもしれない……と。

 

(ライゼンは喜ばねえかもしれねえが、それが最善だ。海兵隊から離れさえすれば、あいつは必ず上に行ける。できることなら、ブラウンも一緒に連れて行ってやって欲しいが……)

 

 海兵隊にいれば、いずれライゼンも汚れ仕事を任される日が来るかもしれない。彼にはブリティッシュ作戦の時のような虐殺に、もう二度と関わらせたくはなかった。

 

 あの作戦の後、ライゼンとブラウンがどんな顔をしていたのか、ゲール中佐は忘れられない。彼らの中に残った傷は簡単に消えるものではない。

 

 だからこそ、とゲール中佐は思う。せめてあの若者たちには、軍人として誇れる戦いをさせてやりたい……と。

 

 

 

*****

 

 

 

「見つけたぞ! ライゼン!」

 

 オルテガ中尉のS型が執拗に僕を追いかけてくる。毎度のことながら激しい攻撃だ。3人の中で一番弱い僕を真っ先に始末しようというのだろう。でも──。

 

「オルテガ! 踏み込み過ぎるな!」

 

 マッシュ中尉の制止にオルテガ中尉が咄嗟に動きを止める。左右からラル大尉とマツナガ中尉が襲い掛かった。

 

「てめえら……!」

 

「そんな初歩的な戦法で、俺たちに勝てると思うなよ!」

 

 咄嗟にガイア大尉がフォローに入る。ラル大尉とマツナガ中尉は攻撃の中止を余儀なくされた。

 

(待ち伏せは失敗したか……。さすがは黒い三連星だ)

 

 そこからは乱戦になった。六機のザクが入り乱れ、月面の岩場を縦横無尽に飛び回る。マシンガンの弾が飛び交い、ヒートホークが閃く。だが、どの攻撃も決定打にならない。互いに相手の動きを読み、回避している。

 

(オルテガ中尉に近づかれるのは危険だ。常に距離を保ちながら……!)

 

「戦場では一機だけを見てても勝てねえんだぜ!」

 

 オルテガ中尉に代わって、マッシュ中尉のザクが迫る。あまりに一瞬の出来事に僕は呆気に取られてしまい、マッシュ中尉の接近を許してしまう。

 

(上手い……! 咄嗟にポジションを変わって対戦相手を入れ替えるなんて……!)

 

 やはり黒い三連星の異名は伊達じゃない。3対3の戦闘において彼らを上回るチームは存在しないだろう。まるで一つの意思で動いているかのようだ。

 

「ライゼン、飛べ!」

 

 マツナガ中尉の援護で危機を回避する。白い機体が月面の岩陰を縫うように高速で飛び回ってオルテガ中尉とマッシュ中尉を翻弄した。

 

「この野郎、ちょこまかと──!」

 

「隙だらけですよ! オルテガ中尉!」

 

「うおぉっ!?」

 

 マツナガ中尉が作ってくれた隙を見逃さず、今度は僕が反撃に出る。マシンガンは機体には命中しなかったものの、オルテガ中尉のマシンガンにペイント弾が付着した。

 

「ちぃっ!? やってくれるじゃねえか、ライゼン!」

 

 オルテガ中尉がマシンガンを捨て、ヒートホークに持ち替える。彼の真骨頂は格闘戦だが、射撃を封じることができたのは大きなアドバンテージだ。

 

 そこからは優位なポジションの奪い合いが続いた。

 

 岩陰から岩陰へと跳び、互いに死角を取ろうと機体を滑らせる。わずかな推進剤の噴射、視線の動き、機体の傾き──そのすべてが次の一手を読む手掛かりになる。

 

 オルテガ中尉の射撃を封じたおかげで、三連星も思い切った攻撃ができなくなっている。状況は僕たちの優位だ。互いの呼吸を探り合うように、月面の静寂の中で機動を続けた。

 

「さすがと褒めておくぜ、ランバ・ラル。俺たちのフォーメーションを崩せる奴はそういねえ」

 

 向こう側ではラル大尉とガイア大尉が壮絶な一騎打ちを繰り広げている。ザクⅠでありながらS型と渡り合うラル大尉はさすがと言ったところだ。許されるならじっくりと観戦したいところだが、そうもいかない。

 

 僕とマツナガ中尉は、マッシュ中尉、オルテガ中尉と睨み合う。彼らにジェットストリームアタックを使わせるわけにはいかない。

 

「マツナガ中尉、このまま一気に攻めましょう!」

 

「わかっている。だが、彼らの連携を崩すには──」

 

「そら、ぼさっとしてんじゃねえ!」

 

 マッシュ中尉のザクマシンガンがマツナガ中尉を襲う。

 マツナガ中尉は咄嗟に飛び上がるも、いつの間にか上空に回り込んでいたオルテガ中尉がR型に蹴りを入れた。衝撃とともに、マツナガ機が大きく吹き飛ばされる。

 

「ぐぅっ……!」

 

「マツナガ中尉! くそっ、なんて連携だ……!」

 

 一昨日出会ったばかりの僕たちには逆立ちしてもできない連携に、思わず舌を巻く。

 

 蹴り飛ばされたマツナガ中尉は大きく引き離され、それを見ていたガイア大尉がマツナガ中尉目掛けて飛び立つ。

 

「ぬう……! 奴らを引き離していたのが裏目に出たか……!」

 

 いくらラル大尉でもザクⅠではS型の機動力には追い付けない。それはF型の僕も同様だ。

 

 

 

「3対3ではなく、3対1を三回繰り返す──!」

 

「──それが俺たち、黒い三連星の戦い方よ!」

 

「オルテガ、マッシュ、あの若造にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」

 

「「おう!!」」

 

 

 

 黒い三連星は一瞬でフォーメーションを組んだ。

 3機のS型が一列に並び、マツナガ中尉に迫る。あの陣形を組まれたら最後、回避は極めて困難だ。

 

「やってやる……!」

 

 マツナガ中尉は先日の暴走で急遽取り付けられたリミッターを解除し、黒い三連星に真正面から挑む。

 

 先頭のガイア大尉が突進し、続いてマッシュ中尉、最後にオルテガ中尉。三段構えの波状攻撃。

 

「もらったぞ! 若造!」

 

 しかし、R型の加速が、ガイア大尉たちの常識をはるかに超えていた。

 

 白い機体が、まるで幻影のように消える。ガイア大尉のザクマシンガンが虚空を切り裂く。

 追撃したマッシュ中尉のザクマシンガンもマツナガ中尉を捉えきれない。

 オルテガ中尉のヒートホークさえも、紙一重で避ける。いや、それどころかすれ違いざまにザクマシンガンで反撃し、オルテガ中尉の左腕を撃ち抜いた。

 

「くそっ! 左腕が……!」

 

(すごい……! これがドズル閣下に認められた白狼の力なのか!)

 

 僕とブラウンが手も足も出なかったあの必殺技を、マツナガ中尉は反撃までしながら生き残って見せた。白狼の名は伊達ではない。

 

「オルテガ、まだやれるな?」

 

「撃たれたのは片腕だけです! まだまだ行けますぜ!」

 

 黒い三連星が再びフォーメーションを組む。しかし──。

 

「マツナガ、儂に合わせろ。坊主もいいな?」

 

「「はっ!」」

 

 僕とラル大尉が追い付いた。これで戦況は五分だ。

 僕たちと黒い三連星が交錯する。その瞬間――。

 

 

 

 ビーッ! ビーッ!

 

 

 

『訓練中止だ! 全機直ちに模擬戦を中止するんだ!』

 

 

 

 エマージェンシーコールと同時にレム少佐から中止命令が届き、全員が動きを止めた。

 

『連邦軍の月面への攻撃が始まった! グラナダの部隊にも出撃命令が出ている!』

 

「……フン、いいところだったってのによ」

 

『とにかく基地に戻ってくれ! 君たちも艦隊に合流するんだ!』

 

「連邦め、待ちくたびれたぜ。……運が良かったな、負けを見なくて済んだのだからな」

 

「それはお互い様だな。勝負の結果など最後までやってみねばわからんものだ」

 

 言外に「横槍が入らなければ勝っていたのは俺たちだ」とガイア大尉が言い放つが、即座にラル大尉が言い返した。

 

 ガイア大尉とラル大尉が睨み合う。

 

「てめえ……!」

 

「やめろ、オルテガ。連邦とやり合う方が大事だ」

 

 一触即発かと思われたが、ガイア大尉はオルテガ中尉を制した。

 

「俺たちと同じ戦場に出るなら気をつけな。足を引っ張るようなら、今度こそはってやつだ」

 

「……」

 

 ガイア大尉はマツナガ中尉にマシンガンを突き付けた。模擬戦で決着をつけられなかった以上、レビル将軍を逃がしてしまったマツナガ中尉をまだ認めるつもりはないということだろう。

 

 ガイア大尉は機体を翻した。マッシュ中尉とオルテガ中尉もその背に続く。

 

(ふぅ……すごく息が詰まる戦いだった。この人たちとは敵同士にはなりたくないな)

 

 僕たちも後に続く。すでに疲労困憊だったが、連邦の襲撃があった以上、休んではいられない。

 

 

 

*****

 

 

 

「現在も連邦の長距離砲による月面への攻撃は継続中だ。敵の狙いは恐らく、我が軍のマスドライバーだろう」

 

 モニターに映し出されるのはコロンブス級の電力を使用した巨大電磁投射機。ヨルムンガンドのプラズマビームとは違うが、コンセプトは似たようなものだろう。

 

 レム少佐の説明によると、敵の砲撃はこちらには全く当たっていないらしい。ヘンメ大尉ですら観測値が無ければ標的には当てられなかったのだから、それも当然だろう。

 だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとでも言いたいのか、先ほどから砲撃が止まらない。

 

「敵の戦力は?」

 

「艦艇の他、周辺の岩礁に多数の砲台の設置が確認できている。侮れない戦力ではあるが、我が軍のMSの有用性をもってすれば十分攻略は可能だ」

 

「よし、マツナガとライゼン、儂が前衛だ。オルガはサポートに徹しろ」

 

「「「了解!」」」

 

 ブラウンは黒い三連星と一緒のムサイに乗っている。後で合流する予定だが、いつも一緒にいる彼が近くにいないというのは、やはり心細く感じてしまう。

 もっとも、一番不安に感じているのは実戦経験の無いオルガ曹長かもしれないが……。

 

「オルガは実戦は初めてだったな。自分たちに甘えてくれていい」

 

「は、はい!」

 

 マツナガ中尉が緊張しているオルガ曹長の肩に手を置いて、優しく声をかけた。狼と呼ばれているとは思えないほどの紳士ぶりだ。オルガ曹長も顔を赤らめている。

 

「準備が出来次第、出撃するぞ! 模擬戦の直後だ、機体のチェックを怠るなよ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 ブリーフィングが終わり、格納庫へ向かうと、小柄な人影が駆け寄ってきた。

 整備士のメイ・カーウィンだ。

 

「ライゼンっ! 機体の整備終わったよ!」

 

「ありがとう、メイ。問題はなかった?」

 

「うん、ライゼンの機体は異常なし! 問題はR型かな。空間機動用のセッティングしてみたけど、じゃじゃ馬すぎてマツナガ中尉に一度確認してもらわないと……」

 

 メイはジオンの名家カーウィン家の令嬢で、まだ14歳の少女だ。エンジニアとして天才的な才能を持っているため、レム少佐にも幼いながらもスタッフとして信頼されている。

 

 ジオニック社の一員であり、10歳の頃からザクの開発にも関わっていたらしい。

 年下の女の子が軍属であることに悲しみを覚えるが、僕も人のことを言えるほど年を食っているわけではない。

 

(多分、ゲール中佐やキャディラック大尉たちも、僕やブラウンを見て、同じような気持ちを抱いていたんだろうな……)

 

 思考を切り替えて、ザクのコックピットに乗り込む。

 ここにはメイ以外にも民間人が大勢いる。コロニー落としを仕掛けた僕らに彼らを非難する権利はないかもしれないが、連邦の攻撃は何としてでも止めなければならない。

 

「全機、出撃準備完了」

 

 ラル大尉の声が響く。

 

「これより、連邦軍を排除する。──行くぞ!」

 

 

 

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