戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
数日後、グラナダ基地。
「はぁ……」
格納庫でザクをぼんやりと眺めながら、ため息をこぼす。
それを見たメイがオルガ曹長に尋ねた。
「ねえ、オルガ。ライゼンは何で落ち込んでるの?」
「この前のマスドライバーの件がよっぽど堪えたみたいよ」
オルガ曹長の言う通り、僕は先日の敗北からいまだに立ち直れずにいた。
「まだ落ち込んでるんですか? マスドライバーが破壊されたのはライゼン曹長のせいじゃないですよ」
「そうかもしれないけど、敵の戦略を見抜けるチャンスがあったのに、それに気づくことすらできなかったなんて悔しいじゃないか」
見かねたブラウンが慰めてくれるが、僕はこの結果に満足できずにいた。
トウヤ少佐を捕虜にすることができたのは良かった。
しかし、先日の戦いはサイコロの目がどんな結果であろうが、関係の無いところで勝敗が決してしまった。盤をひっくり返された気分だ。
「ライゼン曹長1人が気づいたところで何も変わらなかったと思うけれど……」
「マツナガ中尉だってわからなかったんでしょ? ライゼンが思い悩んだところでどうしようもなくない?」
みんなには悪いが、僕の気分は一向に晴れない。
何も考えずにサイコロを振り続けるだけではダメだということに気づいてしまった以上、この先どうするかを考えずにはいられない。
どれだけいい目が出たところで、その道がゴールに続いてなければ、サイコロを振る意味がないのだから。
トウヤ少佐のように、盤全体を俯瞰して見ることができなければ、戦争には勝てないのだ。
そうやって思い悩む僕を見て、3人は集まってヒソヒソと内緒話を始めた。
「ねえ、ブラウン……ライゼン曹長の考えはMSパイロットの領分を超えてない?」
「ああ見えてかなり負けず嫌いですからね。相当堪えたんだと思いますよ」
「だから最近、軍事教本とか戦闘記録を読み漁ってるんだ……」
「あれだけウジウジ悩んでるのに、模擬戦では絶好調なのは何なのかしらね?」
「一度スイッチが入ったら悩みも綺麗さっぱり消去して、戦うだけの機械になれる人ですから……」
「あたしもMSの整備をしてる時とかは悩みを忘れて没頭できるけど……」
「メイにも悩みなんてあるんだな……」
「どう言う意味よ、ブラウン!」
「メイの場合はMSが好きだからでしょ? でも、ライゼン曹長は……」
「戦うのが好きなわけじゃないですからね……」
「まあでも、頼もしくていいんじゃないの?」
「頼もしいけど、釈然としないわ……」
「わかります。あれで自分に自信がないって言うんですからね……」
「ブラウンみたいに脳天気すぎるのもどうかと思うけどね」
「メイにだけは言われたくないよ!」
「あたしは軍人じゃないもん!」
「軍人じゃなくても軍属だろ? 現に第603技術試験隊の人たちは──!」
「二人とも喧嘩しない! あ、でもルウム戦役の話は私も興味あるかも……」
三人とも、全部聞こえてるよ。
褒められてるのか貶されてるのかよくわからないが、こういう性分なんだから仕方がないじゃないか。しかも、途中から話題がずれちゃってるし……。
その時、格納庫の奥から、硬い足音が近づいてきた。金属板を叩く靴音は、雑談の空気を一瞬で冷やす。
「ヴァルター・ライゼン曹長」
呼ばれて顔を上げると、見慣れない士官が立っていた。
大柄な体格に少尉の階級章をつけた軍服を着ているが、その立ち振る舞いや表情からは前線で戦ってきた人間というよりも、むしろ書類仕事に慣れた参謀のような印象を受けた。
「マ・クベ少佐がお呼びだ。自分についてきていただきたい」
「はっ……了解しました」
敬礼をすると、少尉は踵を返した。みんなの不安そうな視線を背中に感じながら、僕は少尉の後について歩き出した。
マ・クベ少佐……キシリア閣下の腹心にして、ジオンでは珍しい官僚型の軍人だ。
一体、僕にどんな用があるというのだろうか……。
*****
マ・クベ少佐の部屋には珍しい壺や西洋の鎧などが並んでいた。まるで旧世紀の展示博物館にでも来たような気分だ。
「……私が個人的に集めさせた品々だ。気に入ってもらえたかな? ヴァルター・ライゼン曹長。そして……シン・マツナガ中尉」
マ・クベ少佐は机に座り、僕とマツナガ中尉を交互に見やる。値踏みするような視線だ。
「特にマツナガ中尉は旧世紀の文化には造詣が深いと聞いている。さすがはジオン屈指の名家と言ったところか」
「……御用とは何でしょうか? マ・クベ少佐」
マツナガ中尉はマ・クベ少佐の社交辞令を無視して、単刀直入に呼ばれた理由を問うた。
マ・クベ少佐は薄く笑ったまま両手を口元で組む。
「連邦のレールガンを破壊し、指揮官を捕らえたのは貴官だそうだな。三連星たちの手助けがあったとはいえ、作戦を成功に導いた能力を私は高く評価している。状況が許すなら共に地球へ降りて力になってほしいと願うくらいにな」
「地球へ……」
どうやら、マ・クベ少佐はドズル閣下の部下であるマツナガ中尉を地球に連れていきたいらしい。それなら、どうして僕はこの場に呼ばれたのだろうか……。
僕たち海兵隊は第1次地球降下作戦に参加することがすでに決まっている。わざわざこの場に呼ばれた理由がわからない。
「貴官のことを見極めるためにも、別の形で協力してもらいたいのだよ」
マ・クベ少佐が手元の端末を操作し、モニターが映し出される。
「統合整備計画……?」
「大まかにいえば、今後生産されるMSの部品規格を全て統一し、整備や訓練面の大幅な効率化を目指す計画だ」
現在、MSはジオニックのザクだけだが、将来的には様々なMSが生産されるだろう。しかし、ジオンはジオニックやツィマッドなどの複数の企業が競合して兵器開発を行っている。
それらの武器、弾薬、操縦系などは、現時点では規格が統一されておらず、ただでさえ少ないリソースを無駄にし、非効率化を招く原因となっているらしい。
「例えばだ。エリオット・レムが手掛ける機体が優秀であることは認めよう。しかし、彼の用兵の思想には若干欠けている部分があると言わざるを得まい」
マ・クベ少佐の言うことは一理ある。
三連星が乗るS型は構造材の一部と推進機を換装することで、総合性能が3割ほどパワーアップしているが、ザクの基本構造を維持したままの強化はこれが限界だと言われている。
そこからさらに性能を向上させるには大幅に設計を見直す必要があり、ザクをベースにした発展型MSは、一から新しいMSを造るのと同じくらいの労力が必要になる。
事実、レム少佐の造るR型も、外観は通常のザクと大差ないが、ジェネレーターはもちろん、基本構造から手を加えられており、事実上別のMSとなっている。
つまり、通常のザクと共有できる部品が少ないため、整備に大きな負担がかかるのだ。
「ギレン総帥の語る短期決戦を否定するわけではないが……私の計画は必ず必要になる」
マ・クベ少佐の意見には僕もマツナガ中尉も反論できなかった。
ジオンの国力は連邦の30分の1程度しかなく、短期決戦で勝てなかった場合に備えて長期戦を見据えた効率化は必須だ。
この統合整備計画は連邦に勝つためには必ず必要になるだろう。
「この案を上申するにあたり、現場からの口添えは強い説得力を持つものと考えている。貴官のようなパイロットの意見ならなおさらとは思わんかね? シン・マツナガ中尉」
「自分に、レム少佐のプランを潰す手伝いをしろと……?」
僕は内心で息を呑んだ。マツナガ中尉の声は抑えているのに、刃物みたいに鋭い。
「……残念ながら力になれそうにはありません。少佐のお考えも理解出来ますが、同時にR型のような機体も必要だと自分は考えます」
マツナガ中尉の言うことも正しい。
ミノフスキー粒子の登場によって、宇宙世紀の戦争はパイロット個人の技量に大きく左右されるようになった。
戦場の様相が中世に逆行した今、一部のトップエースたちは、戦局を覆すほどの力を持っている。
そんな彼らにR型のような高性能機を与えれば、机上の費用対効果以上の戦果を上げることができるだろう。
マツナガ中尉もトップエースの1人。実際にR型に乗った彼の戦いぶりを見れば、その力を最大限有効活用するためにも、レム少佐の機体が必要だと断言できる。
……しかし、マ・クベ少佐はそうは思わないようだ。少佐の視線がゆっくりとマツナガ中尉から離れ、今度は僕の方へと向けられた。
「ヴァルター・ライゼン曹長……貴官はエアーズ市でマツナガ中尉が連邦の士官と接触しているのを目撃しているな?」
「……はい」
今の問いで僕がここに呼ばれた理由が理解できた。
マ・クベ少佐はマツナガ中尉がトウヤ少佐と親しい間柄であることを僕に証言させ、それを材料にしてマツナガ中尉を脅迫するつもりなのだろう。
「その士官は先日の戦いでマツナガ中尉が捕虜にしたトウヤ・シロナギ少佐で相違ないか?」
「……間違いありません」
嘘をつくことはできない。そんなことをすれば、今度は海兵隊のみんなに迷惑がかかる。
「マツナガ中尉とトウヤ・シロナギはえらく親しげだったと聞いたが……それは事実かな?」
「確かに……お二人は互いをよく知る間柄のように見えました」
「ほう……では──」
「──自分もそのことを不審に思い、理由を尋ねたところ、トウヤ少佐はサイド3に滞在していた連邦軍の駐在武官のご子息だったとか……。ドズル閣下ともかなり親しい間柄だったとお聞きしましたので、マツナガ中尉への疑念は打ち捨てました」
マ・クベ少佐が次の言葉を発する前に、こちらから続きの言葉を重ねた。これ以上、話の主導権を取られるわけにはいかない。
マツナガ中尉を擁護するために敢えてドズル閣下の名前を出したが、嘘は言っていないので問題ないだろう。
「ふむ……しかし、マツナガ中尉はレビル将軍の収監場所を連邦に漏らした凶状持ちだ。彼がスパイではないとするには、証拠としては弱いのではないかな?」
「その件は味方の裏切りによってご家族を人質に取られ、やむを得ずのことだったと聞いております。今回のこととは全く関係がありません」
事情はどうあれ、マツナガ中尉が情報漏洩をしたのは事実。そのことを庇うつもりはない。
しかし、今回の件はそれとは全くの別問題だ。
「何故断言できる? 事実、先日の戦いではレールガンを破壊したとはいえ、我が軍のマスドライバーは破壊されたのだぞ」
「マツナガ中尉がスパイならトウヤ少佐を捕虜にする理由がありません。その場で逃がせばいいだけです。友人である彼を捕らえたことこそが、マツナガ中尉がスパイではないことの証明ではないでしょうか」
僕はマツナガ中尉がスパイではないことを確信している。マ・クベ少佐の謀略に加担するつもりはない。
「……ふん。随分と慕われているのだな」
マ・クベ少佐は面白くなさそうだ。
マツナガ中尉のことをここまで庇う人間がいるとは思わなかったのだろう。凶状持ちである彼の評価は、ここグラナダではそこまで高くはない。
僕から有利な証言を引き出すことは無理だと悟ったのか、マ・クベ少佐は再びマツナガ中尉に視線を向けた。
「しかし、レールガンを破壊した際の不可解な行動……。真偽はともかく如何様にも推測できる」
つまり、マ・クベ少佐はマツナガ中尉が協力しない場合、言いがかりをつけてでも咎を負わせると言っているのだろう。
マ・クベ少佐に敵が多い理由が理解できた。こんなことをやっていれば、嫌われるのも当然だ。
「彼と戦場で対峙することで、戦うことに迷いがあったのは確かです。そのことでジオンに不利益を与えたというのなら、自分は進んで罰を受けましょう」
マツナガ中尉は言い切った。
逃げもしないし、言い訳もしない。
その態度は潔いが──同時に危うかった。
「殊勝なことだ。しかし、貴官は私に協力せねばならんのだよ」
マ・クベ少佐はゆっくりと息を吐き、指先で机を叩いた。
「貴官が捕虜にしたトウヤ・シロナギの身柄。私の言葉一つでどうとでもできるのだぞ?」
「っ……! 捕虜に危害を加えることは、南極条約で禁止されているはず……!」
(やっぱり、そう来るよなぁ……)
予想通りの展開に、内心で息を吐く。マツナガ中尉の言う通り、捕虜へ危害を加えることは南極条約で禁止されているが──。
「我々が南極条約に違反したことを証明する手段がどこにある? 虜囚となることを良しとせず、自害したことにすれば何も問題は無い」
そう、ジオンが南極条約に違反したという証拠は無い。この戦争が終われば、証明できるかもしれないが、その頃にはトウヤ少佐は死んでいるだろう。
マツナガ中尉は拳を震わせて、マ・クベ少佐を睨んでいる。
「……脅迫する気か」
「交渉だよ。シン・マツナガ中尉。貴官が統合整備計画に賛同し、エリオット・レムのプランに反対する。たったそれだけで、捕虜は生きられる」
一触即発の空気。
このままではマツナガ中尉が不利な立場に追い込まれてしまうと判断し、僕は慎重に言葉を選びながら口を挟んだ。
「マ・クベ少佐、お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「……何かね? ヴァルター・ライゼン曹長」
「マ・クベ少佐のプランと並行して、レム少佐のプランも少数生産という形で認めていただくことはできないのでしょうか?」
僕はマ・クベ少佐とレム少佐、どちらのプランもジオンには必要だと思った。
妥協点を見出すことが出来れば、マ・クベ少佐とマツナガ中尉は協力することもできるはずだ。
「貴官の言うこともわからんでもないが、統合整備計画は一刻を争うのだ。計画の障害となるものは可能な限り排除せねばならない。MSが乱造された後では意味がないのだよ」
「……つまり、今の段階で可能な限り、障害となりうる芽を摘む必要がある、ということですね」
僕がそう返すと、マ・クベ少佐は満足げに目を細めた。
「理解が早くて結構。ならば──」
「──それならば、やり方が
僕の言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が変わった。
マツナガ中尉も、マ・クベ少佐さえも目を見開いている。
下手を打てば僕までマ・クベ少佐に睨まれるかもしれない。
だが、言葉を引っ込める気はなかった。