戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「
「そのままの意味です、マ・クベ少佐。トウヤ少佐を人質にして名家出身であるマツナガ中尉を動かすのです。それならば、もっと大きなリターンを狙うべきではありませんか?」
「ほう……聞かせてもらおうか」
とりあえず、マ・クベ少佐の興味を引くことには成功した。
マツナガ中尉は不安そうな表情をしているが、僕がこれからする話は中尉にとっても悪い話じゃないはずだ。
「自分はマツナガ中尉に宇宙攻撃軍へ復帰していただき、統合整備計画に協力していただくよう、
「何だと……?」
エアーズ市からグラナダへ帰るときに、マツナガ中尉からドズル閣下の人となりについては大体聞いている。
僕の推測が正しければ、統合整備計画の最も大きな障害となるのはレム少佐ではなく、ドズル閣下だ。
「ドズル閣下は常日頃から戦いは『数』だと公言しているお方です。MSの規格統一や整備効率よりも、この戦いを短期決戦で終わらせるために数を揃えることを優先するでしょう。マ・クベ少佐が統合整備計画を進めるうえで、最も強く反対するのはドズル閣下ではないでしょうか?」
「……確かに、貴官の言う通り、ドズル中将ならば、私の統合整備計画には反対するだろう。私はあの方に嫌われているからな」
僕の予想通り、マ・クベ少佐はドズル閣下からあまり良く思われていないらしい。それならば話は早い。
「いくら統合整備計画が理に適っていても、発案者がマ・クベ少佐ではドズル閣下は動かないでしょう。いえ、むしろ現場を混乱させると判断して、積極的に邪魔をするはず……。だからこそ、ドズル閣下の説得をマツナガ中尉に協力していただくのです。レム少佐のプランを潰すよりも、そちらの方がよっぽどプラスになります」
統合整備計画は諸刃の剣でもある。規格統一が完了するまで、現場に少なからず混乱をもたらしてしまうからだ。
短期決戦でこの戦いを終わらせようとしているドズル閣下がそれを良しとするとは思えない。
マツナガ中尉を使うなら、レム少佐のような小さな障害よりも、最大の障害であるドズル閣下に対して使うべきだ。
「フッ……なるほど。エリオット・レムの芽を摘むより、ドズル中将を動かせ、と来たか。ずいぶんと大胆な手を思い付くものだ。確かに、ドズル中将を味方につけることができるのであれば、私の想定よりも早く統合整備計画を推し進めることが出来る。レム少佐のプランを潰す必要は無くなるな」
マ・クベ少佐はどこか愉快そうに笑いながら肩をすくめた。まるで予想外の駒が盤上に現れたことを楽しんでいるかのような態度だった。
「ま、待ってくれ、ライゼン。僕にドズル閣下を説得することなんて……」
「マツナガ中尉、僕はこの統合整備計画は必要だと思います。マツナガ中尉はそうは思いませんか?」
「それは、そうかもしれない。……だが、ドズル閣下の言う通り、戦いが数で決まるというのもまた事実じゃないのか? 短期決戦で勝敗を決することができれば──」
「
僕はマツナガ中尉の希望的観測を即座に切って捨てた。
目の前の戦いに勝つだけなら数を揃えるだけでいい。しかし、戦争は数だけを揃えたところで勝てはしない。
前線を支える兵站構築ができなければ、兵士たちは戦うことすらできないのだ。
「連邦は独自のMSを開発する時間を稼ぐためにも、必ず長期戦を仕掛けてくるでしょう。序盤は数の力で勝てたとしても、地球での戦いは地の利が向こうにあります。ゲリラ戦を仕掛けられれば、ジオンの勢いは止まる。補給の追いつかない数を揃えたところで、いずれは必ず息切れするでしょう」
僕の言うことは完全に憶測でしかないが、兵站を軽視した軍隊の末路は歴史が証明している。
何より、僕は先日の戦いでこの戦争が長期戦になることを確信した。マツナガ中尉も気づいているはずだ。
「連邦の士気の高さはマツナガ中尉も身を以て知ったはずです。ジオンに何度も敗北しているにも関わらず、彼らはMS相手に果敢に立ち向かってきました。そんな彼らが、そう易々と負けを認めると思いますか?」
「……」
人は理屈ではなく、感情で動く。短期決戦での勝利にはあまり期待しない方がいい。だからこそ、手遅れにならないうちに統合整備計画を通さなければならない。
国力の乏しいジオンが長期戦を戦うには、資源を最大限まで効率的に運用するしかないのだ。
補給の途絶えた軍隊の行き着く先は地獄だ。旧世紀の文化に詳しいマツナガ中尉ならば、そのことは誰よりもわかっているはず……。
「マ・クベ少佐のやり方を汚いと感じるかもしれませんが、ジオンの勝利を願う気持ちは同じだと思います。お二人は手を取り合うべきです。マツナガ中尉も一緒にドズル閣下を説得する方法を考えましょう。トウヤ少佐の命がかかっているとなれば、御実家の力を借りることもできるのではないでしょうか?」
マツナガ中尉の父親は開戦に反対して要職を解かれたらしいが、名家なだけあって各方面に影響力があり、トウヤ少佐の御実家とも共和国時代から繋がりがあると聞いた。
サイド3の駐在武官をだったシロナギ家は連邦の中でも数少ないジオンと深い繋がりがある家だ。マツナガ家が連邦と和平を結び、この戦争を終わらせることを考えているのであれば、シロナギ家を助けるためにも力になってくれるはずだ。
「僕に……それができるだろうか?」
「ドズル閣下の親友であり、名家出身のマツナガ中尉にしかできないことです。どうかお願いします」
さすがに地球降下作戦が控えているこの時期に統合整備計画を通すのは無理だろうが、僕の見立てではドズル閣下はかなり身内に甘い。
マ・クベ少佐の言葉に耳を傾けることは無くとも、親友であるマツナガ中尉が説得すれば、いずれは折れる。
本来なら処刑されるはずだったマツナガ中尉を、周囲の反対を押し切ってでも守ったのだから。
「シン・マツナガ中尉、貴官にドズル中将を説き伏せることができるのであれば、1日でも早く宇宙攻撃軍に戻れるようキシリア様に進言しよう。そして……トウヤ・シロナギの身柄は、捕虜交換の折に連邦へ返還することを約束する」
「っ……!?」
どうやら、マ・クベ少佐も僕の案に乗り気のようだ。
これが最後の一押しになったのか、熟考した上でマツナガ中尉も了承してくれた。
「……了解しました。必ずドズル閣下を説得します」
断ればレム少佐のプラン潰しに協力しなければならない以上、他に選択肢は無いのだが、統合整備計画がジオンに必要なのは事実だ。
マツナガ中尉の性格なら、レム少佐を裏切るよりも、こちらの方が大分気が楽だろう。
(何とかレム少佐のプランを守ることができたな……)
トウヤ少佐を救うためにも、マツナガ中尉はマ・クベ少佐の要請を断ることはできない。
しかし、レム少佐のMSにかける思いを知っているだけに、僕自身もR型の開発計画を潰すことに協力することはできなかった。
マツナガ中尉に大きな負担を押し付ける形になってしまったが、ドズル閣下の説得のためとはいえ、マツナガ中尉も宇宙攻撃軍に戻ることを許される。
お互いに悪い落とし所ではなかったはずだ。
いろいろと理屈をこねてしまったが、これが最善の道だったと思いたい。
「交渉成立だな」
マ・クベ少佐は椅子から立ち上がり、マツナガ中尉に近づく。話がまとまったとはいえ、マツナガ中尉の表情にはマ・クベ少佐への敵意が隠せていなかった。
やはり、トウヤ少佐を人質にされたことが、まだ自分の中で折り合いがつかないのだろう。
「フッ……マツナガ中尉、少しは腹芸を身につけたまえ。実直と言えば聞こえはいいが、今の時代、ロマンチシズムなど流行りはせんのだよ」
マ・クベ少佐はそう言って、装飾品の西洋鎧に目を向ける。
マ・クベ少佐の言葉は、マツナガ中尉のように旧世紀の価値観に引っ張られる人たちを、見下しているように聞こえた。彼のそういった言動が、ドズル閣下を始めとした多くの軍人たちの反感を買っているのだろう。
しかし、僕はマ・クベ少佐の表情から、彼が言葉にすることができない、羨望のような熱を抱え込んでいる……そんな風に感じてしまった。
「……失礼ですが、マ・クベ少佐が旧世紀の文化を愛されるのは、その時代を生きた人々に憧れを抱いているからではないのでしょうか?」
マ・クベ少佐は僕の言葉に大きく目を見開き、そして、愉快そうに笑い出した。
「フフフッ……! フハハハハッ……! ……いや、失礼。まさか、そのようなことを言われるとは思ってもみなかったのでね」
自分でも不用意な言葉だと思ったが、口が勝手に動いてしまった。マ・クベ少佐は機嫌を損ねている様子はないが、やはり余計な一言だったかもしれない。
「ヴァルター・ライゼン曹長、君は人の心を読むのが上手いようだが……その長所がいらぬ敵を作ることもある。気をつけることだ」
「……肝に銘じます」