戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第25話 英雄伝説

「どうだった? 直接会った白狼とやらの印象は……」

 

 キシリア・ザビ少将の問いかけに、マ・クベ少佐は一礼し、いつもの薄い笑みを崩さずに答える。

 

「腹芸も出来ぬつまらん男です。面倒な死にたがりは早々に放逐すべきかと……」

 

「貴様が欲しいと言い出した割りにそっけないものだな。あの男が本当にドズル中将を説得できると思っているのか?」

 

 キシリア少将の声には、からかいにも似た冷たさが混じっている。弟の頑固さは姉である彼女が一番よくわかっていた。

 

「成功すれば儲けもの……という程度の期待です。これ以上、ドズル中将に睨まれては損ですからな。レム少佐のプランも限定的に認めて構わんでしょう。その上で私の整備計画にもご裁可いただければと……」

 

「わかった。両者の案とも今後の軍備増強に必要なことと考えよう」

 

「ありがとうございます。それと、もう一つの件ですが……」

 

「ヴァルター・ライゼン曹長か……。あの少年を海兵隊から引き抜くのは無理だな」

 

「やはり、アサクラ大佐が手放しませんか?」

 

「海兵隊は突撃機動軍の所属だが、実質的な指揮権はギレン総帥にある。いくら少年兵と言えど、お前の下へ送ることはあるまい。仮に送ってきたとしても、何らかの毒が含まれている可能性が高い以上、到底受け入れることはできん」

 

 口調こそ淡々としていたが、その事実に内心苛立ちを覚えているのか、言葉の端々には兄であるギレン総帥に対する強い警戒が滲んでいた。

 

 キシリア少将は突撃機動軍の長ではあるが、その全てを完全に掌握しているわけではない。

 その証拠にコロニーへの毒ガス注入の件も、ギレン派のアサクラ大佐は海兵隊が勝手にやりましたなどと周囲に嘯いている。

 

(馬鹿馬鹿しい……! 現場の兵士たちにそんなことができるものか!)

 

 キシリア少将も高い練度を誇る海兵隊の力は惜しいとは思っていた。しかし、彼らを救おうとすれば、今度はこちらが虐殺の責任を追及されることになる。

 

 忌々しいが、海兵隊の指揮はアサクラ大佐に一任するしかない。

 

 海兵隊は虐殺の罪を着せられることになるだろうが、情に流されるようではギレン総帥の思う壺だ。あの怪物に勝つためには、こちらも鬼にならなければならない。

 

 いくら将来有望とはいえ、ザビ家の内部で権力争いが絶えない以上、安易に手元へ引き寄せるわけにはいかなかった。もっとも、マ・クベ少佐もこの結果を予想していたのか、特に落胆した様子はない。

 

 キシリア少将は話はこれで終わりだと言わんばかりに、マスクを着用しようと首元に手を掛けるが――。

 

「では、彼をガルマ大佐の下につけることは可能でしょうか?」

 

 マ・クベ少佐の予想外の提案に、キシリア少将の手が止まった。

 

「ガルマに……?」

 

 ガルマ・ザビ大佐はキシリア少将のもう一人の弟であり、第2次降下作戦において北米地区の攻略を担当する司令官でもある。

 身内同士で対立を続けるザビ家の中にあって、唯一、権力闘争に関わりの無い稀有な存在だった。

 

「私の下につけることは無理でも、ガルマ大佐ならば問題はありますまい。デギン公王が寵愛されていることもあってか、ギレン総帥もガルマ大佐のことは少なからず気にかけているご様子……。アサクラ大佐も派遣先がザビ家の御曹司となれば、特に異を唱えることも無いでしょう」

 

 マ・クベ少佐の提案に、キシリア少将はしばし黙考した。

 

(確かに……ガルマが相手ならば、兄上も策を弄することはあるまい)

 

 末弟であるガルマ大佐を権力争いに巻き込むことは、兄妹間でも暗黙のタブーとなっていた。

 二人の父親であるデギン公王の意向というのもあるが、キシリア少将にとっても、ガルマ大佐が大事な家族であることは紛れもない事実だった。

 

(姉である自分が、模擬戦で黒い三連星らと互角に渡り合った期待の新星をガルマのもとへ送ってやりたいとでも言えば、父上の手前、兄上も出し渋ることはないはず……。ドズルの溺愛ぶりに比べれば、この程度の配慮は可愛いものだろう)

 

 敵地である地球へ大切な弟を送り込む以上、姉としてできる限りの支援はするつもりであった。

 嘘を言っているわけでもなく、兄妹間のタブーに触れているわけでもない。

 

 エース候補と言えど、所詮は少年兵。

 もともとギレン総帥は才があったとしても、女子供を重用することは滅多にない。

 例外は秘書官のセシリア・アイリーンだが、あれはただの愛人だろう……と、キシリア少将は邪推している。

 

 ガルマ大佐への援助という形であれば、総帥も容認するはず──と、結論づけたところで、キシリア少将はようやく口を開いた。

 

「……なるほどな。そして、ゆくゆくはお前の下に来るように、少しずつ時間をかけて根回しをする、ということか。随分と回りくどいことをするものだな。そこまであの少年が気に入ったのか?」

 

「上の意図を汲んで動ける駒は貴重です。融通の効かない狼よりもよほど使い道がありましょう」

 

 盤上の駒を一手、二手先まで読んで動かす棋士のように、マ・クベ少佐はすでにこの先の展開を思い描いていた。キシリア少将もまた、その意図を理解したのか、改めてマスクを着用した。

 

「……よかろう。ヴァルター・ライゼン曹長を第1次降下部隊から外し、ガルマ率いる第2次に参加させるよう根回しをしておく。後顧の憂い無く地球に向かうがよい」

 

「はっ……!」

 

 マ・クベ少佐の口元にはいつもの薄い笑みが浮かんでいる。盤上に新たな駒が置かれ、静かに局面が動き出したことを、彼だけが確信しているかのようだった。

 

 

 

*****

 

 

 

 僕の知らないところで妙な話が進んでいる気がする……。

 

「ライゼン曹長、大丈夫? マ・クベ少佐に呼び出されてからずっと変よ?」

 

「もしかして……マ・クベ少佐から何か言われたんですか? やっぱり、ゲール中佐たちに相談した方が……」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。むしろ、僕が余計なことを言っちゃったかなって……」

 

 オルガ曹長とブラウンが心配してくれているが、やらかしたのは僕の方だ。特に最後の一言は軽率だった。あれで変に睨まれないといいんだけど……。

 

「……僕のせいだな。すまない、ライゼン」

 

「いえ、マツナガ中尉のせいじゃないですよ! 僕が勝手に首を突っ込んだだけですから!」

 

 僕もレム少佐の研究を潰すことには反対だった。マツナガ中尉が気に病む必要はない。

 

「それに、マツナガ中尉にだけ負担を押し付けることになってしまいました。申し訳ありません……」

 

「謝る必要はないさ。君の仲介が無ければ、僕はトウヤを守ることができなかった。本当に感謝している。何か、恩返しができればいいんだが……」

 

 恩に着る必要はないのだが……。もっとも、下手に固辞するよりは、素直に謝意を受け取った方がマツナガ中尉の気が楽になるかもしれない。

 

「えっと、それなら……何かあった時、海兵隊の力になってくれませんか?」

 

「海兵隊か……わかった。マツナガの家名にかけて、全力で君たちの力になると誓おう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 ……軽い気持ちでお願いしたら、随分と重い返事が返ってきてしまった。

 

 

 これも全て、僕がマツナガ中尉に海兵隊のことを話していたのが原因だろう。開戦初日に催眠ガスと騙されて、コロニーに毒ガスを注入してしまったことも、全て……。

 

(また軽率な発言をしてしまった……。マツナガ中尉の性格ならこうなることは予想できたのに……)

 

 軽い気持ちだったとしても、口にした言葉が誰かを傷つけることもあれば、重荷を背負わせてしまうこともある。

 

 マツナガ中尉を僕たちの問題に巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いていると、三連星の皆さんがこちらに近づいてきているのが見えた。後ろにはラル大尉もいる。

 

「──探したぜ、狼野郎」

 

 どうやらマツナガ中尉を探していたらしい。また喧嘩を始める気かと思ったが、以前のような敵意は感じられない。

 

「どうしたんですか?」

 

「決まってんだろ。貸しを返してもらいに来たんだよ」

 

 そう言ってマツナガ中尉の方を見る。彼は大きなため息をつきながら、観念したように両手を挙げる。

 

「仕方のない人たちだ。奢りますよ。好きなだけ飲めばいい」

 

「がははははっ! 後悔するなよ、若造!」

 

「坊主、お前たちも来い。約束通り、お前たちの分は儂が奢ってやる」

 

「は、はい! ありがとうございます、ラル大尉!」

 

 ガイア大尉たちの豪快な笑い声が響く。重苦しかった空気が、少しだけ和らいだ気がした。

 

 

 

*****

 

 

 

 僕たちが月を離れて地球へ降下した後、エースパイロットたちの協力によってR型は完成し、少量ながら量産体制の確立に成功した。そして、黒い三連星をはじめとする一握りのトップエースたちの手に行き渡り、R型は数々の戦果を上げることになる。

 

 統合整備計画もマツナガ中尉に説得されたドズル閣下が早期に動いたことで、マ・クベ少佐の想定よりも早くに完了した。

 

 戦線が膠着している間にジオンはMSの部品規格を統一させ、連邦軍がMSを実戦に投入する頃には、統合整備計画に適合した機体が次々と生産・配備された。

 

 規格統一された機体は整備面の効率化だけでなく、機種転換訓練をも容易にし、その優秀な操作性はベテランから新兵まで、多くのパイロットたちから賞賛されることになる。

 

 前線で戦う兵の気持ちがわからないと評された男の計画は、結果的に多くの兵士たちの命を救ったのだ。

 

 マツナガ中尉は宇宙攻撃軍への復帰後、数々の功績によって大尉へと昇進し、ドズル閣下の親衛隊長に抜擢された。

 

 白く塗装されたR型を駆るシン・マツナガ大尉は、宇宙要塞ソロモンの守護者として、「ソロモンの白狼」の異名とともに、敵味方の双方から畏怖される存在となっていく……。

 

 

 

 黒い三連星、青い巨星、そして……ソロモンの白狼。

 ヴァルター・ライゼンと関わったことで、彼らの伝説がどのような結末を迎えるのか……今はまだ、誰も知らない。

 

 

 




次話より第2次降下作戦(ジオニックフロント)編です。
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