戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
『全機、状況を報告してください』
ヘープナー少尉の声は通信回線越しでもわずかに硬かった。冷静を装ってはいるが、初陣ゆえの緊張が滲んでいる。
それでも己の未熟さを押し殺し、任務を遂行しようとする意志がはっきりと伝わってきた。
「ブルーチーム、異常無し」
「レッドチーム、異常ありません」
ブルーチームはル・ローア少尉、オースティン軍曹、ニッキ少尉。
レッドチームは僕、ブラウン、オルガ曹長だ。
『よし、作戦開始だ』
ゲラート少佐の号令と同時に、二手に分かれて基地に攻撃を仕掛ける。
『敵が警報を発する前に見張り台を破壊してください!』
「「「了解!」」」
ヘープナー少尉の声に従って、ザクマシンガンの引き金を引いた。
撃ち込まれた弾丸が見張り台を瞬時に粉砕する。鋼鉄とコンクリートが爆ぜ、監視兵の影が閃光の中にかき消えた。
照準を合わせ、引き金を引き、次の目標へと移る。
まるで作業を行うように、僕たちは見張り台を破壊していった。
「こちら、レッドチーム! 見張り台を全て破壊しました!」
『は、早い……!』
『よし、レッドチームは基地司令部を制圧しろ! ブルーチームは見張り台の破壊が終わり次第、管制塔の制圧だ! 急げ!』
「「「了解!」」」
ゲラート少佐の指示と同時に、僕たちは機体を一斉に加速させた。
「ブルーチームはまだ時間がかかっているみたいですね。このまま僕たちだけで全部終わらせましょう!」
「ブラウン、スピード重視とはいえ、これは競争じゃないのよ! 無茶しすぎてメイに説教されても、今度はフォローしないから!」
「わ、わかってますよ、オルガ曹長!」
「まだ見張り台を破壊しただけだ。次はおそらく、敵の主力が出てくる。二人とも、気を引き締めていくよ!」
「「了解!」」
次の目標は司令部だ。先ほどまでとは違う、本格的な抵抗が待っている。
*****
「おい、新米、何やってるんだ!」
ル・ローア少尉の叱責でニッキ少尉は我に返った。気がつけば見張り台が彼のザク目掛けて攻撃を仕掛けてきている。だが、機関砲程度ではザクの装甲を破ることなどできなかった。
ニッキ少尉が慌ててマシンガンを見張り台に向けると、それより早く、彼の後方から一発の砲弾が見張り台を吹き飛ばした。
オースティン軍曹のザクⅠだ。
「頼みますぜ、ロベルト少尉殿。ケツの守りを俺がやってるんだ、せめて前くらい見て下さいよ」
「わ、わかってるよ」
今のが機関砲ではなく、戦車の主砲であればニッキ少尉のザクもタダでは済まなかっただろう。これが初陣の彼には、前を見ることさえも困難だった。
「新米、俺が見えるか?」
「見えます、ル・ローア少尉」
「ならいい。お前の役割は、前衛の俺の支援なんだからな。自分の前だけしか見ていないようではチームとはいえんぞ」
「わかってます」
次の見張り台はニッキ少尉がマシンガンで仕留めた。
だが、一発で仕留めたにも拘らず、オースティン軍曹もル・ローア少尉もそんな彼を誉めるどころか何も言わない。逆に仕留め損ねて二発目で沈黙させれば、「無駄弾を撃つな」と即座に叱責が飛ぶ。
最初は彼もそれが不満だったが、『闇夜のフェンリル隊』では、一発で仕留めて当たり前なのだ。
たとえ新米であろうと、ニッキ・ロベルト少尉にはそれだけの働きが求められている。
つまり、新米と呼ばれながらも、一人前の戦力として扱われているということだった。
『こちら、レッドチーム! 見張り台を全て破壊しました!』
「ええっ……!? もう……!?」
「先を越されたな」
『よし、レッドチームは基地司令部を制圧しろ! ブルーチームは見張り台の破壊が終わり次第、管制塔の制圧だ! 急げ!』
「了解。……聞いたな、お前たち。司令部が降伏しても武装解除に応じず、脱出を試みる部隊もあるはずだ。レッドチームが司令部を制圧する前に、管制塔を制圧して敵の離脱を阻止するぞ」
「そら、ロベルト少尉殿! このままじゃ、手柄を全部取られちまいますよ!」
「わ、わかってます!」
さっきから「わかってます」としか言えない自分に、ニッキ少尉は情けなく思った。
*****
僕たちが進む先には61式戦車が待ち構えていた。砲塔が旋回し、こちらに向けられる。
「戦車が出てきましたよ! ライゼン少尉!」
「僕が前に出て引きつける! ブラウンとオルガ曹長は側面から攻撃してくれ!」
「「了解!」」
正面に出た僕目掛けて、61式戦車の主砲が火を噴いた。弾丸がザクの脚元に着弾し、土煙が舞い上がる。
宇宙での戦闘なら回避は容易だが、二人の機体は地球では足が重い。僕が行くしかないだろう。
建物の陰へ滑り込む。直後、いくつもの主砲弾が壁面を抉った。
(焦るな……。地形を利用して、少しずつ──)
視界の端で砲塔の旋回角を読み、発射の間隙に合わせて前へ出る。
前方の建物を盾にしながら移動し、タイミングを見極め、発砲した。
次の瞬間、引き金を引いた弾丸が61式戦車を穿つ。
燃え上がる一両を起点に戦列がわずかに乱れた。
その隙を逃さず、即座に次の目標に発砲すると、二両目の砲塔が爆ぜ、炎を噴き上げる。
155mm滑腔砲を回避し、敵の射線を外しながら次の目標へ。
至近距離から叩き込まれた弾丸が装甲を貫き、三両目が沈黙する。
残る戦車が態勢を立て直そうと後退を始めるが──。
「ブラウン、オルガ曹長、今だ!」
「もらった!!」
僕が正面から戦車の注意を引いている間に、側面から肉薄したブラウンとオルガ曹長が、61式戦車部隊の側面装甲を撃ち抜き、次々と火柱が上がる。
ブラウンとオルガ曹長の射線が左右から重なり、残敵の注意が散る。
連携で崩した一瞬の隙が、そのまま戦列の瓦解へと繋がった。
四両目、五両目……と、次々と仕留めていくうちに、気づけば戦場に動く戦車は一つも残っていなかった。
「ふぅ……これで司令部を守る戦車部隊は片付いたかな」
「地上でもライゼン少尉の戦いぶりは変わりませんね」
「ブラウンの言う通りね。まさか一人で戦車部隊を翻弄するなんて……」
「レム少佐が手配してくれたこのJ型のおかげだよ。F型じゃあ、こんな無茶はできなかった」
僕が搭乗しているザクは、グラナダで生産された「陸戦型ザクⅡ」と呼ばれるJ型だった。
F型から空間戦闘用のパーツを取り除き、機体が軽量化したおかげで、重力のある地上でも機体が素直についてくる感覚がある。
レム少佐には感謝してもしきれない。
この機体に見合う働きをしなければ……と考えていたところに、ヘープナー少尉から新たな報告が飛び込んできた。緊張を抑えきれない、やや上擦った声だった。
『我々とともに先行降下した工兵隊のザクⅠが、61式戦車の攻撃により大破しました!』
「工兵隊がやられた……!?」
「ザクⅠとはいえ、戦車でMSを倒すなんて……!?」
工兵隊は飛行場から離れた雑木林に展開していたはずだ。どうやら運悪く敵と遭遇してしまったらしい。
「強敵がいるみたいだね。そいつがこっちに戻ってくる前に、司令部を制圧しよう」
「「了解!」」
二人に指示を出しながら、僕は頭の中で戦況を整理していた。
管制塔はブルーチームが制圧している。戦車の大半は撃破。あとは司令部を降伏させるだけ……そう考えていたとき、異様なプレッシャーを感じた。
そちらに目を向けて見ると、モニターに巨大な影を捉えた。
「こいつは……!」
即座に捉えた映像を後方に送る。すかさずヘープナー少尉から回答が返ってきた。
『データを照合中……! こ、これは……ビッグ・トレーです!!』
(やっぱりそうか……)
ビッグ・トレー……連邦軍が誇る陸上戦艦だ。
事前の情報には無かったが、おそらく、あれに敵の司令官が乗っているのだろう。
全長200mを超える巨体が、こちらへと砲塔を向けてくる。
『隊長……! ブルーチームをレッドチームの応援に向かわせた方が……!』
『各機、任務続行。ブルーチームは引き続き管制塔の制圧を。レッドチームはビッグ・トレーを叩け』
『隊長!』
『時間をかければ増援が来る。あれは陸の宇宙戦艦みたいなものだ。死角に回り込めばなんということはない。対艦戦と同じようにやれ』
「了解!」
ゲラート少佐は僕たちならやれると信じてくれたようだ。時間をかければ工兵隊を撃破した戦車部隊が戻ってくる。
そいつらとビッグ・トレーが合流する方が厄介だと判断したのだろう。僕も同意見だった。
ビッグ・トレーの砲塔がこちらを捉え、主砲が閃く。
「散開!」
叫ぶよりも早く、機体を横へ跳ばす。直後、さっきまでいた地面が抉れ、爆炎が噴き上がった。
(厄介なのは主砲だ。あれを食らえばザクもタダじゃすまない。だから……側面から接近して動力部にダメージを与える!)
視界に映る巨体の輪郭をなぞりながら、死角へ入るルートを組み立てる。
「ブラウン、オルガ曹長! 陽動を頼む! ビッグ・トレーを引きつけてくれ!」
「「了解!」」
ブラウンとオルガ曹長が地形を利用しながら、正面から圧力をかける。
二人がフォローしてくれる分、一人でマゼランに突っ込んだ時に比べれば、危険は少ない。
スラスターを短く吹かし、地表すれすれを滑るように突っ込む。至近距離なら主砲は使えない。副砲の旋回も追いつかない。
死角を維持したまま、弱点をなぞるようにトリガーを引く。
120mm弾が動力部に直撃し、鈍い爆発音とともに金属が軋んだ。銃弾を次々と同じ場所を狙って撃ち込む。
次の瞬間、ビッグ・トレーの内部から大きな爆発が起こった。
巨体が軋み、ついに動きを止める。遅れて、轟音とともに炎が噴き上がった。
『最終ターゲットの沈黙を確認! 少佐、敵司令官から通信が入っています』
『ま、待ってくれ! 撃たないでくれ! 降伏する!』
聞こえてきたのは、先ほどまでの激しい抵抗が嘘だったと言わんばかりの切迫した懇願だった。
「まだ戦ってる兵士がいるのに……指揮官の癖に情けない奴だなぁ……」
「ブラウン、気持ちはわかるけど、早く終わるに越したことはないわ」
「オルガ曹長の言う通りだよ。死を恐れずに立ち向かってくる敵が一番怖いんだから」
『敵の降伏要請を受諾する』
『了解。敵残存部隊は武装解除を始めました。各チームは、本隊の到着まで制圧地区の警備にあたってください』
「「「了解!」」」
*****
「腰抜けの司令官がもう少し抵抗を続けてくれていたら、倒すチャンスがあったのものを……!」
工兵隊のザクを撃破した連邦軍の砲術士官──エイガー少尉は、基地を制圧したジオンのMSを睨みながら呟いた。
彼が率いる戦車部隊はザクの撃破後、すぐに基地へと急行したが、到着した時にはすでに基地の司令官が降伏していたのだ。
司令官は敗れたかもしれない。
だが、自分たちが負けたわけではない。
彼らの表情は敗軍の兵のそれではなく、次の戦いを見据える戦士のものだった。
──次に会うときは、必ず仕留める。
エイガー少尉は雪辱を胸に刻み、部下たちとともに航空基地を後にした。