戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第31話 兵は詭道なり

 宇宙世紀0079年3月12日。

 僕たちは北米方面軍に属する第二軍の支援をすべく、キャリフォルニアベースの攻撃に参加することになった。

 

「今回の任務は第二軍の支援だ。見てもわかるように戦況そのものは我が軍の優位にある。だがキャリフォルニアベースは連邦軍の北米大陸における最重要拠点だ。彼らも必死なのか、第二軍の進撃速度はここにきて急に落ちている」

 

「昨日のニューヤークの戦いもそうでしたが、どうして連中はそんなに北米大陸に固執するんですか? ヨーロッパでは次々と戦線が突破されているのに……」

 

 ニッキ少尉の質問に答えたのは、ゲラート少佐ではなくル・ローア少尉だった。

 

「わからないのか? 新米。北米は他とは重要性が違うんだ。まだ正確な所在は不明だが、連邦軍の本拠地であるジャブローは南米にある。ジャブローから見れば、この北米こそが最終防衛ラインなんだ。ここを我が軍に占領されてしまえばジャブローは丸裸にされたも同然だ。すでにニューヤークを失った以上、ジャブローの安全を確保するためには、このキャリフォルニアベースは絶対に失うわけにはいかんのさ。連邦軍にとってはな」

 

 さらに付け加えれば、とゲラート少佐が続ける。

 

「キャリフォルニアベースが陥落すれば、連邦軍の部隊は否応なくジャブローまで撤退することになる。ジャブローが南米のどこにあるかは、連中が教えてくれるだろう」

 

「そんなことまでみんな考えてるんですか……」

 

「あのなぁ、新米。どうして軍隊に士官と下士官がいると思う? 士官は頭を使うためにいる、下士官は筋肉を使うためにいるんだ。そうだろう? マット」

 

「ル・ローア少尉の言う通りで。もっとも昔の少尉は、俺があれこれと考えてやらないとなりませんでしたがね」

 

 オースティン軍曹は肩をすくめるようにして笑い、軽口を叩いた。冗談めかした言い回しの裏には、かつて未熟だった士官を支え、実戦の中で育て上げてきた自負が隠れていた。

 

「お前の脳味噌は筋肉でできてるんだから、問題はあるまい」

 

「まぁ、確かに屁理屈じゃ俺は少尉には敵いませんや」

 

「屁理屈じゃない、理論と言え」

 

 ル・ローア少尉はわずかに顎を引き、当然のことを言ったまでだと言わんばかりに視線を逸らした。

 

「ル・ローア少尉にもそんな時期があったんですね……。オースティン軍曹に学べば、僕も考えられる下士官になれるでしょうか?」

 

「ふっ……ブラウン軍曹、心配せずともお前ならいずれ士官になれるさ。それに、マットは好きで下士官をやっている変わり者なんだ。こいつみたいに脳味噌まで筋肉にする必要は無い」

 

「俺にも人並みに出世欲はあるんですがね」

 

「お前みたいな下品な男に士官が務まるか」

 

「今までしっかり少尉のケツを守ってきたのに下品とはお言葉ですな」

 

「上品な男がケツを守ってきただなんて言うか?」

 

 相変わらず、この二人は息がピッタリだった。

 軽口を叩き合いながらも、そのやり取りには長い実戦で培われた信頼が滲んでいる。

 

「ニッキ、軍曹の言葉遣いはくれぐれも真似するんじゃないわよ」

 

「わ、わかってるよ……」

 

「私も汚い言葉を使うブラウンは見たくないわ。メイの教育にも悪いし……」

 

「き、気をつけます……」

 

 ヘープナー少尉とオルガ曹長に釘を刺され、ニッキ少尉とブラウンは揃って肩をすくめた。

 ……確かに、僕たちはともかく、メイの前ではあまり汚い言葉は使ってほしくない。

 

「ひでぇなぁ、お嬢さん方は……」

 

「自業自得だろう。……ところで隊長、第二軍の支援とのことですが、臨時にどこかのMS隊に編入されるのでしょうか?」

 

 ル・ローア少尉が雑談を断ち切って、全員の意識を任務へと引き戻す。

 

「MS隊への編入は支援とは呼ばないだろう。我々は独立して活動する特殊部隊なのだからな。それにこのくらいの小規模部隊の方が、敵の後方に回りこむような活動には向いているだろう」

 

 ゲラート少佐の言葉に迷いはなかった。

 

「しかし、隊長。だとすると具体的にどこを攻撃するのですか? 敵の後方に浸透するのは可能だとは思いますが、広く伸びている敵の防衛線に我々だけで効果的な打撃を与えるのは難しいと思いますが」

 

「士官学校首席の君なら孫子のこんな言葉を知っているんじゃないか?」

 

「どんな言葉ですか、隊長」

 

「始計編の言葉だよ。『兵は詭道なり』、敵部隊と戦うばかりが作戦じゃないさ」

 

 正面から撃ち合うだけが戦争ではない。敵の意図を外し、虚を突く。

 ゲラート少佐の言葉は抽象的でありながら、次に取るべき行動の方向だけは明確に示していた。

 

 

 

*****

 

 

 

「あれが攻撃目標か? 何の変哲もない小さなビルが?」

 

 コックピットのモニターに、攻撃目標の姿が映し出された。

 

「小さなビルじゃ不満か? 新米。まさか『歓迎、闇夜のフェンリル隊並びに海兵隊御一行様』という(のぼり)でも期待していたわけでもあるまい」

 

「そんな幟は期待してませんけど、もう少し軍事施設らしくてもいいでしょう」

 

「軍事施設らしいわよ、ニッキ少尉」

 

 ヘープナー少尉の声が割り込んだ。

 今回の任務は隠密行動なので、彼女はパイロットではなく、装甲ホバートラックのオペレーターとして同行していた。

 

 ……当然の如く一悶着はあったが、そこは割愛しておく。

 

「どこが軍事施設らしいんだ?」

 

「巧妙に迷彩しているけど、61式戦車がいるわよ。それと地雷が埋まっているみたいね」

 

 ヘープナー少尉の報告は淡々としていたが、その内容は軽視できるものではなかった。

 

「隊長、地雷原がそこにあるなら、移動用の道もありませんか? 昔の地球では地雷原には味方が移動できるように秘密の通路が用意されていたはずですが……」

 

 その話は僕も聞いたことがあった。古い戦史の書物で触れた程度の知識に過ぎないが、実戦でそれを前提に判断できるあたり、やはりル・ローア少尉はただ者ではない。

 

「さすがは士官学校首席卒業だけのことはあるな。確かにセンサーによれば、移動用の通路らしきものはある。だがこれはどうやら車輛通行用の物だ。61式戦車が通るのがせいぜいだな」

 

「だとすると通過できませんね」

 

 ル・ローア少尉は即座に結論を下し、余計な期待を断ち切るように言い切る。だが、ニッキ少尉がそれに異を唱えるように口を挟んだ。

 

「そんなことはありませんよ、ル・ローア少尉。戦車が通過できる程度の幅があれば、ザクで進めないことはありませんよ」

 

「さすが少尉殿は元気がいいですなぁ」

 

「だがな新米、よく考えてみろ。地雷原の狭い通路をモビルスーツが通ればどうなる。我々は通路を外れては進めないんだぞ。そして敵は通路がどうなっているか知っている。防御側は通路に向かって大砲を向けていればいいわけだ」

 

「そう、こっちの動きは敵さんに全部筒抜けですぜ、少尉殿」

 

 普段ならニッキ少尉も二人の意見に従ったはずだが、実戦に出ているという高揚が彼に影響したのかもしれない。彼は自分でも驚くような言葉を口にした。

 

「いえ、地雷原は突破できます。『()()()()()()』ですよ」

 

「何か妙案があるんですか? ニッキ少尉」

 

 僕の問いに対し、ニッキ少尉は即興の策を自信ありげに語り始めた。控えめに言っても非常識な作戦だが、敵の意表を突くという点では確かに有効だ。──非常識であるがゆえに。

 

「やれやれ、このマット・オースティン様の長い軍歴の中でとんでもない新人の記録ってのはル・ローア少尉が一番だったんだが、今日で記録更新だ」

 

 オースティン軍曹は大げさに肩をすくめてみせたが、軽口で場を和ませつつも、無謀と紙一重の作戦に対する警戒を崩してはいなかった。

 

「僕は良い作戦だと思いますけど……」

 

「口で言うほど簡単じゃないわよ、ブラウン」

 

「新米、一回しか言わないぞ。無茶はやめとけ」

 

「心配してくださってるんですか、ル・ローア少尉?」

 

「新米がどうなろうと私の知ったことではないが、マットのくだらん記録でも、自分の記録が新米なんぞに破られるというのは不愉快だからな」

 

 ル・ローア少尉はそっけなく言い放ったが、本音ではニッキ少尉を気にかけているのが、わずかに伝わってきた。

 

「あの……僕にやらせてもらえないでしょうか? 自分で言うのもなんですけど、僕なら上手くできると思います」

 

 口に出した瞬間、場の視線が一斉にこちらへ集まった。

 ニッキ少尉を信用していないわけではない。しかし、これが危険な役回りであることは明白だった。だからこそ、僕が引き受けるのが一番だと思った。

 

「確かに……ライゼン少尉なら間違いないと思います」

 

「私も賛成です。隊長、ニッキよりもライゼン少尉に任せるべきではないでしょうか?」

 

 オルガ曹長とヘープナー少尉も、僕がやった方が成功率は高いと判断してくれたようだ。

 

 しかし──。

 

「いや、ライゼン少尉。ここは言い出しっぺの俺にやらせてくれ」

 

「ニッキ少尉……」

 

 ニッキ少尉の声に迷いはなかった。

 僕は一瞬言葉を失い、その決意の重さを測りきれずにいた。

 

「自信はあるのか、ロベルト少尉」

 

「もちろんです、隊長」

 

「いいだろう。やって見せろ」

 

「ゲラート少佐、ですが──」

 

「──ライゼン少尉、君は仲間を信頼し、自分だけが危険な役回りをするのは、控えるのではなかったのかね?」

 

 ゲラート少佐の言葉にハッとした。

 僕はまた、自分一人でリスクを背負おうとしていたのだ。

 

「……おっしゃる通りです。すみませんでした、ニッキ少尉」

 

「気にしないでくれ、ライゼン少尉。俺だってやるときはやるってところを見せてやるさ」

 

「……新米」

 

「何ですか? ル・ローア少尉」

 

「お前の無茶が成功したら、お前のことを新米と呼ぶのは止めてやる」

 

「ありがとうございます」

 

「礼なら成功してから言え」

 

 それから若干の打ち合わせの後、6機のザクは動きだす。

 

「うまくいくさ、うまくいく」

 

 ニッキ少尉は自分に言い聞かせるように呟き、地雷原へと飛び出す。配置についていた61式戦車が即座に反応した。

 だがこの戦車部隊は、先日の戦闘で工作隊のザクを撃破した部隊とは異なるらしく、それぞれが同一目標へ火力を集中させるような動きは見せなかった。

 砲撃は行われたが、距離があるのでザクの装甲は貫通できない。また接近しようともしない。おそらく地雷原を恐れているのだろう。

 MSでさえ行動不能にする地雷原だ。戦車など瞬時に吹き飛ばしてしまうだろう。

 

「まず一歩!」

 

 ニッキ少尉がザクで跳躍した。着地点は地雷原の中の通路。地雷原の作られている秘密の通路はジグザグになっていた。まともに通過しようとすれば地雷原の中を大きく迂回することになる。

 だが、跳躍して通過すれば、着地するだけの面積があればいいから、最短距離で移動できる。ジグザグの折れ目、折れ目で着地すればいい。

 

「二歩……三歩……終点!」

 

 ル・ローア少尉もオースティン軍曹も、そして僕たちも息を呑む中、ニッキ少尉は地雷原を走り幅跳びのように踏破していく。

 ……正直、僕たちは地雷に引っかかったニッキ少尉をどうやって助け出すかまで考えていた。

 それでもゲラート少佐が止めなかったのは、ニッキ少尉に失敗を経験させる意図があったのか、それとも彼なら成し遂げると見込んだのか……。

 

 

 かくして、振られたサイコロは最良の目を出した。

 

 

 作戦を知ってる味方でさえ驚いたのだから、敵の動揺はなおさらだった。

 跳躍で地雷原を突破したMSなど前代未聞だ。

 

「各機、前進したロベルト少尉の援護に当たれ!」

 

 地雷原の突破は、連邦にとっても完全に想定外だったらしい。気がつけば、61式戦車は地雷原とニッキ少尉のザクに挟み込まれていた。

 

 ニッキ少尉が戦車部隊へ突撃し、後退し過ぎた車輌は地雷原に踏み込んでその場で粉砕された。僕たちも地雷原越しに戦車を撃破し、以後、抵抗は途絶えた。

 

 

 

*****

 

 

 

 施設の破壊は容易だった。降伏した連邦軍将兵を一箇所に集めた後、6機のザクが集中射撃を浴びせ、ビルは瞬時に消失、続いて地下施設も完全に破壊された。

 

「隊長、中継所の近くにもう一つ、何かの地下施設らしきものが認められます」

 

 ヘープナー少尉の声は落ち着いていたが、その報告に含まれる情報は見過ごせるものではなかった。目標はすでに無力化したはずだが、なお未知の構造物が残っている。

 

「地下施設だと? それは活動しているのか?」

 

「いえ、赤外線の反応によれば巧みに偽装されていますが、これ自体が何かの働きをしている様子はありません。地下施設への入口かなにかだと思われます」

 

「ここは通信網の要だからな。そういう地下道があっても不思議はないか。まぁ、脅威がないのなら現段階では無視して構わないだろう。後で調査はさせるがな。よし、我々の作戦は終了だ」

 

 淡々とした宣言だったが、その一言で緊張していた空気が一気にほどけた。

 

「ここは連邦軍の各部隊の通信を扱う、光ファイバー網の中継局だ。あえて警備を手薄にして我々の注意をひかないようにしたらしいが、どうやらそれが裏目に出てしまったようだな」

 

「防衛線の連邦軍はここを破壊されれば、ほとんど通信不能になるはずです。組織立った防衛は出来ませんから、第二軍の攻撃で各個に撃破されるでしょう。確かに少数のMSで行う作戦としては効果的ですね」

 

 ル・ローア少尉の言う通り、これは小規模部隊である自分たちにとって、最も理想的な戦果だった。

 

「言っただろう、ル・ローア少尉。兵は詭道だとな」

 

「詭道と言えば、今日の殊勲賞はニッキですね」

 

 ル・ローア少尉はニッキ少尉のことを「新米」ではなく「ニッキ」と呼んだ。

 ニッキ少尉にとっては作戦の成功よりも、そのことの方が嬉しいだろう。

 

「これであれですな、ロベルト少尉もようやく……」

 

「一人前というのか、マット。お前も随分と寛大になったな」

 

「一人前? 誰もそんなことは言ってませんぜ、ル・ローア少尉」

 

「じゃあ、何だ?」

 

「いえ、これでようやくロベルト少尉も半人前だなと」

 

 オースティン軍曹の言葉に、場にわずかな笑いが広がった。

 ニッキ少尉は照れくさそうに視線を逸らしたが、その口元はわずかに緩んでいた。

 

 

 

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