戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
『ニュース速報です。地球降下部隊が北米地域の制圧を完了しました。地球方面軍司令ガルマ・ザビ閣下指揮の下、数に勝る連邦軍に圧勝したとのことです。兵士たちの間では、ルウムでの戦いで大勝利を収められたドズル・ザビ閣下に勝るとも劣らぬ英雄であると──』
本国では連日のようにガルマ大佐の勝利を喧伝しているらしい。僕たちのこともガルマ大佐の虎の子の部隊として噂になっていると聞いた。
やや気恥ずかしい気もするが、海兵隊の悪名を打ち消すためには必要なことでもある。
この調子で手柄を立てていけば、いずれは……と、思っていたのだが、キャリフォルニアベースが陥落して以降、北米での戦いは急速に鎮静化していった。
3月18日には第3次降下作戦も実施され、より戦線が拡大したが、ガルマ大佐の統治によって北米の情勢は他地域と比べて安定しており、大規模な戦闘は行われていない。
もちろん、まだ連邦の基地は残っているが、そのほとんどが戦略的価値の低いものだった。
統合整備計画が承認されたこともあってか、MSの数が不足しており、貴重なMS隊を派遣してでも攻める必要は無いと判断されていた。
そういうわけで、3月が終わる頃には僕たち海兵隊の主な仕事はガルマ大佐の警護や哨戒任務になっていた。
「また哨戒か……」
「ブラウン、文句を言わない。今は実戦が無い分、訓練に集中できるじゃない」
「その通りだよ。今のうちにやれることは全部やっておこう」
「それは、わかってますけど……」
「ブラウンってば、この前、フェンリル隊のおじさんに負けてたもんね〜」
「た、確かにオースティン軍曹には負けたけど、他の人たちには勝ったから!」
言い訳めいたブラウンの声に、思わず周囲に笑いが漏れる。
どうやら模擬戦の敗戦を引きずっていたらしい。
「海兵隊のザクはあたしがOSから手を加えて強化してるのに〜。ブラウンとオルガのザクだって、ライゼンと同じJ型にアップグレードしたんだから、旧ザクに負けないでよね」
「OSって……そんなことまでできるのね……。ミガキさんがメイを天才少女と呼ぶわけだわ」
「ミガキさんといえば、最近、メイと一緒にいることが多いみたいだけど……」
ブラウンが何気なく口にしたその一言に、格納庫でよく見かける光景が頭に浮かぶ。
「うん。航空基地で撃破された工兵隊の旧ザクを一緒に修理してるの」
「修理? 何で?」
「整備班の重機として使うために、最強のザクとして生まれ変わらせるのよ」
「なるほど……って、えっ? 重機なのに最強のザク?」
メイの言葉にブラウンが一瞬だけ硬直するが、即座に聞き返した。
「いや、なんでだよ」
「そんなの趣味に決まってるじゃない。わかってないなぁ~ブラウンは……」
メカニックのロマンというやつだろうか……。
レム少佐といい、技術者は採算度外視で最強のMSを追い求める人が多いようだ。
マ・クベ少佐が統合整備計画を推し進める理由がよくわかった。
何はともあれ、比較的平和な日々が続いているせいで、メイたち整備士も手持無沙汰らしい。
敵との戦闘が無いわけではないが、北米の住民は僕たちジオンには好意的なので、レジスタンスも少ない。
おかげで僕たちはフェンリル隊とともに、チームでの戦い方について、存分に学ぶことができていた。
「それにしても、北米ってコロニー落としの被災地でもあるんですよね? 何で現地の人たちは僕たちに良くしてくれるんでしょうか?」
「ガルマ様の手腕に決まってるでしょ。さすがはザビ家の一族よね」
「前々から思ってだけど、オルガって結構メンクイよね……」
「それもあるけど、連邦の失策も大きいかな」
「「「失策?」」」
現在の北米の人々の感情は、ジオンへの憎悪よりも連邦への失望の方がはるかに大きいのだ。
コロニー落としを防げなかったうえ、被災地の復旧もままならない中、政治家や一部の富裕層はジオンが地球に侵攻してくると知るや否や、首都を捨てて一目散にジャブローへと逃げてしまった。
しかも、自分たちは我先にと逃げたにもかかわらず、残った人々の声を無視して、軍には徹底抗戦を命じている。ただでさえ復旧対応で戦力が割かれている状況だというのに……。
その結果、連邦軍は手も足も出ずに敗北し、たった3日間の戦闘で、ニューヤークを含む多くの都市が戦火に晒された。
これでは民心も離れようというものだろう。
事実、連邦のあまりの不甲斐なさに、北米の各地で市民の怒りが爆発した。
──政治家は自分たちが無事なら他はどうなってもいいのか?!
──勝算も無いくせに、無駄に足掻いて戦火を広げやがって!!
──そもそも政府がスペースノイドの自治権を認めていれば、戦争なんて起きなかったのに……!!
……無論、ジオンによる情報操作の成果ではある。
しかし、それを差し引いても、北米は異様なまでに連邦への怨嗟の声で満ちていた。
それに対して、侵略者であるはずのジオンの司令官は、貴公子然としたガルマ・ザビ大佐だ。
ガルマ大佐はジャブローへの避難が叶わなかった現地の有力者たちを巧みに懐柔し、北米各地の人心を掌握していった。
さらに融和政策を打ち出したことで、連邦に失望していた住民の多くは、次第にジオンに対して好意的な態度を示すようになる。
結果、地球全土で戦闘が激化しているにもかかわらず、北米戦線だけは比較的穏やかな状態が保たれていた。
「連邦政府の政治家って碌な奴がいませんね……」
「まともな政治家がいないわけではないよ。前ニューヤーク市長のエッシェンバッハ氏みたいな人もいるし……」
「確か、ニューヤーク戦の前にジオンにすり寄ってきた人ですよね? そんなにすごい人なんですか?」
エッシェンバッハ前市長は政府の高官たちが我先にと逃げ出す中、ただ一人、市民を守るために北米に残ることを選んだ人物だ。
彼は徹底抗戦を促した連邦に逆らって、早々にジオンに恭順の意を示した。
連邦が防衛戦を強行したために、都市は焼かれてしまったが、民間人の死傷者が驚くほど少なかったのは彼の手腕によるものだ。
ガルマ大佐もその功績を高く評価し、占領後も行政に関わっている。
ガルマ大佐の統治が円滑に機能しているのも、エッシェンバッハ前市長の協力があってこそだった。
「高潔な人なんですね……」
「そうだね。だからこそ、厄介でもある」
「どういうことですか?」
「市民のために命を懸けることができる人物が、コロニー落としを実行したジオンを心の底から支持すると思う?」
「それは……」
ブラウンは言葉に詰まった。
エッシェンバッハ前市長のような人物が、心からジオンの味方になってくれたと考えるのは軽率だろう。彼が協力しているのは、あくまでも市民を守るためだ。
「彼はジオンの支配を支持しているわけじゃない。今この瞬間、北米の人々を守れる現実的な選択肢がジオンへの協力しかないから、そうしているだけだと思う」
戦いの趨勢が傾けば、エッシェンバッハ前市長がどちら側に立つかはわからない。彼が連邦と通じているという噂もある。
「拘束することはできないんですか?」
「そんなことをすれば、せっかく安定している北米戦線が一気に激化しかねないよ」
今の北米の均衡はガルマ大佐とエッシェンバッハ前市長が表向き協調しているからこそ成り立っているに過ぎない。
だからこそ、その均衡を崩すような一手は致命的になり得る。
「ガルマ大佐が積極的に現地有力者と交流しているのも、エッシェンバッハ前市長の影響力を削ぐためでもあるんだよ」
「政治って難しいですね……」
「戦争で一番大変なのは、勝つことよりも勝った後なのかもしれないね」
勝つだけなら力と戦術でどうにかなる。だが、勝った後に秩序を保ち、日常を取り戻させることはまったくの別の話だ。
この均衡を維持するために、どれだけの見えない力が費やされているのか……今の僕たちには、まだ想像しきれなかった。
*****
地球に降りてもうすぐ1か月になろうとしていた時、僕たちは新たな任務が命じられた。
「輸送部隊の護衛任務……行先はオデッサですか?」
「そうだ。君たちにはキャリフォルニアベースで開発された新型MSを資源採掘師団に送り届けてほしい」
ガルマ大佐から告げられた次の任務は、新型MSを輸送する部隊の護衛任務だった。
宇宙ではなく、キャリフォルニアベースで開発されたMS……おそらくは地球環境に最適化された新型だろう。それをオデッサの資源採掘師団へ届ける。
「資源採掘師団……マ・クベ少佐の部隊ですよね」
「ああ、そうだ。もっとも、彼はつい先日昇進して中佐となった。新型MSは姉上から彼への昇進祝いのようなものさ」
「闇夜のフェンリル隊は同行しないのですか?」
「ああ、今回は海兵隊単独だ。マ・クベ中佐のご指名でね。君はずいぶんと彼に気に入られているらしい」
「マ・クベ中佐のご指名、ですか……」
思わず苦い顔になってしまったのが伝わったのだろう。ガルマ大佐は少し笑った。
「気乗りしないかい?」
「いえ……そんなことは」
気乗りしないという言葉では足りないが、さすがにガルマ大佐の前で正直には言えない。
「彼のやり方が好きではないというのは理解できるさ。だが、マ・クベ中佐が送り届けている地球の資源が、ジオンに大きく貢献していることは事実だ。今回の輸送任務も、戦線全体にとって重要な意味を持つ」
「承知しました。必ず届けます」
「ああ、頼んだよ。それと……」
ガルマ大佐は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「マ・クベ中佐からしばらくの間、君たちを貸してほしいと要望が来ている。北米は安定しているが、ユーラシアは違う。今も激しい戦いが続いているからな」
ガルマ大佐の言葉の意味を、僕はすぐに理解した。
護衛任務が終われば、僕たちはマ・クベ中佐の指揮下に入る……そういうことだろう。
「……転属、ということでしょうか?」
「あくまで一時的なものだ。断ることもできなくはない。私も君たちを手放したくはないからな。ただ……」
ガルマ大佐は窓の外に目を向けた。北米の青い空が広がっている。
「姉上の推挙でここに来た以上、その意向は無視することはできない。マ・クベ中佐の要望も、その延長線上にある」
「……ガルマ大佐にご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「すまないな……ライゼン少尉。だが、悪い話ばかりでもない。マ・クベ中佐は、引き受けてくれるのであれば、新型MSを海兵隊にも一機融通すると言っている」
「それはありがたいですが……つまるところ、新型MSの実戦テストを海兵隊で実施しろ、ということではないでしょうか?」
「そういう見方もできるな」
ガルマ大佐は苦笑した。その表情には申し訳なさのようなものが滲んでいた。
「おそらく、君たちは欧州に派遣されるだろう。マ・クベ中佐はともかく、欧州方面軍のユーリ・ケラーネ少将は……まあ、粗暴ではあるが、部下思いの名将だ。そこまでひどい扱いは受けない……と思う。マ・クベ中佐には本国から補充部隊が到着したら、すぐに君たちを返すように言っておく。5月までには帰って来れるだろう」
「はっ」
ユーリ・ケラーネ少将について、ところどころ言葉を濁しているのが気になるが……まあ、北米以外の戦線は激化したまま膠着状態だ。わがままを言うことは出来ない。
おそらく、かなりの激戦になるだろう。
「……君たちのような精鋭を遊ばせておく余裕は今のジオンには無いからな。すまないが、しばらくの間、欧州戦線を支えてほしい。そして、必ず生きて戻ってきてくれ」
キシリア閣下からの命令で来た僕たちを、ガルマ大佐は最初から変わらぬ態度で接してくれている。派閥や思惑を超えた、この人の人柄なのだろう。
「ありがとうございます。必ず、無事に帰ります」
北米での戦いは、重力戦線の序章に過ぎなかった。
大西洋を越えた先の大地で、僕たちはこの重力戦線の本当の恐ろしさを思い知ることになる。
そこは「死神」が荒野を舞う、地獄にも等しき凄惨な戦場。
それは幻なのか、それとも現実なのか……。
この時の僕には、まだ判断がつかなかった。
次話より重力戦線(MSイグルー)編です。
重力戦線は原作が連邦視点の物語なので、本作ではオリジナル色が強くなると思います。