戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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重力戦線編
第35話 オデッサ


 ユーラシア大陸、黒海に面した東欧の港湾都市『オデッサ』。

 地球侵攻作戦において真っ先に標的とされたこの都市は、国力に乏しいジオンにとって貴重な資源採掘拠点であり、同時にその生命線を担う中枢でもあった。

 

 

 

「グラナダ以来だな、ヴァルター・ライゼン少尉」

 

 

 

 マ・クベ中佐──このオデッサの資源採掘基地を統括する現地司令官だ。

 月で会ったときと同じく、薄い笑みを浮かべている。

 

「お久しぶりです、マ・クベ中佐。ご昇進、おめでとうございます」

 

「貴官もな。ガルマ大佐の下で存分に活躍したようだな。北米での戦果はここまで届いている」

 

「もったいないお言葉です」

 

「……早速だが、貴官に見てもらいたいものがある。ユーリ・ケラーネ少将から送られてきた映像だ」

 

 社交辞令はここまでだとでも言いたげに、マ・クベ中佐は壁面の大型モニタが静かに起動する。

 

 やがて画面の中央に、一人の将官の姿が結ばれた。

 鋭い眼光に、軍服を着崩した大柄な男性……この人が欧州方面軍司令のユーリ・ケラーネ少将──。

 

 

 

『よう、マ・クベ!! 北米から新しいオモチャを仕入れたらしいな! へっひゃっひゃっ!!』

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 ──将軍らしからぬ下品な笑い声に、思わず声が出てしまった。

 ……もしかしたらユーリ・ケラーネ少将ではないのかもしれない。

 

 

 

『お前んとこの穴掘り部隊じゃ持て余すだろ? こっちに回せ! ちょうどMSが足りてねぇ。それもこれも、お前が推し進めてる統合整備計画とかいうプランのせいなんだからよ〜!!』

 

 

 

 確かに、統合整備計画の影響でMS生産工場がストップしているという話は聞いたことがあるが……。

 

 

 

『新型を独り占めなんざ良くねえぜ? なあに、ちゃんと洗って返してやるさ! もし、送ってくれねえなら、今度はお前の大好きな美術館やら何やらに誤射しちまうかもしれねぇなぁ〜! ひゃははははっ!!』

 

 

 

 男は言いたいことだけを吐き捨てると、ぶつりと映像が途切れた。

 残響のように、下卑た笑いだけが耳の奥にこびりついて離れなかった。

 

 

「あの……今の人は……」

 

 

「信じがたいことに、今のが欧州方面軍司令ユーリ・ケラーネ少将だ」

 

 

「……」

 

 

 ガルマ大佐が言葉を濁していた理由がわかった。

 マ・クベ中佐とは致命的に相性が悪そうだ。

 

「今度は美術館に誤射するとか何とかおっしゃってましたけど……」

 

「先日、少将の要請を断った際に、新兵の射撃訓練と称して、白磁の名品を的にした訓練映像を送ってきた……」

 

(うわぁ……)

 

 よく見れば額に青筋を立てている。さぞ手を焼いているのだろう。

 

「聞いての通り、前線ではMSが不足している。MSの慣熟訓練を終えたら、すぐに向かってほしい」

 

「はっ……」

 

 不安しかないが、統合整備計画には僕も一枚噛んでいる。

 僕たちだけでどこまでやれるかはわからないが、できることをするしかない。

 

 

 

*****

 

 

 

「ふぅ~……ずいぶん腕を上げたな、ライゼン」

 

「この新型のおかげですよ。慣熟訓練に付き合ってくださって、ありがとうございます。ゲール中佐」

 

 一か月ぶりの再会にもかかわらず、ゲール中佐たち本家海兵隊の面々と開口一番に模擬戦をすることになった。相変わらずだなと思いつつも、その豪快さが懐かしかった。

 

 今回の護衛任務でオデッサへ届けた新型MS──『YMS-07A プロトタイプグフ』。

 ザクⅡJ型をベースとして開発された陸戦用試作MSだ。

 

 地球という重力環境での戦闘を前提に設計されたこの機体は、ザクよりも地上での安定性が高く、機体の重心制御も優秀だ。

 ザクとは異なる操縦感覚に慣れるまで多少時間はかかったが、ゲール中佐たちのおかげでコツは掴むことはできた。これならすぐにでも実戦に出れるだろう。

 プロトタイプグフのコックピットから降りると、メイが駆け寄ってきた。ブラウンやオルガ曹長も一緒だ。

 

「お疲れ様、ライゼン! A型グフはどう?」

 

「いい機体だよ、メイ。ただ、今のままだと特色が無さすぎるかな。MS戦闘を意識した機体っていう割には、できることがザクと大差無いというか……」

 

「う~ん……。一応、左腕を機関砲にするプランがあるけど……」

 

「それってマニピュレーターとしての機能は無くなっちゃうんでしょ? 僕は両手で武器が使える方がいいかな……」

 

「でも、武器を持ち替える必要は無くなるし、接近戦での取り回しもよくなるよ?」

 

「それなら、FS型みたいに頭部に機関砲をつけるとか……」

 

「それだと威力は落ちるし、装弾数も……」

 

 どこかを伸ばせば、どこかが削れる。

 その現実が、会話の端々に滲んでいた。

 

「いっそのこと、腕を3本にするとか?」

 

「ブラウン、適当なことを言わないで。そんなこと出来るわけないでしょ」

 

 場違いなほど軽い声音で言い放つブラウンに、オルガ曹長が即座に返した。声音は呆れ半分だが、どこか慣れた調子でもある。

 

「じゃあ、ザクマシンガンを直接腕に取り付けるとか……」

 

「3本目……腕に取り付ける……」

 

 それでも懲りずに食い下がるブラウンに、メイがふと動きを止めた。彼の言葉を真剣に噛み砕こうとしている。

 

「ちょっと、メイ? ブラウンの言うことを間に受けちゃダメよ」

 

「ひどいですよ、オルガ曹長……。僕だって真剣に……」

 

「仲が良さそうで何よりだ」

 

「あっ……ゲール中佐」

 

 あーでもない、こーでもないと意見を言っていると、ザクから降りたゲール中佐たちが近づいてきた。

 

「中佐、今日はありがとうございました。おかげで機体の感触がだいぶ掴めました」

 

「礼を言うのはこっちだ。こっちも相手になってもらって得るものがあった。ブラウンもかなり腕を上げたな。見違えたぜ」

 

「ありがとうございます! ゲール中佐!」

 

「そっちの嬢ちゃんは……オルガとメイだったか?」

 

 視線が二人へと移る。グラナダで何度か顔は合わせているはずだが、ちゃんと紹介はしてなかったかもしれない。

 

「はい、オルガ・タルヴィティエ曹長です」

 

「メイ・カーウィンです!」

 

「他所からの誘いを蹴ってまで、こいつらと一緒に地球に来てくれたんだよな。これからもよろしく頼むぜ」

 

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「まっかせといて!」

 

 ゲール中佐は新生海兵隊を一瞥し、わずかに口元を緩めた。

 本家海兵隊に比べれば未熟は否めない。だが、2人が海兵隊員として認められたことは、その仕草だけで十分に伝わってきた。

 

「小隊長か……。まさか、こうも早く出世するとはなぁ……ライゼン。いや、もうライゼン少尉と呼ばなきゃならんか」

 

「ハウンズマン曹長、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」

 

「気に入らねぇ上官をぶん殴って、海兵隊に左遷されなけりゃあ、お前も今頃は士官だったのになぁ、ハウンズマン」

 

「それは言わんでください、ゲール中佐」

 

 懐かしい空気だったが、もう訓練生ではない。少尉として部隊を率いる立場だ。

 それでも、こうして以前と変わらず接してくれる相手がいることに、わずかな安堵を覚えていた。

 

「ゲール中佐たちも欧州戦線へ?」

 

「いや、俺たちは鉱山基地の防衛だ。鉱山を取り返そうとする現地住民のレジスタンスが多くてな」

 

 やはり、北米とは違ってユーラシアは各地で戦争が激化しているようだ。

 

「補充部隊が来たら俺たちはグラナダへ戻ることになってんだ。次に会えるのは当分先だろうな……」

 

「そうなんですね……。せっかく会えたのに……」

 

 口に出してしまってから、子供じみた感想だと気づく。だが、それでも本音だった。

 

「欧州は今、かなり激しいらしいな。……気をつけろよ。心が壊れた奴も大勢いるからな。後方に下がってきた負傷兵が口々に言うんだ。欧州戦線で死神を見たってな……」

 

「死神……ですか?」

 

「ああ……なんでも、黒髪の女らしいぞ」

 

「黒髪の女性……? 実在する人物なんですか?」

 

「ハッハッハッ! まさか! ただの幻覚だろうさ! ただ、死神を見たっていう連中がシーマのことを「死神だ」って怯えてたから、そうなんじゃないかって話だ」

 

「そ、そうなんですね……」

 

「まあ、死神よりもシーマの方が恐──ぐぉっ!?」

 

「誰が死神より恐いって?」

 

 軽やかな音とともに、シーマ中佐の扇子がゲール中佐の頭を打つ。いつの間にかこちらに来ていたようだ。

 

「お元気そうで何よりです、シーマ中佐」

 

「そっちもね……随分と逞しくなったじゃないか」

 

 そう言いながら、シーマ中佐の視線がブラウン、オルガ曹長、メイの順に流れた。

 

「それにしても、隊の名前を海兵隊にする必要は無かったんじゃないかい? アンタたちが汚名を背負って戦う義務は無いんだよ?」

 

「ゲール中佐やシーマ中佐たちと同じ名前を背負って戦いたかった。それだけです」

 

 シーマ中佐は少しの間、黙っていた。扇を閉じて、口元を隠す。だが、目は笑っていた。

 

「……ったく。相変わらず、憎たらしいほど真っ直ぐなガキだ」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「褒めてないよ」

 

 そう言いながらも、シーマ中佐は僕の肩をぽんと叩いた。

 

「欧州戦線に行くんだろう? 気をつけて行ってきな」

 

「はい!」

 

 

 

 翌日、シーマ中佐たちに見送られながら、僕たちはオデッサを発った。

 

 

 

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