戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第36話 死神の声

「シンシア、マ・クベは何だって?」

 

 欧州方面軍司令部の天幕の中で、ユーリ・ケラーネ少将は秘書官であるシンシア大尉に問いかけた。

 

「新型1機とザク2機の部隊をガウで派遣するとのお返事が届いております」

 

「あん? 新型は1機だけかよ……。どこの部隊だ?」

 

「海兵隊です」

 

「海兵隊? あいつらは鉱山基地の防衛じゃなかったか?」

 

「ガルマ様直属の部隊のようです」

 

「んん……? ああ! 確か虎の子の部隊だとかいう……」

 

 ユーリ少将は顎を撫でながら、ニヤリと笑った。

 

「そりゃあ楽しみだな! 今一番やべぇ場所はどこだ?」

 

「最も戦線が膠着しているこの地点かと……」

 

 シンシア大尉が地図の一点を指し示す。

 そこは連邦の対MS特技兵により、ザクが撃破されたとの報告が入っていた部隊だった。MSの圧が弱まり、現在は戦線の維持だけで手一杯らしい。

 それを確認したユーリ少将は、椅子を蹴るように立ち上がる。

 

「ならそこに降下するよう伝えろ。物は試しだ。使えるかどうか、この目で見てやろうじゃねえか!」

 

 言い終わるや否や、司令部の天幕を飛び出した。

 

 

 

*****

 

 

 

「ライゼン少尉! 降下ポイントまであと2分です!」

 

「了解。二人とも、準備はいい?」

 

「「いつでも!」」

 

 二人の返答に迷いはなかった。

 

 ポケットのサイコロを一度握り締めてから、操縦桿を構え直す。

 

 

「全機、出撃!」

 

 

 降下した瞬間から、戦場の空気が北米とは全く違うことを肌で感じた。

 砲声が絶え間なく続いている。視界の先では砲弾が大地を抉り、煙が複数の方向から立ち昇っている。ジオン側の陣地からも連邦側からも、双方がひたすら撃ち合っているのだ。

 

「当たれっ……!」

 

 地面に着地し、引き金を引いた瞬間、マシンガンの連射が火を噴いた。弾丸が先頭の61式戦車の砲塔に叩き込まれ、装甲を穿ち、内部で爆発が起きる。

 

「くそっ! 数だけは多いなぁっ!」

 

「ホントに、嫌になっちゃうわね……!」

 

 ガウから無事に降下できたが、連邦の61式戦車がこちらに向かって砲撃を続けている。今まで相手にしたものとは比べ物にならない数だ。

 距離を取れば砲撃で押し潰される。ならば、懐に飛び込むしかない。

 

「ブラウンは左! オルガ曹長、右から回り込んで!」

 

「「了解!」」

 

 二人が散開する。戦車部隊の注意が分散した一瞬を突いて、僕は正面に向かって踏み込んだ。

 次の瞬間、至近距離に砲弾が着弾し、爆炎と土砂が視界を埋め尽くす。衝撃で機体がわずかに揺れ、警告音がコックピットに鳴り響いた。

 

 だが、足は止めない。

 

 爆煙を突き抜けるように前進しながら、照準を合わせる。

 走りながらマシンガンを乱射し、二両目、三両目と連続で撃破する。

 敵の戦車隊が態勢を立て直す前に、さらに前進する。

 ブラウンが左から豪快にマシンガンを撃ちながら戦車の注意を引きつけ、オルガ曹長が右から冷静に側面を抉っていく。

 三方向から無駄のない攻撃で側面に回り込み、狙いを定めると、短い射撃で確実に装甲の継ぎ目を撃ち抜いた。

 一両、また一両と、爆炎が静かに連なっていく。派手さはないが、確実に数を減らしていく戦い方だった。

 

 残る戦車が散開して後退し始める。逃がすつもりはなかったが、その時、頭の中に鋭い光が走った。

 

「二人とも、止まれ!!」

 

 咄嗟に叫んだ。直後、後退していた戦車の背後から巨大な影が現れた。

 

「ビッグ・トレーか……!」

 

「あれが敵の切り札ってわけね……!」

 

 巨大な車体が大地を軋ませながら前進し、その上部にはいくつもの砲塔が据えられている。まるで移動する要塞……いや、戦場そのものがこちらへ迫ってきているかのような圧迫感だった。

 

 その姿を視認した瞬間、周囲で戦っていたジオン兵たちの動きが明らかに変わった。

 

『ビッグ・トレーだ! 下がれ、下がれぇ!』

 

 無線越しに悲鳴のような声が飛び交い、マゼラアタックや歩兵部隊が一斉に後退を始める。代わりに後退していた連邦の戦車部隊はビッグ・トレーに追従するように前に出始めた。

 ついさっきまで優勢に押していた部隊ですら、まるで潮が引くように戦線を離脱していく。

 その場にいる多くの者たちが、砲撃の射程に入ることそのものが致命的……それを本能的に理解しているかのような動きだった。

 しかし──。

 

 

「新型の実戦データを取るにはちょうどいい相手かな」

 

「グフのお披露目ですね、ライゼン少尉。援護します!」

 

 

 過去にビッグ・トレーを仕留めたこともある海兵隊には動揺は無かった。戦場の流れに逆らうように、3機のMSだけが前へ出る。

 

「ブラウンとオルガ曹長は戦車隊を。ビッグ・トレーは僕がやる」

 

「了解!」

 

「露払いはお任せを!」

 

 二人が戦車隊に向かうのを確認してから、ビッグ・トレーへと機体を向けた。

 砲塔がこちらを捉える。照準が合った瞬間、スラスターを全力で吹かして横に跳んだ。直後、さっきまで立っていた地面が爆炎に呑まれる。

 

『あの黄色いザクに砲撃を集中させろ!』

 

 プロトタイプグフ目掛けて、砲火がいくつも飛んでくる。

 どうやらこちらの機体をザクと誤認しているようだが……。

 

「このグフに、そんな巨砲がそうそう当たるものか!」

 

 ビッグ・トレーの主砲の弾道が手に取るように読める。

 脳裏に響く音と、視界を走る光条が、進むべき軌道を示していた。

 

 敵の射線を読めても、ザクではビッグ・トレーの砲火を全て捌き切ることはできなかったはずだ。しかし、このプロトタイプグフならば、そんな無茶も可能となる。

 

 こちらの機動力に連邦は照準が追い付いていない。

 弾幕を縫い、爆炎を飛び越えて、一気にビッグ・トレーのブリッジに迫った。

 

「もらった!」

 

 振りかぶったヒートホークを、ブリッジ目掛けて叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 ──ミツケタ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

「おいおい……誰だぁ? アイツらが虎の子だなんてデマを流した奴は……」

 

 

 

 ユーリ・ケラーネ少将は海兵隊を見て呟いた。

 

「ありゃあ、本物の『虎』じゃねえか……!」

 

 巨大なビッグ・トレーが沈黙し、その足元で3機のMSが悠然と立っている。

 戦場を押し潰していたはずの存在が、たった数分で無力化された。

 ケラーネ少将は小さく息を吐き、口の端を吊り上げた。

 

「最初こそお堅い動きで確実に戦車を仕留めていましたが、ビッグ・トレーが現れてからの戦いぶりはまさに虎でしたな」

 

「新型の性能もあるんでしょうが、パイロットも相当やるようです」

 

「2機のザクのパイロットたちもいい腕してますよ」

 

 少将の部下たちも双眼鏡で戦場を睨みながら、興奮を抑えきれない様子で海兵隊の戦いぶりを褒め称えていた。

 

「なぁ、シンシア。アイツらをウチに引っ張ってくることはできねえか?」

 

「さすがにガルマ大佐お抱えの部隊を引き抜くのは……」

 

「だよなぁ……」

 

 今の欧州方面軍にはエースと呼べるMSパイロットが少ない。

 部下を悪くは言いたくないが、基本的にジオンはスペースノイドの集まりだ。宇宙ならばともかく、地球での戦いはほとんどの者が素人同然。

 決定打を叩き込める切り札に欠けているのが現状だ。

 

「まっ、短期間だけでもアイツらを借りられるだけ良しとするかね……」

 

 ケラーネ少将は踵を返した。

 ビッグ・トレーが沈黙したことで、この戦場の大勢は決した。見るべきものは、もう無い。

 

 

 

*****

 

 

 

「ライゼン少尉、大丈夫ですか?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 ビッグ・トレーの沈黙とともに、戦線は急速に静まっていった。残存する連邦軍もジオン軍の前進を阻む手段を失い、次々と後退していく。

 

(……今のは、何だ?)

 

 ビッグ・トレーにヒートホークを叩き込んだ瞬間、頭の中に確かに声が響いた。

 それは無線ではない。ノイズも遅延もない、あまりにも直接的な気配。

 

 言葉として聞こえたのか、感覚として流れ込んだのか判然としない。ただ、背筋を這い上がる冷たさだけが現実のものとして残った。

 

 思考の奥を覗き込まれるような、不快な近さ。

 

 咄嗟に周囲のセンサーを走査するが異常は検知されない。なのに……確かに、何かがこちらを見ている。

 

 機体を静止させ、もう一度周囲を確かめる。

 煙が立ち込める戦場の向こう、どこかに視線を感じる気がした。しかし、その正体は煙の中に消えていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ──重力に囚われし者たちよ……。

 

 

 ──この奈落の底で蠢き、その野蛮なる雄叫びが枯れ果てるまで……。

 

 

 ──その想いが、尽きるまで……。

 

 

 ──戦い続けるがいい……。

 

 

 

 その声は、誰の耳にも届くことなく、ただ戦場に溶けていく。

 

 煙と血と鉄の匂いに満ちた大地は、何も知らぬまま次の戦いを受け入れる。

 

 虎は牙を研ぎ、死神は影を落とす。

 

 交わるはずのなかった二つの存在は、確実に同じ戦場へと引き寄せられていた。

 

 

 

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