戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
欧州に来てから、2週間近くが経過した。
ここは北米での戦いとは全く異なる戦場だった。連邦軍との激しい消耗戦が続いており、前線は日々、めまぐるしく変動している。
そして、僕は出撃のたびに感じていた。
誰かに見られているという感覚を。
「この辺りはミノフスキー粒子の濃度が高いようです」
オルガ曹長の報告通り、目標地点に接近するに伴い、電波状態が急激に悪くなった。
「敵の司令部はこの近くみたいだね」
僕たちは潜伏している敵の移動司令部を制圧するため、隠密行動を取っていた。
固定施設と異なり、車両に過ぎない移動司令部は外部からの打撃に脆い。それゆえにミノフスキー粒子発生装置を搭載し、レーダーによる探知を困難にするのが基本的なステルス手段となる。
もっとも、ミノフスキー粒子発生装置は電波通信を著しく阻害するため、指揮命令はほぼ不可能になる。その補完として、光ファイバーやレーザー通信を敷設する通信隊が随伴するのが常だった。
通信施設の破壊が戦況にどれほどの影響を及ぼすかは、1か月前のキャリフォルニアベース攻略戦の結果を見れば一目瞭然だ。
この任務が成功すれば、連邦は戦線を縮小せざるを得なくなるだろう。
「ライゼン少尉、見つけました」
オルガ曹長のザクに装備されているレーザーセンサーが真っ先に反応した。
「突入する! 各機、散開!」
「「了解!」」
次の瞬間、僕たちは同時にスロットルを押し込んだ。
スラスターが唸りを上げ、機体が低空を滑るように前進する。
視界の先、木々と土嚢に偽装された敵陣が一気に露わになった。
ブラウンとオルガ曹長が左右に開き、僕はそのまま正面へ突っ込む。
『と、虎だ……! 「鋼鉄の虎」が出たぞぉぉぉっ!!』
敵陣へと切り込むと、悲鳴のような無線が戦場に響いた。
敵味方の入り乱れる戦線の中で、その言葉だけがやけに鮮明に耳に残る。
いつの間にか敵味方問わず、僕のことを「鋼鉄の虎」と呼ぶようになっていた。
ユーリ・ケラーネ少将が僕のことを「虎の子ではなく、虎そのものだ」と発言したことがきっかけらしいが、プロトタイプグフのカラーリングが虎に近いせいもあるだろう。
連邦はもともとザクのことを「鋼鉄の巨人」と呼んでいたらしいので、それと虎が組み合わさってしまったらしい。
61式戦車の砲塔がこちらを捉える。
弾道を読み切り、わずかに機体を傾けて回避。そのままマシンガンで反撃した。
砲塔が弾け、爆炎が噴き上がる。
マシンガンを乱射しながら、速度を落とさず前へ押し切る。
(あれだな……)
進行方向の先に、電柱のような支柱が立っているのが見えた。頂部にはレーザー通信用の中継器が設置されている。
ヒートホークで支柱を断ち切り、中継器が火花を散らして崩れ落ちる。
これで通信は途絶したはずだ。敵の指揮系統にも乱れが生じるだろう。
「司令部、撃破しました!」
オルガ曹長から敵の司令部を撃破したとの報告があった。連邦の装甲ホバートラックが炎を噴き上げ、制御を失ったままその場で沈黙したのが見えた。
「武装解除し、投降せよ。これ以上の抵抗は──」
決着はついた。そう判断し、オープン回線で敵に降伏を呼びかけたのだが──。
『──3、2、1……発射!!』
静まりかけていた戦場に微かな違和感が走ったのを感じた。
「っ……! 対MS特技兵か!!」
すぐさま、機体をひねる。
直後、白煙を引いた複数の弾頭が視界をかすめた。
対MS特技兵と呼ばれる歩兵が運用する装備であり、ミノフスキー粒子散布下では命中率も低いなど、欠点も多い。しかし、至近距離で直撃すれば、MSといえど大破は免れない。
「ブラウン!
「了解!」
ばら撒かれた無数の小型地雷が、空中で弾けるように拡散する。
土煙と破片が舞い上がり、抵抗を続ける歩兵部隊を容赦なく薙ぎ払う。
『うわぁぁぁっ!!!』
断末魔の悲鳴が無線に混じる。
煙が流れたあと、地面には無残な痕跡だけが残った。
爆風に叩きつけられた歩兵たちの身体は、装備ごと引き裂かれ、土と鉄片にまみれて転がっている。ただ、さっきまでそこにいた人間だったものが、戦場の一部として無造作に転がっていた。
「っ……やっぱり、慣れませんね……これ」
目の前の凄惨な光景を見て、オルガ曹長は声を震わせていた。
「……そうだね。ブラウンは大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
ブラウンも平静を装っているものの、やはり辛そうだ。
僕もこのおぞましい光景を見ていると、どうしてもサイド2──アイランド・イフィッシュのことを思い出してしまう。
海兵隊は精鋭部隊であるがゆえに、常に最も激しい戦場へ投入される。だが、その強さは基本的に戦車や戦闘機などの兵器に対して発揮されるものであり、歩兵への対処にはどうしても限界があった。
そのため、ブラウンのザクには
使わずに済めばいいと思っていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。
機体の足元で転がるものを視界の端に追いやり、意識を切り替える。そうでもしなければ、次の判断が鈍ってしまう。
戦場で生き残るための、最低限の線引きだった。
──その虎の如き獰猛さこそ、私の欲する魂……。
「……黙れ」
「少尉?」
「……何でもない。任務は遂行した。帰投しよう」
「「了解」」
……耳元で囁かれたような感覚だった。
ただの幻聴だと、自分に言い聞かせながら帰途につく。
勝利した。戦果は積み上がり、海兵隊の評価もまた上がるだろう。
それでも、何かが確実に削られている感覚だけが、はっきりと残っていた。
*****
『ニュース速報です。欧州方面軍が敵主力部隊に決定的痛打を浴びせました。特に「鋼鉄の虎」の異名を取るヴァルター・ライゼン少尉は赫々たる戦果を上げております。ライゼン少尉率いる海兵隊は、ガルマ・ザビ大佐直属の──』
明るい声色のアナウンサーは、戦場の現実を切り取っては磨き上げ、耳触りの良い言葉へと変えていく。画面の向こうでは整然とした地図と矢印が躍り、損耗や泥濘や匂いは一切映らない。
「すっかり有名になっちゃたね~、ライゼン!」
「グフのおかげだよ、メイ。あれだけ高性能な機体に乗っていたら、誰だって活躍できるさ」
海兵隊の名声が広まるのは嬉しい。
しかし、僕たちの戦果が連日のように報道されているということは、他戦線の戦況が芳しくないことの証であることに、遅まきながら気づいた。
今思えば、ガルマ大佐のことばかり報道されていたのも、北米戦線以外の戦況が順調ではなかったからだろう。
そのことを考えれば、素直に喜ぶことは出来ない。
「ライゼンが実戦データをたくさん取ってきてくれるから、開発部も喜んでるみたいよ? グフが量産される日もそう遠くないと思う!」
「それなら、いいんだけど……」
「少尉の活躍で欧州方面軍の士気も上がってますよ。ねえ、ブラウ……ブラウン? どうしたの?」
ブラウンは視線を床に落として黙り込んでいた。彼が元気が無いのは珍しい。オルガ曹長が心配そうに覗き込んでいる。
「あ……いえ、少し寝不足で……」
「どうしたのよ、ブラウン。いつもなら、ライゼンの活躍を自分のことのように喜んでるのに……」
「ホントに何でもないんだよ。ちょっと変な夢を見ちゃって……」
「夢? どんな夢だったの?」
「死神が出てきて……お前は人殺しだって言って、僕を殺そうとしてきて……。嫌な夢だったなぁ……」
「死神って……大丈夫なの、それ? 一度、カウンセリングに行って来たら?」
「カウンセリングなんて、大げさだよ! ただの夢だから! 多分、ここに来る前にゲール中佐から変な話を聞いちゃったから、あんな夢を見たんだと思う」
さすがのメイも今のブラウンをからかう気にはなれないようだ。オルガ曹長もそうだが、海兵隊全員に疲れが見える。
(死神か……)
戦場でそれらしき声を聞いたことはあるが、姿形は見えない。
実在するのか、それとも幻聴なのか……。いずれにせよ、僕も大分疲労が溜まっているようだ。
「補充部隊が来れば、僕たちも北米に戻ることができる。もう少しの辛抱だよ」
全員に言い聞かせるように口にした言葉は、自分自身に向けたものでもあった。
*****
「よう、ライゼン少尉! 座ってくれ」
ユーリ・ケラーネ少将は相変わらず格式ばった様子が微塵も無い。しかし、今日は普段と少し空気が違う気がした。
「少将、お呼びでしょうか」
「ああ。マ・クベから補充部隊がオデッサに降下したと連絡があった。今までご苦労だったな。お前たちの活躍のおかげで、今までの遅れを取り戻せたぞ」
労いの言葉は簡潔だったが、前線で擦り減っていた神経が、わずかに緩むのを感じた。
だが同時に、胸の奥で別の緊張が立ち上がる。補充部隊が降下してきたということは、今回の任務が僕たちの欧州での最後の任務となるだろう。
「ライゼン少尉、一つ頼みがある。欧州での最後の任務として、「死神」と呼ばれる1人の男を仕留めてほしい」
「死神……ですか?」
戦場に出るたびに、その存在を感じ取ってはいた。しかし、僕が感じていたそれは、生きた人間の気配ではなかった。
あの声の主とは別に、この欧州の地に、死神と呼ばれる兵士が実在する……。
「そいつの名はベン・バーバリー。対MS特技兵小隊の指揮官だ」
「ベン・バーバリー……」
「この男が率いる小隊によって、すでに10を超えるザクが撃破されている」
「ザクが10機以上……!?」
思わず声が漏れた。歩兵が10機以上のMSを倒すなんて信じられない。
「歩兵1人のことと思うかもしれんが、この男の存在がMS部隊に与える心理的な影響は侮れない。何度かバーバリーが率いる小隊に壊滅的なダメージを与えたことはあるが、奴だけにはいつも逃げられちまう。そのせいか、味方からも部下の血を吸う死神と呼ばれているらしいな。厄介な野郎だ」
ケラーネ少将の語った内容はたかが歩兵1人と笑い飛ばせるものではなかった。
記録上の戦果だけではない。MSと何度も戦って生還し続けているという事実こそが、この男の異常性を物語っていた。
「……かしこまりました。必ず、ベン・バーバリーを仕留めます」
ケラーネ少将は立ち上がり、期待を込めた目でこちらを見据えた。
「頼んだぞ、ライゼン少尉。あの死神を撃て!」
「はっ!」
標的は1人。
戦車でも戦艦でもない。
死神の異名を持つ、たった1人の歩兵が、この欧州戦線の最後の敵となった。