戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第38話 あの死神を撃て!

 宇宙世紀0079年4月26日。

 欧州南方戦線、第44機械化混成連隊。

 

 

 死神と呼ばれる男──ベン・バーバリー中尉は自分を呼びつけた連隊の大隊長であるミケーレ・コレマッタ少佐に声をかけた。

 

 

「やれやれ……また戦線縮小ってやつですかい? 少佐殿」

 

「また皮肉か? バーバリー中尉」

 

「皮肉? この状況でどこが皮肉だってんです?」

 

 バーバリー中尉が周囲を見渡すと、物資を満載したトラックが次々と出発していく光景が目に入る。

 

 皮肉ではなく、事実を言ったまでだと、バーバリー中尉の顔にはそう書いてあった。

 

「いや……嫌味だったな……」

 

「何分育ちが悪いもんでね」

 

「……中尉。大隊は200キロほど後退し、マチルダ隊より補給を受ける。より強固な防衛線構築のためにな」

 

「チッ……あのぉ!」

 

「君は! 再編成された対MS特技兵小隊を率いて50キロ進出。大隊の後退を支援せよ!」

 

 舌打ちとともに声を上げたバーバリー中尉の抗議は、コレマッタ少佐の叩きつけるような命令によって遮られた。

 

「50キロ進出ぅ? あぁ、後方(コッチ)ですかい?」

 

前方(アッチ)だ」

 

 即答だった。

 それはすなわち、撤退線の外側。味方が下がる中で、ただ一隊だけが逆方向へ進むことを意味する。

 バーバリー中尉は一瞬だけ黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 

「……私はこの前の戦闘でも、部下のほとんどを失ったんですぜ! 少佐殿は……私の指揮能力を疑わないんですかね!?」

 

「大いに当てにしておる。対MS特技兵小隊は、すでに君の部隊しか残っておらんからな」

 

「私は周りから部下の血を吸う死神って呼ばれてまさぁ……」

 

 バーバリー中尉は、戦死した部下たちのドッグタグを握りしめ、コレマッタ少佐の前に突き出した。

 

「戦死した部下……全員分の回収はできませんでしたがね!!」

 

 声は荒れていたが、怒号というよりは押し殺した嗚咽に近かった。

 

「……なぁ、バーバリー。戦場に死神はつきものだ。それに……真の死神は宇宙からやって来たジオンのザクだ。わかるだろ? 君の部隊はその死神(ザク)から大隊を守るべき守護神なのだよ」

 

 

 ──そう、この地獄の重さを打ち払い、あえてお前は戦い続ける。

 

 

 ──たとえ、多くの部下を失ってまでも……。

 

 

(馬鹿な……誰が、好き好んで……!!)

 

 

 バーバリー中尉はドッグタグを握りしめながら、コレマッタ少佐を睨みつける。その瞳には怒りでも悲嘆でもなく、ただ煮え切らない感情だけが残っていた。

 コレマッタ少佐はその視線から目を逸らさずに、言葉を続けた。

 

「さぁ、天使の時間は終わりだ。ザクハンターたる対MS特技兵小隊はその本分を果たすべきだ。こうやってる間にも、味方は蹴散らされているかもしれないのだ……」

 

 

 ──あなたこそ、真のザクハンター。

 

 

 ──ジオンにとって、あなたこそが重力の権化。

 

 

 ──命を懸けて、戦わない勇者がいて……?

 

 

(そうだ……ザクという鋼鉄の巨人を倒すために、俺は……失った部下の、魂のためにも……!)

 

 

 ──たとえ、ザクの馬蹄にかかろうと……あなたは必ず成し遂げる。

 

 

 ──バーバリー……私に捧げなさい。

 

 

 ──獰猛な、ジオンの虎の魂を……。

 

 

 ──さすれば、あなたは……。

 

 

 戦場には新たな敵と、確実に訪れる死が待っている。

 死神の声に導かれながら、ベン・バーバリーは死地へと赴いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 宇宙世紀0079年4月27日。

 戦場に降りた瞬間から、いつもと空気が違うと感じた。

 周囲を逃げ惑う連邦兵には目もくれず、前に進み続ける。

 

 

(近くにいるな……ベン・バーバリー)

 

 

 バーバリーを誘き寄せるため、僕は1人で行動していた。

 ブラウンとオルガ曹長には後退する敵の追撃を任せている。

 

 ゲラート少佐から教わったリスクの分散を、今回に限っては外した。

 ここに来てからも1人で突撃したことはあったが、それはプロトタイプグフのデータを取るためだった。今回はそうではない。

 

 

 理由は二つ。

 欧州に来てから2人の消耗が激しいこと。これは僕にも言えることだが、それでもプロトタイプグフに乗っている以上、僕の方が生還率は高い。

 

 もう一つの理由は……この男だけは僕の手で決着をつけなければならないと感じたからだ。

 もし、ブラウンやオルガ曹長を一緒に連れて行けば……死神は、2人の魂を奪って行くかもしれない。

 

 論理ではなく、直感だ。死神とは別の……頭の中に響く音が、ずっとそう告げていた。

 

 2人には怒られるかもしれないが……僕は、自分が死ぬよりも、彼らが死んでしまう方が怖い。

 

(指揮官失格だよな……)

 

 やっぱり、僕は軍人には向いていないのかもしれない。

 

 ゆっくりとプロトタイプグフを前進させながら、目の前の丘を登る。

 

(バーバリー、どこにいる……?)

 

 周囲に気を配るも、殺気を感じ取ることが出来なかった。

 まるで、頭の中にモヤがかかったように……。

 こんなことは初めてだった。

 

 第六感ではなく、五感を研ぎ澄ませながら慎重に踏み出すと、視界の端に何かが光った。

 

 

「っ……!」

 

 

 反射的に機体を横に跳ばす。直後、さっきまでいた場所に白煙を引いた誘導弾が突き刺さり、土が吹き上がった。

 

 

 対MS重誘導弾(リジーナ)だ。

 

 

「姿を現したな! バーバリー!」

 

 

 誘導弾が飛んできた場所に向けて、反撃しようとした直後、さらに三つの誘導弾がこちらに向かって来るのが見えた。

 

 

「なっ……! 時間差攻撃!?」

 

 

 初撃を大げさに回避してしまったことで、後発の攻撃を避けることは出来なかった。

 咄嗟にシールドで受け止める。

 

 

「ぐぅっ……!!」

 

 

 衝撃が機体を揺らす。

 

 シールドは失ったが、ダメージは無い。

 ……しかし、普段の僕なら直感で察知出来たはずだった。

 それが出来なかったのは、疲労が蓄積しているからか、それとも、死神が僕を冥府へと誘おうとしているからなのか……。

 

 

(いつもより身体が重い……。だが、今の攻撃で僕を仕留められたかったのは、バーバリーにとっても計算外のはずだ)

 

 

 いずれにせよ、奇襲が失敗した以上、バーバリーのアドバンテージは消えた。

 後は誘導弾が飛んで来た場所目掛けて攻撃するだけだ。それで終わる。

 

 一つ、二つ、三つ、四つ……敵がいると思わしき場所に向けて、マシンガンを連射する。

 

 

『うわあぁああぁぁーーっ!?』

 

 

 着弾した地点から人間が吹き飛ぶのが見えた。

 何機ものザクを葬った相手といえど、所詮は生身の人間だ。これだけ撃てばタダでは済まないはず……。

 そう割り切って情けを捨て、攻撃を続けていた矢先、苦し紛れの誘導弾が再びこちらへ飛来した。

 

 

「どこから来るかさえ、わかっていれば……そんな攻撃っ!」

 

 

 誘導弾とはいえ、ミノフスキー粒子散布下での攻撃は容易に命中するものではない。飛来するミサイルを難なく回避し、再び制圧射撃へと移行する。

 

 

『うおぉぉぉっ!!』

 

 

「……! バーバリーか!!」

 

 

 120mm弾の着弾で立ち上った煙の奥から、トラックがこちらへ突っ込んでくるのが見えた。

 後部座席の男はリジーナを構えて、こちらを睨みつけている。

 

 

『このバケモノめぇぇっ!!』

 

 

「させるかっ!」

 

 

 すぐさま、事前に装備しておいたSマイン(対人兵器)を発射する。先日の光景が頭をよぎるが、躊躇すればこちらがやられる。

 

 

『う、うわあぁぁぁっ!!』

 

 

 散弾が降り注ぎ、乗っていた人間ごとトラックを貫く。

 車体は大きく横転し、人間……だったものが地面へと放り出された。

 

 

(やったか……? いや、まだ死神の気配は消えてない!)

 

 

 思わず目を背けたくなる惨状だったが、歯を食いしばってそれを堪え、顔を上げる。

 そして、前方に視線を向けると……リジーナを引き摺りながらこちらに向かって来る、1人の歩兵の姿を捉えた。

 

 

『ここをどこだと思ってやがんだ!! 俺たちの地球だぞぉ!!』

 

 

 男の怒号は裂けるように響き、乾いた大気を震わせた。

 

 その姿を、一目見て確信した。

 この男が、ベン・バーバリーだと……。

 

 

 ──あれがお前の倒すべき敵……。

 

 

 ──私に捧げるべき魂……。

 

 

「っ……! 黙れっ!!」

 

 

 脳裏に響く声を振り払うように吐き捨て、現実へと意識を引き戻す。

 

 

「武器を捨てて投降しろ! これ以上の抵抗は──!」

 

 

『来やがれぇぇっ!! 死神野郎ぉぉっ!!』

 

 

 怒声はかすれている。だが、芯だけは折れていない。

 土と血にまみれたその身体は今にも崩れそうなのに、視線だけはまっすぐにこちらを射抜いてくる。

 

 こちらはMSに乗っているのに対して、向こうは生身の人間だった。

 生き残りは彼1人。勝負は着いた。

 これ以上、戦っても無意味なはず……なのに──。

 

 

「くそっ……! どうして、まだ戦おうとするんだ……!」

 

 

 バーバリーはまだ戦意を失っていない。

 即座に彼をマシンガンで撃つべきだった。

 

 いつもの「僕」だったなら……彼の戦意に悪寒を感じ、心を殺して死神(バーバリー)を撃ったかもしれない。

 

 だが、死神(しにがみ)に纏わりつかれた「僕」は……最後の最後で、躊躇してしまった。

 目の前の、生身の人間を撃つことを……。

 

 

 

 ──お前は切れた糸に縋った……。

 

 

 

 手を伸ばせば、助けられる生命。

 殺戮を撒き散らすだけの、無慈悲な死神にはなりたくない。

 アイランド・イフィッシュの人々をはじめ、いくつもの生命を奪っておきながら、そんな偽善に縋り付いてしまった。

 

 それが勝負の明暗を分けてしまったのだろう。

 

 リジーナを撃たれる前に、彼を止めるべく足を踏み出した。

 その瞬間──。

 

 

 

 ──奈落に堕ちよ。

 

 

 

「なっ、何──?! うわあぁぁぁーーっ!?」

 

 

 プロトタイプグフが──鋼鉄の巨人が地面に沈んでいく。

 まるで、重力の底に引き摺り込まれるように……。

 

 

「ぐぅぅっ……!? こ、これは……!?」

 

 

『ハハハハッ! 石切場ってわかるかぁ?! だから埋めとかねぇと危ねぇんだよぉ!!』

 

 

 コロニー生まれの僕に、石切場の知識などあるはずもない。

 

 

 死神(バーバリー)が嗤う。僕の魂を奪おうと、死神(しにがみ)が手を伸ばす。

 穴から脱出しようとバーニアを吹かすが……。

 

 

(ダメだ! 間に合わない──!!)

 

 

墓穴(はかあな)があるだけでも、マシと思えぇぇぇっ!!』

 

 

 モニターが閃光に染まった。

 白く焼き付いていく視界の中で、死神(しにがみ)の笑い声だけが甲高く鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「──……また……俺だけが生き残っちまった……」

 

 

 

 戦いは終わった。

 バーバリーはまた1人、部下たちの血を啜って生き延びた。

 

 

「へっ……どっちを向いても死神ばかり……戦場は死で満ち溢れている。そして……」

 

 

 戦場に死神の声は絶えず、人が生きるべく世界は遠い。

 

 

「生き残った者だけが、「死神」と呼ばれるんだ!!」

 

 

 生者の慟哭は空に消える。

 どれだけ勝利を手にしたとしても、失ったものは何一つ、返ってこない。

 

 

 

『……あなたの言う通りなのかもしれない』

 

 

 

「な、何……!?」

 

 

 ノイズ混じりの音声とともに、倒したはずのMSが再び立ち上がった。

 バーニアを吹かし、重力の底から這いあがってくる。

 

 

「ば、バカな……!? 確かに、直撃したはず……!!」

 

 

『僕の機体が「ザク」だったなら……間違いなく、あなたの勝ちだった』

 

 

 この時の連邦はまだ「グフ」を知らなかった。

 リジーナは「ザク」を倒すべく造られた兵器。

 

 ザクと比べて装甲もパワーも飛躍的に向上したプロトタイプグフには、対MS重誘導弾も紙一重の差で届かなかった。

 

 

 結局、最後の勝敗を分けたのは、人間でも、死神でもなかった。

 バーバリーの死神は鋼鉄の巨人(ザク)ではなく、グフという新たな「金剛の巨人」だったのだ。

 

 

「ぐぅぅっ……! うあああぁぁぁーーっ!!」

 

 

 バーバリーは腰の拳銃を抜き、金剛の巨人(しにがみ)に向かって発砲する。

 

 何度も、何度も……。

 

 無駄と分かっていても……それでも、運命に抗わずにはいられなかった。

 

 

『どれだけ心を殺しても、死神には……戦うだけの機械にはなれなかった。やっぱり僕は、軍人には向いていないのかもしれない……』

 

 

 金剛の巨人(しにがみ)が、バーバリーに向かって手を伸ばす。

 終わったはずの戦場が、勝敗の線引きが、虚しく書き換えられていく。

 

 

「お前は何者だっ!!」

 

 

『僕は人間だ。死神(おまえ)の思い通りにはならない』

 

 

 宇宙世紀0079年4月27日。

 この日……ベン・バーバリーは死神ではなく、1人の人間によって、その魂を捕らえられた。

 

 

 

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