戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第39話 死神は渡り歩く

「よくやってくれたなぁ、ライゼン少尉! あの死神を捕まえたんだ。大手柄だぜ!」

 

「はっ……恐縮です」

 

 ユーリ・ケラーネ少将は僕の戦果に大喜びだったが、僕の気分は晴れなかった。

 

「なんだ、気の無ぇ返事だな。もっと喜んでいいんだぞ?」

 

「正直なところ……勝ったという気があまりしません……」

 

 勝利の実感がまるで無い。

 僕が生き残れたのはMSの性能のおかげだ。

 

 こんな陰鬱とした気持ちは、グラナダでトウヤ・シロナギ少佐に敗北して以来だった。

 

「戦闘記録は見せてもらったが……確かに紙一重の勝利だったな。お前さんがあそこまで追いつめられるとは……敵ながら、恐ろしい男だぜ。まったくよ……」

 

 ケラーネ少将は肩をすくめて笑ったが、紙一重という言葉がひどく重くのしかかった。

 MSという圧倒的優位の兵器を使いながら、紙一重の勝利など、本来ならば許されない。

 つくづく、自分の未熟さを思い知らされた。

 

「まあ、今の連邦にあいつを超える対MS特技兵がいるとは思えねぇ。あいつを尋問して、対MS戦術を吐かせれば、奴らに煮え湯を飲まされることも無くなるだろうさ」

 

「尋問ですか……。あの男が、素直に口を割りますか?」

 

「割らせるさ。ちゃんとした「尋問」で……な」

 

 短い付き合いではあるが、ケラーネ少将がどういう人物なのかはわかっていた。

 彼は正々堂々と戦う武人ではない。勝つためには手段を選ばない、冷酷な一面がある。

 

 あの場で僕に殺されていた方が、バーバリーにとっては幸せだったのかもしれない。

 

「世話になったな、ライゼン少尉。またいつでも戻ってきてくれていいからな! 何なら今からでも戦場に戻るか?」

 

「しばらくの間は休ませてください……」

 

「ひゃははははっ!! まぁ、これ以上マ・クベの顔を潰すと後が怖えからな。明日の朝一番の便で北米に帰れるよう手配しといたぜ」

 

「ありがとうございます、少将」

 

「……俺も、お前たち海兵隊の事情は聞いている。まだ若いのに、いろいろと苦労をかけちまったな。情けない大人で申し訳ないとは思うが、これからもジオンのために、力を貸してくれ!」

 

「はっ!」

 

 こういうところが、ケラーネ少将が多くの将兵から慕われる所以なんだろう。

 底が知れない人だと思いながら司令部を出た。

 

 

 

*****

 

 

 

 司令部を出ると、ブラウンとオルガ曹長、それにメイも僕が出てくるのを待っていてくれた。

 

「お疲れ様です、ライゼン少尉。……大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

 

「ありがとう、ブラウン。少し疲れてるだけだよ」

 

「ひとりで無茶するからよ! グフをあんなにボロボロにして帰ってくるなんて……」

 

「次は私とブラウンも一緒に連れて行ってくださいよ。黙って行かれると傷つくんですから」

 

「心配かけちゃったね……ごめん、みんな」

 

 みんなの声には怒りとも安堵ともつかない感情が滲んでいた。

 この場に立っているだけで、ようやく戦いが終わったのだと理解できる。

 機体越しではなく、こうして顔を突き合わせて言葉を交わしているだけで、胸の奥に溜まっていた張り詰めたものが少しずつほどけていくのが分かった。

 

「そっちの方は上手くいったんだよね?」

 

「少尉が対MS特技兵を引き付けてくれたおかげで、後方に下がろうとしていた部隊は私とブラウンだけでも対応できました。指揮官には逃げられてしまいましたが、戦力の立て直しには時間がかかるでしょう」

 

「そっか……良かった……。やっぱり頼りになるよ」

 

「調子のいいこと言ったって騙されませんよ。反省してください」

 

「はい……」

 

 今回ばかりは言い訳できない。

 大人しくみんなの叱責を受け入れた。

 

 窓から外を見ると、補充部隊が次々と到着していた。

 今後は彼らが僕たちに代わって、欧州戦線を戦い抜くのだろう。

 申し訳ないという気持ちもあるが、僕たちの本来の戦場はここじゃない。

 

 

 あの戦い以来、死神の声は聞こえない。

 まるで最初からいなかったかのように、その存在を感じ取ることができなくなった。

 

 あの声は幻聴だったのだろうか。それとも……。

 

 

「考えてもしょうがないかな……」

 

「ライゼン少尉?」

 

「何でもないよ。明日も早いし、戻ろうか」

 

 

 僕たちは明日、北米に帰る。

 胸の奥に引っかかる違和感は消えていないが、もうあの死神が現れることが無いのであれば──。

 

 

 

 

 

 ──ミツケタ。

 

 

 

 

 

(えっ……!?)

 

 

 慌てて振り返り、外を見る。

 だが、そこには補充部隊が整然と降り立ち、機材と人員が忙しなく行き交う光景が広がっているだけだった。

 視線を走らせる。見落としがないか、無意識に探してしまう。

 

 その中に……異物のように浮かぶ機影があった。

 

「白い……ザク……?」

 

「えっ……! ど、どこですか!?」

 

 オルガ曹長は反射的に窓へ駆け寄り、僕の視線の先を追った。

 

 

「も、もしかして……あの機体は──!」

 

 

 オルガ曹長の声には、期待と確信が入り混じっていた。だが、その先の名を口にするより早く、現実がそれを遮る。

 

 

「あぁ……あれはエルマー・スネル大尉のザクですね」

 

 

「──……えっ?」

 

 

 オルガ曹長がその場で固まった。

 さっきまでの高揚が一瞬で引いていくのが、表情の変化からはっきりと分かる。

 

「……知ってるの? ブラウン」

 

「白き鬼、ホワイト・オーガーの異名を持つエルマー・スネル大尉です。ジオンでは珍しい、月出身(ルナリアン)のエースパイロットだそうですよ」

 

「エルマー・スネル大尉……」

 

「…………そう……詳しいのね……ブラウン……」

 

「ふふっ……憧れの白狼じゃなくて残念だったね~、オルガ」

 

 メイは肩をすくめてくすりと笑い、からかうようにオルガ曹長の横顔を覗き込んだ。

 オルガ曹長の表情には、期待していた名ではなかったことへの落胆が、隠しきれずに浮かんでいる。

 その軽口で張り詰めていた空気はわずかに緩んだが、僕の視線は白い機体から離れなかった。

 

 

 

 ──スネル大尉の機体の傍らに、黒髪の女性の姿が見えていたからだ。

 

 

 

 その女性はこちらを一瞥すると、霧に溶けるように姿を消した。

 

 

「ライゼン少尉? どうかしましたか?」

 

「……いや、何でもない」

 

 僕以外の人には見えた様子は無い。

 僕は死神と思わしき声を聞いたことはあっても、その姿を見たことは一度も無い。

 もしかしたら、疲弊した精神が見せた幻かもしれない。

 

 それでも僕は……スネル大尉が死神に魅入られてしまったかもしれないという疑惑を捨て去ることができなかった。

 

 

(どうか、彼が一刻も早く、死神から解放されますように……)

 

 

 スネル大尉と補充部隊の人々に向けて静かに敬礼する。それを見たブラウンたちも、無言のまま同じように敬礼した。

 

 

「……行こう」

 

 

 歩き出した僕の後ろで、ブラウンたちも静かについてくる。

 メイが僕の隣に並んで、袖口をそっと引っ張った。

 

「ライゼン、本当に大丈夫?」

 

「……うん。帰れるって思ったら、少し楽になった」

 

「そう」

 

 それだけで、メイは何も聞かなかった。

 この子は察しが良い。聞いた方がいい時と、黙っている方がいい時の区別を、どこかで自然に身につけている。

 

 格納庫に着くと、プロトタイプグフが整備台の上に載せられていた。

 昨日の戦闘で受けたダメージが残っている。

 

「……ひどいな」

 

「当たり前よ。穴に落ちた上、対MS重誘導弾(リジーナ)の直撃を受けたんだから。修理は北米に帰ってからね。移動中に私が診られる範囲はやっておくけど……」

 

「ありがとう、メイ」

 

「でも、その前に一つだけ言っていい?」

 

「何?」

 

「……次にひとりで無茶したら、両腕をフィンガーバルカンにしちゃうからっ!!」

 

「……肝に銘じます」

 

「よろしい」

 

 後ろでブラウンが噴き出す気配がした。

 オルガ曹長も口元を隠しながら視線を逸らしている。

 久しぶりに笑えた気がした。

 

 

 格納庫の窓から夕暮れの空が見える。

 雲が赤く染まり、遠くの山脈の稜線が黒く浮かんでいた。

 

 コロニーの中では、こういう景色は見られない。人工的に調整された照明が夕暮れを演出することはあっても、本物の太陽が地平線に沈んでいく光景は、この地球でしか見られない。

 

 

(綺麗だな……)

 

 

 地球の景色を綺麗だと思える余裕が、まだ自分の中にあったことに、少しだけ安堵した。

 

「ライゼン少尉」

 

「なに、ブラウン」

 

「……北米に帰ったら、休暇が欲しいですね。ここ最近は働きっぱなしでしたし……」

 

「そうだね……」

 

「私も今回ばかりはさすがに疲れたわ……」

 

「あたしも休暇が欲しいな。グフの修理ついでに強化プランも試してみたいし!」

 

「それは休暇とは呼べないんじゃ……?」

 

 

 

 翌朝、僕たちは欧州を発った。

 重力の底での戦いは、まだまだ続く。

 

 

 

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